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三章 始まってしまった物語 ー 1

 存外、ぐっすり眠れた。俺はよく寝るほうではあるが、異世界でも違和感なく熟睡できたようだ。疲れていたのもあるかもしれないが、俺の心はもうちょっと緊張というか繊細さを発揮してもいいんじゃないかな。


「おはようございます」


 のっそりと起き上がって部屋を出ると、ちょうどリアーネが廊下を歩いてきていた。


「おはよう、リアーネ」


 挨拶を返す。基本だな。人間の世界での、基本だけど。魔族には挨拶という習慣はあるのだろうか? 基本的に言葉を発さないわけだから、おはようだのこんにちはだのと声をかけることはない。動物的なコミュニケーション方法があるのかな。


「ちょうどよいところに。一緒に朝食などいかがです?」


 なんと、美しい女性から食事の誘い。これは男として断る理由がないな。


「いいね。行こうぜ」


 昨日来たばかりの俺に、こんなにも友好的。リアーネは人間ができてるなあ。魔族が人間できてるって、変な話だが。ともかく飯だ飯。腹が減った。それも、こんな綺麗な女性とご一緒できるなんて――


「――あれ? 魔族って、人間の食事は必要ないんじゃなかった?」


 爆睡したせいで忘れてたが、昨日ルルが言っていた。味覚として楽しめるけど、食事そのものは必要ないみたいな。でも今のリアーネを見るに、普段から人間と同じ食事をしているように思えるけど……?


「一種の趣味です。人間を観察しているうちに、興味を持つようになって。魔族の世界には趣味はおろか、娯楽と呼べるようなものもありません。たとえ一日中暇だとしても、何もせずぼーっとしていることもあります。それは魔族にとっては不思議なことでもありません。むしろ、人間のように半日や一日中動き回ることのほうが珍しいと言えます」


 この世界の魔族には仕事とかないもんな。八時間やら十二時間やら拘束されることはないか。しかも、ぼけっとしていても退屈になることはないと。まあ言葉を発さないし、感情もそんなになさそうだし。いつもそうなら、それが退屈と考えることもないのかな。いいなあ、そんな生活。学校や会社に縛られる人間の生活よりずっといい。


 趣味がパン作り、料理か。リアーネはいい嫁になれそうだな。人間だったらさぞかしできる女なんだろう。他種族のことも気遣えるなんて、こんないい女はそうそういないぞ。


 リアーネと二人でキッチンらしき場所へ。家族との団らんを大切にするシステムキッチン……ではなく、単に広い空間に調理場と机と椅子があるというだけ。この場を使うのが基本的にリアーネだけ、そもそも使えそうなのが五人だけという時点でこの部屋の重要性は低いか。むしろ、パンを焼く窯を含めてリアーネのために作られた部屋のようにも思える。リアーネが自分でプロデュースしたのか、サタンが気を利かせたのか。後者だとほっこりするが、さすがに魔族の王にそんな気遣いは無理だろう。


「悪いね、朝食まで。いずれ食事は自分で作るようにするよ」


 魔族であるリアーネに人間の食事を毎回用意させるというのは気が引ける。この世界での暮らしがまだわからないからすぐには無理だが、できるだけなんとかしたい。


「お望みであれば私がご用意いたしますが」

「それはありがたいけどさ。自分でできるならそうしたいんだ」


 俺は人間だからな。人間の生活が適している。魔族に頼っていてはその生活はできないだろう。リアーネにとって俺は客人みたいなものかもしれないが、俺にとってはこの状況が異世界サバイバル。自分のことは自分でやれるようになっておかないと、もしものことがあったら困る。そしてそのもしもが起こる可能性は比較的高いというね。


「……できた方ですね、ケントさんは」

「そんなことないよ」


 俺はただの凡才大学生だ。褒められるようなことはこれといってない。


「それより、今日のことなんだけど。サタンとリアーネ、それとルルも呼んだんだけど、話し合いする時間はある?」

「問題ありません。サタン様も含め、平時から何も予定はありませんから」


 なにそれ超うらやましい。俺もそんな生活したい。悠々自適な晴耕雨読。


「何もって……何も?」

「何も、です。時渡りが魔王退治に来ない限りは」

「あー……」


 なるほど納得。すげえ迷惑な存在だな時渡りって。それでいて時渡りの待遇が悪いのも泣けてくる。誰も得してないじゃないか。この世界の人間は、策もなく時渡りを呼びまくって何がしたいんだろうか。まさか本気で、数打ちゃ当たるとか思ってないだろうな。


「私はサタン様のお傍にいます。ケント様のお好きな時間で構いませんので、ルルを連れてお越しください」


 なんて適当な。ありがたいけど、それでいいんだろうか。


「本当にいいのか? なんか、俺の都合よく動いてるみたいで申し訳ないんだが」


 本来なら客人どころか襲撃者である俺がこんなにもいい待遇をもらえるのは違和感しかない。会議の時間くらいはサタンの都合に合わせるべきだと思うが。


「大丈夫ですよ」


 俺の心配とは裏腹に、リアーネは柔らかく笑っていた。


「今まで口に出して言いはしませんでしたが……私もサタン様も、新たに知り合った方とお喋りするのが楽しくて仕方ないのです」


 そう言うリアーネは、本当に嬉しそうだった。昨日会ってから、彼女のこんな表情は初めて見る。


「魔族として生き、幾百年……自分と言葉を交わせるのはわずかに四人。それも、事務的な会話ばかり。ルルだけはよく話しかけてくれますが、ずっとこの場所で暮らしていると目新しい話題もなく……ケント様のような、人間の方とお喋りをするのはとても楽しいと感じます。どうか、話し相手になってくださいませ。どのような話題でも構いませんから……」

「…………」


 ……なんか、ぐっと来た。そうか……俺にとっては異世界召喚体験でも、リアーネにとっては新しい話し相手。それも、魔族とは違って知能のある人間。何度もサタンを殺しに来る奴とは違う、魔族に味方する時渡り。それだけで稀有な存在だ。数百年ぶりの話し相手か。人間目線からすると、とんでもない時間の開きだな。そりゃ感動して何でも喋っちゃうわ。


「わかった。それじゃあ、食ったらルル誘ってすぐ行こうぜ」

「かしこまりました」


 なんとも自由で暮らしやすい環境だ。日本だと学校だの仕事だので、分単位で走り回らないといけないのに。もう元の世界に帰れなくてもいいかなあって思うね。パソコンとかネットとかゲームとかがないのは困るけど、ずっとのんびり暮らすというのもそれはそれで悪くない。

 となると、その障害となるのがこの世界の人間どもだな。まずはそいつらをどうにかするとしよう。



 リアーネとルルを伴い、サタンの部屋へ。この城、内装が全体的にシンプルだ。最低限の機能だけというか。よく考えたら当たり前か。生活する条件が人間とは違うんだから、人間と違っているのがむしろ自然。食事は重要ではなく、娯楽の類もない。暮らせる環境があればいいのか。あるいはそれすら必要ないのかも。魔族なら野外でも十分に生活できそう。漫画やゲームの魔王城、あれらは人間の趣味によるものなんだな。こういう発見も楽しい。


「さて、最初に確認したいんだが。人間と戦う、というのは魔族としては問題ないのか?」


 今更だが、これが通らないとどうしようもない。目的がどうあれ、人間と戦うのが前提になる。


「うむ。人間にさして興味はないが、いなくなって困るものでもない」

「俺はこの世界のことをまだ知らないから、勝算とかこっちの被害とかどうなるかわからないぞ?」

「それも問題はない。こちらも、勝算がなければこんな話に乗ったりはしない」


 よし。ならば当初の予定通り、この世界の人間をやっつけるとしよう。全滅させるまで戦うか、途中で奴らが折れたり改心したりするか。それはまだわからない。折れるはともかく、改心はなさそうだけどな……説得できるならするけど、そんなチャンスがあるかどうか。


「じゃあ、まずは宣戦布告だ。俺が魔族側にいるってことを知らしめよう」


 いずれわかることを隠しておく必要もない。時渡りである俺が魔族の味方をしていることをこの世界に広めるんだ。このことが各地に逃げているかもしれない俺以外の時渡りの耳に入れば、味方に引き入れられるかもしれない。敵対されたら……そこは俺がなんとかしよう。責任を持って。


「宣戦布告、か。どのようにする?」

「いきなり戦争状態にするのもなんだしな。最初は適当に人間の村でも襲おう。人間が対抗してくるとしたら、新しい時渡りを呼ぶはず。ゆっくりしてたらいくらでも呼ぶだろうし、手早く追い詰めたいな」


 せっかく俺に時渡りの力があるんだ。歴史上の戦争のように何年も戦うんじゃなく、短時間の一戦ごとに勝敗決めるくらいの気持ちでいこう。


「そういえば、人間の本拠地ってどこなんだ? 国家とかあるの?」


 この近くで召喚やってるんだし、近くに大きな都市とかあってもおかしくないが。


「王国があります。が……本拠となる城は、ここからは遠いですね」


 まあそんな簡単にはいかないか。時渡りの召喚を魔王の近くでして、自分たちは遠くでぬくぬくと暮らしてやがるってことか。ひどい奴らだ。


「それは大軍率いて侵攻していける距離?」

「いいえ。ここからですとせいぜい、アイオーンという都市までです。ただそこを落とせれば、少なくともこの付近で時渡りの召喚が行われることはなくなるかと」


 その都市を拠点として時渡りを召喚し続けてるのか。確かに、近くに人間の住む場所がないとそう何度も魔王城の近くで召喚なんてできないもんな。


「んじゃ、そこを潰して戦争開始の宣言ってことにするか。人間を生かしておく必要はあるか?」

「我ら魔族には必要ない。お前の目的に応じて決めろ」

「わかった」


 なら、こっちに味方してくれる人間以外は殺していいな。抵抗する力のない奴らをどうするか。捕虜にしてどこに収容すんだって話だし、人質にしても効果はなさそうだ。


「アイオーンの住人に関しては殺してよいと思います。見せしめになるでしょう」

「それもそうだな」


 リアーネの言う通り、見せしめってことでいいか。最初が肝心だな。全滅させて、もらえるものはもらっていこう。


「最初だし、時渡りの力を見せつけてやらないとな。戦力は……俺がいれば足りるか?」


 魔王を倒せる、人智を超えるとかいう時渡りだ。ただの人間が何百人いても相手にはならないだろう。軍隊の拠点でもない一都市程度、俺一人で落とせる。ていうか、できないとこの先お話にならない。


「ルルも行く……」


 黙って聞いてたルルがここで初めて会話に加わった。まあルルくらい連れていってもいいな。ルルは強いし。


「よっしゃ。一緒に行こうぜルル」

「うん……!」


 ルルが嬉しそうだ。やることは物騒だが。


「それなら、ケント様。移動はルルに運ばせましょう」

「運ばせる?」


 どういうことだ。まさかルルが俺を抱えて飛ぶとでも言うのか。


「ルルならば人ひとり抱えて飛ぶくらい、わけはありませんから」


 そのまさかだった。大丈夫なのかそれ? ……ルルがめっちゃこっち見てる。ルルはいいとして、俺の体はもつのか? 時渡りとはいえ、抱えられて空を高速で飛ばれるとか怖いんだが。ルルのことはもちろん信用してるけど、それはどうなんだ。でも、そういう移動方法があれば今後も楽になるよな。


「……わかった。頼むよ」

「うん」


 葛藤はあったが、ルルに運んでもらうことに決めた。信じよう、ルルを。言い出したのは人間のことをよく知るリアーネだし、大丈夫大丈夫。


「では、空を飛べる魔族で一軍を編成します。簡単な命令なら理解できるのでご安心を。ルルを通して命令していただければ問題ないかと」


 魔族の部隊か。扱えるようになっておかないとな。ありがたく使わせてもらおう。


「そのへんは任せていいのかな。善は急げだ。準備ができ次第出発するよ」

「かしこまりました。すぐに取り掛かります」


 リアーネが一礼し、部屋を出ていった。人間とまともに戦ったことはないってサタンが言ってたけど、それなのにこの行動力か。薄々感じてはいたが、リアーネだけやけに高度な知性を持っている。もちろんサタンはその更に上なんだろうが、リアーネもほかと比べて一線を画している。


「頼もしいな。同族を殺すことに、抵抗はないのか?」


 リアーネが去った後、サタンが俺にそんなことを言った。抵抗、ねえ……


「昨日も言ったろ? 人間同士で争うのは基本だ。同族だからこそ、腹が立つことや許せないことがあるのさ。人間ってのはそんなもんだ。まして、この世界は俺のいた世界じゃない。この世界の人間がどうなろうと俺は知らん。魔王を殺すのも人間を殺すのも一緒さ。好きなほうにつく。それだけだ」

「フ……そうか。ありがたいことだ」


 ほう。サタンがありがたいとか言うか。時渡りである俺に。


「……俺もそうだが、あんたも大概物好きだと思うぞ、サタン」

「そうだな……」


 俺の行動がおかしいのは承知だ。が、そんなものを受け入れているサタンも同類っちゃ同類。魔王と時渡り……この世界で本来相容れぬものが手を組んでいる。結論としてどっちもどっちだ。


「ところで。魔族の軍団を編成するって、具体的には何をするんだ?」

「近くにいる者を呼び寄せる。召喚石と十二分な魔力があれば、新たに召喚することも可能だ」

「召喚石?」


 なんだかゲームのアイテムみたいだ。本当にそういうもので召喚するんだな。媒体、って奴?


「各種魔族を召喚するための……人間の世界で言うならば、素材といったところか。素材となる召喚石があれば、その召喚石に対応した魔族を召喚できる」

「石があれば無限に?」

「無限だ。石を破壊することはできるが」


 壊れないものではないと。人間が魔族の召喚を止めるためにはその石を破壊する必要があるってことだな。ゲームだとそういうミッションありそうだな。石を持っている敵を倒せ、とか。


 その魔族を連れて、都市を襲うと。そういえば、あの召喚の儀に使ってた建物はどうするかな。比較的小さなものだったし、壊してしまおうか。俺を身勝手に呼び出した忌々しき……あ、そういえば。


「サタン、ちょっと聞きたいことがあるんだが」


 完全に頭から抜けていたことを今思い出した。召喚された直後、俺は魔王を倒すための冒険へとくりだした。そこで出会った一人の少女。お姫様じゃねえかってほどのオーラを持つ存在。あれは結局誰なのか。


「召喚された建物のすぐ近くで、人間の女の子と会ったんだ。緑色の長い髪で、お姫様みたいな整った顔と服装だったんだが、何か知らないか?」

「…………」


 サタンは少し考えこんだ。魔族のことならなんでも知っていそうだが、人間のこととなるとどうか。


「……王国の姫が、緑の髪だったとは記憶している」


 マジかよ。マジで姫様かよ。いやまだ確定したわけじゃないけど、この展開はお約束。


「だが、その姫がこの場所にいるはずがない。王城……いや。王国の領土が、ここから遠く離れている」


 そうだったな。遠いんだよな、人間の本拠地と言える場所まで。ここにお姫様がいるはずないか。でも、もしこの後で会ったら、殺す前に話を聞かないとな。ってことは、無差別に襲うのは駄目か。


「もし、その女がアイオーンにいたらいったん確保したいんだが……魔族はそういう命令って聞けるか?」

「出発前に我が命じておこう。視覚での区別は下級魔族にもできる」

「そっか、ありがとう」


 サタンがそう言うなら安心だな。いるのかどうかが問題だけど。もっとも、いなかったらいなかったで気にすることじゃないか。


 あの姫様らしき人は、時渡りのことをどう思ってんだろうな。何か言いたいことがあったようだけど、どういう気持ちだったのか。時渡りを肯定的に見ているのか、それとも……まあいいや。憶測は余計な感情を生む。今の俺が考えるべきことは殺すか殺さないか、それだけだな。


「リアーネが兵を準備するまで、どのくらいかかる?」

「そう長くはかからんだろう。お前の方の準備をしている間に完了するのではないか」


 早いな。何匹連れてくるのか知らないけど。それなら、俺も準備するか。水と食料は必要だな。魔族にはそういう、いわゆる兵糧が必要ないんだな。楽でいいや。魔力さえあれば活動できるんだもんな。


 俺の初陣って奴だ。まずは手始めに、そのアイオーンとかいう都市を消す。ひどく外道だが、こんなことは地球じゃなかなかできることじゃない。楽しんでいこう。

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