君は子犬
「キャリコったら、もう何度目のため息?」
キイが呆れてギドが苦笑いする。
婆ちゃんを診てもらうためにキイが神島に来てくれたついでに工房に寄ってくれたのに、いまいち話が弾まない。そもそも、メーユ王国から帰って以来、私が滅入っているのでギドがキイに寄るように言ってくれたらしい。
「それじゃ仕事も進まないでしょ」
「ちゃんと手は動かしているわ」
「キャリコ、そこを間違えている。あとは俺に任せて、キイと散歩でもしておいで」
「キイだって暇じゃないでしょ」
私の強がりを兄妹揃って無視して、ギドはキイの往診のカバンを預かり、キイは私を浜辺に引っ張り出した。
「ついにメーユ国王の恋心を認めたってところ?」
「ちがうわ……いえ、そうなのかもしれないわね」
自分の心が自分で分からないよ。
「朝晩の通話をやめようと言ったら、泣かれてしまったのよ」
私には社交も政治も分からない。
布で稼いだお金が貯まっているから個人の総資産額なら負けないかもしれないけれど、家柄などはない。
敵意をむき出しにした女の群れと、「身の程を知りなさい!」という言葉が頭の中でぐるぐる回る。
こんな状態はいやだ。
だから「私と通話するよりも、王妃候補たちへ時間を割いて上げて」と訴えたら、しばらく黙り込み、しゃくりあげ始めてしまったのだ。
「キ、キャリコは、私が邪魔か?島に……だ、誰か相手がいるのか?」
「いるわ」と言えばよかった。なぜ反射的に「いない」と答えてしまったのだろう。
「そんなに熱烈に愛されているなら、気持ちに応えてあげればいいのに」
「キイは愛妾になりたい?」
「ごめんだわ」
「でしょう?」
帰り際、観覧席での騒ぎを知ったカイコーから、お詫びの言葉と共に愛妾にスカウトされた。
それにもモヤモヤしている。
私たちは織子と国王で、いい友達ならばずっとうまくいく。これまでもそうだったではないか。
前世での少ない恋愛経験から、一度おつきあいをしてしまえば関係が崩れたあと、元の通りにはなれないと知っていた。他の人は知らないが、少なくとも私はそうだった。
色恋なんて、そんな儚いものに変えてしまってはもったいないくらいイーホンが大好きなのだ。
朝晩の会話も沈黙が多くなりがちで、黙ってしまった私を相手にムキになってイーホンは自分の話をする。
今までは楽しく聞いていた王宮やメーユ王国の話を聞くのが辛い。
「ギドに恋人になってもらおうかなぁ」
「やめてよ、兄さんがメーユ国王に殺されちゃう」
冗談にならないのが怖い。
「あの子はいつから子犬ではなくなってしまったのかしら」
波打ち際の砂を踏んで歩きながらキイに問うと、
「だいぶ前からナワキ本島では容赦ない名君と評判だったわ。キャリコはにぶい……いえ、メーユ国王はキャリコの前では子犬でいたかったのでしょうね」
「じゃあ、引き続き子犬として扱おう。望みどおりに」
丸い水平線の向こうに雨雲が見えてきた。
「キイもギドも、今夜は泊っていく?」
「そうねぇ、誰にも言えないなら話を聞くわよ」
「やった!豚をつぶしていいか父さんに聞こうかな」
「そこまでしなくていいわ」
頼りになる兄妹だ。
この人たちと幼いころから過ごせてよかった。