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神島の夜は相変わらず渋谷の交差点並みにうるさい。
動物、鳥、虫、波、そして闇が身体を圧してくるようだ。
「ルオルコ、聞いて!キャリコの布が売れて、薬代が払えたのよ!」
「ああ、良かったな!」
「でも、ボルフからキャリコの布がもっと欲しいと言われてしまって……」
よく寝ている二人の弟妹の間からそっと抜け出すと、母さんの肩をたたいた。
二人はびっくりしているようだけれど、暗闇で見えない。
用意していた言葉を、なるべく自然に言う。
「お母さん、祈りの衣はもう作り終わったわよね?」
冒険少女は嫌いではないが、少し生活を改善したい。
例えばトイレ。
「私、布を織るわ」
***
「布を織るわ」と言ったところで、一人ではろくにシルカを集めることもできない。
トルリコが集めて、ネルリコと一緒に糸を紡ぐことになった。
色付きのシルカは欲しがる者がいなくて取り放題らしい。
藍に染めにくいし、「熟しすぎだよ」という評価らしいのだ。
本当に人の価値観とは難しい。
「神に捧げる物ではないのだから、白糸だけで作らなくてもいいのよ」
と説得し、色付きなんて、と渋る家族を説き伏せて改めて様々な色のシルカを揃えた。
ネルリコに教わって糸を紡ぐ。
ネルリコのようにごく細く糸を紡ぐのは無理だが、紡ぐ作業は楽しかった。
それにしても糸にたどりつくまでが長い。
下手な自分はネルリコのような極細のシルカ糸が紡げず、あきらめて中太と極太のシルカ糸を紡いだ。
「不良品」と眉をひそめる家族をよそに、にやにやしてしまう。
(一反が十二mちょっと……メーユの服はどれくらい布が要るの?わからないからまずはストールを織ろうか)
などと考えながら、すいすいと整経台を操る。
ドラム式の整経台でなくてよかった。
あれは使い方が分からん。
単純な作業なので、すぐに経糸の束が出来上がった。
これを織り機にかけるのである。
一本一本糸を扱うおさ通しと綜絖通し。通し終わった糸を織り機に巻きつけるのはネルリコに助けてもらった。
ここまで来たらもう楽しいだけ、どんどん織っていく。
「とんとんからり」が織物だと思っている方も多いが、実はそれは織物の作業の最後。三割、二割に過ぎない。
糸を作ったり、染めたり、整経したり、織機にかけたりという作業が大半を占めるのである。
織った時間は三時間ほど。
私は最後に極細のシルカで裾を処理すると、慎重に織り機から外した。
「波の色の布になったのね……!」
母さんとネルリコはビックリとウットリが混ざったような表情をしている。
トルリコが触ろうとして父さんに軽く殴られていた。
「……その布は!」
おお、ボルフもいたのかい?
「素晴らしい。ぜひサリラ様に来ていただかなくては……!」
何かを握って、家から飛び出した。
素晴らしいなんて恥ずかしいわ。
いや、前世の私も売れていたことは売れていたからね!
……その時は、その先に大事件が待っているなんて思わなかったのである。