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契約と約束

「ご期待に沿えるか分かりませんが、頑張らせていただきます。ただ、二週間くださいませ」


運よく、波の布を織ったシルカの糸が残っている。

すでにある糸を使うならばあれでストールが何枚か織れるだろう。


「では、先に契約を結びましょう」


サリラが婆様の家へと案内を頼むと、村長が慌てて先に立った。

なるべく目立たないようにしていたけれど、海の色の目の私をみんなが見ている。

異世界転生以来初の大注目だ。


(うーん、これからは目立たずにはいられないらしいわね)


人垣をかき分け、というか、人のかたまりを左右に割りながら(まったくモーゼだよ)私たちは婆様の家にたどり着いた。


婆様はいつもの藍色の服に大きな血赤珊瑚の耳飾りと首飾りをしている。

外の騒ぎのことはもうすでに聞いていたらしい、落ち着いた顔つきだ。

念のために私が今までのことを伝えると、ふっ、と、しわに隠れていた目を見開いた。


「キャリコ、芭蕉布は作るのが難しい布だよ。そんなにポンポンよそに売るものではないのさ。第一金を儲けて何をするんだい?」


村長が婆様にかみつく。


「分かっていると思うけれど、婆様が現役だった時代とは違うんだ、税も金で払う方が喜ばれる。工夫して、金を稼ぐ時代が来ているんだよ」


サリラが村長に重ねて言う。


「この村の在り方を壊したい訳ではないのです。ただ、その素晴らしい布を少し分けていただきたいだけなのですよ。もちろん助力は惜しみません。ただ、私の専属になっていただきたいのです」


婆様はあくまで反対だ。


「観光で儲けているナワキ本島とは違う。メーユ王国にとって、今まで私たちの島はただの田舎の小さな島だったし、これからもそれでいい。神につながるナワキ諸島でも、とりわけ祈りを捧げることにかかわるうちの島で商売なんかしたら、神はお許しになるだろうかね?」


私は婆様に以前から気になっていたことを言う。


「天気や海がいい時はいいわ。でも、嵐や日照りによって、漁ができなくて畑の作物が枯れて、ご飯が食べられないことがあるでしょう?あんな時、お金があればよそから食料が買えるし、人を雇って崩れた建物も素早く直せる。そもそも崩れにくい家を作る人が増えて、死ぬ人が減って家をなくす人が増えるの。別に今の暮らしをメーユ王国のように変える訳じゃないわ、ちょっとだけ生活を良くしたいのよ」


婆様は静かに聞いて、そして言った。


「例えばキャリコ、キイの家族を救うことができるとでも言うのかい?」

「できるわ」


私はきっぱりと言い切った。


「サリラ様、芭蕉布の歩合も四対六にしていただけますか?」


迷いなくサリラは「大丈夫よ」と保証した。


サリラの横にいたボルフが、上等の紙と筆でさらさらと私たちの契約内容を書きつける。

私と村長と、最後に婆様が目をしばたたせながら確認して、サリラ様と私たち三人がサインを書く。

四人の血判を押すと紙全体が不思議な光に包まれた。

ボルフが穏やかに言う。


「お互いこれを破れば、破った方が死ぬという契約の魔法を特別に交わしたよ」


ええっ、責任重大じゃない?

村長はおろおろしているが、婆様は平然としている。


「ありがたいね。この婆には及ばないだろうが、あんたもいい年なんだろう」

「かわいい孫がおりますよ」

「婆にはひ孫がいる。ひ孫の成人前に死ぬのは勘弁だね」


「子どもは宝だからね」と言って婆様は少し疲れた顔を見せた。

サリラが見逃さず立ち上がる。


「長居をしました、申し訳ありません。それでは、失礼いたします」


感じよく、優雅に礼をすると小さな建物を出ていく。

……やり手~!

と、感心している私を村長が不思議そうに見ている。


「では、キャリコ」


サリラの眼が鋭く光った。


「波の布を越える布を期待しているわ」


……そういえばそうだったね!



***



私が「売るための布を本格的に織ることにする」と言うと、父さんも母さんもお婆ちゃんも怒った。


「捧げの儀式をする身で、金儲けなんて本気なのか?」


私は必死に抵抗する。


「海が荒れて漁に出られない日が続けば、水しか飲めない日だってある。家は必ずどこか壊れているし、私がいなくても婆ちゃんと母さんとネルリコで祈りの衣は充分じゃないの。もちろん糸芭蕉の畑は世話するわ。私にできる染織をさせてちょうだい!」


さらにトルリコとネルリコに向き合って訴える。


「ずっと婆ちゃんの具合が悪くて、ボルフでも原因が分からなくて、困っているでしょう?ナワキ本島に行けば、お医者様だっていると言ったじゃないの。婆ちゃんに長生きしてほしくない?」


まだ何か言いたそうだった父さんと母さんが黙り込んでしまった。

みんな、最近の婆ちゃんの弱り具合にはおびえていたのだ。


「ともかく、明日には祈りの衣を捧げる儀式をするのよ。織り機を使うのはそれからね」


母さんが何かを吹っ切るように許可をくれた。

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