Memory.1-8【聖なる少女に手向ける祈り】
「ねえ、”お前”って呼ぶのそろそろやめてくださいよ。もう一日も経ったんだからリリに慣れたでしょう?」
パンケーキを頬張る俺を見ながら少女は首を傾げて俺に問いかけた。
性格にはまだ一日も経ってないし朝からこき使われたばっかりで慣れるもなにもない気がするが…。
俺はリスみたいに沢山詰め込んでいた口の中の物を飲み込んで一拍置くと、ナイフを皿の上に音を立てない様に寝かせると、彼女の頭に手を乗せた。
「…これが落ち着いたらな。パンケーキ美味しかったよ。御馳走様。」
沢山詰め込んだからか、物の数分で食べ終わった俺は少し笑みを顔に浮かべるとわしゃわしゃと彼女の頭を撫でてキッチンを後にした。
いつまで続くかわからないこの関係のままでお互いの事を知りすぎたらきっと離れられなくなる。
俺はそれが分かっているからわざと濁した。きっとあの子はただ単に自分がお前って呼ばれてんのが気に食わなかったんだろうけど。
怒る彼女の姿が目に浮かんでいると、急にパンケーキの甘さにやられそうになった。
後から来るなんて不意打ちすぎる。粉を使ってるからと安心していたら意外に重たいじゃねえか。
日を重ねていくごとにこうやって逃げられなくなるんだろうなと実感しながらため息を吐くと作業に戻った。
どうやら作業も大詰めの様で、後は細かい装飾だけと聞いた。
見よう見まねで隣のやつと合わせて作業していると、何故か褒めちぎられる始末で、挙句の果てには連れて帰られそうになった。
「助かったよ、ありがとう」
「いえ。こちらこそ。素人で申し訳なかったですが、ありがとうございます」
作業も陽が沈むちょっと前には終わり、教えてくれた人に軽く頭を下げて本日はお開きとなる様子だった。
俺も普通に働くんだったら、こんな事もあったのかな。
「やっぱりあの兄ちゃん俺の職場に欲しいわ。なあその広い心であのお兄ちゃんくれよ~」
「あの人はリリのだからそんな目で見てもあげませんよっ!早く帰って下さいっ!」
どうやらこの業者とは顔見知りの様でずっと茶化し合いながら俺達は見送りをすると二人で椅子にぐったりと座った。
「……このご葬儀はね、神様に感謝して、ご遺族を慰める為に行われ、故人ではなく神に捧げる祈りが中心となるの。だから、そんなに緊張しなくていいからね。」
まるで、忘れていた俺の不安を呼び出すように優しく語りかけてくれた彼女に返す言葉がなかった。
何もかも見透かされているのが少し癪だが、彼女の言う事は何も間違っていないし的確に的を突かれて図星なのが事実だ。
「…お前は、俺より全然若いのに頑張ってきたんだな。」
「あっ!またお前って言った!」
頬をぷくっと膨らませた彼女は照れくさそうにすると、綺麗な髪で顔を隠し始めた。
「おいおい、具合悪いのか?」
何で顔を隠したのか分からないし、少し頬も赤くなっているから大事な日の前に風邪でも引いたのかと心配したのに、そんな心配もどうやら無用だったようだ。
「う、うるさいですねえっ!汗臭いから早くお風呂行ってきてくださいっ!」
「お前なあ、連日そんなに臭いとか言われると俺も流石に傷つく…。」
「馬鹿!!早く行って来て!」
無理矢理椅子から立たされ、ぐいぐいっと背中を押されて風呂場まで連れていかれた。
少し休憩させてくれてもいいのに、本当に忙しないなと思いながら「わかったわかった」と俺が折れて喧嘩…いや、言い合いか。それは大人しく消えていった。
何はともあれ大問題にならずに済んだが、本当に大丈夫だろうか。
そんな事、明日になればここを出ていく俺が考えても仕方がない事なのは重々承知していた。
__幸せだ、とか楽しい、とか感じるとその分離れるのが辛くなるとは本当にその通りで。
風呂から上がれば、また元通りに振舞わなければ。そう胸に止めると、水道の蛇口を捻って水を出した。




