少年少女を動かす言葉
修学旅行や文化祭など、二学期には様々な行事がある。
その中で間近に迫っているものといえば、体育祭だ。
「というわけで、今から体育祭の実行委員を決めたいと思います」
一人ずつ別室で行われる心理カウンセリングのような面談を終えて再び教室に集まった俺達は、教壇に立った学級委員長のそんな言葉を聞いて、しんと静まり返った。
登校日として集まったもうひとつの理由がこれ。
九月末に控えた体育祭の準備を取り仕切る、実行委員会の選出だ。
星天学園の体育祭は自由度が高いと言うべきか、はたまた実行委員会の権限が強いと言うべきか。この学園における『実行委員会』とは、その行事をある程度自由に動かす事ができるのだ。
実行委員会の中で話がまとまれば、体育祭の種目を好き勝手に減らしたり改変したり出来てしまえるらしい。聞いた話では、過去に玉入れが大好き過ぎる生徒が実行委員長になったことにより、体育祭が全校生徒玉入れトーナメント大会と化した事もあるのだとか。
そんなメチャクチャな事をしてしまえる実行委員は傍から見れば楽しそうだが、実際は責任重大だし仕事も多いしで、まあまあ面倒臭いらしい。魅力に対して仕事量が釣り合ってないと聞く。まあ体育祭をどうこうできる権利って言われても、そもそも体育祭に対して興味が薄い場合は魅力にも感じないしな。
結果、文化祭実行委員ほどじゃないにしろ面倒臭いのに変わりはない体育祭実行委員は、学園中の生徒がやりたがらない『二大面倒委員会』の一角として有名なのだ。
「各クラスから二人選ぶ事になってます。誰かやりたい人はいませんか?」
俺の席は窓際の最後列だから、クラスの様子がよく見える。彼女の声に誰も微動だにしなかった。
ここで手を挙げてしまえば、残り半月となった夏休みのさらに半分ほどが実行委員会の集まりで消えてしまう。そりゃあ誰も名乗り出ない。
俺の個人的な意見だけど、このクラスには「自分の時間を削ってでも体育祭をいいモノにしよう!」というイベント事に熱い人はいない。
最近名前を覚えた鈴生委員長は責任感のあるいい人だけど、学級委員長は学校行事の実行委員会には入れない決まりだ。鷹倉をはじめとする勝負には全力で挑むタチの生徒も一部いるけど、彼ら彼女らも進んで面倒事に飛び込むほど物好きではないらしい。
「はい! ボクやりたい!!」
物好きは隣にいた。
挙手と共に勢いよく立ち上がって、彩月が名乗りを上げた。
クラスに一人はいそうな体育祭に全力を出す体育会系のヤツがB組にはいなかったが、クラスに一人いるかいないかと言った具合の、よく考えているのか何も考えていないのか分からないチャレンジャーならいたのだ。しかも、とびっきりにやる気と元気のある少女が。
「え、彩月さん、ですか。本当にいいんですか……?」
しかし残念なのが、立候補者があの彩月という点。
転入直後、学年ランクに全く影響しないにも関わらず『強そう』という理由で先輩や後輩にまでランク戦をふっかけて全員なぎ倒して来た、学園のどこかで戦闘狂と呼ばれる少女。同格のライバルを自分の手で育て上げようとするほどの、戦いが大好きな少女なのだ。
そんな彩月が体育祭を動かす事になったら、一体どうなってしまうのだろうか。俺の予想だと、新競技として全学年入り混じった悲惨で危険な大乱闘とか提案しそう。ただのスポーツイベントが戦場と化すだろう。
他のクラスメイトがどんな想像をしたのかは分からないけど、まあ俺とそう変わらない未来を見たんだろう。半数以上が不安そうな顔で彩月を見ていた。
「じ、実行委員会って結構大変みたいですよ? 誰もやりたがらないからって、そんな無理に手を挙げなくても……」
「無理してないよう。面白そうだなーって思っただけ」
「面白い……かどうかはさておき、本当にいいんですね? 決まったら変更は出来ませんよ?」
「うん、いいよ!」
すぐに一人が決まって本来ならば嬉しいはずの委員長ですら、何度も確認を取っている。
彩月が汚れ役を買って出る優等生とは程遠い存在であると知っていながら、そういう事にして引き下がってくれないかと期待するほどに。
「わ、分かりました。じゃあ一人目は、彩月さんという事で」
委員長、折れた。
彩月はにっこり笑顔で着席し、鈴生委員長は物凄く心配そうな顔でホログラムパネルを操作する。誰も声をあげないので、そのまま流れで彩月に決定してしまった。
「それではあと一人ですね。誰かいますか……?」
改めて委員長は皆を見回すが、当然ながら誰も手を挙げない。
体育祭実行委員というただでさえ大きな仕事に加え、何考えてるか分からない学園最強の少女を制御しなければいけないという最高難易度ミッションまで追加されたのだから、並みの覚悟じゃ務まらない。いつも一緒にいる俺ですら、彩月が本気で暴走したら止められる自信なんてないし。
「えっと、実行委員会はこの後会議を行う予定がありますので、今日中に決める必要があるんですけど……」
遠慮がちな時間が差し迫っていますアピールにも一同反応無し。実行委員をやりたくないのはクラスのみんなが同じだろうし、トレーニングの時間が減るから俺もやりたくないから気持ちは分かるけど、全員あまりにも頑なすぎて進行役の委員長がちょっと可哀想だった。
「委員長! ひとつ提案があります!」
と、ここで一人の少女が大きな声で注目を集めた。彼女は女子の体育委員だ。名前は確か……辻村だ。
きっと膠着状態を極めた果てに待つバッドエンドその一「決まらなければ体育委員の方にやってもらいます」を回避するべく自ら動き出したのだろう。
俺とか普通の生徒だったらこんな風に立ち上がった途端「お前やりたいんだな、じゃあ決定!」と強引な吊るし上げに遭う事必至だが、二年B組の愛されキャラ的ムードメーカーの地位を確立している辻村は違うようだ。彼女の突然の申し出に、皆は茶々を入れなかった。
「辻村さん、立候補ですか?」
「違います! でも、代わりにやってくれそうな人を推薦します!」
なんと、ここで生贄を差し出すとは。相当仲の良い相手じゃなかったら、たとえ辻村だろうと恨みを買って嫌われてしまうかもしれないのに。大胆な手だな。
「彩月さんの相方と言えば彼しかいないでしょう!!」
そう言いながら辻村は、芹田流輝とかいう教室のすみっこで傍観者ヅラしている男を指さした。
「…………俺!?」
生贄に選ばれたのは、仲が良いどころか会話すらした事もない俺でした。
「そうだな、辻村の言う通りだ! 適任者は芹田しかいないよな!」
ここぞとばかりに便乗するのは四季野という名の男子。
終業式の日、机に頭をぶつけながら俺に頭を下げて謝り、ついでに俺と彩月の関係性について面倒臭い絡み方をして来た例の男だ。あれから寮で何度か話すようになって、少し距離が縮まったクラスメイトの一人でもある。
今まで関りの無いクラスメイトは名前すら覚えていなかった俺だが、彼らと話すようになってこのままじゃいけないと思い、委員長とか辻村とかを含めたクラスメイトの名前は夏休み中に覚えて来た。
真面目にクラスの一員になるキッカケを作ってくれたという意味では四季野にも感謝していたんだが、その感謝は無かったことにしてやろうかと思い始めた。
「お前、面倒事を押し付けたいだけじゃないだろうな」
「そ、そんなわけないだろ! このまま誰もやらないってんなら俺が実行委員やってもいいけど、芹田の方が向いてるんじゃないかなーって思っただけだよ!」
「ありがとう、でも向いてないから譲るわ。言い出しっぺの辻村に」
「わわ私!? いやいや私こそ向いてないですよ! 芹田君は彩月さんと仲良いですし、二人でやる方が絶対良いですって! ね?」
「はい、芹田が適任だと思うやつ挙手!」
「俺も四季野に賛成!」
「私も! つじちゃんの目に狂いは無い!」
どうしても『二人目』になりたくないのか、みんな必死だ。もうこれいじめじゃない?
教室内が湧き始めたタイミングで、ムードメーカー改め扇動者の辻村はもう一度俺を指さす。その瞳には今まさに切り札を繰り出す戦略家の光が宿っていた。
「逆に聞きますけど芹田君! もしかして芹田君は彩月さんと一緒に実行委員やるのが不満なんですか? 嫌なんですか? お友達なのに!」
「うぐっ……それは語弊があるだろ! 別に嫌とかそういう訳じゃなくて!」
「ふーんそーなんだ……まあ流輝君が嫌なら無理強いは良くないよね……」
「お前も真に受けないで!?」
なんか右隣で寂しそうに俯く子がいた。いつもなら強引に引きずり込んで来そうなものなのに、やけにあっさり引き下がるから本気なのか冗談なのか分からない。とても心が痛い。
「~~~っ!」
収拾がつかなくなって委員長はオロオロしてるし先生は呆れてるし、扇動者と便乗者は大衆を味方につけやがったし、本当に傷付いてるのか判断に困る彩月はいつになく暗いオーラを漂わせてるし。
俺に選択肢など無かった。きっと彼女がやりたいと手を挙げたその時から、俺の運命も一緒に決まっていたのかもしれない。
「……やります。やらせてください」
全てを解決する魔法の言葉を、俺は口にした。




