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転生したら積乱雲だった件

 俺はしがないサラリーマンの一人だった。

 ある休みの日になんとなく、息抜きのつもりで高原を訪れたのだが、どうやらそれが間違いだったらしい。

 つい1時間前まで晴天だったはずが、遠くでゴロゴロと音が聞こえ始めたかと思ったら、みるみるうちにそれは俺の方へ近づいてきたのだ。


 俺は慌てながらも、確か落雷に撃たれて死ぬ確率は宝くじが当たるよりも低かったはずだ、などと呑気に考えてしまった。

 いや宝くじと同じだっただろうか。宝くじもスクラッチ式とナンバー式で当たる確率は同じでないはずだ。一体どの宝くじを言っているのだろうか。

 そんなことを原っぱのど真ん中で棒立ちして考えていた俺は、不運にも落雷を頭から浴びてしまったのだ。



 恐らく俺は死んだのだろう。俺の意識は宙に浮かんでいるようで、身体は自由に動かせない。

 しかし、周囲の景色は先程までいた高原ではなく、なんとなく異世界のように思えた。

 そうか、もしかしたらこれが噂に聞く異世界転生というやつなのかもしれない。死んだ人間はこうして異世界にやってくるわけか。


 「やあ。君も異世界からやってきたのかい」


 耳元で不意に声がした。身体は動かせないが、意識をそちらにやると視界も一緒になって動いてくれた。

 そちらには何もなかった。声をかけてきた奴にも身体がないのだろう。


 「そうか、異世界側から見れば俺の方が来たってことになるんですね」


 我ながら呑気なことを言ってしまった。今はそんなことを言っている場合ではない。

 俺は慌てて聞き直した。


 「一体ここはどこなんですか。これから俺達はどうなるんですか」

 「見ての通りさ。ここがどこかは置いといて、君は僕と同じ、積乱雲に転生したってわけさ」


 積乱雲?

 そういえば、目の前の空にはやたらもくもくした雲が浮かんでいる。もしや、これが今の話し相手なのか。

 そして、これが今の俺の姿だというのか?

 俺が黙っていると、相手は何か勘違いしたらしく、色々と教えてくれた。


 「積乱雲は暑い時期に発生しやすい雲さ。入道雲と呼ばれることもある。他の雲よりも背が高く発達しやすいんだ。落雷を発生させるのは僕達積乱雲なんだよ」

 「なるほど。雲のことはよく知りませんでしたが、俺が死んだのも積乱雲のせいなんですね」

 「雷に撃たれて死んだ人間は、僕達のように積乱雲に転生するんだ」

 「なんてことだ。俺がこんなことになったのも全部あの積乱雲のせいか。チクショウ、いつか会ったら恨み言を吐いてやる」

 「無駄だお」


 どうして、と俺が聞くと、相手は乾いた笑いを漏らした。


 「積乱雲の寿命はおよそ1時間程度なんだ。特に落雷を伴うような積乱雲はすぐに衰退して消滅してしまう」

 「そんな!」

 「当然さ。落雷や強雨を発生させるのにもたくさんのエネルギーが必要なんだ。エネルギーは無限じゃない。積乱雲が蓄えていたエネルギーを使い果たしてしまったらもうおしまいなんだよ。君の言ってる積乱雲ももう消滅しているだろうさ」


 そんな馬鹿な。ということは、こうやって呑気に話している俺もあと1時間以内に死ぬのか。

 せっかく生まれ変わったのに、こんなのってあんまりだ。俺はあまりの理不尽に憤った。

 すると、相手は俺の怒りを察したのか、諭すように語り掛けてきた。


 「やめるんだ」

 「どうして」

 「君が怒り心頭になるのも分かる。だがそんなことをしてみろ、君の温められた身体は膨張して密度が小さくなり、上空へと浮かび上がる。すると周囲との温度差でEL、つまり平衡高度まで一気に上昇してしまう。上空氷点下30度以下まで上昇してしまったら終わりだ。そうなれば……」


 キンキンキンキンキンキンキンキンキンキン!! キンキンキンキンキンキン!!


 「なんだ、この音は……誰かが戦っているのか……?」

 「いや、君の雲頂部で氷粒が激しくぶつかり合っているんだ。そして摩擦によって君の身体は帯電し、君の身体と地上の間で電圧が生じて放電するんだ。これが落雷現象だ。そうなってしまえば後はもう、流れに従うだけさ」


 なんということだ。足元で落雷の音が聞こえてくる。

 エルフの里から悲鳴が上がっているようだ。だがすまない、これは俺の意志ではどうにもならないんだ。


 「じゃあね。生まれ変わったら今度は台風にでもなれることを祈るといいよ。台風はたくさんの積乱雲の集まりなんだ。多少は派手になれるよ」

 「いや、もうこりごりです。これ以上人を苦しめたくない。出来ればあの高いところに浮かんでる、毛糸みたいな雲になりたいですね」



 俺が消滅した後、相手は溜息を吐いた。


 「巻雲か…………」



 積乱雲の一生は、かくの如く儚い。

 しかし、積乱雲が同じ場所で次々に発生するような状況では注意が必要である。

 同じ場所で数時間豪雨が続くこともある。最近話題の線状降水帯のメカニズムこそ、これなのである。


 天気はすぐに変化するものだ。

 今自分が置かれている状況を確認するためにも、日頃から気象衛星画像や天気予報などを確認し、悪天が予想される場合は屋内で活動するなど、自分の身を守る行動を心がけてほしい。

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