十四章 集ってしまった勇者 ー 3
この日までの成果は確かなものだった。翔太と美香の確かな上達。真理奈と真大の力の制御。そして、時渡りの力の合体。教えている四人だけでなく俺や綾音、葉月さんにとってもいい訓練となった。
葉月さんとの連係も、問題ない。綾音に怒られはしたが火力を増す方法がわかったし、用法用量を守って使えば大丈夫。純粋な力だって、敵の時渡りを倒すためには必要だ。
この日の食卓は明るかった。大勢が揃う食堂ではこの世界や時渡りのことを一時忘れ、同じ城に住む者として団らんする。人間も魔族も関係なく。
翔太は、最初の頃のしかめっ面をすっかり見なくなった。美香はすっかり魔族に慣れ、リアの手伝いをしたり仲良く話したりしている。キースに声をかけているのも見かけた。ルル相手は会話が続かず苦戦しているようだが。一方で真理奈と真大はルルに懐き、ルルも嫌ではないのか側にいさせている。ルルは子供に好かれるのだろうか。ルルの周りには子供と呼べる人がいないので、何百年と気づくことがなかったんだな。子供は魔族だろうが羽が生えていようがおかまいなしだ。
人間だからといって、魔族を恐れるとは限らない。見た目が人型だから抵抗が少ないんだろうか。羽とか耳とか、エルフみたいなものだと思えばそんな怖くもないのかも。そういう見た目なのは上級魔族だけだが。でもあのチビたちは中級魔族のこともかっこいいと言ってたっけ……やっぱ子供って強い。
ここは人間と魔族が共生できている。これを世界中でやれば、魔族を滅ぼすだの時渡りだのは必要なくなるんだが。それは無理な話だ。人間とは分かり合えない。それはもうはっきりしている。架け橋となるのは……
(…………)
翔太と美香を見てみる。俺の目には気づかず、みんなで楽しそうにしゃべっている。二人は魔族とも、同じ時渡りとも、そして人間とも接している。三種の異なる人々とつながることができている。が、人間についてのそれは、人間が時渡りを戦いの道具として見ていたに過ぎない。使い道がなくなれば、人間はあの二人のことも化け物扱いする。説得しようにも、人間は耳を貸さないだろう。
人間のことは何度となく考えている。ある意味でこの世界に来てからずっと、考えている。答えは出ない。人間側の問題が解決しない。あるいは俺たちが歩み寄れば、どうにかなるのだろうか。
「……考え事ですか?」
周りが談笑する中、葉月さんに声をかけられた。視線を横へ向けると、葉月さんの柔らかい笑顔があった。
「葉月さんは、未来が見えているわけじゃないんですよね」
「はい。時を超えなくなった今、私はただの人間と同じです」
ただの人間。ただの時渡りか。未来が見えるなんて、そんな都合のいいことはない。見えたら見えたで面倒になるだろうけど。
「この先どうなるか……わからないんですよね」
「ええ。さっぱり」
世界も未来も、無限に存在する。これもその一つに過ぎない。葉月さんに会えたから正解ルート、とは限らない。ほかの世界よりもひどい結果になる可能性もある。ここに葉月さんがいるってことは……
「葉月さんが時を超えることをやめたら、どうなるんですか?」
「それは……今のこの世界が続くのではないでしょうか?」
俺の質問は疑問で返された。本人にもわからない。そりゃそうか。個人で時間を超えてるだけだもんな。別の世界がどうなるかなんてわかりっこない。俺のいるこの世界がそのまま存続することになるか。
未来は見えない。過去にも戻れない。無限に存在する世界の中からここにたどり着いただけ。今からこの世界のやり直しはできない。やり直したとしても、似たような結果になると思うが。俺をこんな世界に呼び出した人間が憎い。だから滅ぼす。それだけ。
「葉月さん、なんか余裕ありますよね。今の俺の未来が不安だったりしないんですか?」
知っているわけでもないのにこの落ち着きっぷり。これが大人の余裕って奴なのだろうか。
「不安……」
葉月さんの表情がふっと変わった。会って以来見せたこともないような、まるで子供みたいな間の抜けた顔になった。
「……そういえば、そうですね。未来がどうなるかわからない……不安があってしかるべきです」
顎に指をやり、何やら真面目に考えている。まさか、今気づいたのか。
「健人さんに会うために必死でしたので……ちゃんと会えたことがまず奇跡的です」
葉月さんは何度も時を超えてきた。今の状況より、そっちの労力のほうがすごいか。
「なんか、不思議ですよね葉月さんって。見てる世界が違うというか」
実際に違う世界を見てたんだもんな。俺たち普通の時渡りとは根本的な思考から違うのかも。
「……そうかもしれませんね」
葉月さんがまた笑った。頬がちょっぴり赤くなっている。
「以前も少し触れましたが……健人さんに拒否される未来もあったのです。信用されなかったり、無視されたり……こんなにも優しくしてくださる健人さんは初めてです」
「そ、そうですか。それは失礼を……」
いっぱいいたはずの俺がことごとくが相手にしなかったと。ひどいな俺。
「この未来で健人さんと会ったのが二度……それがこの状況を呼んだとすれば、今の私はそれだけで頭がいっぱいなのかもしれません」
最初に会い、俺や綾音が緑の姫について疑わず重要人物だと考え、あのタイミングで助けにやってくる。時を超えてきた葉月さんは、何もかもいいタイミングを引き当てたってところか。しかも、不都合なところで現れることもなかった。改めて、すごい偶然だな。うれしくてこの先の不安も忘れるのも無理はないか。何度も何度も試行してたどり着いた理想の状況。有頂天になるし、先のことなんて考えないか。
「それに、不安よりも期待が大きいのもあります。今私の目の前にいるあなたならばきっと、この世界を変えられると信じています」
「そ、それは……プレッシャーっすね」
俺が世界を変えるなんて。壊すことで変えるって意味ならそのつもりだが、葉月さんみたいな人に面と向かって言われると緊張する。ただの凡人大学生に、大それた話だ。
「大丈夫ですよ。ただ期待するだけではありませんから。私も全力でお手伝いします」
それがすごくありがたい。期待されるだけってのは辛い。でも、葉月さんは確かな実力で俺をサポートしてくれている。
「はい。お願いします」
なんか、ちょっと楽になった。力を貸してくれる人がいるだけで全然違うな。それは葉月さんだけじゃなくルルや綾音、みんな一緒だ。そう、みんな――
「……ん?」
話が一段落してカップに手をかけた。視線を感じる。顔を上げてみると、テーブルを挟んで向こう側、綾音がこっちを見ている。俺と目が合ってもそのまま固まっていたが、しばらくしてふいと顔を背けた。
「ふふ……そちらの未来も、気になるところですね」
そちらって、どちら? 分岐するの? まあ、未来は無限にあるからな。
未来、か……俺の未来はどうなるかな。決めるのは俺なんだろうけど。それを切り開くために、今こうして修行なんて柄にもないことをやってる。それもこの数日でずいぶん進展した。いよいよって感じだ。不安と緊張が半分、楽しみが半分。今度はリアも一緒に行く。それも楽しみだな。
「希望があるのは結構だけど」
椅子を鳴らし、綾音が俺の隣に座った。心なしか、いつもより椅子の距離が近い気がする。向こうで翔太たちと話してたのに、こっちの会話もしっかり聞いてたのか。
「この先はあたしたちがただ強くなるだけじゃどうにもならないんだからね。油断は禁物よ」
「それはわかってるさ」
慢心は勝てる勝負すらも落とす。地球上の数々の悪役が通ってきた道、実演してくれた教訓だな。俺はそんなことはしない。むしろ、確実に突破できるようになってからでないと行きたくない。トレーニングモードとかで練習したい。
「敵の正体がわかったからこそ、こうして時間をかけて練習してるんだ。今更油断なんかでしくじりたくない」
敵の時渡りの数は計算外だが、この世界での俺が目的のために力をつけてきたのは事実。苦労が水の泡というのはご勘弁願いたい。
「もう俺だけの問題じゃない。ちゃんとやりきるさ。むしろ……」
「むしろ、何よ?」
「…………」
油断してる場合じゃない。さっき言った不安もそうだけど……
「なんか、嫌な予感がしてきた。順調すぎてな」
王都でもそうだった。順調だった。そこからあの敗走。葉月さんのおかげで命拾いしたが、その後もまた順調。そう簡単にいくものだろうか。
「あのねえ、今になってそんな……わからなくもないけど、そんなこと言ってたらいつまでたっても解決しないじゃない」
それはそうなんだが……なんというか、時渡りを突破するだけでいいのか、とか。あの数を本当に突破できるのか、とか。
「どのみち、やってみないとわからない。あんたがリーダーなんだから、ビシッとあたしたちを導けばいいの。何かあった時に助けるのは、あたしたちの役目。その時にあんたが沈んでたらお話にならないでしょうが」
「綾音……」
俺に何かあった時、助けてくれるのは仲間だけ。それまではしゃきっとしてろと。うまいな綾音。そんなこと言われたらやるしかなくなるじゃないか。
「……わかった。頼りにしてるぜ」
「当然でしょ? そのために一緒にいるんだから」
泣かせるね。仲間って素晴らしいな。……よし、腹をくくるか。
「力の制御ができるようになったら、出発しよう。ここからはそう長くはかからないはずだ」
敵もこの間に何をしているかわからない。なるべく早くしよう。
俺には仲間がいる。不安になるのは、何かあってからでいいな。




