然るべき時に、然るべき手で
「待機って……どういう事ですか!」
チーム・ダイアモンドの情報作戦室に、天刺の高い声が響く。同室にはチーム・ダイアモンドのメンバーが集まっており、正面モニターに映る一人の男性――特殊能力管理局の局長へ注目している。
『君達ダイアモンドだけではない、他の部隊にも待機を命じている。本件は然るべき機関が対処を行う事になった』
通信越しに届く局長の声に揺らぎは無い。組織のトップとして、ただ事実を伝えているだけの声だ。
「……先ほど星天学園生から通報がありました。学園生の一人が事件に巻き込まれている可能性がある、と」
先ほど声を荒げてしまった天刺だが、一度落ち着きを取り戻してから、再度口を開いた。
「そして実際、無人バスの爆発と地下街での能力者による破壊騒動、二つの現場の監視映像から通報にあった被害者の少年と少女、攻撃者である男性の姿を確認しました」
隊長の言葉に、その情報を探り当てたオペレーターの三日浦がうんうんと頷いた。
「さらに通報によれば、管理局員であると偽り、学園生の個人情報を不正に入手した疑いもあります。彼らが同一犯だとすればただ事ではありません。ダイアモンドである必要は無いにしろ、管理局が動かなくてどうするんですか」
「私も隊長に賛成です」
チーム内最年長の六星も、天刺に続いて深刻な顔で進言する。
「第一、局長が仰っている『然るべき機関』とは何なのでしょう。能力犯罪者の鎮圧は我々の任務ではないのですか?
『特殊能力管理局は国の最上位組織では無い。君達に与えるべき返答はそれだけだ』
『それは答えになって無いんじゃないですか?』
目上の人相手にも毅然と言葉を返すのは、学園を警護している関係ですぐには集まれずリモートでのブリーフィング参加となった鎖垣隊員。
元々は大きな事件の可能性を想定した天刺がチーム・ダイアモンドを招集した矢先の、局長からの待機命令だった。そのため彼も通信のまま話し合いを聞いていた。
『バスを派手に破壊し、地下街を荒らしに荒らした狂暴な能力者を倒すための法執行機関が、管理局以外にいるとでも言うんです?』
学園を任された者の一人として責任を感じているであろう彼が険しい顔になるのも仕方のない事だ。だとしても、局長に対する言葉遣いとしてはやや軽薄にも思えるが、今更そんな事を指摘する者は誰もいなかった。
皆、正当性の感じられない局長の待機命令には不審を抱いているのだ。
『本件は通常の犯罪とは別の物だ。それ相応の対応が必要なのだよ』
だがまたしても、局長からの返答は微妙に的を射ていない。まるで用意している答えをそのまま返しているだけのようで、こちらを納得させる気が無いかのように。
『事件は必ず収束させる。君達は通常業務に戻りなさい。天刺隊長はこの後、局長室に来るように』
「……了解」
渋々といった様子の天刺の声を最後に、通信は終了した。
皆が押し黙る中、天刺は眉間に手を当てた。
「局長の指示を無視する訳にもいかないわ。もどかしいけれど、私達は待機よ」
「……分かりました。大いに釈然としませんが、隊長がそう言うのならば」
六星や他の隊員も、彼女に異を唱える者はいなかった。そして、呼び出しのあった天刺は情報作戦室を後にする。
残された四人の中で最初に沈黙を破ったのは、局長との通信中はおどおどしていて発言できなかった、新人の椿沢だ。
「ど、どう思います? 今回の件、なんか変っスよね……」
「何かあるのは確定でしょう。事件なのに管理局が動かないだなんて」
多脚電動車椅子の背もたれに深く体を預ける三日浦がため息交じりに答える。
「そんでその何かは、ワタシ達には知られちゃいけない事なんだろうね」
『あからさまに隠してる風だったもんなー。六星さん、何か知らないの?』
「どうして私に聞く」
「アナタが管理局歴一番長いからでしょ。隊長にスカウトされる前は調査部隊員だったワケだし、局長に関するヘンな噂のひとつやふたつ、耳に入ったりしてるんじゃないの?」
『そうそう、羽野ちゃんの言う通り』
鎖垣と三日浦に聞かれ、六星は呆れたように首を振った。
「あの頃の私は、良くも悪くも業務に忠実だった。仕事に関係の無い話は記憶に留めていなかったな。特に管理局――ひいては国家に対する不信など抱いた事も無い。そんな噂など耳に入った所で聞き流していただろうな」
「あーハイハイ、忘れてたよ。アナタはマフィアのボディーガードやってそうな見た目に反して優等生ちゃんなんだった」
『変な事聞いちまって悪いな六星さん。アンタはそういう男だったわ』
「なんだ二人して!」
小馬鹿にしたように失笑する三日浦と、笑いを堪えているのが画面越しでも分かる鎖垣。質問しておいて散々な扱いだが、三日浦が六星にちょっかいをかけて鎖垣が面白がって便乗するのはいつもの事なので、眉間に深いシワを刻むだけで構いはしない。三日浦とかは反応を見て楽しむ物なのだから。
「だ、大丈夫っスよ六星先輩! そういう真面目な所も社会人には必要っスから!」
そして椿沢が不器用ながら必死にフォローを入れる。彼女が入隊した今年度からここまでが一連の流れとなりつつあった。
「……すまんな清南。五分の二が不真面目なこのチームだが、お前はそのままでいてくれ」
「ちょっと、ワタシは不真面目じゃないでしょ。ワタシ以上に優秀なオペレーターなんていないでしょ」
『俺も俺も。超真面目』
「絶対に違うと断言してやろう」
腕を組んだまま、六星はジロリと二人を睨みつける。
「特に鎖垣、今回はお前の露骨な反抗態度のせいで隊長が責められるかもしれんのだぞ」
『えっ、さっきの呼び出しってそういう? だとしたら俺もどっかで怒られる……?』
「さすがに局長もそこまで短気じゃないでしょー」
「それに、このタイミングでわざわざ呼び出すって事は、やっぱり事件に関係のある事じゃないっスかね……? 『然るべき機関』とやらに流された一連の事件……あっ」
六星の真似をするように腕を組みながら天井を見上げる椿沢が、ふと何かを思いついたようだ。
「どうした?」
「天刺先輩って、今月の始め辺りに『白夜』に行きましたよね。その割に、わたし達にあんまりその話しないなーって思ったんスよ」
『まあ、言われてみればそうだねえ』
「隊長と局長が知っていて、私達のような隊員には知らされていない事がある、という事か?」
六星に真剣な様子で問われ、椿沢は慌てて手を振った。
「あ、あくまでわたしの想像っスよ。本件と『白夜』に関係があるとも言えませんし」
「まあチームの隊長だしね。ワタシ達なんかよりも知ってる事はずっと多いはずだよ。その分話せない事も多いはず」
四人はいろいろ話をしつつも、最終的には天刺への心配に行き着く。誰もが彼女を慕っている分、二十一歳の若さでチーム・ダイアモンドを率いる彼女の身を案じてしまうのも無理はない。その彼女は今まさに、管理局のトップたる局長のもとへ呼び出されているのだから。
* * *
「今回の事件には、深層機関が関わっている」
デスクを挟んで局長と向かい合う天刺は、開口一番にそう告げられた。
「これで、君達を外した事への納得はいくだろう」
「……ええ、まあ。多少強引だとは思いましたけど」
「彼らが私に不審を抱こうとも構わない。彼らは君の指示ならば聞く。実働部隊としてはそれで支障はない」
うっすらとしわが浮かぶ鉄仮面のまま、余裕そうな口ぶりで話す局長。そんな彼へ、天刺は部下である立場をわきまえつつも、ハッキリとした態度で尋ねる。
「それで、私を呼び出した理由をお伺いしても?」
「詳しく話そう。今回の件に関わっている深層機関の名は『イクテシア』。君は初耳だろう。そこの被験体が職員一名と共に脱走したんだ」
「脱走……」
「そして、回送中の無人バスの爆発と地下街での騒ぎは、脱走者を追跡している組織の人間によるものだ。つまりこれは犯罪では無くただの『火消し』。超法規的措置であり、本来ならば我々管理局が介入する必要の無い事案だ」
「無関係の民間人が巻き込まれているにも関わらず、ですか?」
「そう焦るな。本題はここからだ」
鋭くなった天刺の視線を受け流し、局長は続ける。
「つい先ほど、脱走者と共に逃げ出した職員から通信があった。どうやってかイクテシアの機動部隊を返り討ちにし、その端末から管理局に接触して来たそうだ。局長の私なら深層機関についても知っているという事を、彼もまた知っていたのだろう」
「脱走したのにわざわざ連絡を?」
「彼は取引を持ち掛けて来た。自分の知っているイクテシアに関する重大な違反行為を教える代わりに、自分と脱走した被験体の安全を約束して欲しい、という物だ」
「運よく深層機関から逃げ切れたとしても、国と敵対している限り安全は保障されない……だからこその取引ですか」
「そういう事だ。本来ならば組織に逆らった脱走者の言葉など耳を傾けもしない所だが、ひとつ興味深い単語が出て来てな――」
口を隠すように両手を組んで前のめりになる局長は、石のように感情を宿さない目を僅かに細める。
そして対照的に、彼から出た言葉を聞いた天刺の目は、驚きで見開かれた。
「……もしそれが本当なら、彼らを保護して聴取するだけではなく、イクテシアを一時封鎖してでも強制捜査するべきでは」
「ああ。どうやら彼も、この情報で私が動き出すと確信して小出しにして来たのだろう。そして事実、私の中で彼の取引に応じるという選択肢が生まれた」
国家機密を持ち出して広める可能性があるという考えのもと、脱走者は処分される。だが今回は、安全を買うために情報を売るという交渉を持ちかけられた。そんな相手が再び排除される危険を冒してまで今後機密を暴露するとは思えない。何より、彼の握っている情報の価値は大きい。
そういった理由で、今回は脱走者の話に乗るようだ。
「ここでようやく、君を呼び出した理由について話そう。と言っても話は簡単だ。君にやってもらう仕事が出来た」
「何となく察しは付きました。チーム・ダイアモンドとしてでは無く、局長の使いとして脱走者と接触しろ、という話ですか」
「理解が速くて助かる。彼からイクテシアの『重大な違反行為』とやらの情報を受け取り、それが本当であるかどうか調査してもらう」
「調査、と言うと?」
「君には『コラプサー』の臨時指揮権を与える。管理局員ですら立ち入れない深層も、これならば自由に歩く事ができる。その足で直接、確かめに行くんだ」
ここで出るとは思わなかったその名前を聞いて、天刺は小さく息を呑む。
「『コラプサー』……先ほどの『然るべき機関』とは彼らの事でしたか。戦闘になると考えてるんですか?」
「念の為だ。違反行為が本当に行われていた場合、発覚した途端に攻撃してくるやもしれん。そうなった際は、隊長の彼と共に『コラプサー』を指揮してイクテシアを制圧しなさい。そしてだ」
局長がデスクを指で叩くと、複数のホログラムパネルが浮かび上がる。それらはどれも三日浦が監視カメラから見つけ出した、赤い光線で攻撃する能力者と彼から逃げる二人の男女を映した画像。その内、黒い髪の少年は天刺にも見覚えのある顔だ。
「イクテシアが抵抗を見せた場合、それは彼らが国家権力に敵対するという事を意味する。脱走者と見事に立場が逆転だ。そうなればもはや、街中での見境の無い武力行使を見逃す理由も無い」
「という事は……」
「騒ぎに巻き込まれた民間人の救出なりなんなりするといい。深層機関の事は口外出来ない為、あくまで君一人で動く事になるだろうがね」
つまり、局長はこう言っているのだ。
脱走者が持って来たイクテシアの違反を暴けば、正当な理由で機関の連中を捕らえ、民間人の救出も可能であると。
「まさか局長、最初からそのつもりで」
「さてね。局内で一番機密を知っている君の処遇、『コラプサー』の指揮権限、上層部とのコネクション。私が持つ手札を使って事態を迅速に収束させようとしているだけだ」
思えば彼はこういう人だった。
硬い表情と効率や確実性に重きを置いた論理的思考はまるで機械のよう。しかしその裏で、不器用な良心と信念を隠している男なのだ。
深層機関の機密について知り過ぎている最高戦力という、お偉方としては扱い辛い事この上ない天刺を処分せず、事情を了解したうえで手元に置いているのが何よりの証拠だ。
「ありがとうございます、局長」
天刺は頭を下げ、すぐに言われた通り動き始めた。




