私にできること
「こうなったら祈りの衣とは別の稼ぐ手段を考えた方が家の役に立つ!」
頭を切り替えた私は、大島の婆様の家で文字と数字を教えてもらうことにした。
父さんとトルリコを説き伏せ、小舟を新しく作ってもらって、慣れないオールを扱い、大島へと通う。
婆様は読み書きと簡単な計算ができる。
文字を習えば何か書く仕事ができるし、数字を覚えれば市場で助かるだろうと思って習い始めた。
「仕事もせずにそんな無駄な遊びを覚えてどうするの?キャリコはお嬢さまかい?」
婆様の家に集まった大人たちが怒ったり冷やかしたりする。
「キャリコは頭がいい。婆の仕事を手伝わせるのさ」
婆様がそうかばってくれても、責める大人は絶えなかった。
肩身が狭い。しかし私は粘った。
文字には男文字と女文字があって複雑。すぐに完全な習得をするのは難しそうだが、数字は十進法で分かりやすかった。
しかし、覚え終わってから市場ではいつも口頭で価格が決まると知り、がっかりする。
売り手と買い手の親しさや、その日その商品がどれだけあるのかで値段が変わるのだ。
こればかりは仕方がない。
「せっかく女文字や数字を覚えたんだ。何故だかお前は計算が上手い。婆を手伝っておくれ」
計算は、前世で大学まで数学をやっていたからなぁ。
婆様は大島の陰の村長と言うか、メーユ王国やその他の国に対して村長の交渉役の補佐をしており、筆記係をすれば銅貨の小遣いをあげるよ、と言ってくれた。
大島と小島の収穫高なども管理しているらしい。
銅貨、銀貨、ごくたまに金貨。
色々な作物やそれを作った者の名前、相場、様々な国や商店の名前。
それらを書いていくことが私の当面の仕事になりそうだった。
婆様の家には老若男女が集まる。
その中に、賢そうな黒の目に黒の髪で、一見地味だが整った顔の、私と同い年くらいの少女がたまにあらわれるのに気づいた。いつも赤子を背負っている。キイと言うらしい。
赤子が泣けば婆様の家を出てあやし、泣き止めばまた入ってくる。
静かで、感じのいい子だと思った。
「キイはね、お前と同じ六歳だよ。漁に出た父親を海で亡くしてね、母親は病みついている。母親の看病をしながら赤子の弟を育てて、家事をしているのさ」
兄のギドも十歳なのにたった一人で漁をしているらしい。
嬉々として父さんと海に出てゆくトルリコとは違う。
十歳の子どもが一人で漁は厳しいだろう。
ずっと私を見ていたキイが、ある日話しかけてきた。
「……キャリコは、文字が書けるのね」
「ちょっとだけね」
「教えて欲しい」
キイは迷わずに言った。
「母さんを救う医者になりたいのよ」
「文字だけじゃダメじゃないかねえ」
婆様が言った。
「数字も覚えて計算ができなきゃ医者へ弟子入りはできない」
「覚えるわ」
炊事洗濯家事育児看護勉強。それはなんと忙しくなることだろう。六歳だぞ。
しかし、キイの目は澄んで前を向いていた。
「やる気があるのはいいことさ。覚えたら腕のいい医者に紹介してやろう」
「母さんを医者に診せるのにはいくらくらいかかりますか?」
「金貨三枚くらいかねぇ」
私はびっくりしたが、キイはひるまなかった。
赤子を背負ったキイと二人で文字を学び、私がキイに計算を教え、婆様に言われるままに帳簿をつける日々が始まった。
金は流れていく。銅貨、銀貨、ごくたまに金貨。
小遣いをもらえば野菜が少し買える。母さんが喜ぶ。
キイは貯金をしているようだった。
帳簿をサラサラと書いてゆく私とキイの姿にうるさかった大人たちも黙った。
やりがいのある穏やかな日々。
ところが。