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サイケデリック・モノクローム ~異能学園成り上がり計画~  作者: ポテトギア
第七章 必要なもの、必要とされるもの
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暗い沼からの誘い

 暴力とは人を攻撃するための手段であり、攻撃とは戦いに使う手段。そして、戦いとは何かを得る為の手段である。

 だというのに何の目的も無く、あるいは戦いそのものを目的として戦いを求めるのは意味のない行動であり本末転倒。人はそのような者を『戦闘狂』と呼び、星天学園では二年生のランク1位――とある白髪の少女がまさに、一部からそういった評価を受けている。


 ならば。

 何の目的もなく暴力を振るう者、人を見下す事そのものに悦びを見出している者もまた、狂っていると評していいのかもしれない。

 または『虐めたいから虐めている』というだけの、何も考えていないただの子供か。


「おいおい、十六回殴られた程度でもう立てないのかよぉ」


 今回で言えば、恐らく後者だろう。

 目の前から発せられる不快な笑い声は、狂っているというより、ただ知性が足りていないだけ。

 それが、殴られた相手であり、地面に背を着けて涙を浮かべる静木(しずき)(しずく)が思いつく、精一杯の反撃の言葉だった。


「今日は部活で疲れたからさあ、もうちっとストレス解消に付き合ってくんねぇかな、雫ちゃんよ!!」


 邪悪に目を輝かせた男子生徒が何もない所へ拳を振り抜くと、起き上がろうとしていた静木の頬に鈍い衝撃がぶつかり、体が横に倒れた。その様子を見て、殴った男の周りにいる三人の男子生徒が笑う。体育館から少し離れた裏手にある薄暗い倉庫の中に、ゲラゲラと品の無い笑い声が響いた。


 雫ちゃんなどと呼ばれているが、静木も彼らと同じ一年B組の男子生徒だ。

 背が小さく中性的な顔立ちなうえに、人一倍内気でビビり。そのせいで『女子っぽい』と幼稚なからかわれ方をされ、入学してすぐにクラスの不良に目を付けられてしまった。


「ほーら十八! 十九! 二十発目!!」


 離れた所を殴る。相手はただそれだけの、攻撃に特化した念動系の能力だ。

 それは分かっていても、静木にはどうする事もできない。

 静木の能力は弱く、相手との体格差も大きい。勝てる要素が何もないのでは戦いにもならない。


「ぐっ……う……」


 何度も何度も殴られた痛みと、抵抗も出来ない弱い自分への嫌悪で、堪えていた涙が零れた。その顔を見てもなお、静木を取り囲む男子達は笑う。


「あーあ、雫ちゃん泣いちゃったよ。さすがにやり過ぎたんじゃね?」

「大丈夫だろ。誰かにチクる度胸すらねぇもんな」


 彼の拳が再び空を切り、倉庫の壁に沿って並ぶ棚にあったカゴが次々と落下する。中にあった野球ボールやホログラム投影装置などがバラバラと静木に降り注いだ。

 頭上からの痛みに、静木は小さく呻いた。


「それにこうしとけば、片付けの途中にヘマしただけにしか見えねぇよ」

「おー、頭良いなお前」

「優しい雫ちゃんはいつも俺たちの代わりに片付けてくれるもんなっ」


 彼らは足元に転がったボールを拾って投げ、静木の頭に当たったのを見てまた笑った。


「お前ら、そろそろ行くぞー。顧問が見に来るかもしれねぇしな」


 静木を殴り続けていた男子が声をかけ、四人はぞろぞろと出て行く。最後の一人が「お片付け頑張ってねー」と心にもない事を言い残してシャッターを閉め、暗い体育倉庫には静木一人が残された。窓から差し込む光だけが、彼を最後まで見ていた。


 静まり返った倉庫に響くのは、少年一人のすすり泣きだけ。

 しかし彼の中には、自分を虐めていた四人の笑い声がずっと響いている。涙はしばらく止まりそうになかった。


 こんな事ですぐに泣くせいで、彼らにからかわれているというのは理解している。でも、苦しいものはしょうがない。悲しいものはしょうがないじゃないか。


「うぐっ……片付けないと……」


 どうにか涙を引っ込めた静木は、よろよろと立ち上がる。ニ十回も殴られて体中は痛むし口の中は血の味がするしで散々だが、静木はすぐに保健室へ向かおうとはしなかった。


 元々は彼らが片付けるはずだった体育倉庫は、他でもない彼らのせいで余計に散らかっている。静木は何も悪くないのだが、それでも放っておくのは良くない気がして、黙ってボールを拾い始めた。こういう変に真面目な所も、付け込まれていいように使われる要因なのだろう。


「……?」


 彼が異変に気付いたのは、散らばった野球ボールを集め終わり、野球ボールより一回り小さいサイズのホログラム投影装置を拾おうとした時だった。

 角張ったハマグリのようなシルエットの投影装置が、ふわふわと浮かび始めたのだ。


「わっ、うわぁ!?」


 薄暗い中でいきなり物が浮いたことに驚いて、静木は後ずさった拍子に尻餅をついた。


『――あ、あー。聞こえてるかな?』

「ふえぁ!?」


 今度は人の声がした。それも、ボイスチェンジャーでも使っているかのような、明らかに素の声ではないと分かる高い音。それが一層不気味で、ビビりな静木はまた泣きそうになった。

 そもそもこの投影装置は、本来ならばカラーコーンや得点表などを映し出すはずの、運動部がよく使っているごく普通のホログラムデバイスだ。スピーカーなんてついてないはずなのだが……。


『うーん、驚いてるね。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ、別に襲ったりはしないから』

「みみ、見えてるの!?」

『バッチリ見えてるし聞こえてるよ、静木雫クン』


 つい聞き返してしまったが、会話が成立しているという事はマイクもどこかにあるという事だ。ますます訳の分からない状況に、静木はもう固まるしかなかった。

 そんな姿も『向こう』には筒抜けなのか、くつくつと笑うような声が聞こえた。


『さっきも言ったけど、僕は君を襲いに来たんじゃない。さっきのヤンチャ坊主達とは違ってね』

「さっきの、って……」

『君を虐めてた四人組の事さ』


 それも見えていたのか。静木は驚いて目を丸くした。

 さっきの事を思い出した途端、忘れようと意識していた頬の痛みがまた返って来た。

 頬に手を当てる静木を見て、彼の正面にふわふわ浮かぶ投影装置は、こう問いかけて来た。


『こんな生活、変えたいと思わない?』

「え……?」


 それは余りにも突然の問いだった。

 しかし同時に、静木雫が心のどこかで待ち望んでいた問いだった。


『能力の強弱によって定められてしまうヒエラルキーに従って、ただ憂さ晴らしの道具として生きる毎日。君が好きでサンドバッグになってる訳じゃ無い事くらい、誰にでも分かる。学園に入学して五ヶ月……そろそろ嫌になって来たんじゃない?』


 普通の投影装置に紛れていたと思わしき、得体のしれないナゾの物体。そして、その奥から話しかけている何者か。どこを取っても怪しい状況だったが、今の問いは、静木の気を引き留めるには十分すぎる言葉だった。


「……変えたい、ですよ」


 相手が誰なのか。敵なのか味方なのか。そんな疑問すらも、後回しになるほどに。


「もう殴られるのも、虐められるのも嫌だ……でも、どうしようもないんです。僕には抵抗できる能力も無いから……」

『じゃあ、僕が君のチカラになってあげるって言ったら、どうする?』

「力に……?」

『そう。彼らをやっつけられるほどの力を君に貸そう。あんな程度の低い能力を振りかざして粋がってる奴らなんか目じゃないくらいの、強いチカラを』


 ザザザザ……と、大量の砂をすり潰すかのようなノイズ音が体育倉庫の中を駆け巡る。まるで壁や天井の中を泳ぎ回っているみたいに、音は移動しているように聞こえた。


『ただ条件として、少しだけ僕に協力してもらうけどねー。どうかな?』


 いきなり垂らされた、得体の知れない蜘蛛の糸。

 続く先の見えない救いを疑う余裕もないくらいには、静木の心は傷付きすぎていた。


「……やります」


 咄嗟に掴んだ、と言ってもいいかもしれない。

 もたもたしていると消えてしまうかもしれない、このチャンスを逃せば次は無いかもしれないという焦り。そして、この苦しみから解放されるかもしれないという微かな希望が、彼の中にあった。


「あなたに、協力します」

『交渉成立だネ』


 ボイスチェンジャーの人物が笑ったのが、声で分かった。

 周囲を蠢いていたノイズが一点に集まった。目の前に浮かぶ投影装置に向かって集束していくのは、真っ黒な砂粒の群れ。ザリザリと耳に残る音を立てながら、黒い粒子の群れは人型を作った。


『今日から僕と君は協力関係だ。お互いの目指す未来のために頑張ろうじゃないか』

「あ、あの……あなたは、誰なんですか?」

『おっとそうだった。ちゃんと名乗らないとね。いつまでも怪しい人認定じゃ僕も寂しいや』


 投影装置を包み込んだ黒い砂嵐は、人型を保ったまま目の前に浮かぶ。まるで、地面から切り離された影。


 ――あるいは、幽霊のように。


『「()()()()()()()」。それが僕の名前だよ』


 不気味に漂う『黒い幽霊』が、救いを求める少年を静かに見下ろしていた。


 九月一日。

 夏の暑さが未だに猛威を振るう今日、一人の少年に冷たい救いがもたらされた。

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