前世を語らせてください
私、高畑理央は新卒でブラックな会社に入ってしまった。
忙しい時期の平均睡眠時間は3時間、「お前の替えはいくらでもいる」と言われ、友達とも疎遠になり、彼氏にはふられ、ストレスと過労で会社のトイレで倒れて病院に救急搬送。
よくある話である。
両親は激怒して会社に退職届を送りつけ、私は気力体力が極限まで削られて何をする気にもなれず、呆然と日々を過ごしていた。
そんな時に母がお友達から紹介されたのが師匠である。
「染織のお教室があるらしいの。通ってみない?」
絵を描くことが好きで小中高大美術部に所属していた私は、不器用ながらもそこそこだった色彩感覚を駆使して急速に品物のクオリティを上げていった。
しかし、その上達の速さから、憩いの場だと思っていた教室をプロになりたくて通っていると勘違いされ、キャリア三十年の先輩が要らないアドバイスをくれる。
「あなたは専門学校や美大を出たわけではないでしょう?ここにいても先はないわ。早くOLさんに戻りなさい」
OLなめんな、社畜は奥さん方が思うよりハードモードだぜ。
魂に火のついた私は巨大なタペストリーを織り上げ、中規模の公募展に応募し、一発で大賞を取ってしまう。
それがきっかけで国の後継者育成事業に指名され、数年間の研修を経て独立。
展示会を開き、百貨店の職人市にも参加して、新聞に取材されたりもした。
ここまではまんがみたいである、と自分でも思う。
しかし、そこで非情な現実を突きつけられる。
父は会社員、母は兼業主婦だった私はお商売……金勘定がまったくできなかったのである。
(糸と染料の仕入れがこの値段で、作成にこの期間かかっていて、ギャラリーや百貨店の手数料、送料……機材の減価償却ってどうすればいいの、それより家賃と光熱費を忘れてるわ!)
混乱しながら作成と販売を続けるうちに黒字と貯金が減ってゆき、借金すらしてしまいそうな自分に怖くなって、いつの間にか心身をまた削って、今度は作業場のトイレで倒れた。
そして、一大決心をして、十年以上頑張った染織を辞めて作業場を引き払い、新しい何かをやってみようと思っていた矢先の異世界転生。
正直、少しは戻りたい。
優しい母、子どもっぽい父、生意気でアホだが憎めない弟、郷愁を誘うものばかりである。
しかし彼氏も友達もいやしねぇ毎日は正直寂しかった。
それに、まあ、百年後か何年後か分からないが今とにかく美少女に生まれ変われたのである。
もうけた。
しかも、自分の得意分野である染織をすることができる。
(やったね! ……って、糸芭蕉を刈り取ったことは、正直ないよ!)
令和の日本全国の染織家の中で、材料を栽培しているところからやっている人は一握りだろう。
そもそも趣味でなくプロとして天然素材の天然染料で全工程を一人だけで染織をしている人がごく少数なのだ。
私の専門は絹と天然染料だった。
芭蕉布の作り方なんて、一回しか見たことがない。
さて、どうなるのか。