Memory.1-2【聖なる少女に手向ける祈り】
声の主が祈る祝詞を口を挟むことなく、…いや寧ろ俺の口は終始開いたままだったのだが、どこか安心させられるようなその声を聞き続けていた。
気が付けば雲に隠されていた月は段々と綺麗に輝きだし、姿も捕らえられなかった彼女の姿を月明かりが照らして漸く瞳に捉える事が出来た。
マリア像の元で指を組み合わせ、まるで懺悔をしているかのような修道女姿の一見は少女の姿。
亜麻色の腰までの髪に白と黒をベースに作られた服に身を包み、服の間からは透き通るような白さでどこか病弱にも見える青白い肌。すっと通った鼻筋に、唇はぷっくりと膨らみ紅い色で染まっていた事しか斜めのこの角度からは確認できなかった。
その少女の前には大きな台があり、そこには小学生くらいの子なら入れそうな小さな箱が置いてあった。
そんなことを気にしている間抜けな人殺しの俺をよそに、少女は言葉を続ける。
「かみさま どうか 私を赦さないで下さい。 何があっても、私は生きてはいけない人間なのです。
せめて、呼吸さえ叶わなくなった彼女に、死後の世界での祝福を___。」
そんな物騒な事を言い始めた少女の元に変な想像を繰り広げている俺の中の嫌な予感は確信に変わった。
今の言葉は、まるで今から死ぬ人に向ける言葉なんじゃないかと。意識しなくてもそう思ってしまう。
もしかして、この少女も自分と同じ過ちをしてしまうのではないか?とふと思ってしまった。俺には関係ないのに、放っておいてこのまま隠れていれば大きな騒ぎにならないかもしれないのに。
「…人を殺したくせにな」と、思わず口に出して呟いたが、この一瞬の間に何の善意が働いたのか、気付けば重い身体に鞭を打ちお祈りを捧げている少女に駆け寄っていた。
本当に無意識のうちの浅はかな行動だと思う。ただ祈りの言葉を聞いただけの少女に対してとる行動じゃないだろう。
だけど、心の中は意外にスッキリしていて、これで俺が飛び出て血まみれなのがばれて警官に突き出されてもいいとさえ思えてしまったんだから正真正銘俺は人殺しに向いてない。
そう自分で認めてしまうほどに馬鹿な行動を起こしてしまったのだが、ただ、目の前の少女に自分と同じ過ちだけはしてほしくない一心だった。
動いている間の周りの動きはやたらとスローモーションに見えた。今の俺だったら何でもできるんじゃないかと変な自信さえこみ上げてきそうだった。
ようやく少女との距離まではおよそ50m程まできたが、この角度だと彼女が箱の中に手を入れようとしているように見えて、思わず俺は焦って「やめろ、殺すな!」と枯れた声で叫んでしまった。
少し、と言うか…夜の静寂の中ではとても大きかったであろう俺の声に小さな体をビクッと揺らして先程の声の主はゆっくりとこちらを向いた。
亜麻色の綺麗な髪を揺らしながら少女は驚いたように見開いている垂れ目のぱっちり二重の目。
左右の目尻に泣きぼくろがあるのがとても印象強く見せられる少女は大きな瞳でこちらを捉えていた。
これが、後に”しにがみさん”と呼ばれて世界の誰からも嫌われた人殺しの俺と、
世界の誰からも愛された優しい”せいじょさん”であるリリとの初の対面だった。




