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三章 始まってしまった物語 ー 2

 大空を飛ぶ。


 これは、比喩表現ではない。


 俺も、空を飛んだことくらいはあった。そう、飛行機だ。空を飛ぶといえば日本ではもっともメジャーな手段だと言える。飛ぶという表現ではスカイダイビングやハンググライダーもあるが、経験のある人は限られることだろう。


 しかしこれはそれら以上に、著しく異常な体験である。一切の装備のない生身で、自分より一回り以上小さい女の子に腰を抱えられ、クレーンゲームで持ち上げられたぬいぐるみのごとく宙ぶらりんの状態で運ばれるというのは。


 正直、怖い。異世界に飛ばされたことより、これから人間の住処を荒らすことより、今この状況が怖い。背中にある感触なんて気にしていられないくらい怖い。高い。落ちたら死ぬ。ルルがしっかり持ってくれてるから大丈夫だとは思うが、怖いもんは怖い。


 それにしても、ずいぶん高いところを飛んでる。風が強い。とても寒い。ルルは薄着どころじゃない露出の多い服だけど、寒くないんだろうか。魔族の体温や五感って、人間とは違うのかな。


「ルル!」


 風がうるさいので、若干声を張る。ルルの声が聞き取れるだろうか。

「いつも、こんな高くを飛ぶのか?」

「うん」


 ルルが返事をした。普段からこんな高さを飛べるのか。人間には不可能なことを普段からやっていると。うらやましいな魔族というものは。


「なんで、こんな高さを?」

「人間に見つからないように」


 人間に……ああ、そうか。普段は一人で飛ぶんだな。だったらこの高度、人間の視力ではまず見つけられない。見えたとしても、ただの黒い点にしか見えないだろうな。


 だが今、後ろには千の飛行型魔族の軍団がいる。さすがにこれだと、地上からでも異様な光景として人間の目に映る。無意味……とは言わないが、そこまでルルは考えていないだろう。まあ、低空を行くよりは見つかりにくいな。あえて見せつけて脅す、とかそういう演出はルルや魔族は考えないだろう。いつも通りに飛んでいるだけなんだ。運んでもらっている手前、命令することも抵抗がある。最初だし特に難しいことをするわけでもなし。このまま行くか。


「じゃあルル、町の入り口あたりに下ろしてくれ」

「わかった」


 アイオーンとかいう町はもう見えているが、まだしばらく空の旅。このスピードならそう時間はかからない。そう思うと、なんかちょっと緊張してきた。人間と戦う、命を取り合うという初体験だ。楽しみなような、不安なような、怖いような。


 もっとも、命の『取り合い』になるかどうかはわからないけど。なんせこっちは魔族の軍。後ろの雑兵よりもずっと強いルルもいる。そして俺は時渡り。あっちにも兵隊とかいない限り、一方的になるだろう。いいね。一方的な蹂躙は大好きだ。ぜひともやってみたい。


 格好がつかない体勢でいくつかの思いを抱きつつ、俺が率いる魔王軍はアイオーンへと向かう。鬼が出るか蛇が出るか、それともお姫様が現れるのか。どんな展開が待っているかな。



 俺たちが舞い降りる頃には、町はパニックになっていた。千体の魔族。遠くから見れば、黒い塊が空から降りてくるようにしか見えないだろう。


「敵襲! 敵襲ー!!」


 鎧を着た警備兵らしき人間が叫んでいる。装備のない町人は助けを求めて逃げ惑う。こっちはまだ何もしていないが、町はすでに恐怖のどん底となっている。不意打ちによる混乱に乗じる。襲撃の定石だな。


「始めるか。ルル、魔族たちに指示してくれ」


 ルルは俺の言葉にうなずき、例の巨大な剣を作って手に握った。


「いくよ。この町にいる人間を殺して」


 声は小さい。が、魔族は一斉に動き出した。恐ろしい数の黒が、町を覆うように飛んでいく。今のルルの号令、音ではなく意思か何かで伝えられるのだろうか? ハイスペックだな魔族は。知能だけは人間が勝るようだけど、逆に言えば知能さえあれば人間なんて簡単に滅ぼされるんじゃないか? こいつらに人間がどう対抗してくるのか、今から楽しみではある。


「そんじゃ、俺も行くか。ルル、援護してくれ」

「うん」


 ルルを伴い、俺も町の中へ。兵士が何人か立ちふさがる。都市の警備にしては少ないように見えるが、魔族の相手をするために散ってるんだろうな。俺にとっちゃ楽でいい。


「お、お前は……人間だな!? 何故、魔族を連れている!?」


 兵士が慌てている。当然の反応だな。どう見ても人間な俺が、魔族の味方どころか大群引っ張って町を襲ってるわけだから。でも、よくよく考えると……


「……なんでだろうな? まあ理由はともかく、目的はあるよ」


 自分で疑問に思ったが、このことについて長話をするつもりはない。漫画やゲームではないこの現実に、長ったらしい説教や演出のための掛け合いなど不要。


 右手を兵士に向ける。練習した通りに力を、攻撃をイメージする。


「――ぐぁっ!?」


 次の瞬間、兵士の一人が後ろに吹き飛ぶ。俺は特に動いていない。触れてもいないのに、吹き飛ばした。


「な、何をした……!?」


 周りの兵士がうろたえている。倒れた同胞は、胴を守っているはずの鎧が砕かれ、その後ぴくりとも動かない。そんな状況で平静でいられるはずもないか。


 一方で俺は、手ごたえを感じていた。やれる。思っていたよりも威力は小さいが、距離・正確さは申し分ない。今でこれなんだ。慣れればもっとすごいものが出せるはず。


「宣戦布告だ。魔族から、人間へ。今日から魔族――魔王軍は人間と敵対し、戦争する。この町はその見せしめとして焼く。お前らに恨みは……」


 こういうシチュエーションでのお決まりのかっこいいセリフを言おうとして、ふと思考が止まった。


「……あるな。うん、恨みはある。というわけで、ここは今日で閉店な」


 気の利いたセリフにはならなかった。お前らに恨みはないが、じゃない。あるよ。ここに飛ばされたって恨みが。ルルに会わせてくれたことは評価するが、それだけで許せるレベルではない。


「があっ!?」


 二発目。これで二人を倒した。あっさりと。これ、何回もやると疲れるんだろうか? 今みたいに棒立ちなら、肉体的に疲れることはなさそうだけど。


「な、なんなのだこの男は……ま、まさか……ぐっ!?」


 三人目。いやあ軽い軽い。


「こ、こいつ……『時渡り』だ!!」


 兵士の誰かが叫んだ。それに反応したのか、周囲の人々が動きを止めた。そのせいで魔族にやられちゃったりもしている。


「な、なんだと……!」

「時渡り……!? あ、あの化け物が、どうしてこんなところに……!?」


 ん? 化け物? 新しいワードが出てきたな。


「ちょい待ち。時渡りって、化け物なのか?」


 この世界の人間にとってはすごい力を持つ、魔王退治のキーパーソンじゃなかったのか? 化け物ってのは何の話だ。


「魔王め……まさか時渡りを飼い慣らすとは! 皆の者、恐れるな! 時渡りとて所詮は人間! 魔族のような腕力や皮膚の硬度はないはずだ!」


 向かってくるのか。人智を超える力はどうしたんだ。どうも俺の知っている時渡りのイメージとズレるな。まあなんとなくわかるんだけど。


 要するに、最初に出会ったあの胡散臭い二人。あいつらは時渡りを騙し、魔王を討伐する鉄砲玉にしてるんだ。魔王を倒せたら儲けもの、みたいな感覚で。そんなことができれば英雄、できなくても相応の力を持っていれば勇者扱いされそうなもんだが……世間的には時渡りはその力から化け物扱いされていると。


 リアーネの言っていた迫害というのはこういう事情からか。そういうことなら、もはや奴ら人間を殺すことに一分のためらいもない。元からないけど。


「じゃあ、試してみようか。お前ら人間に、俺がやれるのかどうか」


 実際に戦ってみればわかることだ。俺がやられるのなら、時渡りってのはその程度の存在ってこと。まー今のところ、俺が負けるなんてありえないだろうけど。


「ルル。俺、もうちょっと力を試してみたくてさ。一応俺のこと、守ってくれる?」

「うん」


 いい返事。ルルは本当に素直でいい子だ。ヒトのこと化け物扱いする人間とは大違い。


 そんなルルの頼もしさもあってか、始める前の不安や緊張はもうなかった。今はただ、あいつらをやることを考えている。そのことだけを目的とし、動いている。


 それじゃあ、いってみようか。ここの人間が俺を殺すのが先か、俺がこの町を消すのが先か。俺を化け物とするならば、果たして人間は退治できるのか。もしもこれが、正義感を振りかざす漫画の世界なら……


「――倒さなきゃいけないよなあ?」


 地面を蹴って走る。心なしか、足が速い気がする。否、おそらく実際速いのだろう。明らかに、日本にいた頃の俺とは違う身体能力がある。


「き、斬れ! 奴を殺すんだ!」


 物騒なことを言ってくれるね。殺すにしても、もう少しスマートにやれないものか。

 高い身体能力で軽やかに接近。敵の動きまで遅く見える。


「くそっ……!」


 兵士の一人が斬りかかってくる。その動きも遅い。


「ほい、と」


 今度は至近距離で、敵の胴体めがけて力を放つ。兵士は声を上げることもなく吹き飛んでいった。


「ふうん。それほど悲惨なことにはならないんだな」


 これ、やりようによっては体に穴開けたりするんだろうか。グロテスクなのは好みじゃないんでやりたくない。自爆でSAN値がピンチなんて御免だ。ちゃんと調整しないとな。


 なんだろうなこの力。風? 衝撃波? それとも魔法か何か? ゲーム的には『時渡り』に分類される力だろうか。RPGでもたまにあるんだよなーなんかよくわかんない名前のよくわかんない属性。


 そんなことはどうでもいい。人を的確に殺せるならそれでオーケーだ。


「……ふむ」


 一方、俺の後ろ。ルルは大剣を振るい、敵を薙ぎ倒している。鎧もさっくり斬れて、赤い血がそこらじゅうに飛び散る。見た目は恐ろしいが、あの武器ならそういう戦い方になるのも必然か。


 それにしても、すごい強さだ。リアルに無双だな。切ったり飛んだり跳ねたり、縦横無尽だ。羽があるから比喩ではなく本当に空を飛ぶ。地上でも強いのに、あんなもん人間がどうやって倒せと。


「うおおおぉーっ!」

「奇襲に声上げんなって」


 俺の横から剣を振り下ろした兵士を能力で処理する。奇襲や不意打ちに声出したら意味ないって、大昔から言われてるんだがな。創作物の中だけの表現かと思ってたが、実際にやる奴がいるとは。事実は小説よりも奇なりとはこのことか。


「……おっと。静かになったと思ったら」


 見回してみると、警備兵の大半が倒れていた。町の人間たちもそこらじゅうで屍となって横たわっている。ルルに斬られたり、飛行型魔族の爪に引き裂かれたり。さすがに千の軍勢だとこうなるか。都市といっても東京みたいに人がいるわけじゃないようだし、これはマジで壊滅かな。逃げた奴はいるだろうが、それをどうするか……ほっといてもいいかな。全滅を狙って追撃というのは骨が折れる。逃げてもどうせ何もできやしない。深追いは必要ないかな。


 ともかく、ここらの警備兵は片付いたな。次に行くか。せっかくの大きな町だ、見て回ろう。


「ルル、ここはもういいな。行こうぜ」

「うん」


 なにせ、都市の襲撃だからな。ぶらぶら歩くだけでも相当な時間がかかる。住人を殺しながらと考えると……途方もないな。飛行型がどれくらい片づけてくれるか。こっちの損害はどの程度出るのか。


「ルル、聞いてもいいか?」

「なに?」


 いったん足を止め、周囲を確認しながらルルに話しかける。


「今回連れてきた飛行型の魔族……そういえば、あれなんて名前?」

「飛行型下級魔族」


 なんだその戦闘兵器みたいなの。名前ないのか。ガーゴイルとかそういう感じの横文字で呼ぶんじゃないのか。あいつらの見た目的にはガーゴイルとかレッサーデーモンとか、もしくはグレムリンとか名前がつきそうだけど。まあいいか。じゃあ飛行型で。


「その飛行型の強さってどんなもん? 人間にやられたりする?」

「わからない。でも、獣みたいに頭が悪いから……」


 獣か。それなら、人間の反撃でやられる可能性はあるな。偶然があったり、敵が屈強な兵士だったりしたらやられそうだ。やっぱり、俺らもちゃんと動かないとな。慢心はよくない。逆に言えば俺やルルがいればひっくり返せるんだから。


「……ん? なんか聞こえたな」


 今、声がした。どっちだ。


「ケント、あっち」

「おっ、そうか」


 ルルにはしっかりと聞こえていたようだ。あっちか。


「急いで! 魔族に気づかれないうちに!」


 ルルが指さした方向へ向かうと、広い道に出た。ここにも警備兵。それと、避難している住人もたくさんいる。避難誘導の大切さがわかる光景だ。


 ていうか今の、女の声だったな。女の子の声。警備兵なのか、それとも町の人が避難誘導してるのか。


「――あ、ホントに女の子だ」


 声の主は警備兵だった。男よりもやや軽装の鎧を着た女性兵士。ビキニアーマーだのヘソ出しだの、無意味にやらしい恰好ではない。でも、ああいう露出の少ない鎧のほうがむしろ……という意見もある。男って欲望の塊だな。兜からはみ出てるブロンドの髪がセクシー。ロングヘアなんだな。


「っ!? もうここまで……!?」


 女兵士がこっちに気づいた。今の俺は欲情してなどいられない。それよりも大事なことがある。


「ルル。飛んで向こうに回り込むんだ。あいつらを逃がすな」

「うん」


 ルルに指示を出す。ルルはすぐに上へと飛び立ち、その後高速で滑空。一瞬にして人だかりの反対側に回り込んだ。避難する人たちが恐怖で声を上げる。


「あなたは……人間!? どうして魔族と一緒にいるの!?」


 ブロンドの女兵士が状況を視認した後、俺に向き直って怒鳴る。なんか聞いたことあるセリフだな。まあ、そういうリアクションにもなるか。この状況ならな。人間が魔族と手を組んでいる。それどころか、魔族に命令してるってんだから。


「どうして、と言われてもな。俺がそうしたいからやってるとしか」

「あなた、何者……? 見ない顔だし、その恰好も……」


 恰好? ああそうか。昨日と同じ服だから、普段着だな俺。この世界では見られない服装か。この町で服もいただいておかないとな。


「俺は速水……いや。『ケント』だ。今は時渡りやってる。よろしく」

「と、時渡りですって……!?」


 驚いてる驚いてる。女性兵士だけじゃなく周りの兵士も町の人も。みんなこんな反応するんだな。そして名前についてはスルーか。


 人間と魔族は直接争ったことはないと、サタンは言っていた。こうやって攻撃されるのは、人間にとっても初めての経験ということか。


「時渡りが、俺たちを襲ってるってのか!?」

「クソッ、化け物は所詮化け物か……!」


 また出たな。時渡りイコール化け物ってのは共通認識か? 俺が知らないこと、知らなくちゃいけないことはまだまだあるようだな。とはいえ、こいつらに聞いても建設的な話し合いになるとは思えない。


 まあ、化け物上等。こんな力があるのなら、化け物呼ばわりも心地いい。化け物らしく、暴れさせてもらうとしよう。


「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなた、どういうつもり!? 時渡りは魔王を倒すために――」

「そいつはここの人間が勝手に決めたことだろ? 義務じゃない。俺が何をしようと俺の勝手さ」


 そのセリフは聞き飽きた。俺には俺の意志というものがある。正義を主張するわけじゃないが、俺の自由にさせてもらう。化け物呼ばわりする連中より、ルルと一緒にいるほうがいいしな。


「ってわけだ。やらせてもらうぜ」


 適当な人間に狙いをつけ、手から力を放つ。人が密集しているためか、何人か一気に当たった。


「う、うわあああっ!!」


 別の場所で悲鳴が上がる。俺が動いたのに合わせ、ルルのほうも始めたようだ。素早く、流れるような動きで人を切り裂いていく。頼もしすぎる。


「や、やめなさい!!」

「お」


 女が激昂し、俺に向かってくる。ルルじゃなくて俺に来るのか。……ちょうどいい。試してみるか。


「はあああぁっ!」


 女が剣を振る。それに合わせ、俺は念じる。攻撃ではなく、防御。


「くっ――え……!?」

「おぉ……?」


 女が驚愕で目を見開く。そして、俺も驚いた。正直びっくりした。


 女が大きく振りかぶってぶん回した剣は、岩にでも当たったかのような激しい激突音を立て、何もない中空で止まった。何もない、が……何か見える。膜みたいなもの。うっすらとだけど。


 ご協力、感謝。これでわかった。俺の力は、剣での攻撃を防ぐことができる。この様子なら剣に限らず、物理攻撃はだいたい防げるだろう。


「素手でも剣士とまともに戦えるみたいだな。便利だな、時渡りの力って」


 ただ衝撃波を飛ばすだけじゃない。接近戦もできる。時渡りは万能だった。なんともインチキ臭い能力だ。物理なのか超能力なのか。労せずしてこんな力が俺の手に。いや、苦労はすでにしてるか。異世界に飛ばされるという多大な苦労を。


「……さて、お嬢さん。早速みんな死んだようだけど、あんたはどうする?」

「えっ……!?」


 女が驚いて振り返る。その視界には、生き残った者は誰もいない。ただ一人、ルルがたたずんでいるだけ。俺が力の実験をしている間に、ルルがすべてやってしまった。女が逃がそうとした住人も、共に戦う仲間の兵士ももういない。全員、血まみれで寝ている。


「――そ、そんな……」


 嘘だと思いたいところかもしれないが、これが現実。それにしても、これじゃあ完全に俺が悪役だな。実際、その通りなんだけど。


「もしあんたがその気なら、こっちの仲間にすることもやぶさかじゃないが……どう?」


 せっかくなので仲間に誘ってみる。こういうシチュエーションなら一度は言ってみたいセリフ。本心かどうかはともかく。


 が。どうやら女には俺の言葉が聞こえていないらしい。女は死屍累々の足元を見つめ、茫然としている。


「あ……あぁ……!」


 ……なんかまずい雰囲気。これは、錯乱する奴かな。無理もないけど。


「……あああああっ!」


 女がこっちに走ってくる。剣を片手で雑に握っているあたり、完全に我を失ってるな。気の毒だが、力の差がある以上は仕方ない。相手は女の子だ、優しくしてあげよう。


「そいっ」


 やや軽めに力を放つ。弱めを意識したせいか今までのように体ごと吹き飛ぶことはなく、女はよろめいた。ちょっと弱すぎたか。


「げほっ……く……そぉっ……!」


 倒れずに立っている。女とはいえ兵士か。一発くらったことで目が覚めたのか、さっきよりも表情が凛々しくなり、両手で剣を構えて俺を見ている。窮鼠猫を噛む、という言葉がある。今がまさにその状況。猫である俺は油断せず、鼠を仕留めなければならない。


「時渡り……! 殺してやる……この……化け物ぉっ!!」


 そうか。殺すか。


「ルル」


 女のそのノリには付き合わず、ルルを呼ぶ。


「――っぐ!?」


 俺に向かおうとした女の背は、俺と対面のルルから見ればガラ空き。ルルの剣は、女の胸を背後から貫いた。


「……お見事」


 ルルが剣を引き抜く。女は地面に倒れ、先に逝った連中の仲間入りとなった。力のない人間が魔王に挑むって、こんな感じなのかな。


「ありがと、ルル。次行こうか」

「うん」


 こんな感じに誘導されて逃げた人間は、すでにたくさんいるだろうな。ゲームみたいに一人残らず殺すなんてことはそう簡単じゃない。主目的はこの都市の制圧及び、残った人間のせん滅。逃げる者は放っておこう。大半は飛行型に任せることになる。総大将が単騎で敵を倒しまくるというのは、それこそゲームの中の話でしかない。もっとも、時渡りの力があればそれも不可能じゃなさそうなのが恐ろしいところだが。


 周囲の悲鳴が減ってきている。入口付近はだいぶやってしまった感じか。なら、このまま町の奥へ進もう。


「俺はこの道をまっすぐ進む。ルル、お前もここからは一人で動いてくれていいぜ。空飛べない俺といたら動きづらいだろ」


 今はルルが足並みを揃えてくれているが、本来は移動速度がまったく違う。ルルのほうがはるかに速い。そう思って声をかけたのだが、


「ううん。ケントと一緒にいる」


 ルルは即答でそう返してきた。嬉しいけど、これ今後の戦闘で大丈夫だろうか。まあ、指揮官となる俺の側近が一人いるくらいでちょうどいいか。


「そっか。なら一緒に行こう」


 いっそのこと、飛行能力があるルルにリアル無双してもらったほうがより数を殺せるんだろうが……まあいいか。最初くらいはルルと行動しよう。チュートリアルみたいなもんだ。


 走っていくが、敵も走って逃げているはず。追いつくのはそう単純なことではない。この都市の人口は知らんが、数にしてどの程度やれるんだろうか。戦争だと、兵が三割も減れば大損害だと思うが。


 飛行型が人間を襲っている。それと戦う兵士がいる。よく見ると、飛行型が何体かやられてるな。町の警備兵でも倒せることは倒せるのか。それでも、人間の死体の数と比べたらごくわずか。基本なんの用意もない、魔族と戦ったこともない人間の住処にこの数で奇襲かけたらまあこうなるわな。


 兵士を倒しつつ進む。住人を逃がすため、命を懸けて立ち向かってくる。立派な心意気だが、こっちは容赦なし。邪魔をするなら殺す。


「ルル、空から偵察してくれ。人間はどの方向に逃げてる?」


 ルルはすぐさま上空へ飛んだ。高所で止まったが、数秒の間だけで下りてくる。


「この方向。町の外に出始めてる」

「ありゃ、もうそんなにか」


 やっぱり現実って難しいな。ゲームならこのペースで倒していけば、追いついてせん滅できそうなもんだが。飛行型を従えたところでそんな万能じゃないか。


 住人はこの道の先か。逃げられそうだな。やはり深追いは駄目か。目的は第一にこの都市だ。人を殺すのは最優先じゃない。逃げるんなら放っておこう。逃げる者のために残った兵士だけ殺せばいい。


 戦ってからの逃走じゃなく最初から逃げてるわけだから、逃げが早いのは自然なことか。村ならともかく、大きな町だしな。欲張りはよくないな。


「よし、ひとまずこんなもんにしとくか。ルル、飛行型に命令を頼む。建物に隠れている人間を探せ、って」

「わかった」


 これくらいの命令なら聞けるだろう、多分。これなら町から逃げる人間を執拗に追うことはしないはず。


 ところで。結局、あのお姫様は見つからなかったか。こんなところにはいないよな普通。むしろなんであの、召喚の場の近くにいたのやら。理由もそうだが移動手段は? 今は考えても仕方ないか。俺も家の中を荒らし……もとい、探そう。


「……お?」


 近くを見回し、ふと目に入った家屋。窓から中を見ると、樽が置いてある。あれはまさか、酒樽では? 根拠のない期待にちょっと胸を躍らせ、家に入っていく。樽の中身は何かなっと。


「ん?」

「ひっ……!?」


 中身よりも先に、樽の影に隠れている人間を見つけた。逃げ遅れて隠れてたのか。女性が小さな女の子を抱えている。親子かな。女の子のほうは声を上げることなく、女性の胸に顔をうずめている。恐怖で声も出ないか。


 それより、この樽の中身だ。持ち手のある蓋がしてある。開けてみよう。……おお、マジで酒じゃん。やったぜ。


「いいよ、逃げても。見なかったことにするからさ」


 俺から目を離さずに震えている女性に優しく声をかける。俺にはこの樽のほうが大事だ。持って帰らなきゃ。


 子を抱えたまま、母親らしき女は走って家を出ていく。ちょうどそれと入れ替わりで、ルルが入ってきた。


「ルル。今の二人、殺しといて」

「わかった」


 ここで力を使うと、酒樽も壊しちゃいそうだしな。外で殺せば問題ない。酒樽があるなら、別の家にもありそうだけど。……あ、酒場とか探せばいいのか。うっかりしてたな。でも、あの親子を見逃す理由はない。結果オーライだ。


 外から悲鳴が聞こえた。ルルがやってくれたみたいだな。こんな感じで隠れている人間を見つけて、必要なものは奪って、その後は……また時渡りの力を試してみるとしよう。今度のは、うまくいくかどうかわかんないけど。



 戦闘は終わった。住人は逃げ、必要なものは奪った。ルルに相談してみると、飛行型を使えば重いものも運べるという。なので酒樽を運んでもらうことに。


 結局、姫様らしき人間を見つけることはできなかった。緑の髪の女は一応いたが、別人。さすがに下級魔族では人間の顔の識別まではできないらしい。人違いなので始末しておいた。


 目的の姫様は見つからなかったがとりあえず、この世界で着るための服やその他必要そうなものを町から頂戴した。やることはやったので、最後の仕上げをする。


 時渡りの力。今までは人間に使っていた。しかしこの力、例えば生命にしか通じないとかそういう類の力ではない。物体に直接的にダメージを与えるものだ。ということは、人体以外も破壊できる。そう、家屋でも。


「…………」


 アイオーンに向かって手をかざす。いつもより大きな力をイメージする。強すぎてもいけない。もしも時渡りの力が俺の想像を超える天井知らずな力だったら、大変なことになってしまう。念のためルルたちは俺のかなり後ろまで下がらせたが、それでもちゃんと制御はしないと。


 力を前方へ、家屋などの建造物を破壊するくらいのイメージ。都市丸ごと……だと強すぎてひどいことになりそう。とりあえず目の前の景色を変えるくらいで……


「――ふっ!」


 気合一発。力を放つ。轟音が響き、吹き飛んだ瓦礫が突風を起こすが、相変わらず俺の体に反動はない。そして。


「……お~、すげえ」


 本当に、目の前の景色が変わった。地面が抉れ、建物は粉々に。形としては、正面方向を円柱状にくり抜いた感じか。いや、これはすごい。何がすごいって、加減したつもりなのに都市丸ごといっちゃいそうなくらいぶっ壊したってことだ。まだまだうまく使えてないな。力が大きければ大きいほど、難しい気がする。


「……これも、時渡りの力?」


 いつの間にか近くに来ていたルルが声をかけてきた。そう、これが時渡りの力……らしいな。


「みたいだな。ここまでになると、化け物って呼ばれるのも納得だ」


 冗談抜きで町一つ消し飛ばす力。小さな集落程度なら灰も残らないだろうな。


「……ケントは、化け物って呼ばれるのは嫌?」

「ん? いや別に。普通の人間なら、そう呼ばれたら嫌な気持ちになるだろうけど」


 俺の場合は蔑称だとしても、敵がそう言ってるだけだからな。負け犬の遠吠えならある意味で耳が幸せというものだ。いいじゃないか。俺は化け物。


「……嫌なら、ケントも魔族になればいい」

「ハハ、それもいいかもな」


 眷属、ってやつか。サタンならそういうこともできるのかな? ルルのこの言い方はできそうな感じはするが……それは最終手段だなあ。魔族になることで時渡りの力がなくなる可能性もゼロじゃないし、俺は俺の意志でサタンと組んでるからそこまでする必要もない。サタンがそうしたいと言い出したら、断らないかもだけど。


「これで目的は果たしたな。帰ろうぜ、ルル」

「うん」


 帰ろう。ここは焼野原になっちゃったし。何もかも貴重で新鮮な体験だった。


 ……あ、帰りに召喚の場も壊していこうっと。

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