風紀違反者に制裁を
優しい光が消え失せた目で見られては、ほんのりと浮かべる笑みすらも恐ろしく思える。
「ど、どういう事ですか。俺が犯人って……」
何故か分からないが、俺は『体育祭を破壊する』という犯行予告を送り付けた犯人だと疑われているようだ。いや本当になんで。
「体育祭をめちゃくちゃにする理由なんて俺にはないですよ」
「そうだよ。流輝君はボクと一緒に実行委員やってるんだから」
彩月も一緒になって訴えてくれるが、委員長の隣に立つ七実酉はキッと睨み付けてくる。
「犯人はみんなそう言うんですよ。動機が無いとか何とか」
「だから犯人じゃねぇって」
「諦めて自首してください。気に入らないあなたが相手なら私も本気でボコボコにできますので」
「自首しても殴るのかよ! 俺は冤罪を主張するぞ!」
「まあまあ落ち着いて。順を追って説明しようか」
火蓋を切ったのはあなたですよね岸華先輩?
喉元まで上がって来たそんな言葉はどうにか引っ込めた。疑われている身で風紀委員長の機嫌を損ねるのは良くない。
俺と七実酉を落ち着かせた岸華先輩は背筋を伸ばして座ったまま、ゆったりと口を開いた。
「犯行予告はさっきも言った通り昨日。正確には午前十時二十三分四十二秒。情報室の十二番コンピューターの匿名通報システムから、このメッセージは送られて来たんだ」
「情報室の……?」
「十二番コンピューターっていうのは、教室の右端のコンピューターを一番にして十二番目、つまり前から二列目、右から三番目の席にあるコンピューターの事だよ。授業でも使うから分かるよね」
細かい所まで教えているのは、具体的な想像をさせて容疑者である俺の反応を探る為だろうか。あいにく本当に何も知らないので、期待通りのリアクションは出来ないけど。
「ちなみに昨日、情報室は廃部寸前のネットサーフィン部が実績作りのために入り浸ってたそうでね。情報室の鍵は開けっ放しだったみたいで、誰もいない休憩時間は入り放題だって話だよ」
「だから部外者でも犯行は可能だって? だからってどうして俺なんです」
「芹田君の言いたい事は分かるよ。怪しいのはどう考えてもネットサーフィン部だ。でも彼らの潔白は風紀委員会が誇る尋問委員長が証明したからね」
「じ、尋問委員長ってナニ……」
およそ学園生活で聞くことは無いであろう名称に顔が引きつるのが分かったが、岸華先輩は構わず続ける。
「君を疑う理由は別にある。私達は当然、情報室を調べた。さっきも言った尋問委員長は物の視点になって過去を見る、いわゆるサイコメトリーの能力者でね、彼に頼んで十二番コンピューターを調べてもらった。昨日の午前十時二十三分まで遡れば、一発で犯人が分かっちゃうから」
「で、俺の姿でも出たんですか」
「いいや、誰も見えなかったって言ってた」
「それはそうですよね。俺そこにいませんでしたもん」
「本当にそうかな?」
岸華先輩から帰って来たのは、疑念の宿った冷たい問い。こちらを追い詰めるような眼差しを受け、思わず唾を飲み込む。
「君の能力は特殊能力の無効化。今更な話だよね。その能力で、サイコメトリーを無効化できるんじゃないのかな?」
「……はあ」
なんだ、そういう勘違いだったのか。
先輩の言葉を聞いて、激しくなっていた鼓動が落ち着いた。冤罪とはいえ風紀委員会の粛清対象になりかけるのは心臓に悪い。
「十二番コンピューターの通報システムにはその時間の送信履歴が確かに残されていたから、犯人がその端末を使ったのは間違いない。なのにサイコメトリーで誰の姿も見えないのはおかしいでしょ?」
「……となれば、俺が端末を使った事によって無効化能力が発動し、サイコメトリーを打ち消したんじゃないか、と。先輩方の推理はそういう事ですね」
「察しが良くて助かるよ。で、どうなのかな?」
「俺じゃないですね」
変に言い淀んで詰め寄られるのも嫌だし、ここは即答した。
「俺の能力についてどこまでご存知かは知りませんが、無効化能力は匂いみたいに残ったりしませんよ。俺が触ったってだけで、サイコメトリーの対象外になったりはしません」
「ふむ……」
「俺の能力は特殊能力を無効化する力場を全身に纏わせるようなモノで、能力に直接触らない限りは打ち消せません。サイコメトリー発動中に対象物に触れた場合は打ち消せますけどね」
それか、その力場を拡張して能力者の全身をも覆うようにすれば、能力の発動自体を妨害できるかもしれないけど。これはただの推測なので話しはしない。力場の範囲を広げるなんて、『波界』と繋がりでもしない限り今は出来ないしな。
「この場合、仮に俺が犯人だとしたら、サイコメトリーとやらにはバッチリ映ってるはずです」
「へぇ、そういう原理なんだ」
「それについてはボクも一緒に調べたもんね。噓じゃない事はボクが保証する」
俺の能力について俺と同じくらい詳しい彩月もそう言ってくれる。
つまりは、知らない所で俺が犯人に仕立て上げられているのかと思ったら、実はただの勘違いだった、という事。
「そもそも俺の無効化が発動したなら、サイコメトリーの結果は『誰も見えなかった』ではなく『何も見えなかった』になるはずなんです。過去視が中断される訳ですから。なので能力の特性上、俺は犯人にはなり得ません」
「なるほど……詳しい説明をありがとう」
相槌を打ちながら俺の話を最後まで聞いた岸華先輩は、うっすらと微笑んだ。
「やっぱり、芹田君は犯人じゃないみたいだね」
「……やっぱり?」
「実を言うとね、君が犯人である可能性は低いと思ってたんだ。君自身が言った通り動機も無いしね」
俺を問い詰めていた時の威圧を引っ込めて、先輩はあっさりと言う。
「まあ君の能力については詳しくなかったから、君が関与している可能性を捨てきれなかったんだけどね。それでも七パーセントくらいだよ」
「……じゃあ、その七パーセントを確認するためだけに俺達を呼んだんですか? だったらもう帰っていいですか?」
「ちょっと待って、むしろ今からする話が本命なんだ。試すような事をして悪かったと思ってるよ、だから帰らないでほしいな」
回れ右した俺を呼び止める岸華先輩は少し焦っていた。どうやら本当にこれからが本題のよう。
違うと分かっていて容疑者扱いされた事にちょっと気は良くないが、相手は先輩だしとりあえず話は聞こう。
「こほん。手っ取り早く要件を言うとね、風紀委員会に協力してほしいんだ」
佇まいを直して、風紀委員長はそう切り出した。
「それって、さっきの犯行予告についての話ですか」
「そう。伝えた通り、犯人は何らかの手段でサイコメトリーを掻い潜っている。衝動的ないたずらじゃなく、目的と手段を見据えたうえでの犯行なんだ。少なくとも逆探知対策を講じている時点でそれは明白。これは大きな風紀違反だ」
「その犯人捜しを手伝って欲しい、という事ですか」
風紀委員会相手に、わざわざ危険を冒してまで予告を送り付けたのは何故か。どんな手口でサイコメトリーを回避したのか。何をどうやって体育祭を破壊するのか。それらを全て突き止めるために協力者が必要なんだろう。
「いいや、ちがうよ」
そんな俺の予想を、岸華先輩は一言で覆した。
「君達にお願いしたいのは調査の協力じゃなくて、対策への協力なんだ」
「対策って、犯人捜しじゃないんですか?」
「芹田君の言う通り、犯人を捜して捕まえた方が一番確実だよ? でも、ちょっと大変じゃない。有体に言えば面倒臭いよね」
肩をすくめて苦笑する先輩はとっても素直にそう言った。
「め、面倒って……犯人を特定しないと防げないじゃないですか」
「そんな事はないよ。どれだけ上手に潜んでいようとも、犯人が自分から浮き上がって来る瞬間がひとつだけある。そこを狙えば、わざわざ私達が探す必要なんて無い」
「それって……」
「犯行の瞬間」
得意気に腕を組んで。
一年しか離れていないとは思えない貫禄を漂わせる風紀委員長は言った。
「行動を起こした所をひっ捕らえる。調査とか推理とかしなくても、腕っぷし一つで風紀は守れるんだよ」
そうだった。
ここは管理局でも探偵屋でもない。星天学園一の戦闘集団として恐れられてる風紀委員会だ。
「動機、手段、目的。そんなものは捕まえた後で聞き出せばいい話。頭よりも手を動かすのが私達、風紀委員会のやり方だからね」
その代表たる先輩は、そう堂々と言ってのけた。




