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メーユ国王

幼い王だとは聞いていた。

しかし、遠くから見た王はあまりに小さかった。本当にあれで国政ができるのか。

自分の幼さを忘れて私は心配する。

メーユ王国はこれからどうなるのだろう、ナワキ諸島に悪影響がないといいけれど。


長い赤じゅうたんを踏んで私は国王に近づく。

ソウの伝統衣装は完璧だ。マフラーによく似合っている。


(大丈夫、大丈夫……)


心で唱えながら指定の場所で止まり、ナワキ式の礼をした。

手で足を隠す。染めた赤い爪が光った。


「キャリコ……?」


ふいに呼ばれた自分の名に驚いて見上げてしまう。


「えっ、イーホン……?」


つややかに整えられた金色の髪に、ぱっちりとした紫色の目。

小さな王は先ほど一緒に朝焼けを見た男の子であった。


(ちこくちこくー!……逆か。早起きは三文の徳……?)


どうでもいいことを思わず考えた私だったのである。


***


「全ての謁見が済むまで待っていてほしい」と言われ、ボルフは先に帰った。

謁見そのものは大成功で、全ての衣は激賞され、特に深海の衣は国王がみずから使ってくれることとなったのである。


(失礼をとがめられるのかしら)


と、心配したが、美味しいお茶と焼き菓子が出てきたので心配は吹っ飛んだ。

ナッツ類がたくさん入った贅沢そうな逸品である。

わんこそばのように食べ終わったら次が出てくる。

「一口分だけ残すのが礼儀なのですよ」と、様子を見に来たカイコーという男がささやいてくれて、やっと美味しい地獄から逃れられた。

お茶とお菓子よごめん、当方貧乏暮らし。水と粗食で腹八分目がベストです。

もう陽はとうに沈んでしまった。今は何時くらいなんだろう。

仕事を嫌がるはずだ。あんな子供に激務ではないか。

ぱんぱんのお腹をなでながら横になりたい気持ちを耐えていると、扉が叩かれた。

お菓子のマナーについて教えてくれたカイコーが入ってくる。

その後から、歩く姿も優雅に小さな国王はあらわれた。


「キャリコ、我儘を言ってすまなかった」


イーホンは言った。


「お願いがあるのだ。私と友達になってはくれないか」

「もちろんです」


私は喜んで言った。

イーホンは嬉しそうに微笑む。


「夕食はまだか?」

「お茶とお菓子をいただきすぎてしまって……お腹がいっぱいなのです」


ぐう、と、イーホンのお腹が鳴る。


「陛下は食事をとった方がいいのではないですか」

「一緒にいたいのだ。それにイーホンと呼んでくれ。友なのだから」

「はい、イーホン。でも、ちゃんと食事はしなくては」

「食べる間、一緒にいて欲しい」

「はい」


カイコーが食べ物を運ぶよう指図している。

量も品数も結構あるな。


「カイコー、私はそんなに食べられない」

「食べるべきなのですよ、陛下。育ち盛りの八歳なのですから」

「八歳でそんなに小さいの?」


思わず私の心の声が出てしまった。

イーホンは傷ついたような顔で言う。


「そういうキャリコはいくつなのか」

「六歳でございます、申し訳ございません、イーホン」

「そんな言葉遣いもやめて欲しい。私たちは友達なのだから」

「じゃあ言います。ご飯を食べないと大きくなれないのよ、イーホン」


側に控える男、カイコーが愉快そうに口元を曲げた。


「陛下、頑張って食べなくてはいけません」


カイコーが重ねて言うと、イーホンは仕方なさそうに優雅に食事を始めた。

しかし、食事を人に見張られるって、楽しくないんじゃないの?

ホカホカの料理はおいしそうな香りをさせているのに、イーホンの表情はすぐれない。

思わず私は言った。


「やっぱり私、夕食をご一緒いたします」


正直満腹だが、食事は一人より二人の方が楽しかろう。

イーホンは思った通り嬉しそうににっこりした。


(あっ、肉まんをこっちに来て初めて食べた)


一口食べて顔をゆるませる私である。


「そのマントウは美味しいのか?」


イーホンが興味津々で聞いてくる。


「皮がもっちりしていて、中の肉汁と野菜のエキスがじゅわっと染み出てきて……最高です!」


つられて食べたイーホンが「確かに美味しいな」と言っている。


「では、こちらのスープはいかがでしょうか?」

「えっ、コーンポタージュ? 甘い! 滑らかなのに粒もちゃんとあって美味しい!」

「こーんぽたーじゅとは初めて聞く名前ですが、トウモロコシを砕いてつぶし、牛の乳と煮たものです。詳しい調理法は秘密とか。かき卵も入っていますよ」

「なに、それも美味しいのか?」


勧め上手なカイコーが次々と一口ずつ私に料理を食べさせ、私がそれを激賞し、そのたびにイーホンが食べる……それを繰り返すうち、たくさんあった料理は食べつくされてしまった。

大皿に一口分ずつだけ残して平らげて、はち切れそうなお腹を私はなでる。


「キャリコのお腹はぱんぱんだ」

「イーホンのお腹だってぱんぱんよ」


二人で顔を見合わせてふふっと笑った。


「キャリコはいつまで王都にいるのだ?」

「謁見が終わったので、明日には帰ります」


イーホンの顔が曇った。紫色の瞳が憂鬱そうに伏せられる。


「じゃあ、今夜は泊っていただきましょう」


カイコーの言葉にイーホンはぱっと顔を輝かせる。

ああ、こんな過酷な労働に耐える子どもの笑顔には負けてしまう。


「一緒に寝たいのだ。王位に就いてから母上は私と寝てくれなくなってしまったから」


まだ八歳の子どもになんて寂しい思いをさせているのか。

三四歳の理央がいきどおる。

カイコーも「よろしければ一緒に寝ていただけませんか?」と、勧めてきた。


「もちろんです」


私はドンと請け負ったのである。



***



「眠りたくない」


フカフカのベッドの中で身を寄せ合ったイーホンは我儘を言った。

イベントの時、子どもは言うよね~。

でも、たしなめたりしないの。おばさんはつきあっちゃうぜ。


「じゃあ、ご本を読みましょう」

「違う、キャリコのことを知りたいのだ」


ほうほう、感心な王子だ。

別の国について知見を広げたり、貧乏な民について思いをはせるのはいいことよ。


「私は島に住んでいます」

「島は知っている。小さな陸だな」

「小さな陸か。イーホンは詩人ですね」

「私は詩人なのか?王でも詩人になれるのだろうか」

「もうイーホンは詩人です」


イーホンが嬉しそうに笑う。


「島には何があるのだ?」

「島には自然しかなくてですねぇ……」


私たちはきゃっきゃと眠りにつくまではしゃぎ続けたのだ。

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