二章 手を貸してしまった魔王 ー 3
新たな仲間を引き連れて城へ戻る。裏口から入ってすぐのところにリアーネが立っていた。
「ケント様。皆を集めてあります。こちらへ」
俺の姿を見るなり、リアーネが言った。例の二人だな。
「悪い、待たせたか」
「いいえ、問題ありません。好きにさせておりますので、お気になさらず」
「好きに……?」
どういうことなんだ。遊んでるのか? ともかく、会ってみようか。
「……ルルにはずいぶんと懐かれたようですね」
「あ、うん。そうみたい」
歩きながらリアーネが話しかけてきた。俺と密着に近い状態でぴったりついてくるルルに気づいたか。やっぱり懐かれてるのかこれ。俺の勘違いじゃなかったんだな。やったぜ。
「リアーネ、これから会う二人はどんなやつなんだ?」
先に聞いておこう。気のいいやつだといいんだけど。
「おそらく、ルルのようにはいかないと思います」
いきなり希望を打ち砕かれた。
「一人は素行が悪く、もう一人は物腰こそ丁寧ですが、両者とも人間や時渡りを嫌っております。魔族の中では知性がある、とは先に申した通りですが、我が強く他者を見下す傾向にあります」
「あ~……」
想像がついた。人間にもいるよな、そういうやつ。頭悪いくせに頭いい気になって他人に噛みつくの。この魔族の場合は知性があるわけだから、確かに頭はいいんだろうけど……迷惑であることに変わりはないな。
「……ルル、あいつらキライ」
ルルにも嫌われてる。この反応はガチで嫌ってる。こんな可愛い子供に嫌われるとか、だいぶ嫌なやつだな。ヤンキー……今の時代だとDQNか。そういうのかな。でも一人は丁寧だと。話ができないってことは……ないと信じたい。ルルはその二人と顔を合わせることを嫌って、俺のところに来たのか? 普通に……ではないけど自分から会いに来たし、ルルは人間を悪く思ってるわけじゃないのかな。
「……ま、心しておこうか」
ルルのようにはいかないとしてもだ。そうと分かってかかれば多少はマシだろう。暴言の一つや二つは覚悟しておくか。
「どうぞ」
リアーネがドアを開けて通してくれた部屋。正面のテーブル……に誰もいない。見回すと、壁に背を預けて立っているのが一人。もう一人は……
「お前かよ、時渡りって」
声が上から降ってきた。もう一人は、天井に張り付いていた。足だけで。絵面としてはハングドマンみたく足で吊るされてる状態だけど、縛っているロープのようなものはない。どうやってくっついてんだあの足。そしてどうしてそんな状態でいるんだ。落ち着くのか。
「ああ。俺はケント。今回の時渡りだ」
とりあえずフレンドリーに挨拶。愛想よくしよう。
ハングドマンが一回転しつつ床に降りた。張り付いてたのも謎だが、どうやって天井にくっついてる足を外したんだろう。あれも魔法なんだろうか。それともそういう特技のある魔族なのかな。
「興味ねえよ。なんのつもりか知らねえけど、どうせ人間共がセコい手を考えてんだろ?」
「…………」
なんてこった、名乗りもしねえや。こいつは予想外だな。名乗る義理すらねえってか。そして口悪いな。どうしよう、思った以上にめんどくさい。
「……ケント様。この者はエド。あちらがキースです」
リアーネが名前を教えてくれた。それも二人とも。ちゃんと名乗れ、とか言わないところがなんとも……リアーネも苦労してそうだな、この二人に関しては。エドと、キースね。ボサボサの茶色頭がエドで、黒い髪を立ててトゲトゲしてるのがキース。どっちも赤い瞳で目つきが悪いけど、これは魔族だからか? でもルルはつぶらな瞳をしている。人によるのかね。それとこの二人にも、ルルと同じような羽がある。
「覚えなくていいぜ。どうせ呼ばれることなんてねえし」
結局自分からは名乗らずに、エドが言う。とことんひねくれてんな。そこまで露骨に嫌わなくてもいいだろうに。むしろ実は時渡りのこと大好きなんじゃないのか。ツンデレか。
床に降りたのでしっかり見てみると、エドはずいぶんと軽装だ。ところどころ破れた半袖の服に、膝下までの黒ズボン。魔族の服ってどんな素材使ってんだろうな。布かなやっぱ。一方、キースはタキシードを思わせる小綺麗な服装。几帳面とか綺麗好きとかそんな性格してそう。
「……そうですね。こればかりはエドに同意します」
キースも喋った。こればかりは、って言ったな。普段はエドと意見が合わないのかな。
「時渡りが同胞になっても、迷惑でしかありません。取り返しのつかないことになる前に立ち去ったほうがよろしいかと」
「だからそれが目的なんだろ? 追い出したほうがいいんじゃねえか」
この二人、仲良しなのかな。実は休日によくつるんでるとか。
初対面でいきなり、嫌われたもんだな。何もしてないけど。でもルルやリアーネの反応を見る限り、普段からこうなんだろうな。人間や時渡りには特別風当たりが強いってだけで。
「まあ、今はそう思われて当然なんだろうけどさ。そのへんはおいおい分かるってことで。魔族は強いやつに従うものなんだろ?」
口で何を言っても無駄そうだ。特に今は。自己紹介程度にとどめておこう。
「なんでテメエが上になる気でいんだ? どっちが上か、今ハッキリさせてやろうか」
口だけじゃなく手も出るのが早いな。どんだけ人間と時渡りが嫌いなんだよ。
「遠慮しとくよ、今は」
「へっ、ビビってんのか」
なんてテンプレ通りの返し。芸がないな。知性があるとはいってもたかが知れてるか。リアーネとは大違いだ。
「そうじゃない。実はまだ、力の制御が完全じゃなくてね。直接やりあったら加減間違えて殺しちまうかもしれない。強さは実績で示すとするよ」
「……あん?」
「…………」
睨まれた。エドだけじゃなくキースにも。煽りすぎたか? いや、あっちの煽り耐性がなさすぎじゃないかこの場合は。
「なんだテメエ……本当にやるか?」
エドがやる気になったようだ。俺はやりたくないんだけど。マジで。
キースは知らんが、エドは冗談抜きで殴りかかってきそうだ。性格的にも。どうしたもんか……ん?
「ルル……?」
後ろにいたはずのルルが、俺とエドの間に割り込んできた。しかもいつの間にか、赤い剣を手に持っている。
「……お前はそいつの味方すんのか? 相変わらず、気味の悪ぃ野郎だな」
「いつものことでしょう。ルルが何を考えているのかわからないのは」
ひどい言われようだ。そりゃルルがこいつらを嫌いになるわけだよ。ならないほうがおかしい。気味が悪いとか、人に言っていい言葉じゃない。
「よせよ。ルルは直接関係ないだろ」
「関係ねえのはテメエだよ人間。テメエが失せればいい話だろ」
それはもっともだが……取り付く島もないって感じだな。力を示さないとどうにもならない。かといって今は――
「そこまでにしなさい、エド」
緊張が張り詰める部屋に、リアーネが強い語気で言い放った。正直、今のはビビった。静かな雰囲気のリアーネがこんな声を出すとは。エドもリアーネの迫力に気圧されたのか、険しい表情をリアーネに向けている。俺のことはもう見ていないようだ。
「キース、あなたもです。ケント様がここにいるのは、サタン様のご意向によるもの。あなたがたはそれすらも否定するつもりですか?」
なるほど、その手があったか。そう考えると、エドとキースの行動は褒められたものじゃない。きっかけはさておき、サタンは時渡りである俺を招き入れた。俺のことをどう思おうが勝手だが、サタンに逆らうようなことはできない。
「…………」
「……チッ」
じっと黙るキース。エドは舌打ちまでしている。怖いなあもう。仲良くしようぜ。
「顔見せだけだろ? もう用は済んだよな」
エドが吐き捨てるように言い、俺の横を通り過ぎて部屋を出ていく。リアーネはそれ以上は何も言わず、黙って見送った。俺が止めなかったからかな。自分に止める義務はないと。
エドは本当にそのまま去っていった。続いて、キースも動く。ルルに睨まれながら、俺の近くまで歩いてきた。
「サタン様がどういった考えをお持ちであろうと……私はあなたを信用していません。エドも同じです。そのことをお忘れなきよう」
言いたいこと言って、キースも出ていった。態度こそ冷静だけど、キースも本音はエドとほぼ同じなんだろうな。信用してない、ってのはオブラートに包んだ表現なんだろう。内心では帰れとか死ねとか思っているに違いない。
でも、これが当然の反応かもな。所詮、よそ者の扱いなんてこんなものだろう。俺はこいつらにとって他種族、しかも別世界の人間。受け入れることができるサタンの心が広く、リアーネはそれに忠実で、ルルは……無邪気なんだろう。
「申し訳ございませんケント様。あの二人はいつもあの調子なもので……」
「うん、まあ……気にしてないよ」
本当はめっちゃ気にしてるけどね。その気持ちは心にしまっておこう。リアーネも手を焼いているようだし、俺がワガママを言ったらリアーネにも負担がかかる。
「でも、よくわかった。あの二人を納得させるには、俺自身が結果出すしかないってことが」
それでも上手くいくかどうか……とにかく、やってみるしかないな。まずは行動を起こそう。のんびりしている暇はなさそうだ。
「お部屋を用意してあります。今日はお休みください。食事も、後ほど運ばせます」
そういえば腹が減ったな。考えてみれば今日の俺は講義が終わった後にここに来て、体を動かして……疲れるのも忘れてた。それじゃあお言葉に甘えて……
「……ちょっと待った。魔族って食事とか睡眠はどうしてんの?」
この城では俺は唯一の人間。魔族とは根本的に違うはずだ。魔族が何を食べるのか、そもそも食事を必要とするのかを知らない。魔族から見た人間もそうのはずだ。
「ご安心を。人間の食生活や睡眠時間は把握しております。ただ、風呂はご用意できないので川で水浴びになってしまいますが……」
「そうなのか。ありがとう、助かるよ」
十分すぎる。水浴びできるなら上等だ。布か何かで体を拭くだけでも清潔感がだいぶ違うしな。食事のストレスがないのも素晴らしい。これならやっていけそうだ。
「リアーネは、人間の世界に詳しいんだな」
「人間は、魔族と敵対する存在ですから。敵の情報はたとえ些細なことであっても、持っているだけで重要な武器になります」
「なるほどねえ」
敵を知り己を知れば、か。人間がいつ寝るのかを知っていれば夜襲ができる。何を食べるかを知っていれば兵糧攻めができる。情報は大事だな。
「じゃあ、行くか」
「はい。こちらへどうぞ」
もう一度リアーネに道案内される。ここに来てから彼女に世話になりっぱなしだ。なんだか悪いな。これからの働きで返そう。具体的に何をするかは……明日だな。休めるとわかったら急に全身に疲労が襲いかかってきた。ちゃんと寝て体と頭を休めないといい考えが浮かばない。戦士の休息ってやつだ。
「そういう情報を集めるのも、魔族を使って偵察するのか?」
「ええ、それも手段の一つです。魔族の中には視力や聴力に優れた者もいるので、人間とは違った方法で偵察ができます」
人間の視力や聴力だと、偵察できる距離は近距離に分類される。人間の目で視認できない距離から見たり聞いたりできたら強いな。
「そういえば。知能のない魔族も、単純な指示は理解できるんだよな? 逆は? そういうやつらと意思疎通はできるってこと?」
「はい。サタン様と私、そしてルルとあの二人も、他の魔族の意思を読み取ることが可能です。ただ、彼らは意思も非常に単純なものですので、指示の出し方にも注意をしなければなりません」
「ほうほう」
面白いことを聞いた。言われてみればそうだ。知能が低い相手に、難しい指示を出しても理解できない。偵察して報告しろ、とかは無理なんだな。特定の場所に人間がいるか見てこい、とかそういう指示でないと。単純な命令と、単純な報告で済む内容か。覚えておこう。そもそも俺は魔族が何を言ってるかわからないだろうから、その機会はないかもしれないけど……
「こちらがケント様のお部屋になります」
いろいろと話しているうちに、着いた。中は……一人用の机と椅子、引き出しのついた棚が一つと、ベッド。シンプルだな。俺、こういう部屋好きだ。装飾がジャラジャラとあるのは苦手だし。一人で作業するにもちょうどよく、物が少ないから広く使える。ベッドや布団で眠れるならそれだけでありがたいしな。異世界でぐっすり眠れないのは辛い。
「ありがとう。使わせてもらうよ」
「すぐに食事をお持ちします。少々お待ちください」
「うん。ルルも、ありがとな」
ルルもここまでついてきた。エドたちとの話が終わった時点で戻るように言ってやればよかったな。ルル無口なもんだから……
「…………」
が、ルルは動かない。それどころか、俺の腕をつかんで離さない。
「……ルル。ケント様はお休みになるのですから、邪魔をしてはいけません」
「…………」
リアーネに注意されたルルは、俺の後ろにスッと隠れてしまった。困ったな……一緒にいること自体はいいけど、俺は飯食ったらもう寝るつもりだからなあ。ルルにかまってあげることができない。かといって追い払うってのもなんか後味が悪い。えーと……どうすっかな。
「あー……リアーネ。俺の飯、ルルに運んでもらってもいいかな? で、ついでに片付けもしてもらうよ」
これなら、ルルが片付けのために俺の部屋を出るまでは一緒にいられる。その間に話をして、また明日って方向に持っていこう。一対一ならじっくり話ができるはずだ。
「……かしこまりました。ルル、行きますよ」
ルルはこくんとうなずき、リアーネについていく。そこは素直なんだな。やっぱり、いい子だ。てこでも動かないようなワガママは言わないと。ただの幼い子ではない、知性の現れといったところか。
まあ俺も、ルルと話したいことはある。明日以降にしようと思ったのだが、こうなっては仕方ない。話せること、聞けることを聞いてから寝るとしよう。
(ホント、懐かれたもんだな……)
きっかけはどう考えてもあの武器のくだりだよな。きっかけというよりむしろ全てだけど。そんなに嬉しかったのかね、あれをかっこいいと言われたことが。でも実際俺はあの赤い剣……真紅の剣って好きだけど。中二心をくすぐられる。それにしたって、あそこまでになるか? くっついてるだけじゃなく、エドとキースから俺のことを守ろうと――
(……もしかして、それか……?)
ルルはエドとキースのことを嫌っている。あいつらのほうも、ルルを肯定的に見ているようには思えない。気味悪いとか言ってたしな。いつもあんなふうに貶されていたとしたら……いきなり手放しで褒めた俺は、ルルからすればエドやキースとは違うように見えるよな。加えてルルが人間や時渡りに偏見を持っていなければ、ルルの精神年齢によっては懐くことも不思議じゃない。そういうことなのかな? 単なる推測だけど。
でも、懐かれていることは事実。その気持ちは大事にしてあげたい。味方とは仲良くしないと。
仲良く……あの二人とも仲良くしなきゃいけないか。どうすればいいかな。って、力で納得させるしかないんだろうなあ。説得とか友情とか、通じそうにないし。お涙頂戴の展開は無理そう。やっぱりそんなの漫画の中だけだな。なるべく早く味方につけたいが、そう簡単にはいかないだろう。
まあ、まだ何も始まっていない。だがのんびりもしていられない。人間は魔王が存命とわかれば、次の時渡りを呼び出すだろう。放っておけば、地球からの犠牲者が増えるばかりだ。こっちの世界の人間がどうなろうとかまわないが、地球は放っておけない。あるいはその時渡りを味方につけられればとも思うけど、正義感の塊みたいなバカが来たら勧誘は無理だろう。あまり期待はしないでおくか。
そのへんのことも含めて、明日サタンたちと話し合おう。今日やることはあと一つだ。