大商人サリラ、あらわる
「竜だ!」
「魔獣もいるぞ!」
大島の声が小島まで伝わってくる。
相当な大騒ぎなのだろう。
「見に行ってみようよ」
と、誘うトルリコとネルリコと一緒に小船に乗って、大島の浜辺へたどり着いてびっくりした。
(恐竜……トリケラトプス、に似てる?そしてなんて大きな鷲!)
生地の良い、地味な灰色のドレスを着た(この世界に来てドレスなんて初めて見たよ)老婦人が、大きな鷲から優雅に降りてきた。
白髪をゆったりと結って、目と同じ赤茶色の石がついたかんざしでとめている。
(……この人は、太い客になるわ!)
私の職人センサーが告げている。
このドレスのこの生地、一見すると地味だが、実は相当お金がかかっているだろう。
かんざしだっていいものだ。
前の世界の百貨店で見ていた一級品にも劣らない。
こういうものを普段使いにできる人なのだ。
むしろ普段はもっと派手で、僻地のナワキ諸島に来るためにわざわざ地味にしてきているかもしれない。
製作から販売を一人でやっていた職人をなめるな、この人はすごい額のお金が動かせる人だ。
ボルフが何か話すと、その老婦人は私たちに向き直った。
私たちと老婦人の間にモーゼが割った海のような道ができる。
「ボルフ、私の判断次第では明日にもレイアが来るわ。久しぶりの夫婦の時間を楽しみなさい」
そう言いながら私たち三人に向かって歩いて近づくと、微笑みながらしゃがんでくれた。
目線が合うと、穏やかそうで油断ならない赤茶色の目が細められた。
微笑まれているような、値踏みされているような。
「淡い珊瑚色の髪に海の色の瞳……あなたが奇跡の波の布を織ったキャリコね?どうぞよろしく」
(……えっ?!)
びっくりしながらも、とっさに私は接客モードを発動させた
コンビニ店員のようではいけない。飛び込み営業のノリでもいけない。
手仕事を売る時はマニュアル対応ではいけないし、がつがつ売ろうとするとすればするほど離れるのが人だ。
「この人のこの作品を買いたい」
そう思ってもらうには、へり下りながら親しみを示す、適度な距離感が必要なのだ。
「残念ながら高価であなたの作品は買えないけれど、あなたの作品が溢れるこの空間とあなたがとても好きよ!」
と、かつて客に言わしめた私なのである。
トルリコとネルリコは私の後ろで突然現れた異国の人にわくわくしたりおびえたりしている。
同じ顔の私が全然違う大人の表情をしているのはまずいが、ともかく今はサリラとやらに「私はいっぱしの職人ですよ」と認めてもらわなくてはならない。
そして我が家のトイレをどうにかしなくてはいけないのだ。
「……この大島の芭蕉布を前々から扱いたいと思って、以前からボルフに様子を探ってもらっていたの。そうしたらあなたがあの素晴らしい布を贈ってくれたでしょう?芭蕉布もあなたの布も両方欲しいのよ」
「芭蕉布はボルフにお任せします。私の布は、一体どのくらいの歩合で売ってくださるのでしょう?」
歩合?と首をかしげるボルフに、サリラが愉快そうに眼をきらめかせた。
「言い値で買うというのはどうかしら?」
「私は自分の布の値段が分かっておりません。時間も手間もとてもかかるものですし、歩合にしたいのです。ぜひ契約書を作りましょう」
契約書って何だ……?と、周囲が戸惑っている。
さもありなん、そもそもこの島の識字率はとても低い。
文字と数字を読める人が少ないのだ。
神島では私だけだろう。
大島だって、文字と数字の読み書きができるのは婆様と村長とキイくらいだ。
その婆様だって寄る年波で小さい文字が見えづらくなってきているから私とキイが代筆しているのだ。
「婆様と村長に立ち合っていただいて、契約していただけると助かります」
「じゃあ、歩合は三対七でどうかしら?」
「それでは労働に合いません。四対六にさせて下さい。その代わり、販売にお供いたします。作ったものの説明ができる者は必要でしょうから」
「値を吊り上げるの?」
「正当な報酬を頂きたいだけです」
サリラは、ちょっと考えるそぶりを見せた。
「あの、波の布ね……素晴らしいと思ったけれど、ボルフにあなたが『簡単に真似されてしまう』と言ったと聞いたわ。なかなか真似できない、あれ以上を作れるかしら?それならば、芭蕉布と波の布と一緒にメーユ王国の国王に献上したいのだけれど」
……おお、いっちょやってやろうじゃないの。