雑貨屋「夜露堂」 #4
いらっしゃい。おや、お久しぶりですね。またあなたに会えて、嬉しいです。何か飲んでいきますか? ……はい、わかりました。すぐにご用意しますね。
……それにしても、今日あなたがやってくるなんて、少々驚いてしまいました。だって、今日は朝から清々しく晴れていたでしょう? ですから、今日もいらっしゃらないんじゃないかと……。
いえ、すみません。あなたとはどうも雨の日にご縁があったものですから。確かに、お出かけをするなら雨の日より晴れの日ですよね。
はい、どうぞ。今日はお茶菓子も用意しました。夏空色のゼリーです。暑い日にぴったりの爽やかな味で、美味しいですよ。どうぞゆっくりしてくださいね。私はお店のお掃除をしているので、何かあったら声をかけてください。
しかしまぁ、今日は一段と暑いですねぇ。……お店は涼しい、ですか? それはよかったです。先人の知恵も、侮れませんね。
あぁ、いえ。実は、うちには冷房はないんですよ。なんて言うと、暑く思えてしまいますかね。
お店の中には、一日中陽は差しませんし、風通しをよくしたり、お水を撒いたりすれば、思いのほか快適に過ごせるものですよ。あぁ、グリーンカーテンなんかもありますね。ちなみにうちは胡瓜です。……どうでもいい? それは、すみません……久しぶりにお話しできたものですから、つい。
……おや、雷の音がしますね。今日は気持ちの良い晴れでしたし、夕立がきたようですね。
おうちに洗濯物を干したままだったりしませんか? 夕立は少々強い雨が降りますから、干したままだと……あぁ、あなたのおうちはこの近くではないんでしたっけ。余計なお世話でしたね。……私は大丈夫です。今日はお洗濯はしていませんので。
と、言っているうちに……ぽつぽつと降ってきたようですね。雷の音も止まないですねぇ……ひどい雨になるかもしれません。お急ぎの用事はないですか? 傘をさしていても濡れてしまうでしょうから、止むまで屋根の下にいたほうがいいですよ。
軒の風鈴も一度閉まってしまいましょう。素敵な短冊が濡れてしまったら勿体無いですし。
……この風鈴ですか? えぇ、うちの商品です。夏には毎年販売しているんですよ。他にも、団扇や扇子、金魚鉢なんかもありますよ。売り上げ、は……内緒です。
それにしても、分厚い雲ですねぇ。さっきまであんなに晴れていたのに、いったいどこからやってくるのでしょう? ……おや。
これはこれは。そばえ、ですね。……そばえを知りませんか? 所謂、お天気雨、と言うやつですよ。これにはたくさん呼び名があるんです。日照り雨だったり、日和雨だったり。狐の嫁入りなんて呼び方もありますね。
確かに、晴れているのに雨が降るだなんて、狐に化かされているみたいですよね。
……どうしました? 突然空を見て。
……ふふ、やっぱり、そばえは珍しいですよね。見たくなるのもわかります。……え、違う、ですか? えぇ、これはそばえとは言わないんですか? 確かに、晴れているのは少し東側ですが……。上空に雲があったらただの雨、とは。なんとも……あぁいえ、やっぱりなんでもありません。
ですが、空を覆う雲が全体の八割以下だったら、定義上は晴れですよ? 今は向こうの空がきれいに晴れているので、定義上は晴れです。なので、これは立派な「お天気雨」ではないですか? ……何か言いたげですね。私が気象庁の言う定義に詳しいのがそんなに意外ですか? 私は空が好きですから、お天気には詳しいですよ。勿論、一番好きなのは雨です。
さて、雨もだいぶ勢いを増してきましたし、窓を閉めましょう。でないと、雨水がお店に入り込んでしまいます。いつの間にか、空も薄灰色に染まりきってしまいましたね。本当に、夏は天気が変わりやすい。
……夕立ですか? もちろん好きですよ。他にはない、一瞬の雨。やみかけに見える、雲間の青空。激しくも儚い夏の風物詩。素敵じゃないですか? ……風物詩でも雨は嫌い、ですか。月日が経っても、あなたは変わらないですね。大丈夫ですよ。夕立ですから、あっという間に晴れてしまいます。そうしたら、また元通りの夏空が広がって、灰色だった水溜りも空色に変わりますから。
それまでは、ぜひ私のお喋りに付き合ってくださいな。
まず始めに。雑貨屋「夜露堂」#4を読んでいただき、ありがとうございました。楽しんでいただけていれば、幸いです。
*これ以降はただの雑談になるので、「興味ね〜」と言う方はさらっと読み飛ばしてください。
さて、お久しぶりです。時間もネタもなく、挙句に「旅」と称して近所を散策していた作者です。(結局いいネタは浮かばなかったのは秘密)
夏といえば皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。私は、ただただ暑いと言うことと、蚊が鬱陶しいということですかね。楽しいイメージがないのは共に夏を謳歌する友人がいないから……なんてことは全然ないです。ええ、ありませんとも。
夏……代表的なイメージは、海や花火、お祭りなんかでしょうか。学生さんだと、終わらない課題なんかもあるかもしれませんね……。課題に追われる学生さん、頑張れ……!
それはそれとして。
夏といえば夕立。このイメージも悪くないと、私は思うのです。確かに、出先で傘もないのに降ってきたり、これから出かけるタイミングで容赦ない雷雨に見舞われたりすると、「マジかぁ……」なんてため息をつきたくなりますが、その実、夕立は案外幻想的なものなのです。気取った風に書きますと、「一瞬の芸術」とでも言いましょうか。
夕立の頃合いの空は、なんとも非日常な雰囲気を醸し出しているのです。まだ夕暮れには遠い時分のはずなのに、空に茜がさしているように見えたり、陽を遮るいかにも重たそうな雲の向こうに、明るい空が光っていたり。つい目を奪われてしまうというか、無性に心が踊るというか……。しかし、それは残念ながら泡沫の幻なのです。降り出したばかりのはずなのに、気づいた頃には何事もなかったかのように晴れ渡っているのですから。ですが、それもまた魅力の一つだと思うのです。
夕立は好きじゃないという方は、まあ少なくないでしょうが、戯れに良さを見出してみるのもまた楽しいのではないでしょうか。
長々と自論を語ってしまいましたが、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
それでは皆様。また、いつか。
雑貨屋「夜露堂」は、あなたのご来店をいつでも、心より歓迎いたします。