『レッドカーペット』
目が合ったのも偶然じゃない。
地下街を歩くたくさんの人の中で、イクテシアからの追っ手は俺達だけを見ている。
「『レッドカーペット』……! マジで来てるじゃん!」
地下街に降りた所は見られていないはず。『ゴーストタウン』も気付けないほど遠くから見られてた? それとも千里眼か遠隔透視、レーダーのような能力で探知された?
そもそも追おうと思えば最初に出くわした時から追い続けられたはずなのに、あえて見逃したように思えるのは気のせいだろうか。
「……っ!」
ともかく考えている暇は無い。
十数メートル背後に佇む男が、右手をこちらに向けたのを見たからだ。
「アイナ! 俺に隠れろ!」
隣を走るアイナを前に行かせ、俺は背中で庇うように立ち塞がる。
その直後に、背中に能力攻撃を受けた衝撃が襲う。耳元を一本の光線が突き抜けて柱の表面を焼いた。
後ろを振り向いたのと同時に、辺りに悲鳴が広がっていく。幸い攻撃の瞬間には俺とヤツの間に誰もいなかったようで、怪我人はいない。
あのレーザー男は手のひらと五本の指先、計六か所から光線を撃っていたはず。ならば残りの五本は全て俺が防いだという事か。誰にも当たって無くて良かった。
『レッドカーペット』は続けざまに光線を放った。今度は両手で十二本。俺は両手をいっぱいに広げ、何としても後ろのアイナに当たらないよう防御に努めた。
自分の能力が全て防がれた事が意外だったのか、男は僅かに眉をひそめる。
「光線が効かない……? 貴様は俺と同系統の能力のようだな」
男が語りかけて来た。効かないと分かっている攻撃を続ける気はないのか、両手を下げている。
どうやらヤツは、俺が光学操作系の能力で光線を弾いたと勘違いしているらしい。
「だったら何だ? 攻撃が効かないからって見逃してくれる訳じゃないんだろ?」
「俺は貴様を、彼女の外部協力者だと判断し攻撃している。だがもしも、偶然現場に出くわし、成り行き上仕方なく彼女に同行しているだけだと言うのなら見逃してやろう。この件から手を引き、一切他言しないと約束するならな」
「冗談じゃないね」
まさか本当に見逃されそうになった事には驚いたが、迷う必要など無かった。彼の提案を即座に蹴り、目の前の敵を睨みつけた。
「俺は全部知ってるよ。その上でアイナを助けに来たんだ。お前らイクテシアに、アイナの未来を奪わせたりしない」
「そうか。正式な協力者であり、我々の敵である事を認めるか。ならば」
レーザー男は顔色ひとつ変えずに、両手をこちらに向けた。俺はスマートバンドを握ったまま身構える。
「予定通り排除する」
俺は目を疑った。すぐに光線が飛んで来ると思いきや、彼の両腕が不自然に蠢いたのだ。
まるで意思を持つ液体のように、滑らかな動きで彼の両腕がうねり、ひとつに纏まると円形に広がった。その腕からは人間らしい肌色は失われており、無骨な黒へと変わっていた。さながら胴体を覆うほどの大きな盾のように、腕が『変形』したのだ。
「な、何だアレ!?」
盾の表面に赤い光がぽつぽつと灯り始めた瞬間、何かヤバいモノが来ると直感的に悟った。
「走れアイナ!」
ちょうど開けっ放しのまま人がいなくなった飲食店が隣にあったので、後ろのアイナに逃げるよう促した。俺は彼女への射線を遮るように一歩前に出る。
直後、視界が赤で染まった。
こちらへ向けられた盾に灯った赤い光は、およそ三十ほど。それらが一斉に弾け、地下街の通路が赤い閃光で満たされた。まるで彼のコードネーム・『赤い絨毯』を体現するかのように、高威力の光線が辺り一帯を埋め尽くす。
柱をやすやすと貫き、地面や壁を抉り、観葉植物などのオブジェや店の看板をひとつ残らず焼き払った。
「なんだよこのデタラメな威力……」
そしてこの通路で唯一、俺だけが数秒前までと変わらない状態だった。
光線ひとつひとつの太さも、指くらいの太さから片腕ほどの太さまで大きくなっていたし、そんな光線が約三十本も同時に飛び出した。その光景に驚く他ない。あんなのがアイナに直接向けられたら店の壁ごと貫かれていただろう。今回の狙いが俺で助かった。
奴の能力は手のひらと指先から光線を放つ能力なんじゃないのか? というかそもそも、両腕が変異したのはどういう理屈だ!?
「この攻撃でも無傷とは。相当レベルの高い能力者のようだな」
平然とそう零す『レッドカーペット』の腕が、さらに新たな動きを見せる。漆黒の盾を形作っていた両手がまたも歪み、元の両腕に戻ったかと思うと、表面にいくつもの棘が生え出した。ひとつひとつがナイフのように鋭いそれは、凶器であると一目で分かる。
「光線が効かないのならば、別の方法で攻めるのみ」
彼の両腕に生える刃が解き放たれた。まるでショットガンのように一度にたくさん飛んでくる刃を、咄嗟に身を捻って躱す。
しかし完全には避け切れなかった。ひとつが頬を斬り割き、ひとつが右肩に深々と突き刺さった。痺れるような激痛が走る。
「能力じゃ、無い……!?」
打ち消せないと言う事は、この刃の射出は純粋な物理攻撃。彼の腕が変形したのも紛れも無い科学技術という事になる。
「よく避けたな。貴様は運が良いようだ」
「……!!」
第二波が放たれる。高速で飛来する刃の弾幕を無傷で避け切る事は出来ない。何とか急所は守ったが、今度は左手を貫かれた。焼け焦げた床に血が飛び散り、握っていたスマートバンドは手から零れ落ちた。
「ぐ、ぁぁ……」
痛みでうずくまっている暇など無い。右肩と左手に突き刺さった刃が赤く発光していた。歯を食いしばって順番に引き抜き、二つの刃を遠くへ投げ捨てる。
その直後、俺の血が付いた二つの刃から赤い光線が放たれたが、それらは難なく打ち消す事が出来た。あのまま内側から焼かれるとマズかったかもしれない……ギリギリ間に合ったな。
「また致命傷を回避しただと? どういう事だ」
「そりゃこっちの、台詞だよ……お前の方が謎だっつの……」
痛みで息が上がる中、必死に頭を動かして考える。
実際に見た奴の攻撃方法は二つ。両手からの赤い光線と、その両手を変形させていくつもの刃を飛ばす事。前者が能力で、後者は能力ではない。
奴の能力は『手から光線を放つ能力』だと思っていたのだが、それにしては異質な攻撃が続いた。盾のように変形した腕からは指と手のひらの数を足しても足りない数の光線が出ていたし、完全に体から離れた刃からも発射出来ていた。
仮に『体の一部から光線を放つ能力』と仮定しても、今度は何故足や胸など両手以外の場所から光線を出さないのかという謎が残る。
そして蠢く両腕やそこから飛ばされる刃だが、これについては簡単な話だ。能力じゃないのなら正体は一つだけ。
「お前の両腕……機械なんだな」
『レッドカーペット』はサイボーグ手術を施されていると『ゴーストタウン』が言っていた。あの蠢く両腕がそうなのだろう。一体どういう原理で動いているのかは見当もつかないが、何にせよ俺の能力で防げないというだけで十分脅威だ。
「どうやら俺を理解した気になっているようだが、理解した所で貴様は逃げきれない」
「へぇ、大した自信じゃん……」
「貴様の能力は把握した。光線は完璧と言えるほどに防げても、それ以外の攻撃には無力。それだけ分かれば――」
『レッドカーペット』の両腕が爆発的に膨張した。いや、実際の質量は変わってないのだろう。無数に伸長し枝分かれした触腕があまりに多すぎて、腕が膨れ上がったように錯覚したのだ。
その全てが剣のように鋭く、天井の照明を受けて光沢を帯びていた。軟体動物のようにうねる凶器の触腕は、少なくとも五十本は超えるだろう。
「――貴様を仕留めるには、十分だ」
その全てが、一斉に牙を剥いた。
生きているかのように縦横無尽に伸びる触腕は、周囲の壁やガラスを砕きながら突き進む。一瞬で包囲され、逃げ場などどこにも無かった。
「やば……」
能力で打ち消せない脅威が目の前に迫る。これは、助からないかもしれない。
国家機密を守る武力の強大さを前に俺の戦意が挫けかけた、その時だった。
『すまない。待たせたね』
地面に転がるスマートバンドからの声と共に。
迫る無数の触腕が、爆風によって全て吹き飛ばされた。
「「……!?」」
俺と『レッドカーペット』は同時に目を見開いた。彼は正体不明の防御を受けた触腕を手元に引き戻す。それを呆然と眺めていた俺は、天井をすり抜けて一体の霊が現れたのを見た。以前からついて来ていた霊も、地面から姿を現している。
「もしかして……さっきから敵の攻撃が上手く当たって無かったのって、お前のおかげだったのか……?」
『微弱な磁力で刃の軌道を逸らすのが精一杯だったけどね。まさか「レッドカーペット」と正面衝突するとは思ってなかったから、強い霊を遠くから寄越す羽目になってしまったよ。だが、ようやくこちらの準備も整った』
スマートバンドを拾い上げてる間にも、霊はさらに二体やって来た。一体は強い電流を纏っており、もう一体の足元では地面が波打っていた。
『さあ、今のうちに離れるんだ』
通話越しの『ゴーストタウン』による合図と共に、一体の霊が膨大な電流を撃ち放った。『レッドカーペット』は腕を盾のように変形させて防御するが、続いて別の霊が巻き起こした烈風によってじりじりと後退していた。彼の放つ光線も、隆起した地面による防御でこちらには届かない。
せっかく作ってくれた隙を逃す手はない。左手は刃が貫通し右肩も深く食い込んでいたので、走るために腕に力を入れるだけでも痛い。それでも何とか、アイナが隠れている店へ逃げ込めた。
俺の姿を見ると、アイナは顔を真っ青にして隠れていたカウンターから飛び出した。
「芹田くん、その傷……!」
「死ぬほど痛いけど大丈夫、走れないほどじゃない! 霊が戦ってる間に早く離れるぞ!」
「う、うん!」
止血は後回しだ。俺達はスタッフルームを通って裏口から外に出た。そのまま地下街の奥へとひたすらに走る。
「敵はどんな感じだ?」
『問題なく足止め出来ているよ。さすがの「カラーコード」でも、実体のない幽霊と戦った事は無いだろうしね』
「……助けてくれたのは感謝するけど、良かったのか? 俺以外の協力者の存在は極力明かさないようにするとか言ってたのに」
『君をここで失う訳にはいかなかったからね。優先順位という奴さ』
右手に持ち替えたスマートバンドから聞こえる『ゴーストタウン』の声は、こんな事態になっても落ち着いたものだった。
『一番知られてはいけないのは転移系能力を持つ霊の存在だ。つまり最悪の場合、テレポートの霊以外は出してしまっても良いんだ。それで君達が助かるのならね』
「悪いな、俺が無駄に怪我を負ったせいで作戦がズレちまって。きっと黒影とかなら、もっと上手く立ち回れてたはずなのに……」
『気に病むことは無い。君の能力でなければ光線の飽和攻撃を無傷で耐える事は極めて難しかったはずだ。けれど今は……その能力のせいで、能力による治癒が出来ない状態だけどね』
僅かに沈黙が続いた後、再び『ゴーストタウン』が口を開く。
『少し進んだ先にある階段から地上へ出るんだ。出口付近に取り壊し予定の無人ビルがある。警備ドローンはあらかじめ除けておくから、そこで応急処置をしてくれ。治療キットも作業現場から拝借しておこう』
「助かるよ。少し進みが遅くなるけど……傷を放っておいて後で倒れるよりマシか」
今は痛みも疲れも我慢して、少しでも『レッドカーペット』から距離を離すために足を動かす。
アイナにはほとんど疲れが見えなかったが、さっきからやけに静かになっていた。何かを考え込んでいるような顔で、黙って隣を走っていた。




