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十七章 聞いてしまった核心 - 2

「本当に、ありがとうございました……!」

 兵士長が深々と頭を下げる。社交辞令でもなんでもない、叫びにすら感じる心からの感謝の言葉だった。生まれてこのかた、ここまで感謝された経験はない。

「いいよそんなの。俺はやりたいことをやっただけだ。頭を上げてくれ」

 甲冑を脱ぎ、ようやく顔を見ることができた。短く整えられた白髪に、鼻の下にたくわえた髭。凛々しい表情だ。だてに兵士長をやっていないということか。

「それにさ。俺がやったことを考えれば、感謝するようなことじゃないだろう。何人殺したかわからないぞ」

 確かに諸悪の根源は倒したものの、多数の一般人の命を奪った。今更謝るつもりはないが、許されることじゃないのは事実だ。

「……確かに、理不尽に失われた命もあります。全てを許すとは、私も言えません。しかしそれも、元々はこの国の過ちによるもの。止められなかった我々にも、あの異常な事態を自覚できなかった国民それぞれにも責任はあります」

 謙虚だな。まあ責任はともかく、時渡りに対する仕打ちに何も思わなかったのは自業自得と言えるか。綾音を助けてくれた人たちのような、まともな人もいたにはいたが。時渡りどころか、それに手を貸しただけの国民にまで火を放つのは擁護できない。

「重要なのはこの国が、これでようやく前に進めるということ。魔王を倒すためだけの召喚などという愚かな行為も、これで終わる。救ってくださったのはケント殿、間違いなくあなたです」

「そうか。ま、それならそれでいいさ」

 これ以上争いにならないのならそれが一番。魔族との約束は人間の殲滅だが、それはやらなくてもよさそうだ。もっとも、魔族が納得できる結果を出さないといけないが。それはこれから考えることだな。

「それに……時渡り様。いえ、ハヅキ様。まさかあなたがこの世界にいらっしゃるとは……」

 兵士長が俺の横にいる葉月さんにも声をかける。綾音たちはスズラに操られていた時渡りたちを見てくれているので、ここにいるのは俺と葉月さん、兵士長だけ。

「驚かせてしまいましたね。理由はわかりませんが私は、時間を超えて移動することができます。あなたの言うこの国の病を治すため、今まで動いていました」

 この時代の人々にとって、葉月さんは歴史上の人物。俺ら日本人で例えると、徳川家康やら西郷隆盛やらが現代にいるようなものだ。

「なんと……信じがたいですが実際に目の当たりにしている以上、認めるしかありませんな。ハヅキ様にも、なんとお礼を申し上げればよいか……」

 今度は葉月さんに頭を下げる兵士長。礼儀正しい人だな。

 さて。葉月さんの話題になったのなら、あれを聞いておこうか。

「兵士長、一つ聞いてもいいかな」

「はっ。なんなりと」

 そんなまるで俺の部下みたいな。習慣として染みついているのだろうか。

「あんた、葉月さんにだけ『時渡り様』って呼んでるよな。なんか意図があるのか?」

 最初に城で会ったときもそうだった。葉月さんを見て『時渡り様』と言ったのに、美香のことは『君』と言い、時渡り様と一緒なのかと言っていた。美香だって時渡りなのに。

「今の王族の先祖であり、かの力の源である存在。我々はハヅキ様だけを時渡り様だと認識しております。以降はご存じの通り、王族の傲慢によって道具同然に呼び出された方々……守るべき対象ではあっても、崇める存在ではありません」

 魔族を倒すために呼び出された人たちは被害者。その一線は守ってるのか。

「葉月さんの存在はこの国に必要だったってことか?」

「いえ、そうではありません。ただ、結果的に魔族に対抗する力を人間が得た事実があります。戦力としての魔族の脅威が和らぎました」

 時渡りの力があれば魔族にも勝てるってなったのか。魔族に怯えるよりはマシだな。別の問題を生んだけど。

「それなら朗報がある。魔族は……魔族の王は、人間のいるところに攻め込むつもりはないらしい」

「……その情報は、どこから?」

「本人だ。魔族の王、名前はサタン」

 全部嘘でしたと言われたらどうしようもないが、そんなことはないと信じている。サタンや他の魔族との信頼は確かなものだ。

「なんと……では本当に、これで終わったのですな……」

「だといいけどな。少なくとも俺は、これ以上人間に危害を加えるつもりはない。けど、魔族は人間を嫌ってる。この三百年に起きたことも含めてな」

 最初はスズラがそうだった。飄々としているから本心はわからないが、ユウキという時渡りをきっかけに、人間に攻撃的になっているのは間違いない。その他の魔族も、人間のことはよく思っていない。人間がいるよりはいないほうがいいと考えている。

「サタンも、人間は脅威だと言っていた。魔族にとって害にならないならどうでもいいけど、そもそも人間は信用ならないっていうのが魔族側の意見だ」

 そこを払拭して関わらないようにするか、友好な関係を築くか。そのどちらかしかないだろう。今だと人間が魔族に勝てるとは思えないが、魔族はその気になればいつだって人間を滅ぼすだろう。時渡りの脅威がなくなったのなら。

「ふむ……それは我々で解決しなければならない問題になります。……ケント殿、厚かましいお願いではありますが……サタン殿に、魔族に、少し待ってほしいと掛け合ってはいただけませんか……?」

 掛け合う、か。俺が直接説得するのではなく、一旦この場を収めよと。人間である兵士長の立場からすれば現実的な手段だ。

「んー……そうだな……」

 とはいえ俺も、サタンたちを完全に納得させられる自信がない。サタンが出した条件である時渡りの無力化には成功しているが、人々の意識が変わったわけじゃない。魔族にいいイメージを持っていない人も多いだろう。結局、お互いに存在をよく思っていないというのが現実だ。種族が違うしな。

 仮に俺のおかげで人間と魔族とのもめごとを解決できたとして、その関係性が続くわけがない。この世界の人間が、ちゃんと魔族と共生しないと意味がない。時渡りである俺では……

「…………」

 この世界の人間じゃない俺では……

「……ケント殿? どうなさいました?」

「ん……ああ、いや……」

 一つだけ、ある。最も確実と言える方法が。

「健人さん……?」

 葉月さんも心配そうに俺の顔を覗き込んできた。そんな深刻な顔してるかな、俺。

「わかった、やってみる。けどその前に、例の時渡りたちをなんとか元の世界に帰してあげないといけない。俺が魔王の城に戻るまでは、サタンは何もしないはずだ。魔族に話をつける前に、やるべきことをやりたい。この話はその後でいいか?」

「そうですな。まずは彼らの安全が第一。わかりました。我々は少しでも多くの人に、今回のことや時渡り様の真実を伝えてまいります」

 兵士長さん、本当にできた人間だな。この人に任せておけば安心だろう。

「ああ、そっちは頼む。葉月さん、行きましょう」

 こっちはこっちのやるべきことをやろう。最後までしっかりとな。

 

 

 スズラの呪術によって操られていた時渡りたち。食事と休息をとり、かなり落ち着いたようだ。意気投合して喋っている者もいる。

「あっ。健人さん、葉月さん」

 美香がいち早く気付いてこっちに振り向いた。

「兵士長との話は終わったんすか?」

 翔太も一緒か。綾音は……時渡りたちの輪の中にいるな。

「ああ、ひとまずはな。ってことで次の問題だ」

 この時渡りたちを元の世界……日本に帰してやらないといけない。その方法はまだ見つかっていない。あくまで可能性として、スズラが提言しただけ。強い願いがあれば、帰すことも可能かもしれないと。召喚していたのはスズラだから、信憑性においてはこれ以上の人物はいない。しかし根拠がない。

「スズラを呼んで、帰れるかやってみよう。試すなら早いほうがいい。今なら失敗したときのショックも小さいだろ」

 手を尽くした結果の失敗だとがっくりするが、ぱぱっとやってしまえばじゃあ別の方法をとなるだけだ。みんなだって早く帰りたいだろうし。

「帰れるんすかね、これで……」

 翔太はいまいち実感がない様子。今の段階ではそうだろうな。確信も何もないんだから。

「そういや、二人も帰るのか?」

「なんで残るんですか。帰るために頑張ってきたんでしょ?」

「……ああ、そうか。忘れてた」

 忘れてたというより、人間を倒すっていう目的のほうが大きかった。

「何言ってんすか……ここまで来れたのも健人さんのおかげなんですから、最後もきっちり決めましょうよ」

 そうだな。きちんと届けてやらないと。いつも通りの日常に。

「きっとみんな、一秒でも早く帰りたいって思ってますよ。なあ美香?」

「…………」

 翔太がすぐ横にいる美香に声をかけたが、返事がない。

「……美香?」

「えっ? ご、ごめん、何か言った?」

 美香はうつむき加減で黙っていた。真剣な顔をしていたが……

「なんか気になることでもあったか?」

 帰れるかどうかの不安とかもあるだろう。疑問は今のうちに解決しておかないと。

「いえ、なんでもないんです。すみません」

 そうか。なんでもないってことはなさそうな感じだったが。本人がそう言うならいいだろう。日本に帰れるならここでの悩みとかは無用なものになるしな。今はスズラを——

「やあ。来たのか」

 と思ったら、ちょうどよくあっちから来てくれた。

「よかったね。帰れるかもしれないよ」

「え、マジで? なんかわかったのか?」

 なんと。あっさりと言い切った。もう帰る方法を見つけたのか。

「いや、なんともだけど」

「どっちだよ」

「帰れるか帰れないか、二つに一つだろう?」

 そうだけどさ。物は言いようだな。

「じゃあ、現段階では?」

「以前言った通りさ。帰りたいという気持ちや、帰る場所のイメージ。強い思いがあるなら帰れるんじゃない? それも、あれだけの人数なら」

 適当だな本当に。それでいいのかこの異世界。

「そんなんで本当にいけるのかよ」

「なら、探してみるといい。他に有効そうな方法があるならそれを試そう」

「…………」

 何も言えない。確かにスズラの言う通りではある。方法だけ聞くといい加減だが、三百年もの間、大量の時渡りを召喚していたのがこのスズラだ。帰る手段としてはスズラにやってもらうのが一番可能性が高い。

 ……まあ、そもそも俺たちが異世界に飛ばされたってのがいい加減でとんでもない話だ。じゃあ帰る方法だってとんでもないものだろう。

「やってみるか。けどその前に時間を取らせてくれ。綾音と話しておきたい」

「最後になるだろうからね。ゆっくりするといい」

 そう。元の世界に、日本に帰るとなると、もう会うこともなくなる。別れを済ませておかないとな。

 

 

 五十人もの時渡りをまとめる。綾音はうまくやっているようで、あちこちで喋っている。コミュニケーション能力高いな。考えてみればこの世界で俺と会ったときにも、仲間だとわかると気さくに話してくれていた。非常に助かるな、こういうとき。いつも助かってるけど。

「綾音。スズラが帰る方法を試すってさ」

 時渡りたちと何か話しているところに声をかける。綾音は振り向いて笑顔を見せた。

「ほんと? 帰れるの?」

「いや、まだわからないけど」

 確定はしていない。試してみるだけだ。

「やっぱわかんないんだ。でも、やってみるしかないわよね。他に方法もないし」

 前向きだな。でも、それくらいでないと帰れるものも帰れないか。希望を持たないよりは持ったほうがいい。

「それにしても、帰ったらどうなるのかしらね。あんたのこととか、覚えてるのかな」

「どうだろうな」

 おそらく覚えてはいないだろう。こんな異世界の記憶があるなんて、気味の悪い話だ。飛ばされる前のあの時間の続きが始まる。そんなところだろう。つまり綾音や葉月さんのことも忘れることになる。多分な。

「あんたのことは覚えておきたいけど、見てきたことは忘れたいわね……」

 都合のいい話だ。だが、気持ちはわかる。戦争まがいのことやってたしな。多くの人を殺した。異世界だからいいが、日本だと罪悪感なんてものじゃない。パニックになりそうだ。そう考えると、記憶がないほうがいいかもな。

「なら、今のうちに言っておくか。ありがとな、綾音。何から何まで助かった」

「へ? ……な、なによ急に」

「急も何も、これが最後だろ? 言うなら今しかないだろ」

「あ……」

 もしスズラの言う方法で帰れるのなら、こうして話せるのも最後だ。この世界での記憶を失うにしろそうでないにしろ、言っておかないと。仮に記憶が残り、同じ時代の日本に住んでいたとしても、出会えるかどうかはわからないんだ。

「ま、まあ、そうね。いろいろあったけど……あたしも、感謝してる」

 感謝してくれるのか。巻き込んでしまって悪いことをしたのに。

 綾音がいなければここまで来れなかった。葉月さんの言う、正しい未来には辿り着かなかっただろう。綾音だけじゃないこれだけの人々と出会えたのも、偶然の積み重ね。運命のようなものだったのかもしれない。時を渡っていた葉月さんがここに辿り着いたのもその一つだったのか。

「これで帰れる……かもしれないのよね。なんかちょっと寂しい気もするけど、帰らないとね。家に」

「……そうだな」

 帰らないといけない。みんなはそのために頑張ってきたんだから。

「あの……健人さん」

「あら、美香じゃない。どうしたの?」

 声をかけてきたのは美香だった。なんだか浮かない顔をしているが。

「少し、お話……いいですか?」

 なんだ、改まって。もしかして、さっき何か気にしていたことか?

「わかった。向こうで話そうか」

 周りに大勢いるここでは話しづらいだろうと思い、場所を移すことした。

 

 

 仲間たちがいる場所から離れ、小さな川にかかった橋の上へ。手すりに体を預けて落ち着く。静かでのんびりとした場所だ。この世界の混乱が収まり、王都に活気が戻ればこの場所もにぎやかになるんだろうか。

「美香、話っていうのは?」

 体の前で手を組み、じっと顔を伏せている美香に話を切り出す。なぜこんなにも浮かない顔をしているんだろう。王族は倒し、翔太や美香が望んでいた穏便な解決ができたというのに。

「……これで、帰れるんですよね。日本に……」

 遠くを見ながら、か細い声で美香は言う。

「一応、その予定だ。駄目だった場合が大変だけどな」

「そうですよね……」

 やっぱり、不安なのかな。もしこれで駄目だったら、一から方法を探さないといけない。城に何か資料でもあればいいが、この時渡りに対する意識の低い世界線では、そういったものがあるかどうか。それでも探すしかないんだけど。

「あの……健人さん……」

「なんだ? 何かあるなら、言ってくれていいぜ。もう全部終わったんだからさ」

 今までのような張り詰めた空気はもうどこにもない。目的のためにやるべきことはもうない。

「……違ったら、ごめんなさい。健人さんは……」

 その台詞から少し間を置き、意を決したように美香がこっちに向き直った。

「この世界に、残るつもりなんですか……?」

「…………」

 ふむ。何を真剣に考えているのかと思えば……

「……ちなみに、なんでそう思ったか聞いていい?」

 鋭いよな。どこで気付いたんだろう。

「私自身が、悩んでいたんです。帰らないといけないことはわかってる。帰ればお父さんとお母さんがいる。でも、この世界をこのままにして帰っていいのかなって……健人さんはそういう、迷っている様子がなかった。かといって、一刻も早く帰りたいというのでもない。もしかして、と思ったんです」

 すごいな。全部見抜いてるなんて。平静にしてたつもりなんだけど。綾音は特に何も感じていなかったっぽいし、美香が特別鋭いのか。

「……うん。俺はここに残ろうと思ってる」

 日本での俺はどうなるだろう。行方不明かな。人間、遅かれ早かれ一人で生きていくことにはなるが、この場合はどうだろうな。真っ当なひとり立ちとは言い難いか。

「誰にもそのことを言っていないんですよね……? どうしてですか?」

「スズラが言ってた。帰りたいという気持ちがあれば帰れるんじゃないかって。俺の雑念で失敗したら目も当てられないからさ」

 せっかくみんな、帰ることを望んでるんだ。俺がこんなことを言って心を乱しでもしたら大変。あれを実行するそのときには、俺は去る予定だ。

「……私も、残ったほうがいいんでしょうか?」

 美香はまだ悩んでるのか。かなり本気みたいだな。本気でこの世界を心配している。無理矢理連れてこられた世界に、そんな義理を持たなくてもいいのに。

「残りたいのなら無理に止めはしないが、やめといたほうがいいとは思うよ。はっきり言って、残るメリットはないからな。俺はこっちの世界のほうがいいから帰らないってだけ」

 ここで暮らしたいのならともかく、それ以外でわざわざ残る必要はない。善意で残ったところで、得するのはこの世界であって自分じゃないからな。

「……そう……ですよね。私にも、帰る家があるから……」

 そうだ。みんな帰る家がある。ここに留まることはないんだ。

「スズラの言う方法で帰れるとすれば、いつでも帰れるって考えることもできる。が、それも絶対じゃない。今しかできないかもしれない」

 はっきりとした条件があるとは思えないが、そう簡単にできるかもわからない。俺と美香以外の全員が帰った後に美香だけで帰れるとも限らない。

「残るなら、この世界で生き、この世界で死ぬ覚悟が要る。そうじゃないなら、帰ったほうがいい。いや、帰るべきだ。美香も」

「……はい」

 優しいな、美香は。でも美香みたいな人こそ、帰るべきだ。待っている人がいるんだからな。

 

 

 準備は整った。といっても、みんなを一か所に集めただけだが。道具や設備は必要ない。スズラがいれば可能な方法。ただ、帰ると願う。あとはスズラが召喚とは逆の要領でなんとかする。ふわっとしているが、今できることはこれだけだ。

「よーし、みんな聞いてくれ」

 集まったみんなに声をかける。ここに全員いる。王都に召喚された大勢の時渡りたちも、翔太も美香も、真理奈も真大も。葉月さんも、綾音も。この世界で共に戦った仲間が。

「今から、元いた日本に帰る方法を試す。さっき説明した通り、やり方は簡単だ。帰りたいと願い、帰る場所をイメージする。それだけだ。とにかくやってみよう」

 何度も確認している通り、方法は簡単だ。あとはやるかどうかだけ。

「成功するのか、失敗したらどうなるか、というのは誰にもわからない。だがこれ以外の方法はわからない。元の世界に戻ったという前例がないからだ。もし他の方法を見つけたとしても、それが絶対に成功するという保障はどこにもない。これが一番確実だ」

 まあ、一番確実っていうのも根拠はないんだけどね。これしかないというのは事実だ。

「それじゃスズラ、頼む」

「楽しみだね。どうなるのか」

 怖い言い方をするな。帰るんだよみんなは。

「いよいよね。ここまで長かったけど……楽しかったわ、健人」

「ああ」

 楽しかった、か。綾音とは長い付き合いになったが、確かに楽しかった。やってることは非道だったけども。

「健人さん、綾音さん。お世話になりました。お二人がいてくれたおかげで、長かった旅を終わらせることができました。……改めて、お礼を言わせてください。ありがとうございました」

 深々と頭を下げる葉月さん。葉月さんの顔を見るのもこれが最後となると、感慨深い。

「いえ。逆ですよ。葉月さんがいたから、この結果が出せたんです。お礼を言うのはこっちですよ」

「そうですよ。あのとき葉月さんが来てくれなかったら、あたしも健人もどうなってたか。ありがとうございました」

 葉月さんが時間を超えて来てくれたおかげで、最後まで事を進めることができた。いろんなことを進言してくれたから。葉月さんがいなければ何もわからず、きっと、あの時渡りたちやスズラのことを力ずくで突破していただろう。そうなれば今やっているこれもない。帰ることができなかった。

「でも、これでお別れだ。二人とも、元気で。……お前らもな」

 翔太たちもそばにいる。俺の言葉にうなずいて返した。

「最後にルルと会ってくる。じゃ、またな」

 軽く手を振り、場を去る。この集まりの外へ。スズラには予め、俺がいなくなってから始めるように言ってある。

「健人さん」

 数歩歩いたところで、葉月さんに呼び止められる。振り返ると、葉月さんは嬉しいような寂しいような、いくつか感情の混ざった笑顔を浮かべていた。

「健人さんも……お元気で」

「……ええ」

 俺も笑って返事だけをし、再び背を向ける。

「健人……?」

 綾音の声が聞こえたが、そのまままっすぐ歩く。気付かれたかな。余計な心配をさせる前に行こう。

 大勢いるおかげで、ルルに会いに行くと言っても目立たないで済む。最後だからというのも不自然ではないしな。幸いと言うべきか。さて……

「行こうか、ルル」

 ルルに掴まれ、俺の体は一瞬にして上空へと舞い上がった。

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