ルマの商い記 -7-
元気よく店を開いたはいいものの、その立地からして閑古鳥が鳴いている。
見渡せば店を開けている店舗は斜向いの3軒先で、向かいと両隣は空き店舗。
なぜそのような非常に不利な立地に出店をしたのか。
そして何より、なぜこの地区に人があまり寄り付かないのか。
その理由はこの地区のすぐ裏には公営市場が所在していることに起因している。
公営市場には、生鮮品を扱う市場特有の臭いがある。
人の移動は壁で仕切ることができても、臭いは壁越しでやってきてしまう。
この状況だけを見ると、公営市場だけが一方的に不利益を被っていて、その状況を国営市場が黙認しているように見える。
だが、そうなったのには双方の歴史が関係している。
歴史的には、公営市場が先に市場を形成していた。
その商業性に目を付けた時の政権が、すぐ側に国営市場の建設を行うことを決定した。
その予定区画には、公営市場の一部区画を取り込んで行うと計画された。
これは当時の建築家の計画で、公営市場の一部を取り込むことによって、相互流入を狙ったものだった。
ところが、国営市場の運営計画をよくよく聞けば、相互流入よりも国営市場との境界を曖昧にすることで国営市場に取り込むことを目的としている事が後に発覚した。
そこで公営市場関係者は国営市場の建設に反対し、公営市場の境界に無理矢理壁を作ってしまった。
そして、生鮮市場のような臭いの立つ商品の取扱を嫌がらせで始めてしまった。
奇しくもちょうどその頃に公営市場では国営市場への取り込み対応を始めていたため各取扱商品の配置換えを行っていたことも作用した。
結果として市場の機能がそのままの配置で継続して、現在に至っている。
このような歴史を持ちながらも国営市場と公営市場は不思議と共存している。
それは先々代の政権時、市場の不和に頭を悩ませていた執政官が双方の市場長を召喚して会議を行った事があった。
その際に互いの不満を洗い出したが、実際のところは小さな摺り合わせで事足りる事が多かったという。
壁があることによって相互不干渉が保たれ、管理面でも相応の効果があったという。
そこでこの壁を取り払うことなく、そのまま運用することになった。
図らずもそこで会話を行う事ができた両市場は、互いに情報交換をするまでになったという。
そういった経緯で、この独特の臭いのする立地に国営市場の商店街が出来上がった。
だが、商店街とはいっても、この地区は奥まっていて、さらには道には独特の臭いもする。
そういった点から通常の商人からは避けられることとなった。
だが、そんな場所を好んで入る商人もいるようで、この地区は知る人ぞ知る地区、という区画になった。
そして、その地区に入居しているルマもまた、その知るひとぞ知る商人の一人である。




