成長していく私たち
さらに五年が過ぎた。
私は極細のシルカ糸が紡げるようになった。
一人で森に行っても帰って来られるようにもなった。
小舟はもはや私の手足である。
ご飯だって全部一人で作れるようになった。
母さんやネルリコが作る方がやっぱり美味しいけれど、焦がしたりはしなくなった。
兄妹は残念ながら増えなかったが、父さんと母さんはますます仲がいい。
婆ちゃんは相変わらず祈りの衣作りの名人である。
波の衣を手伝ってくれるギドの存在は大きい。
無口で余計な事は言わないギドだが、子どもたちをまとめて確実に何種類ものシルカの実を集め、私と一緒に太く細く糸を紡いで、白いシルカ糸を藍で染めて経糸を作る。ギドのおかげで波の布は少しずつ生産量が増えた。
年頃の波の衣の織子たちの中ではギドの争奪戦が行われているらしい。
「なにそれ見たい」と言ったらトルリコに「お前も参加しろ」と呆れられた。
一見地味だが整った顔、誰にでも分け隔てなく優しくて真面目で誠実、何より島の中では高給取り。海に取られる心配もない優良物件だものね。気持ちは分かるぞ、がんばれみんな。
私とギドは一緒に行動することが多いので、誤解してねたむ娘もいるようだ。
「キャリコの一番はメーユ国王だからな」とギドがからかうので「あの子は子犬よ」と私が笑い飛ばすと、ソウが「傾きかけたメーユ王国を救った名君と呼ばれているんだぞ」とたしなめる。
あの小さな男の子が、いつの間にか名君。私にとってはいつまでも変わらず子犬だけれど。
ギドの妹のキイは医者になって大島に戻って来て、たまに本島に通って修行しながら大島と神島の病人を診てくれる。私はキイとたまに会ってどうでもいい話をする時間が好きだ。
キイとギドのお母さんはすっかり元気になって、弟はシルカ採りに励んでいる。兄のギドのようになりたいそうだ。
婆様の家に集う子どもの中には、私とキイのようになりたいと文字と数字を学ぶ子も出始めた。
有望そうな子に帳簿をつけさせる習わしができたようだ。
妹のネルリコがソウとつきあいだしてしまったのにはびっくりした。
このままいくと年上のイカツイ義弟ができるのである。
ソウはネルリコの仕事をすごく尊敬していて、決して絶やしてはならないと言っている。
結婚したらソウがネルリコのもとに通うそうだ。子どもはなるべくたくさん欲しいらしい。
「継ぐ者は多い方がいいから」
「二人で頑張って産んで育てるぞ」
力強い言葉である。
ガキ大将だったトルリコにも気になる女性ができたようで、ちょっと雰囲気が変わった。
大人になったというか。
何だか私はおいてけぼりをくらったようだ。
まあ、前世でもとんと恋愛方面には恵まれなかったからね!
そんな中で、ソウがついにナダカ工房十五代目の主となった。
謁見のためにメーユ王国に一緒に行ってくれと頼まれる。
「坊ちゃん、こう見えて緊張しちゃうので」
小柄な青年の身長は結局伸びなかったようだ。
「忙しいのにすみませんねぇ」
長身の男は相変わらずチャラい。
ナダカ家は王宮と深いつながりがあるらしい。メーユの王宮が竜を手配してくれた。
ナワキ本島から一気にメーユ王国に入り、何度か休憩を挟みながら首都メーユである。
赤い瓦の屋根がまぶしく光って、相変わらず見事だ。
男三人と私が、竜で王宮に降り立った。
「坊ちゃん、一回吐きますか?」
小柄な青年がソウの背をさする。
「大丈夫だ……みんなこそ平気か?」
「風が気持ちよかったですよ」
「景色がきれいだったわ」
「俺も楽しかったです」
ソウが悔しそうだ。
「なんであれくらいで酔っちゃうのかしら。坊ちゃんは繊細なのね」
「キャリコ、うるさい!」
みんなで騒いでいると、後ろから人がどよめく気配がした。
「……キャリコ」
耳になじんだ声をかけられてビックリする。
白金の髪は竜の羽ばたきで少し乱れている。いつもは雄弁な紫の瞳が何を語っているか読めない。
「その男たちは、誰だ」