きっかけ作り
数日後に行われた二回目の会議では、彩月と鏡未の力強い要望によって、しばらく変わっていなかったプログラムを一から見直す事になった。
橘実行委員長が二人の熱意に押し負けた形にはなったものの、二人の意欲ある姿勢は評価してくれたようで、彩月と鏡未に副委員長的なポジションを与えた。
過去のデータから昔の実行委員会が何か面白い競技を作ったりしてないか探したり、各々が考えた新競技をプレゼンしたり。
未だ体育祭に消極的な実行委員は半数ほどいるみたいだが、「例年通りでいい」と異を唱える人は誰もいなかった。その代わりにほとんど置いてけぼりにされていたが。
「競技じゃないけど、五年前までは部活動のパフォーマンスっていうのが午後の部の頭にあったみたいだよ」
「ふむ、レクリエーションみたいで良いじゃないか。帰宅部の僕は目立てないが、面白そうだからそれも復活させようか!」
「いや待て、それ七年前に地獄再現部とかいうヤバい部活がテントを燃やして問題になってるみたいだぞ。大丈夫なのか?」
「今年は危なそうな部活はありませんし、我々がパフォーマンス内容をしっかり管理すれば大丈夫だと思いますよ。各部活の活動報告は生徒会に保管されてますから、僕の方から確認しておきましょう」
こうして、先頭に立つ数人によってプログラムの更新は進んでいく。
俺も実行委員に選ばれた時は面倒な事になったと心の中でぼやいたものの、参加しているうちに段々と楽しくなってきた。
全体的なボリュームや所要時間、選手の疲労を想定しながらプログラムを組んでいくのには少し骨が折れたが、たまに橘先輩が見ているだけだった人達に声をかけていったおかげで少しずつ意見を出してくれるようになり、委員会の団結も深まっていった。二時間が過ぎた頃には大まかな仮プログラムが出来上がっていた。
「これなら、今までよりずっと面白くなりそうだね!」
一番アイデアを出した彩月も、その出来に満足そうだった。
後は橘先輩が先生にこの話を通してくれるらしいので、これで仕事はひとつ完了という事になる。
「次の集まりは一週間後、今日と同じくこの教室で九時から始めます。皆さんお疲れ様でした」
そう橘先輩が締め、何事も無く二回目の会議も終了。
夏休みを返上して集まった実行委員達は午後の予定について話ながら足早に教室を出て行く。彼らを尻目に、俺は部屋の冷房を切っている橘先輩に声をかけた。
「先輩、ちょっと良いですか」
「どうしました?」
「この前の会議で言ってた実行委員会の仕事に、いくつかの部活に協力してもらうよう頼みに行くやつがありましたよね」
「ええ。放送部は『実況と解説がしたい』と向こうから申し出て来ましたが、それ以外はこちらからお願いしに行く形になります」
体育祭実行委員会の仕事は企画と運営。しかしその中には寄せ集めの実行委員会じゃできない仕事もある。機械周りの調整やテントの設営などがそうだ。
そうして知識や人手などいろいろなものが足りないとなった時、実行委員会は協力してくれそうな部活動へ手伝いをお願いしに行ったりするのだそう。
「今の所決まってるのは……調理部、電子部、肉体労働部、あと学内情報部ですね」
やっぱりその名前があった。
体育祭に関する情報が学内掲示板に載っていたのは去年見ていたので、情報部とも打ち合わせをするだろうと思っていた。
「その仕事、もしよかったら俺にやらせてもらえませんか?」
仕事の割り振りを決める段階でもないのにそんな事を言われ、橘先輩はポカンとしていた。
イクテシアとの戦いがあった八月の終わり頃。俺とケンは喧嘩別れみたいになってから、まだ一度も話をしていない。寮ですれ違う事はあったけど、何となく気まずくて話を切り出せずにいた。
このままでは駄目だとは思ってる。でも、情けない事にどう仲直りすればいいか分からない。ケンと意見がぶつかった事なんて今まで無かったんだ。
だから、無理やりにでもきっかけを作らないといけないと思って、実行委員会の仕事として情報部に出向く事にした。
「えっとその、もしかしたら来年も実行委員になるかもしれませんし、いろんな部活に顔を覚えてもらった方が何かと好都合だなと思いまして……」
まるで公私混同みたいだし、個人的な事情を正直に言う訳にもいかないから、先輩にはそれっぽい理由を説明した。
「なるほど。確かに今年で最後の三年生よりは適任かもしれませんね」
タブレット端末に視線を落としながら、橘先輩は承諾してくれた。
「今年は例年と違いますので、各部活にはもう少し予定を詰めてから連絡を入れようと思ってます。その後、芹田君にお願いしましょうか」
「ありがとうございます」
実行委員として働く事も悪くないと思えてきた所だから、自分から仕事を増やすのも別に苦じゃない。これはケンと話をするための口実みたいなものだし。
「あ、お話終わった?」
「待たせて悪いな」
教室を出ると、彩月が壁にもたれ掛かって待っていた。この後は彩月とランク戦についての勉強をする事になってる。ランク戦の、というより『能力戦の勉強』とでも言った方がいいだろう。
怪我のせいで激しい運動を禁じられてるので、最近は特訓の代わりに、彩月の頭にぎっしり詰まっている特殊能力を用いた戦闘術について教わっているのだ。
「ところで流輝君、宿題終わった?」
「見せないぞ」
「まだ何も言ってないのに」
「そうかそうだよな、決めつけるのは良くない。さすがに彩月も終わってるよな」
ちらりと隣を見ると、彩月は珍しく焦りを見せるように目を泳がせていた。頬を伝う汗はきっと暑さによるものだけじゃないだろう。
「……数学と化学と美術の風景撮影と念波の論文が終わってない」
「おい。あと十日で終わるのに半分も残ってるじゃねぇか。なぜやらない」
「これでもやろうとは思ってるんだよ? でもすぐ忘れちゃって……てへ」
「てへじゃない」
どうやらしばらくは、俺の勉強よりも彩月の宿題を見なくてはいけなさそうだ。毎朝特訓に付き合ってもらってる手前、助けない訳にもいかない。まあ見せはしないけど。
彩月はこう見えて頭は良いし、頑張れば始業式の日までには終わるだろう。
「あれ、永羅ちゃんだ」
ちょうど部室棟の出口まで来た所で、彩月は外を歩いてた双狩を指さした。彼女の方もこちらに気付くと、駆け足で近付いて来た。
「あんた達、ここにいたのね……探したわよ」
「わあ、すごい汗。大丈夫?」
彩月の言う通り、双狩は大量の汗をかきながら肩で息をしていた。この暑い中あちこち走っていたようだ。
「探したって、そんなに急ぎの用事が?」
「別に急ぎとは言われてないんだけど……急ぎみたいなものよ」
彩月が能力で作った氷をハンカチで包んで額に当て、ようやく落ち着いた様子の双狩は真剣な口調で続けた。
「七実酉があんた達二人を探してたわ。一緒にいる所をよく見るからって私が伝言役を任されたのよ。いい迷惑ね全く」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」
「別に喜んで無いし」
伝言を届けるために俺達を探し回っていたらしい双狩はちょっと口角を上げてそう言うが、それよりもだ。
「ナナミドリって、誰?」
少なくとも二年B組のクラスメイトではない。頑張って全員の名前を覚えたからそれは断言できる。
だが、双狩から帰って来たのは呆れの声だった。
「あんた知らないの? 風紀委員会の副委員長。そいつから風紀委員室に来いとのお達しよ」
「風紀委員会……ああ、あいつか」
俺の脳内に、終業式の日に学園長室でばったり出くわした時の記憶が蘇った。一年生の頃に風紀委員長のお誘いを断ったせいで俺の事を嫌っている奴だ。
「風紀委員メンバーはなにかと有名なのに、まさか知らないなんてね。まあ私の事も覚えてなかったくらいだししょうがないわよねー」
「まだそれ言うか……悪かったって」
初対面時にクラスメイトだと気付かれなかった事を根に持ってるらしい。今までの俺は失礼なくらい周りに無関心だったし、悪いのは全面的に俺なんだけどさ。
「この学園の風紀委員会がおっかないのは知ってたけど、メンバーにまでは詳しくなかったんだよ。好き好んで深入りしようとも思わないし」
「でも今まさに呼び出されてるじゃない。また私の知らない所で何かに巻き込まれてるワケ? その怪我みたいにさ」
「いやいや、心当たりなんてねえよ」
じろりと目を向けられて、俺は首を振って否定した。
怪我の事は双狩にも、ケンに説明したような『ヤバい奴に追われてる子を助けた時に怪我をした』と言ってある。当時双狩は、学園で管理局員を名乗る不審な人物の会話を聞いて、俺が事件に巻き込まれたという事を知ったらしい。なのでとても心配していたようで、それはそれは質問攻めにされた。
ちなみに、その『不審な人物』は俺の位置情報を知りたがっていたらしく、まあ十中八九イクテシアの者だろう。俺達がどれだけ逃げても正確に追われていたのは、そういうカラクリだったのだ。まさか真季那じゃなくて俺の位置を頼りに追跡されてたなんて、不覚だった。
今更何を考えてもどうしようもないのだが、つい右の二の腕に意識が行ってしまう。もうインプラントは溶けて無くなっているはずだが、やっぱり便利なモノは逆手に取られると危険だな……。
「ともかく、早く行った方が良いわよ。目を付けられても良い事ないんだし」
「しょうがない。さっさと行くか」
「だねー」
風紀委員会に呼ばれるとなるとやや気乗りしないが、双狩の言う通り無駄に目を付けられても得はしない。
何の用事か知らないけど、さっさと終わらせるに限る。




