十一章 知ってしまった真実 ー 4
「今、王都にはたくさんの時渡りが集められています」
美香の話を、俺が知っている情報と照らし合わせながら聞く。時渡りがたくさん。ルルもそう言っていたが、具体的な人数はどれくらいなんだろうか。
「私たち二人は目が覚めたときは石造りの部屋で、ベッドに寝かされていました。その後、この国の王様と会い、魔王を倒してほしいとお願いされたんです」
話だけ聞くとすげー理不尽だな。理不尽さではあっちで召喚された俺らと大差ないじゃないか。王都で召喚されたからといって、厚い待遇を受けているわけではないのか。
「王様、って? そういえば、人間の国ってなんて名前なの?」
「セントルス王国、といいます。王様の名前はモルドレオ・リワーズ」
セントルス王国。『人間の国』で一括りだから名前はどうでもいいか。国王はモルド……
「モル……なんだって?」
「モルドレオ、です」
そうそう、モルドレオ・リワーズ。ややこしい名前だな。これは重要なのだろうか。人間の親玉は確実に殺すだろうから、どうでもいいな。
「魔王サタンを倒すため。時渡りは選ばれた人間であると、王様は言っていました」
召喚に関するノリは一緒か。人間の目的はあくまでもサタンを倒すこと。王や国の名前という新情報はあったが、ここまでは俺や綾音が知っていることと同じ。問題はその後だ。王都の時渡りはどういった扱いを受けているのか。
「私と翔太くんは王様に従い、サタンを倒すことにしました。でも、まだ力が足りないらしくて……今なお時渡りを集めている最中だと」
あんだけ数揃えてまだ足りないってか。時渡りを使って戦争でもするつもりかよ。でもその話を聞いてるってことは、だ。
「二人は、ほかの時渡りのことを知ってるのか?」
「はい。何人か会いました」
「何人か……?」
数人しか会ってないって台詞だな。あんなに数がいるのにか。
「たくさんいる、って言ったよな。でも、何人かしか会ってないのか?」
「ほかの時渡りはお城の外……人によっては王都の外で守備についていることもあるそうです。魔王が時渡りを悪用して攻めてきているから、その守りをしているのだと」
確かに、王都以外にも時渡りはいた。一応いた。美香が聞いた話はまったくの嘘ではないが、なんかひっかかるな。
「私たちが魔王との戦いに備えて訓練をしていたところ、魔王の操る時渡りが王都の近くまで攻めてきたとの情報が入って……」
「あたしたちと戦った、と」
「はい」
なるほど。でも、なんでこの二人が? 時渡りは大勢いるだろうに。
「ちょっといいか? 二人がこの世界に来たのはいつだ?」
「えっと……二週間ほど前でしょうか」
カレンダーとかないから時間が把握しづらいよな。二週間というと……俺らと戦ったあの時は、まだこの世界に来たばかりと言えるくらいだったのか。……ますますわからないな。
「俺たちと戦ったのは、そういう指示だったのか?」
「そうです。危険だが行ってほしい、と」
まあ、あの状況で人間が取る行動としてはおかしくない。危険だが止めないと、多くの人が死ぬ。
「ほかの時渡りはどうしてたのよ? 二人だけでこの化け物を倒すなんて無茶だわ」
「俺だけ化け物にすんなよ。お前もだろ」
指をさすんじゃない指を。お行儀が悪いぞ。
「化け物……そのことも、聞きました……」
美香が神妙な顔で下を向いた。そうだったな。それを確かめてこいと俺は最後に伝えた。ちゃんと確認してくれたんだな。それでこの様子、結果はもう見えてるか。
「王都の人に直接聞いたら、そいつらは魔王に操られて言っているんだ、と言われました。でも、その後……私たちについて誰かが話しているのを聞いてしまって……」
「聞いたって、何を?」
綾音が聞くと、美香は更に表情を暗くした。見ると、翔太もちょっと辛そうな顔をしている。
「物陰から盗み聞きしてしまったんですけど……お城の人が話していたんです。『例の時渡りの始末に失敗したそうだ』『化け物に期待するだけ無駄か』とか……ちょっとずつしか聞けていないんですけど……」
それは、翔太と美香のことだろうな。俺を止められなかったことへの愚痴か。どこで誰が聞いてるかわからないもんだ。うっかり口を滑らせた間抜けのせいで、二人の時渡りが王都から出奔することになったというわけか。
「それを聞いて私……速水さんに言われたのもあって、怖くなって……翔太くんに無理を言って、一緒に逃げ出したんです」
そうだったのか。それは怖かっただろうな。異世界でも人間は人間か。平気で陰口や暴言を吐く。世間はパワハラだとか言ってごまかすけど、やってることは暴力、犯罪みたいなものだ。
「……別に、無理じゃねーよ。俺だって、黙ってられなかったし」
口をへの字にしたままだが、言ってることは優しい。翔太は美香のことを思って動いてくれてるんだな。
「二人は、どういうつながりなんだ? 日本での知り合い?」
「同じ中学です。といっても、日本ではお互いを知らなかったんですけど……この世界で目が覚めた時、翔太くんも一緒に王様のところへ案内されたんです」
やっぱり中学生だったのか。年下だろうなとは思ってたけど。しかも二人が同じ中学か。
それと、聞き逃せない情報もあったな。同時に召喚された可能性。もしそうだとしたら、時渡りを複数同時に召喚するのは可能ということになる。何も知らない美香はしれっと言ったが、かなり大事なことだ。
「日本での、召喚された瞬間のことは覚えてるか?」
「お昼休みでした。突然、強い光が見えて……その後、この世界に」
昼休みの学校。ってことは、近い位置にいる二人を同時に召喚できたのか。友達同士の召喚も不可能ではないのかもしれないな。俺らは召喚する側じゃないから、それを知ったところでメリットはないけど。
「逃げ出しても行くあてなんてなくて……迫害が本当だとしたら、どこかの町でかくまってもらうこともできない。それで、ここに……」
俺たちに会うためにか。可能性があるとしたらここだもんな。ここ以外でやみくもに歩いたところで、出会える可能性は極めて低い。まあ、こっちもルルがいなければ見つけることはできなかったが。
「それは、ルルに感謝しないとな」
「えっ?」
美香も翔太も、そのことを知らない。教えておかないとな。これからもっと活用することになる能力だ。
「ルルは魔族だ。魔族は時渡りの気配を感じ取ることができる。ルルは特にその能力が高くてな。かなり遠くにいる時渡りも見つけられる」
「じゃあ、見つけられたのはルルさんの……ありがとうございます、ルルさん!」
美香が駆け寄り、ルルの両手をとってがっちりと握った。意外と動きが機敏だ。
「……別に、いい」
唐突に手を握られたルルは、感情のない目でそっぽを向いてしまった。照れてるのか、人見知りしてるのか。微妙なところだが、嫌がっているようには見えないので大丈夫だろう。ルルも最初に比べてかなり優しくなったな。
「で、だ。肝心なところをまだ話してなかったな。二人とも、俺に協力はしてくれるのか? 俺は操られてはないが、魔族側で動いてるから大差ない。俺につくってことは俺の目的に加担することになるぞ」
「目的……ですか?」
美香が首を傾げる。そうか、これはまだ言ってなかったな。
「時渡りだとか言って日本人を理不尽に異世界に呼び出し、魔王の討伐をやらせておきながら化け物扱い。そんなこの世界の人間を全滅させ、時渡りの召喚をできなくする。それが俺の目的だ」
何度思い返しても馬鹿げた計画だ。だが俺はそれを真面目にやろうとしている。もっと馬鹿げたことをやめさせるために。
「……本気で言ってんのかよ、そんなこと」
「もちろん」
翔太が俺を睨んで言う。本気も本気。俺は日本人だ。日本がなくなるのは困るが、このセントルス王国とかいう国や人間がどうなろうと知ったこっちゃない。この世界の人間によって日本の人間の命が脅かされるのなら、この世界の人間がいなくなれば済む話だ。
「榊原さんも、同じ考えなんですか……?」
「そうよ。いろいろあったけど、今は健人に全面的に賛成」
操られてるよりもタチ悪いな。俺が言えたことじゃないけど。
「まあ、そんなことできないってのが正常だな。ただこれは、俺ら以外の時渡りを人間から解放する意味もある。そのために、力を貸りたい」
最初は本当に、人類抹殺しか考えてなかった。だが人間が時渡りを捕まえていることがわかり、殺すだけじゃ駄目になった。時渡りの力に対抗するには同じ時渡りが必要だ。
翔太も美香も、ひどく悩んでいる。そりゃそうだ。殺人じゃ済まないレベルの悪逆をやるって宣言されたわけだからな。
「……お城で報告を聞いていると、速水さんが本気だというのはわかります。本当に容赦がないですから。人間の行いが理不尽だという気持ちもわかります。でも……」
「人を殺すなんて、どうかしてる」
言いづらそうにする美香に代わって、翔太が言った。そうだな。その通りだ。どうかしてる。あってはならないことだ。日本ではな。
「大事なのが人間とするか、自分たちのいた世界とするか。俺とお前たちの違いはそこだな。元の世界の人たちがこの世界で犠牲になるくらいなら、俺はこの世界の人間を殺す。それができるかどうかだ」
「話し合いで解決するとか……」
「それができないのはあたしが証明したわ」
美香の反論を綾音がばっさりと斬り捨てた。綾音はかつて話し合いで平穏を得たが、それを壊された。俺に協力してくれたのもあれがきっかけだったな。
「美香の考えは正しいし、大事なことだと思う。でも、それは理想でしかないのよ。苦しむのが自分だけなら、そうやって戦えるだろうけど……」
双方、言い分がある。どちらも間違ってはいない。可能かどうかというのは置いておくとしてな。この方向性で説得するのは難しいか。
「仮に、俺や綾音の考えに賛同できないとしてもだ。俺たちと組まないとどのみち、今この世界にいる時渡りを助けることはできない。人間に利用されるだけの時渡りを放置してなお、話し合いって言えるか? それで解決できるか?」
『…………』
二人ともが黙ってしまった。話し合い。それも可能性はあるだろう。だが確実ではない。絶対にできる、とまでは言えない。責任は持てない。
理想と現実。俺たちとこの優しい二人の違い。この世界の人間を一人残らず殺せば、時渡りの召喚はなくなる。話し合いでの解決はその過程も、やり遂げた後も絶対ではない。一度は解決しても、人間がそれをふいにしてしまえばそれまで。また召喚が始まってしまう。
「できないならそれもいいだろう。でも、俺たちの敵に回るようなら……人間と同じ末路になるぞ」
「脅しかよ」
「それは違う。事実だ。お前らも、殺されないために俺らと戦うって手があるだろ?」
脅すなんてとんでもない。あれは弱者が勝ち目のない相手に対して使う策だ。勝てる相手にわざわざ脅しなんてしない。
「二人が気にしてるのは、人を殺すかどうかっていう一線でしょ? 大丈夫よ。そんなのすぐにどうでもよくなるから」
「やめろお前。変な方向に誘おうとすんな」
力を貸してほしいだけだ。翔太と美香は、俺やお前みたいな殺人鬼になる必要はない。
しかし、どうしたもんかな。要は綾音の言う通り、人を殺すっていう一線だよな。異世界、ファンタジーとはいえ平気で人を殺せるほうが奇特だし異常だ。……綾音ってすげえ逸材なんだな。今になって実感したわ。ありがとう綾音。
「まあ、そうだな……この異常事態に適応しろってのが無理な話か。じゃあこうしよう。いずれにせよ、お前たちのことは守る必要がある。とりあえず一緒に行こう。でないと、この世界じゃ生きていくことすら危ういだろ」
「……そうですね。翔太くん、ここは速水さんたちについていこう? このままじゃ……」
「仕方ねえな。ほっといたらこいつらにみんな殺される」
そうだな。まったくもってそう。ド正論。
「翔太くん、そんな言い方……」
いやこの場合は翔太が正しいぞ美香よ。そこまでして俺をいい人にしなくていいよ。
「決まりね。じゃあ、とりあえずどうする健人?」
「んー、そうだな……」
即座に協力するわけじゃないから、このまま王都にというわけにはいかない。力を合わせて、っていうのも検証してないしな。これで時渡りは四人だから、運ぶことももはや無理。
「……ん? どうした、ルル?」
ふと目線を移すと、ルルがどこかを見つめているのが見えた。何かを気にしているようだ。
「なんか……」
曖昧な返答。ルルがそんなに悩むというか自信がないとは珍しい。
「時渡りか? それとも、魔力?」
周りは特に何もない。ルルが感じ取るといえばこのどちらかだが。まさか、逃げた二人を追ってきたか?
「時渡り。移動……してる? わからない」
感知がうまくいってないのか。そういうこともあるんだな。
「はっきりしないか。じゃあそれを探ろう。どっちだ?」
「あっち」
ルルがいつものように指さす。そっちは王都だな。まあ、時渡りってことは王都だろうけど。
「ここにいてもなんだしな。落ち着ける場所を探そうぜ」
合流できただけでも十分だ。ひとまず今日の生活を考えるとしよう。話さなきゃいけないことがまだある。ルルが感じた気配については道すがらでいいだろう。はっきりしないことがあるなら、はっきりさせればいい。今はまだその時じゃないってだけだ。