表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/69

二章 手を貸してしまった魔王 ー 2

 迷うかもしれない。その心配は杞憂に終わった。無事、裏口までたどり着けた。


 ……と、言うよりも。迷いようがなかった。ただただ入り口の反対方向を目指すだけだった。通路は一本道。複雑な作りにはなっていなかった。これは……その必要がないからかな? 城の作りを利用して戦うことを想定していない。仮に攻め込まれたら正面から迎え撃つ。知能の低い種では頭を使った戦いができないから、ただ敵を見失わないようになっているんだな。俺にとってもありがたいことだ。迷路みたいな構造とか、苦手だし。


 そして今、目の前に広がるのは荒野。本当に荒野。そうとしか表現しようのない荒野。緑もちらほらと見受けられるがたいていは土や岩がむき出しの茶色い大地。自然現象によってのみ形成された広い土地は、生き物の姿すら見えない。身を隠す場所もないし、日中は延々と直射日光だ。肌はこんがり焼けそうだが、動物は嫌うか。


(これだけの空き地なら、多少壊しても大丈夫そうだな)


 試すにはちょうどいい。思い切ってやってみるか。念のため城からは距離をとって、と。

 ええと、どうすればいいのかな。力を使うっつっても、どういう力があるのか。とりあえずこういうのってイメージだよな。漫画の気も念も霊も、だいたいはイメージが大事な感じだし。


「イメージして、力を放出……」


 右手を前に伸ばし、口に出してみる。何も起こらない。ならば別の方法。右手を顔の横で構え、勢いよく前に突き出す――


「――うおっ!?」


 腕を突き出すのに合わせて、何かが飛んだ。何かは見えない。有り体に言えば、衝撃波というやつだろうか? 俺自身、理解できていないが。発射の瞬間に激しく風が起こったが、反動とかはない。腕も体も、なんともない。


「……よ、よし」


 でかい音を立てる心臓を落ち着け、辺りを見回す。大きめの岩があるので、次はあれを狙うとしよう。同じものをもう一度撃てれば、威力がわかるかもしれない。せーのっ。


「……お、おおぉ……」


 轟音が短く鳴る。出た。同じように。今度はさっきみたいな驚きがないので、しっかりと自分の放ったものを見ることができた。といっても本当にただの衝撃波のようで、色などで視認できるわけではない。はっきりしていることは、衝撃波は狙いをつけた岩にヒットし、岩が砕け散ったということ。


 すげえ。つええ。何もわかっていない今ですら、岩を破壊するほどの威力を出せた。普通の人間ならツルハシで何度も叩かなければならないところを俺は一回気合を入れただけで終わらせてしまった。


「人智を超える力、ね……」


 人間に当たったら即死だな。頭か胴体に当たれば死ぬ。腕や足なら、もがれるだけで済むかもしれないが……これ、もっと大きくとかできるのかな。できるなら、狙いさえ正確なら確実に一人は殺せることになる。更に、強弱をコントロールとかできれば……夢が広がる。


「とにかく、いろいろ試してみるか」


 せっかくの練習だ。なんでもやってみよう。力があることは確定したんだし、恥ずかしがることはない。


「手でしか出せないのかな」


 足からも出せたら便利だし、何よりかっこいい。試してみよう。


「……出ないな」


 足じゃだめか。手と違ってイメージができてないのかな? 足から衝撃波って漫画の世界でも珍し――あ、ゲームには結構いるか。なんとかしてできるようにならないかな。


 それより、なんだか体が軽い。足が意外と上がる。体育は苦手じゃなかったけど、格闘技なんてやったことないのに。ハイキックってそんな簡単にできるものじゃないだろ。これも時渡りの力? 便利だな。いや、便利というよりインチキ臭い。嫌いじゃないけど。


 まあ、これだけの力だ。手から出ればそれだけでいいだろう。歩く走る以外に足使う機会ってそんなないしな。


 手から出る衝撃波。観察したところ、どうやら直線で飛んでいるようだ。槍や鞭のように横に払うことはできない。わかりやすくていいな。あんまりややこしいとフレンドリーファイアが怖いし、これでいい。俺好みだ。RPGの魔法みたいに炎とか水とか出てきたら扱いに困るところだったが、これなら破壊以外に余計な被害を出すこともない。便利だな。さすが時渡り。よくわからんがすごい。


「これ、バリアとかにならないかな……」


 攻撃が強いのはわかった。だが防御ができないと、己の身一つで敵の攻撃を捌くことになる。いくら体が軽くなったとはいえ、そこまでの技術は俺にない。それに、動き回るのはしんどい。


「……だめだ、わかんねえ」


 それっぽくイメージはしてみるが、効果がわからない。何か、攻撃を受けてみないことには。なんか方法は……あ、そうだ。石ころを上に投げればいいか。えーと、手ごろな石……お、あったあった。じゃあこれを……


「…………」


 足元に落ちている石を拾い、投げようと空を見た。


「…………」


 そこにあったのは、女の子の顔だった。ほぼ真上を見上げる俺の目を、丸く大きな蒼の瞳でじっと覗き込んでいる。その目がピンク色のショートヘアと合わさって、顔がやたらと明るい。肌はリアーネと似た色だが。魔族の肌はだいたいこの色なのかな。


「時渡り?」

「そうだけど……とりあえず、立って話さない?」

「うん」


 上から話されるのは慣れないし、何より俺の首が辛い。魔族の少女は素直に従ってくれた。重力を感じさせない滑らかな動きで着地。さっきは顔が近すぎて気づかなかったが、背中に蝙蝠みたいな羽が生えている。萌えキャラにありそうな小さい羽ではない。体に対してだいぶ大きい、立派な羽だ。確かにこれなら、空だって飛べそう。


 百五十センチないくらいの小さな体に、大きな羽。人間の場合、両手を広げた際の右手から左手までの長さはだいたい身長と同程度らしいが、この子の羽の先から先までは明らかにそれよりも長い。幼い容姿との組み合わせは……なんだろ。一昔前の言い回しだと萌える、とか言いたくなりそうなんだが羽がやけに立派なせいでちょっと怖い。しかし顔は間違いなく可愛い。


「えーと……俺の名前は健人。時渡りだ。君は?」

「ルル」


 ルル。それがこの子の名前か。熱喉鼻に効きそう。

 ルルは体が小さいので俺を見上げる形になるのだが、胸がやたらと主張してくる。バニーガールの衣装みたいなぴっちりのスーツのせいだ。当然……と言っていいのか、谷間がおもいっきり露出している。これがロリ巨乳か。もしかしたら年齢は俺より上なのかもしれないが、聞かないでおこう。魔族に年齢の意識があるのかは知らんが。


「ルルは、どうしてここに来たんだ?」

「魔王様から、時渡りが仲間になったって聞いた」


 それで様子を見にきたってわけか。人型でちゃんとした言葉を喋ってる。サタンの言っていた三人の内の一人か。人間の少女とあんまり変わらない、か? 今更だけど、異世界の魔族相手に日本語が通じるってめちゃくちゃだよな。これも時渡りの力か。だとしたら便利すぎる。未来の世界のタヌキもびっくりだ。


「じゃあ、いつからここにいたんだ?」

「ずっといた。時渡りが動かなくなったから近づいた」


 死んだみたいに言うな。ということはつまり、俺がいろいろ試してるところを見てたのか。全然気づかなかったな。まあ、この子になら見られてもいいか。練習風景くらいは。


「時渡りは、ここで何してたの?」

「健人、な」

「ケント」

「そうそう」


 漢字圏じゃなくてもわかりやすい名前でよかった。父さん母さんありがとう。もう家には戻れそうにないけど。


「俺は、時渡りとしての力を使えるかどうかを試してたんだ」

「そうなんだ。できた?」

「ああ、できた」


 威力は申し分ない。あとは俺自身が、ちゃんと戦えるかどうか。正直あんまり自信ないけど、まあなんとかなるだろ。


 それよりも、このルルという少女。見た目も中身もずいぶんと幼い印象を受けるが、こんな子が魔王の部下として戦争とかできるんだろうか。


「ルルはさ、人間と戦ったことってある?」

「うん。いっぱい殺した」


 すごい回答が来た。真顔で言った。こんななりでも魔族は魔族か。


「ルルはどんなふうに戦うんだ?」


 聞いてみると、ルルは片手を無造作にかざした。その手が光を放ったかと思うと、光は瞬く間に形を成し、次の瞬間にはルルの手に槍が握られていた。……あ、いや。槍じゃないな。柄が長くてパッと見では槍っぽいけど、剣だ。両刃の剣。血のように真っ赤な剣。腹の部分に目のような模様が。……普通にかっこいい。俺も欲しい。


「へええ、すごいな」

「……すごい? ほんと?」

「ほんとほんと。すごいよ。かっこいいその武器」


 赤くて凝ったデザインの武器はロマンだ。中二病とも言われるがそんなことはどうでもいい。


「…………」


 ルルがじっと俺を見つめている。何も言わず。どうしたんだ。そんな可愛い顔でじっと見られるのは耐えられない。こういう状況はいやらしい意味とかじゃなくて本気で恥ずかしい。いつしか自然と目が泳いでしまう。


「……え? な、なんだ?」


 耐え切れずに目を逸らしたちょうどそのタイミング。ルルが空いている片手で俺の手を握った。目線は相変わらず俺を捉えている。


「……ケント、わかってる」

「はい?」


 力強い瞳。ルルもこの剣をかっこいいと思ってるってことか? それにしたってなんなんだこの反応は。やっぱり子供ってことなのかな? なんにせよ、好感触でよかった。


 ルルはまだ剣を持っている。柄まで赤い。巨大な刃は鋭く尖っていて、人間の胴体程度ならたやすく貫きそう。突くだけでなく斬るのもすごそう。ルルも魔族だ、力は強いはず。こんな物騒なものを使うくらいだしな。しかもよく考えたら、これで飛行もするんだよな。敵に回したら、人間の兵士ごときじゃどうにもならないな。貴重なだけあって、知能がある魔族は戦闘でも強いんだな。ひょっとしてあの頭脳労働派っぽいリアーネも、戦ったら強いんだろうか。おそらく人間より非力ってことはないと考えると、ありえる話だな。今度聞いてみよう。


 ルルがさっきからずっと俺の手を握ったまま離さない。動物か何かか。可愛いなこのやろう。


「あ、そうだ」


 忘れてた。そしていいことを思いついた。


「ルル、ちょっと手伝ってほしいことがあるん」

「手伝う」


 食い気味。すごく懐かれてる。何があったんだこの数分で。


「時渡りの力でまだ試したいことがあってさ。そのへんの石ころを俺に投げつけてほしいんだけど」

「わかった」


 わかってくれた。ルルはすぐに足元の石を探し、拾っている。俺は少しルルから離れ、待ち構える。手を体の前にかざし、攻撃を防ぐというイメージを膨らませてみる。よくわからんがなんとかなれ。


「よし。ルル、頼む」


 ルルがうなずき、石を振りかぶった。とはいえ、手の力だけでのスローだ。それほどの威力にはならない。それすら防げないと話にならないってもんだ。端から見ると遊びのようなものかもしれないが、ルルの手にある石にしっかりと意識を集中させて……


 ルルが石を投げた。


 石は砕け散った。


「…………んん?」


 俺の目の前で破片が飛んだのは見えた。間違いない。感触はなかったが、俺の力でちゃんと防いだ……のだろうか? いまいち実感が湧かない。いや、それ以前に。


「ルル。今、石投げた?」

「うん」


 だよな。投げたよな。じゃあ今のは……何が起こったんだ。


「ごめん、もう一回。今度はもーっと軽く投げてくれない? ふわーって」

「わかった」


 テイクツー。俺の推理が当たっていれば、次はちゃんとわかるはず。


 ルルが再び石を投げた。今度は下投げ。石は放物線を描いて飛ぶ。本格的に遊びにしか見えない。が、集中。俺は真剣だ。石はゆっくりとこちらに落ちてくる。俺は手でそれを防ぐように、石に狙いを定める。


「お、やった」


 今度こそ成功。石は何もない中空で何かにぶつかり、跳ね返って力なく落下。時渡りの力は防御にも使える。やったぜ。


 そして、予想外に判明した事実もある。今俺が使った防御の力、どうやらただの壁を作り出しているだけらしい。石は弾いただけだった。消滅したりはしない。もしそっちだったら危なすぎるが。これを踏まえて、さっきの一投目を考察。石は砕け散った。俺は二投目と同じようにしていただけなのに。一投目と二投目で何が違ったのか。ルルの投げ方だ。


「ありがと、ルル。助かったよ」


 正面に立っているルルにお礼を言うと、ルルはこくんとうなずいた。可愛い。


 ……あの可愛い無表情で、ただの石を手の力だけで、壁に当たって爆発四散するほどの剛速球を投げたんだな。よかった、時渡りの力があって。あんなもの当たったら死ぬ。俺の力で石が砕けたんだと思ったんだがそんなことはなかった。


「ルル、聞いてもいいかな」

「うん」


 ルルに近づき、話しかける。


「ルルはさ、魔族の中でも力持ちなほう?」

「魔王様のほうがつよい」

「それ以外は?」

「力比べで負けたことない」

「ああ……」


 そうか……いや、よかったと思うべきだろう。魔族がどいつもこいつもこんな怪力だったらたまったもんじゃない。戦いでは頼もしいにしても、これからの俺の日常が危うい。ロリ巨乳の小動物系で怪力か……属性てんこ盛りだな。あるんだな、リアルでこんなこと……いやリアルじゃないかこの世界は。日本視点だと異世界だな。


 怪力少女ルル。個性的で覚えやすい仲間ができた。でもさっきの二投目やその前に手を握ったことから、加減はちゃんとできるようだ。ならそこまで問題ではない……か?


 ともかく。ルルのおかげもあって一通り試すことができた。そろそろ戻ろう。残りの二人とも話をしないとな。


「戻ろうか。ルル、ついてきてくれ」

「わかった」


 素直ないい子だ。この信頼は大事にしないとな。残りの二人もこんなふうに仲良くなれたらいいんだが。現実はそう甘くないかな……


「…………」


 でもルル(ロリ巨乳)がくっついてきてることも現実だから、捨てたもんじゃないな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ