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しにがみさんとせいじょさん。  作者: 夏目唯々
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Memory.1-1【聖なる少女に手向ける祈り】

自然災害や人為的な要因で世界は廃れてしまった。

だが、そんな秩序が無くなってしまった世界でも人は尚も生きようとした。

それに伴い医術や技術が進歩していても、人はその力を有効活用することを忘れてしまった。

__正確には、忘れてしまいたかったのだ。

復興しても、再建しても崩される。そんな毎日に嫌気がさしてしまったのだ。

そんな荒廃した世界で人が縋ったのは、この世界に根強い仏ではなかった。

人が想いを寄せたのはキリスト教に近しい新興宗教「聖女の瞳」の聖女、リリアンだった。

少女は齢10つ。普段はどこにいるのか分からない正体不明の聖女に民衆は焦がれる。

普段の少女の生活を知らない一般人の間の噂では、

”聖女は人が亡くなった時に現れ、人を看取る手助けをしてくれる”。

そして、”今日もまたどこかの教会で民衆のために祈りを捧げ続けているのだ”と。


そんな正体不明の少女が、ひょんなことに現在逃亡中の人殺しと出会ってしまった。

これは、短い時間を歩んだ少女と心優しい人殺しのお話。


*______________________*

 最後に覚えているのは、この手にもっている凶器で両親を殺めた後に鼻を突く嗅ぎ慣れない異臭と嫌な手の感触と耳に残る断末魔。

 そして、目の前に広がる血の海と大きな鏡越しに見た笑顔を浮かべている、血に塗れた自身の姿。

 その姿はまるで猟奇殺人鬼のような風貌で、俺はその後ももしかしたら誰かを…。


 ____そこから先の記憶は、正直思い出せない。


 気が付いたら知らない場所の椅子と椅子の間に俺は呑気に寝転んでいて、体は鉛のように重たくて。

 何に追われていたのか、何を追っていたのかもわからないが、命からがらに逃げて来たには随分と間抜けだなあと自分の事を嘲笑う事しかできない。

 今この状況で特にすることもなく寝転んでても意味はないので、とりあえず筋肉痛二日目のようで上げるのがとても億劫になるほど重たい両腕を視界の入る内に上げてみる。


 ところがどっこい。腕を視界に映したのはいいものの、今日は月も雲に隠れてしまっており更に灯りすらついてないこの暗闇の空間では何も見える訳はなかった。

 何か見えないかと問われた際に強いて言うならば、自分の左手の影とナイフを握ったままの右手が辛うじて見えるだけとしか言えない。

 仕方がないので今の現状を考えなおしてみるも、いつから逃げていたのか、食事もいつからか食べていないのか忘れてしまった。


 あの場所から逃げて何日経ったのかさえもやっぱり明確に覚えてはいない。それなのに何も行動を起こそうとしない自分に少しだけ腹が立つが、動けないのもまた事実。

 俺は思わず両腕を勢いよく降ろして重たい溜息を深く吐いた。


 これは自分の気持ちを落ち着かせる目的であって、これすらも無駄な行動で、ただただ虚しくなるだけなのに。

 よくは覚えてないが、覚えてないなりにわかることは自分はきっと追われている身で、一刻も早くこの場から逃げなきゃいけないという事だけは分かる。

 しかも今からここを出ても、頼る身寄りもなければ、そんな事を出来る立場ではない。


「ここが教会ならきっと懺悔をすれば神様が助けてくれるんだろうなぁ。…いや、そんなことを考えるのも馬鹿らしい。」


 八方塞がりでどうしようもなく何かに縋る様に言葉を吐いてはみたが、そんなこと現実にある訳が無い。犯した罪は、赦されることなんてない。

 そう考えると急に自暴自棄になって体も動かず、起きる気にもなれなくてこのまま見つかって誰かに、それこそ神に裁かれても仕方が無いと開き直り始めた。

 右手にはナイフを握ったままのこの格好だが、生憎なことに死ぬ道具は沢山あるのに死ぬ気にはなれない。

 人間なんて所詮そんなものだ。自分では死ねないのに命だけ軽んじて、挙句の果てには人を殺めて。


 自分は生産性なんて何も無く、臆病なだけだ。


 今になって、何を悟っているんだと言われんばかりにぼんやりとしていても少し前の自分の行動は思い出せない。

 そんな中、静寂の空間にパタパタと小刻みな足音が聞こえてくる。


 体を驚きで揺らした俺の喉からは「おいおい、今何時だと思ってんだ…!?」と思わず小さな声が出てしまう。

 先程まではあんだけ悟っておきながら、いざ見つかると考えると不思議と外に聞こえてしまうんじゃないかと言うくらい大きな動悸と掌に滲む汗。

 今のこの状況に焦っているんだ、と自分の中で認識すると急に怖くなった。


 そんな俺のことなんて気付かず、足音が止んだと思うと、何かを引きずるような物音が続く。

 死体を運んでいるのか……?もしかして、殺人鬼がここに死体を置きにきたのかもしれない。

 自分が人殺しの割には1人で焦る俺を他所に、鈴の音のような音色にどこか凛とした芯の強さを持つ声が耳に入る。


「”___天にまします、われらの父よ。

 願わくは御名の尊まれんことを、

 御国のきたらん事を、

 御旨の天に行わるる如く地にも行われんことを。

 われらの日用の糧を、今日われらに与え給え。

 われらが人に赦す如く、われらの罪を赦し給え。

 われらを試みに引き給わざれ、

 われらを悪より救い給え___アーメン”」


 キリスト教では”主の祈り”と呼ばれるそれを祈り上げる少女の姿に、俺は気付けばずっと目を奪われていた。

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