傷の奥にある秘密
九月一日は登校日だ。
ほとんどの学校から無くなって久しい登校日だが、星天学園では数年前に復活したらしい。
詳しい理由は分からないが、夏休みの終わりが見えてきたこの時期にやんちゃする生徒が多いそうで、一度全員を集めて変わりがないかチェックするために設けられたのだとか。
だが今年に限ってはそれだけでもない。
七月末のテロ事件から一ヶ月ほどが過ぎた今、あの日の事を思い出してストレス障害など心身の異常が現れていないかなど、生徒全員の状態を確認するための面談も行うようだ。
とにかく、夏休みもあと半月という今日、俺達は二年B組の教室に集まっていた。
一ヶ月ぶりともなると少し懐かしいなぁ、とか考えていた俺だったが。
「芹田テメェ、その怪我は一体どういう了見だ!!」
ホームルーム開始十分前に到着した鷹倉に胸倉を掴まれている。寮は同じとはいえ別によく会う訳でもないから、こいつの声を聞くのも久しぶりだ。
服を引っ張られた拍子に、見えない所にある右肩の傷が痛んで思わず顔をしかめると、鷹倉の手に宿る力が少し緩くなった。やっぱコイツ少し優しくなったよな。
彼の言う「その怪我」というのはもちろん包帯を巻いている左手の事。イクテシアとの戦いから数日しか経ってないんだから、当然今も療養中。左手の中で人工細胞が元気に働いてくれているおかげで少しずつ手の感覚を取り戻している。
「どうって言われても……ちょっとした不注意と不幸な巡り合わせの事故で怪我しちゃった」
という適当な感じではぐらかしておく。
深層機関の事は当然伏せておくとしても、事件に巻き込まれて負った傷だなんて、広まって得する話でも無いからな。
「怪我しちゃった、じゃねえよ! 俺の言葉を忘れた訳じゃねえだろうな!?」
「そ、それはもちろん覚えてるよ。夏休みが開けたら今度こそ決着つけるって話だろ?」
終業式の日に廊下でばったり出くわした際に、鷹倉はそんな宣戦布告を俺にぶつけた。
そう言えば『また変な事して怪我でもしやがったらぶっ飛ばす』とも言ってたな。という事は、返答次第で俺は今からぶっ飛ばされる訳だ。
「忘れるわけねえだろ。ってか、言われなくてもお前とはもう一度戦うつもりだし」
あの日のランク戦を通して、鷹倉に対する俺の考えは少し変わっていた。コイツが悪意十割で俺にちょっかいをかけていた訳では無いと知って、純粋な戦いの相手として鷹倉を見るようになった。
「怪我が完治したら一番に挑んでやるから、覚悟しとけよな」
「ハッ、言うようになったじゃねえか」
鷹倉は俺の胸倉から手を放して、不敵に笑って見せた。
格下の『無能力者』を嘲笑う時の笑みではなく、かつての戦いの最中に見せた、好敵手としての笑みだった。
その笑みを見られて嬉しいと思ってる俺も、コイツに感化されちゃってるのかもしれない。
「けど、次は無ぇからな。治りきる前にまた怪我しやがったら、今度こそボコボコにすんぞ」
「そう言われると怪我しそうな気がしてきた。もしかしてこの怪我も、お前があんなこと言ったから……」
「俺のせいにすんな! もう怪我するような事すんじゃねえぞ!」
「それはフリで言ってる?」
「フリじゃねえ!」
フラグを立てられてる気がする。もちろん冗談だけど。
そもそも、こんな怪我しょっちゅうしていいはずがない。今回は左手と右肩が刺されただけのおかげで二日に一回病院に通うだけで済んでいるが、もっと全身ズタズタにやられていたら入院沙汰だっただろう。もしも『次』があるのなら、もう少し怪我をしない方向で頑張りたいものだ。
まあだからと言って、深層機関から能力者を助ける手を緩めるつもりも無いけど。
冗談を言い合ってるうちに五分前の予鈴が鳴り、鷹倉は自分の席に戻って行った。俺が再戦の約束を忘れてない事にお気を召したのか、ぶっ飛ばされる事はなかった。よかった。
「いつの間にか、来我君と仲良くなってない?」
俺も自分の席に座ると、右隣から面白がるような声が来た。
さっきのやりとりを聞いてたのだろう。冷房で冷たくなってる机に頬をすりつけてだらけていた彩月が、頭を持ち上げてにんまりと笑っていた。
「仲良しとは言えないだろ。一ヶ月ぶりの再会が胸倉掴んでのガン飛ばしだぞ?」
「でも、今までの関係性だったら馬鹿にされておしまいでしょ」
「それはその通りだけど」
俺とあいつの関係性がそれほど危ういものじゃなくなったとクラスの皆も察してるのか、さっきみたいに鷹倉の怒声が飛んでも、誰も怯えたり心配するような視線を向けなくなった。これも良い変化のひとつだと思う。
「でもでも、今回はボクも来我君と同じ気持ちだよ。実家から帰って来た流輝君がとんでもないお土産傷を持って来て、ボクめちゃくちゃ驚いたんだからね?」
「ああ、めちゃくちゃ驚いてたな」
「しかも、『ゴーストタウン』ともう会ってたなんてね。一報くらい欲しかったなー」
「それはゴメンって。俺もまさか帰省中に会うとは思ってなかったからさ」
毎朝顔を合わせている彩月は当然、怪我の事も既に知ってるし、彼女には一部本当の事も話してある。
帰省中に『ゴーストタウン』から呼び出され、彼の言う『人助け』のひとつを手伝ってる際に、犯人の反撃で傷を負ってしまった。彩月にはそう伝えてある。
イクテシア関連の事をぼやかした以外は、ほとんど真実に近い内容だ。
「まーボクも帰省中だったし、呼ばれても十秒以内に駆け付けられるかどうかも分からなかったから、今回は事後報告になったことには目を瞑るけど」
「別に十秒以内である必要は無いんだぞ」
「でも次は、ちゃんと連絡してよね? また怪我する前に」
「了解です」
彩月はまだ『ゴーストタウン』の事を疑っている。彼の『人助け』が数日前の一件で終わりじゃない事は伝えてあるから、きっとまだ警戒している事だろう。だから俺は、彼から何かしら接触があった場合は連絡をするという、守れない約束をしている。
俺はこれからも、プリズム・ツリーの一員として深層機関と戦う事は秘密にしなければならない。
せめて、サイクキアから彩月を救い出す時までは。
「で、話は変わるけどさ。ボクすごい事に気が付いちゃったの」
「『ゴーストタウン』の話?」
「ううん、それよりものすごい話」
彩月は先ほどよりも真剣な目つきになる。
「ボクたち、夏なのに海にもプールにも行ってないよね」
「ホントに話変わったな」
『ゴーストタウン』に関する話は一瞬で流れた。青春を謳歌する少女にとっては、得体のしれない犯罪者など海やプール以下らしい。ドンマイ『ゴーストタウン』。
「でも言われてみれば、なにかとイベント事が好きそうなお前が行ってないのは不思議だな」
「いやー、今まで行った事が無いからさ、ついつい忘れてたんだよー」
「そ、そっか」
水族館の時同様、彼女の過去をほのめかす発言には毎度心が締め付けられる想いだ。
「夏休みはまだ終わってないし、今からでも十分間に合うだろ。楽しんで来いよ」
「いや、今年は行かないよ。流輝君もその怪我じゃ、水の中になんて入れないでしょ?」
「俺? 俺は留守番でいいよ。一人が嫌なら、双狩とか誘ってみたら来てくれるんじゃないか?」
「それはなんか仲間はずれみたいでモヤモヤするもん。初めてなんだしみんなで行きたいの」
頬を膨らませながら、椅子の背もたれに体重を乗せてゆらゆらと揺れる彩月。そんな事を言われたら素直に嬉しいじゃないか。それに少し照れ臭い。
「だから冬に行こうね」
「凍え死ねと?」
「冗談だよー」
「お前なら特訓とか言ってやりかねない……」
これには顔も引きつる。対して、彩月はどこまでも楽しそうだった。
「冬は冬の楽しみがあるからね。海はまた来年ってことで!」
そう言って、彩月はワクワクした顔で笑う。
なんて事ないように未来の計画を語る彼女の笑顔は、本当に屈託のないものだった。




