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四章 目覚めてしまった才能 ー 1

 アイオーンは壊滅した。


 決して小さな都市ではなかったが、今や瓦礫の山と化した。ついでに必要なものを手に入れた俺は、帰り道で俺にとっての思い出の地、あの召喚の儀で呼び出された建物も消しておいた。これで時渡りの呼び出しを止められる……といいのだが、おそらくそうではない。


 サタンは召喚を行っていたあの建物をただの飾りだと言った。魔力さえあれば時渡りは簡単に呼び出せると。あれを壊したところで、召喚自体はできるわけだ。それでもまったくの無意味ではないと思いたいが……その確認も含め、これからサタンに報告に行く。


 門をくぐって城に入ると、リアーネが出迎えてくれた。手を体の前で組んだ丁寧な動作で一礼し、俺と視線を合わせる。


「おかえりなさいませ、ケント様。ルルも、お疲れ様」


 都市一つ破壊した後とは思えない日常的な言い回し。


「ああ、ただいま……」


 帰ってきたんだな。なんか、妙な感じだ。人を殺したり物を奪ったり町を壊したり……やってるときは勢いでやってたが、終わってみると俺は大変なことをしたんだなと実感する。一種の賢者タイムって奴かな。


「損害はわずかだったようですね。お見事です」

「損害? わかるのか、生き残った飛行型の数が」


 召喚石を使ってあいつらを召喚したのはリアーネだ。減った数もわかったりするんだろうか。


「だいたい、ですけれどね。これだけ損害が小さければ、ほとんど減っていないことくらいはわかります」

「へえ」


 魔族同士の意思疎通って、どのレベルまでできるんだろう。なんとなく、のレベルならけっこういろんなことがわかるんじゃなかろうか。


「戦利品もあったようですね。運ばせておきます」

「ありがとう。俺はサタンと話したいことがあるんだ。リアーネも来てくれる?」

「もちろんです。こちらの処理を終えたら伺います」

「わかった。先に始めておくよ」


 話し合いにはサタンだけでなくリアーネも必要だ。特に今回は聞きたいことがたくさんできた。まだ時間も早いし、ゆっくり話すとしよう。



 ルルを連れてサタンの部屋へ。朝に集まった時もこの部屋を使ったけど、結局ここはサタンの私室なのだろうか? この城、どの部屋も似たようなシンプルな作りになっているからどれが何の部屋なのかわかりにくい。はっきりと見分けがつくのはあのキッチンくらいだ。


「戻ったか」

「おう」


 部屋に入ると、サタンは窓の外を見ていた。俺に気づいて振り向き、言う。


「首尾は上々だったようだな」


 俺はまだ何も言っていないのに、サタンはまるでわかっているかのように言った。単に俺とルルが無事で戻ったからかと思ったけど、どうもそうではないように見えた。


「うん? なんか知ってるのか?」


 我ながら間の抜けた声を出してしまった。やはり、一仕事終えた後でちょっと気が抜けているのだろうか。一方、サタンは真剣な表情で黙ってしまう。なんか、珍しいな。いや昨日会ったばかりの俺が珍しいって言うのはおかしいんだけど……なんか、サタンの表情が昨日や今朝とは違う。


「……あの力は、お前の意志でやったのか?」

「町を壊した奴のことか? そうだよ、狙ってやった」


 多分、最後の一発のことだろう。サタンは見てたんだろうか。こんな遠いところから。


「…………」


 サタンがまた黙った。どうしたんだろうか。


「悪い。まずいことしたかな、俺」

「いや、そうではないが……」


 歯切れが悪いな。どんな質問にもすらすらと答えてくれていたあのサタンが。確かにあれはやりすぎた感じはあるんだが、サタンのこの動揺はそういうことじゃない。


「何か気になることがあるのなら、言ってくれ。俺はもう、お前ら魔族の味方だからな。改善すべきことがあるならするし、間違っていることは正そう」


 サタンたちがどう思っているかはともかく、俺は魔族の味方だ。隠し事をされるのは困る。俺にとっても、組織としても。特に時渡り関係のことはなおさら。


「……時渡りが明確に魔族への対抗策として使われるようになったのは、三百年ほど前のことだ」


 サタンが語り始めた。時渡りの話か。


「対抗策、ってのは……召喚してすぐ送り込むって話か?」

「そうだ。我は数え切れぬほどの時渡りを見てきたが、お前ほどの力を持つ者は初めてだ。……いや、お前だけが異常だと言ったほうが正しいか」


 三百年も続いてる時渡りとの因縁で、俺だけが異常に強い? いくら異世界転移だからって、そんな都合のいいことがあるわけないじゃないか。文字通りチートだ。


「それは……単に、今までの時渡りがろくな訓練もなしに魔王と戦ってたからじゃないか?」


 俺はちゃんと練習して、なんとかある程度まで制御できるようになった。ぶっつけ本番で魔王と戦ってあんな威力が出せるはずがない。今までの時渡りがどいつもこいつも、乗せられたり嫌々だったりでまっすぐにここに来たからそうなったってだけだろう。そして、本来の力を出せずに魔王に返り討ちにされた。


「そうだとしても妙だ。魔力を使わず、あれほどの力……」


 時渡りの力は魔力を使わないのか。魔族には魔力が必要っぽいが、俺はそこを気にせず力を使っていいってことか。エコだな。


 しかし、サタンがここまで言うからには、それだけの力が俺にはあるんだろう。やっぱり、練習の成果じゃないかね? 俺みたいにのびのびゆっくりと練習してから力を使った時渡りなんて、そうそういないだろう。練習する奴はいただろうけど、そん時の気持ちが俺とは全然違うはずだ。俺は魔王と仲良くなり、身の安全を確保した上で落ち着いてやってたから。


「まあ、俺に力があるのは事実らしいな。で、どう? 時渡りの力は、魔王すらも倒せるものなのか?」


 なんだか空気が重くなってきたので、からかい半分で言ってみる。結局、今日まで魔王を倒せずにいる人間たち。サタンがこうも深刻に考えるほどの俺の力は、サタンに対抗できるほどのものなのか?


「……そうだな。ケント、お前ならば……我を倒すことも可能かもしれん」

「そいつは光栄だ。褒め言葉として受け取っておくよ」


 なんとも皮肉な話だ。この世界の人間の待望。ようやく現れた、魔王を倒せる力を持つ時渡り。それが魔王の味方をして人間を滅ぼそうとしているなんて。


「だけど残念なことに、俺はサタンと敵対するつもりはないな。今後ともよろしく、ってことでいいかい?」

「もちろんだ。クク……本当に面白い人間だ、お前は……」


 お互い様だ。俺も、ここにいるのは楽しい。何者にも縛られることがない。むしろこれからは、縛っていた連中を潰していくことになる。


「まあ俺の力については、いずれ詳しくわかるんじゃないかな。今はそれよりも目の前のことだ。本題に入っていいか?」


 どうして俺の力だけ特別なのか。そのうち解明されていくだろう。頭を絞ったところで今は机上の空論にしかならない。まずは具体的な話からしよう。


「アイオーンは町ごと消えた。住人は大半逃がしちまったけどな。それと、俺を召喚するのに使ってたあれも壊しておいた。これで、召喚はされなくなるか?」

「この城の近くの拠点、という意味では、召喚する場はなくなった。だが、召喚自体は可能だ。魔力のあるこの地まで足を運ぶ必要はあるが」


 人間はこの近くに拠点を作り、時渡りを召喚して送り込んだ。駅チカ物件みたいなものか。それがなくなったので、時渡りの召喚はしばらくない。人間は、召喚のためにここまで来ないといけない。拠点を新しく作ろうにも、一日や二日でできるものじゃない。だが、三百年やってきたことをこれで諦めるとも思えない。


「これで安心、とまではいかないか。やるんならこっちから攻めないとな」


 サタンが城から出張るわけにもいかないし、俺が行くしかないな。冒険の旅に。


「かなり遠いが、本当に行くのか?」

「まあ、そのつもりでこうしてるからなあ」


 遠いのは承知の上だ。それも察しはついている……というか、確認した。


「これ、町で奪ってきたんだけどさ」


 ここまで持ってきた紙を机の上に広げる。この世界の地図らしきもの。この魔王の城らしきものもちゃんと書いてある。


「地図か。ふむ……なかなか正確に描かれているな」


 正確なのか。それはありがたい。冒険に地図は欠かせないからな。


「この東の端のほうにあるのがこの城?」


 地図を指さしながら聞いてみる。


「そうだ。この城より東側に、人間の居住地はない」


 東西に長い大陸。この城から東、大陸全体の一割程度は魔族の領域かな。周囲に人間の町などは記されていない。西側はアイオーンを先頭に、町がたくさん並んでいる。ただ、アイオーンだけやけに魔王城から近い場所で孤立してる。これはもう、時渡りを召喚して送り込む拠点にしか見えないな。おそらくアイオーンとはそういう場所だったんだろう。そこが崩れたとなると、人間は次にどんな手を打ってくるのか。


「アイオーンがこれだな。この地図からこの町が消え、魔族との戦争が始まるとなると、人間はどう動くかな」

「奴らの行動については、我もわからぬ。人間であるお前ならばどう考える?」

「そうだなぁ……」


 この世界の人間が、日本人である俺と同じ思考回路なのかどうかはさておくとして。人間はこういう危機的状況、恐怖を感じた時……


「なんだかんだ、戦おうとするだろうな。といっても俺――時渡りとまともに戦えるわけがないから、あっちも時渡りを使う。俺は人間の領土に向かうけど……」


 これ、大丈夫かな? 俺が西に向かい、人間は召喚のためにここに来る。広い大地、鉢合わせることはまずない。つまり、新たに召喚された時渡りがすんなりとサタンのところにたどり着く可能性が高い。町とかで俺が魔術師を処理してしまえればいいんだが。


「俺が遠出すると、すれ違って人間がここに来ちまうかな」

「問題ない。向かってくるのなら我が片づける」

「大丈夫なのか?」

「ケント。お前は少々、我を甘く見ているようだが……あくまで、お前が特殊というだけだ。本来、我は時渡りなどに負けはせん」

「……あ」


 忘れてた。サタンはずっとこの城で暮らしてるんだったな。人間や時渡りに負けることなく。俺の心配は余計なおせっかいか。


「そうだったな。悪い、忘れてたよ」


 サタンは俺みたいな人間なんかよりも長い、人間にとっちゃ永久にも近い時間を過ごしている。俺がとやかく言うことじゃなかったな。


「……そういや、聞きたかったんだ。サタンって、何年くらい生きてるんだ?」


 時渡りと戦うだけで三百年。じゃあ、実年齢はいくつなのか。


「二千年ほどになるか。日数まで正確には覚えていない」

 やっぱり千年単位だった。でもまだ短いほうだな。四千年とか五千年とかあると予想していたが。西暦ぐらいか。それでもすごいけど。この世界、昼夜は日本と同じくらいの感覚で時間が流れている。ということは、二千年というのも俺の知っている二千年の月日だとみていいだろう。とりあえずめっちゃ長い時間だ。


「リアーネたちとはどれくらいの付き合いなんだ? それと、あの四人の中で一番最初にここにいるのって、誰?」


 ルルとエドについてはすでに判明している。あとはリアーネとキース、どっちが先なのかが気になる。


「最も早く我の下に来たのは、キースだ。奴らのことは……リアーネにでも聞くといい。長く生きているせいで、我の記憶は正確とは言えぬ」


 そうなのか。二千年も生きてれば曖昧にもなるか。じゃあリアーネに聞くとしよう。そのうちリアーネもここに来るしな。


「ふむ……あと、そうだ。一つ気になることがあったんだ。アイオーンの町の人間に、俺が化け物呼ばわりされたんだけどさ。時渡りって、化け物みたいな存在なのか?」


 これが今回一番気になったことだな。時渡りが人間を殺すのはご法度だとしても、化け物と呼ばれるのはどうなのか。反逆者、とかならともかく。しかも昨日今日の話じゃなく、前からそう呼んでるみたいな言い方だった。あれは俺に対してじゃなく過去、もしくは時渡りそのものに何かがあると考えるのが自然だ。


「それは、人間が自ら招いた事態だな」

「自ら……?」


 抽象的でよくわからない。人間である時渡りに対して、この世界の人間が『時渡りは化け物』っていう流れを作ったってこと?


「なんか、黒い話みたいだな。知ってるなら、教えてくれる?」


 ここはうやむやにしてはいけない気がする。聞いておこう。俺が西へ旅に出たら、サタンに聞くことはできなくなってしまう。今のうちにすべてを明らかにしておくべきだ。


「……どうやら、今回の時渡りは想像よりもずいぶんと頭が切れるようだぞ、リアーネ」

「へ?」


 サタンが何故かリアーネに声をかけた。リアーネはこの場にいないのに。


「そのようですね……」


 と思ったら、リアーネの声が。ドアを開け、中に入ってくる。なんだよ、いたのか。


「もしかして、ずっとそこにいたのか?」

「いいえ。ちょうど今、来たところです。ケント様が化け物呼ばわりされた、という話から」


 ついさっきか。それは偶然だな。ということはつまり、重要な話題なんだなこれは。サタンとリアーネが揃って意味深なことを言っている。


「じゃあ、話を戻そうか。時渡りが化け物と呼ばれるようになった経緯は?」


 俺が話を振ると、サタンはリアーネと目くばせをしてから、口を開いた。

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