早朝散歩
「異例の早さだよ。芭蕉布とキャリコの布が認められたということだね!」
嬉しそうにボルフは言うが、私は緊張で一杯である。
大商人であるサリラ家ですらこの規模である。
そうか、メーユ王国の王宮は日本の皇居だと思えばいいか……いや、思えるかー!
というか、日本の一般人には皇居の中にいる自分を想像できないではないか。
王宮にいる自分、というワードが急に現実味を帯びる。
(プレッシャーで、眠れない……!)
前日、ほぼ徹夜で過ごしてしまったのである。
その次の日、謁見する日の早朝に、身支度を整えた私はそっとサリラ家を抜け出した。
庭は歩きつくしてしまったのだ。
サリラ家は王宮のごく近くにあるらしい。
「クエー」と遠くで聞こえるのは竜の鳴き声だろうか。
市場まで続く分かりやすい大きな道に出ようとして、小路から飛び出した男の子とぶつかった。私よりちょっと小柄だ。ぼさぼさの金色の髪に、ぱっちりとした紫色の目。
「すまぬ!」
……ずいぶんといい生地。でも、これは寝間着ね。
「いいえ、こちらこそごめんなさい」
ボソボソと話していると、私の姿を改めて見た男の子が目を見開いた。
「そなた、異国の者か?」
「ナワキ諸島のキャリコと言うわ。それより、あなたは何でそんな恰好をしているの?」
「今逃げないと、今日も一日中ずっと執務と公務なのだ」
男の子はふう、とため息をつく。
「キャリコは何故ここにいるのだ?」
「闘うために気合を入れているのよ」
闘う……とつぶやくと彼はしょんぼりする。
「みんな言うのだ。お前はやればできる、闘え、と」
反社畜派の私は思わず言った。
「逃げちゃっていいじゃないの。無理を重ねると潰れるわよ」
「……私にそのように言う者はいなかった」
「逃げるも闘うも自由よ。今日は私、闘うの」
まぶしいものでも見るように男の子は私を見た。
王都の建物の隙間から朝日が昇ってくるのが見える。
雲と建物の壁がオレンジ色に染まって、闇がうっすらと青空へと変わるグラデーション。
「ほら、きれいな空……これだけでもう、今日は最高じゃない?」
「そうだな……」
男の子は初めて朝焼けを見たかのように空を眺めた。
「そして、キャリコの髪も瞳も爪もドレスもマフラーも、心もきれいだ」
「まあ、ありがとう。あなたの髪も瞳も言葉も素敵よ」
小さくても紳士のようだ。どうぞそのままいい男に育っておくれ。
「私も、今日は少し闘ってみよう。私はイーホンと言う。覚えていてくれると嬉しい」
「忘れないわ。お互い頑張りましょうね、イーホン」
市場は見られなかったが、充分楽しかった。
二人で見つめあって笑い、それから手を振って別れたのである。