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キャリコの島買い

今年も祈りの衣を捧げて、その勢いで次の日から深海の衣を織り上げる。

一週間ほどで四枚の深海の衣が出来上がると、完成を待っていたメーユ王国から迎えが来た。

竜使いの騎士が神島に来るという異常事態に神島の者はいぶかしがるが、事情を話した家族は覚悟を決めた私を無言で送り出した。

本当は婆ちゃんと母さんと父さんが私に隠れて


「何も知らない娘にこんなむごいことをさせるなんて!」


ともめていたけれど、


「他に手がないんだ」


というトルリコの言葉に結局は折れたのだ。

旅立つ前日、婆ちゃんが花束を持って来た。幼いころ、良く採ってきてくれた蜜の花だ。


「ありがとう、今すぐ食べるね」

「そうじゃない」


婆ちゃんの目が暗く光った。


「この花の蜜は傷むと毒に変わる。味は変わらない。キャリコをひどい目に合わせる奴に食べさせてやるといい」

「その方々は、花なんか食べないわ。それに私は、自分のために行くのよ」


婆ちゃんを抱きしめると、小さくなってしまった婆ちゃんが花をばらばら落として泣いた。

婆ちゃんが小さくなったのではない、私が大きくなったのか。


「お前にこんなことをさせてしまって……!」


大丈夫、大丈夫と私は繰り返して、婆ちゃんの背中をなでた。

次の朝。


「行ってきます!」


竜にまたがり笑顔で手を振ったが、飛び立つとその笑顔が剥がれ落ちてしまう。

雲一つない快晴だ。

水平線がくっきりと空と海をわかたって、私を乗せた竜使いの騎士は機嫌よく口笛を吹いている。


(大丈夫、私、前世では彼氏がいたこともあったし。何も知らないわけではないのよ)


だけど、こんなに大切にしていた人とおつきあいしたことはない。

頭が冴えて妙に世界の輪郭がくっきりして見える。

初めて竜に乗った時、安心しきって寝てしまった自分を思い出した。

あの時はこんなことになるなんて思いもしなかった。異世界転生よ波乱万丈すぎるぜ。

海の色が変わってきた。メーユ王国が近いのだ。

私はぎゅっと手を握りしめた。



***



王宮に降り立つと、カイコーが出迎えてくれた。

さっそく養子縁組の手続きを取り、そのまま「国の宝」として登録する。

さらに商業ギルドに移動して、島を買うのに必要な金貨を引き出し、ナワキ王国に振り込む。交渉はすでにカイコーがしてくれていた。スムーズに私は島の主となった。


(島買いが、終わった……)


海の布と深海の布はすでにカイコーが王に渡してくれている。

私は今日の謁見の一番最後になるらしい。小さな部屋に隠れるようにして夜遅くまで待った。

カイコーが迎えに来てくれて、しんと静まった誰もいない廊下を歩いた。

謁見室の扉をカイコーが開ける。

人払いがされて、謁見室にはイーホンと側にカイコーが侍るのみである。

カイコーの養子になったことは誰にも話していない。

「国の宝」であることも公表されていない。


「キャリコ、遅いではないか!」

「ええ、今日はわざと遅く来たわ」


ニコリと笑ってみせる。


「今夜は泊っていきたいの」


私が言うと、イーホンはしばらく止まって、その後じわじわと顔を赤くした。


「夢を見ているのか……?」


イーホンが吐息のように囁いた。



***



身体が思っていたよりだるくないことに感謝しながら私はそっと起き上がる。

夜明けにはまだまだ早い。

イーホンは眠りたくなさそうだったが、


「今晩だけではないし、明日も執務があるのでしょう?」


と無理矢理眠らせた。

やはりシーツを血で汚してしまったか。

イーホンは最初から最後まで懸命で優しかった。

あんなに女たちに囲まれていたにもかかわらず、イーホンは初めてだった。


「ずっと好きだったのだ」


夢見るようにイーホンが言った言葉を反芻する。


「初めて一緒に朝焼けを見た日から、ずっと」


その言葉が聞けただけでよい、異世界転生よおごちそうさま。

波の布と深海の布はこれからどうしようか。ボルフに他の国で売ってもらおうかな。

とりあえず、竜を使えば目立ってしまう。船で帰るしかないのか。

お金も時間もどれくらいかかるのかな。

ああ、夜目の利くサリラ所属の魔獣の民をこっそり貸してもらおうか。

夜が明ける前に首都メーユを離れよう。それがいい。

王宮からサリラ家までは近い。歩いて行ける。


私は左耳につけていた血赤珊瑚の耳飾りをコトリとベッド脇の棚に置いた。

これは大事なお守り。

気が向いたら身に着けてね。

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