十章 ぶつかってしまった現実 ー 2
俺の隣に立つ綾音は、楽しそうに笑っていた。この状況でよく笑えるな。戦闘が楽しいのか? こいつもこいつで血の気がやばいな。
「綾音」
「わかってる」
正面。攻撃が来ている。方向も威力も、手に取るようにわかる。軽いジャブ的なつもりなのかもしれないが、これでは俺や綾音を殺すにはまるで足りない。
「時渡りだな? 出てきて話そうぜ」
おそらく一人でも処理できたであろう攻撃を難なく防ぐ。せっかく同じ故郷の人間に会えるんだ。顔も見ずに撃ち合いというのは味気ない。まずは対話。仲間になってもらう交渉をしなければ。どんな奴かな。
しばらく待ってみる。二度目の攻撃はない。すぐに出てくることもしない。また呪術で操られてるパターンか? 操られてる時渡りの数によっては、解呪できる人間の調達を急ぐことになるかもしれない。
間を開けて、攻撃してきた時渡り二人が姿を見せた。見た目、高校生……いや、もしかして中学生か? やりづらいって思ったそばから年下が出てくるって。言わなきゃよかったな。
一組の男女。男は癖のついた短い髪にきりっとした顔立ち。女はサラサラのロングヘア。髪の色は黒というよりも茶色寄り。こげ茶、というのだろうか。綾音の髪よりは黒い。
「初めまして。速水健人だ」
この二人も確実に日本人。顔立ちが。まさかとは思うが、この世界に来てるのって日本人だけ? 言葉が通じるのは助かるが、日本人が三百年に渡ってこの世界に呼び出されては死んでるって考えるとやべえな。少子化の原因って、もしかしてこれなんじゃ?
「榊原綾音よ」
綾音も名乗る。まずは名乗らないとな。戦国時代の武士も名乗りを上げるのものだったらしいし。名乗りは重要だ。
『…………』
あちらの二人は顔を見合わせ、何か話している。立ち姿からも、操られているようには見えないな。前回のあの子たちとは違う。だとしたらまさか、自分の意志で人間の言いなりになっているのか?
「日本人……ですか?」
女の子のほうが恐る恐る俺たちに尋ねてきた。その通り、日本人だ。どうやら意識は確からしい。これは説得もいけるか?
「ああ。二人も、そうだよな。名前は?」
まだ名前を聞いていない。せめて名前を聞いておかないと、呼びようがない。
「町田美香……です」
女の子は素直に名前を教えてくれた。男の子のほうは美香の行動に戸惑っているようだったが、やがて俺たちに向き直り、
「……竹内翔太」
こっちも教えてくれた。不愛想だな。なんだろう、この二人。熱血系正義の主人公と清楚系ヒロインな感じ。時代を感じないでもない。
翔太と、美香か。いい名前じゃないか。仲良くできるかな。第一印象はあまりよくなさそうだが。
「お前らも、日本からこの世界に飛ばされたんだな。俺を倒すように命令を受けたのか?」
人間に騙され、こき使われているのかもしれない。事情を話して解放してやらないと。
「命令じゃない。頼まれたんだ」
「頼まれたって、要するに命令でしょ?」
綾音って、思ったことは言うタチなんだな。最初の頃、あれは遠慮してたのか。
「違います。私たちはあなたたちを……町を襲っている『時渡り』を倒してほしいと、お願いされたんです。魔王に操られ、人間と敵対してしまった時渡りを止めてほしいと」
魔王に操られた時渡り……俺たちのことか?
綾音とアイコンタクトをとってみる。綾音のほうも同じタイミングで俺を見た。だるそうに目を細め、前をつんつんと指さす。なんだそのしぐさ。「あんたがなんとか言ってやってよ」とでも言ってるのか。
「えーと……俺らが、操られてることになってんの?」
時渡りを操ってるのは、むしろ人間側なんだが。呪術とかいう怪しい力で。仮に俺と綾音が正常じゃないとしても、呪術が正常とは言えない。
「だってそうだろ。この世界を救うために魔王を倒すはずの時渡りが、魔王に手を貸して人間を殺してる。操られてるとしか考えられないじゃないか!」
翔太君、張り切ってるな。ますます熱血主人公っぽい。ちょっとおバカな愛嬌もまんまその通りだ。
それはさておき、妙だな。世界中から化け物扱いされる時渡りが、この世界を救うためにと豪語してる。俺や綾音とは受けた扱いが違うとしか思えない。少し考えてみようか。
仮に、翔太が本気で言っているとして。なんでここにいるのかって話だ。時渡りは魔王の城のすぐ近くで召喚される。そして、この世界の説明もなく魔王討伐にただ向かわされる。翔太が本気なら、こんな場所にいるのは変だ。ということは、だ。まず必要な情報が一つ。
「ちょっと教えてくれ。お前らがこの世界に来た時、どの場所にいた?」
俺たちは違う場所で召喚されている可能性が高い。しかも、結構いい場所で。
「ここから北西の方角にある、王都です」
やっぱり。
「美香! こんな奴らに教えなくても……」
こんなとはご挨拶だな。これでも同じ人間だぞ。
召喚された場所が違う。ということは、こんな西の果てから今すぐ魔王を倒しに行けとは言われないはずだ。周りの人間がどう思っているかは知らないが、扱いが粗雑ってことはなさそうだな。
「王都で何があった? 魔王を倒せとかなんとか言われたか?」
翔太はふてくされたようにそっぽを向いている。答えてくれるのは美香だけかな。
「魔王討伐のための準備をしている、と。それに協力してほしいとお願いされました。でも、私たちと同じ『時渡り』が町を襲ったという情報が入り……魔王に操られている、こちらに攻めてくるから倒してほしい、と」
なるほど。すべては人間の都合のいいようにか。王都での時渡りの扱いはどうなってるんだろうな。
「町を破壊するなんて、どんな相手なのかと思っていたのですが……まさか同じ日本人だなんて……」
完全に俺らが悪者の設定だな。いや、普通はそうか。邪悪とはいえ人間を殺してるわけだからな。
「ねえ。時渡りがこの世界でどんな扱いを受けてるか、知ってる?」
綾音も黙っていられなくなったか、口を挟んだ。
「扱い……? 魔王を倒すための存在……ですか?」
知らないようだな。王都でどういう生活をしているのか気になるところだが、そこまでゆっくり教えてはくれないか。確かなのはこの二人は呪術などで操られてはおらず、迫害についても知らないということだ。
「綾音。あいつら違うゲームやってるぞ」
「みたいね。王道RPGよ」
翔太と美香にとって、俺たちは倒すべき敵。俺たちにとって、あの二人は障害。倒すか、真実を教えて仲間にするか。立場が変わると正義も変わるものだが、こうもわかりやすく敵対することになるとは。
「あ、あの……?」
美香が困惑している。話がかみ合ってないからな。
「もういいよ美香。操られてるんだから、何を言っても無駄だ」
「でも……」
操られても、違うゲームとかRPGとか言うもんなのか? 美香は躊躇しているようだし、翔太も少し頭を使ったほうがいいんじゃないか。
「やるぞ、美香。相手が二人でも、俺たちなら……」
ああ、一人だと思ってたんだな。綾音のことはまだ報告が行ってなかったか。これでバレることになる。この二人を殺せばその限りじゃないが……
「…………」
改めて、敵となる二人を見てみる。……やりたくねえなあ。特に美香は疑問を持っているようだし。話せばわかってくれるとまではいかなくても、自分で考えてくれそうなんだが。
「……どうする?」
綾音も悩んでいるようで、真面目なトーンで俺に振ってきた。どうするか。やはり殺すのは忍びない。日本語の通じない輩とは違い、ちゃんと日本語が通じる日本人だ。これが話を聞かない馬鹿だったらもう殺してるところだが。
ただ、脅威となる可能性がある。このシナリオの主人公は俺たちでなくあの二人で、これからぐんぐん強くなって最終的にこっちが負ける可能性がある。
俺や綾音に余裕があるのは、目の前にいる時渡り二人の力がわかってしまっているから。さっきから力を感じてはいるが、正直大したことない。こうしてコミュニケーションをとっていても、そんな強敵には見えない。
「仕方ない。とりあえず、ここは追い払おう」
殺すのは気分が悪い。説得するにも、今の段階では自信がない。根拠が弱いからな。せめて迫害のことを知っていれば言いくるめられそうなんだが。口だけで化け物云々のことを言っても信じてもらえないかもしれない。
「追い払う、っていうのは? 倒しちゃっていいの?」
「そうなるな。話を聞かせるにしても、一旦倒そう」
真実を言うのは追い込んでからのほうが効果的だろう。その後逃がしてやれば、王都の人間の行動に疑問を持ったりするんじゃないかな。
「OKよ。じゃ、マンツーマンで」
マンツーマンね。どっちがどっちにつくかは……察しろ、ってか。
「先に謝っとく。加減間違ったらごめんな」
翔太に向き合って宣戦布告。こういう場合、男は男をマークするもんだよな。
「こっちだって、手加減なんかしないぜ!」
元気なことだ。そういう意味じゃないんだが。
「うおおおっ!」
翔太が豪快に力を放つが、簡単に防げる。威力がまるで足りていない。実力差もあるが、綾音と戦った経験が活きてるな。力の使い方というものを理解している綾音は手ごわかったが、翔太は正面からただ攻撃してくるだけ。王都では存分に力を使うことなんてないだろうから、修羅場をくぐってきた綾音とは違う。綾音の奴、よく足場崩すとか思いつくよなあ。しかもそれが正確なんだもんな。すごく強い。
さて。長引かせないようにしようか。
「ほい、お疲れ」
「うわっ!?」
ほぼほぼ動かず、翔太の攻撃を防いでから一発放つ。翔太の体が後ろに飛んだが、かなり手加減はした。骨とかは大丈夫なはずだ。
「キャッ!?」
綾音のほうからも悲鳴が聞こえてきた。……まーた足場崩してる。好きだな、その戦法。
「ゴメンね」
バランスを崩して落下する美香に、真上から打ちつけるように力を放つ。
「かっ……は……!」
美香の体が背中から地面に叩きつけられた。呼吸が苦しそうだ。上手いが、やり方がえぐい。ごめんねじゃねえよ、かわいそうに。
登場までが盛り上がった割に、戦いはあっさりだったな。まあ、この力の差だとこうなるか。時渡りの力は個人差があるようだが、どのように決められてるんだろうか。やはり殺意の差なのか。だとしたら、この二人は優しすぎるってことになるのか。納得。
「悪いが、倒されてやるわけにもいかないんでな。殺しはしないから一コだけ聞いてくれ」
返事は待たず、倒れている二人に伝える。
「この世界の人間は時渡りを化け物扱いし、迫害している。お前らが人間に何を聞かされてるかは知らんが、このことを覚えておいてほしい」
「化け物……? なんのことだ?」
翔太はわかっていない様子。知らないのか。ということは、綺麗な言葉で騙されてるんだな。
「それは自分たちの目とか頭で確かめてくれ。『操られてる奴』に説明されても納得できないだろ? 撤退して、報告ついでに人間に聞いてみたらいいんじゃないか」
聞いたところで、操られているからって話になるとは思うけどな。この二人がどういう反応をするか、そこが肝心。
「綾音、ルル。行こう。エドたちと合流する」
くどくどと長くは語らず、去る。あまりしつこいと反感を買いそうだしな。校長の話みたいに。
「ま、待ってくれ! あんたたちはいったい……」
「それも自分で確かめてくるんだ。時渡りがどういったものか、知りたいのならな」
翔太の呼び止める声が聞こえるが、相手にしない。俺は翔太や美香を誘導したいわけじゃない。まして洗脳するわけでもない。ただ、見てほしいだけだ。自分の目で。
「いいの? 詳しく説明しなくて」
「いいよ」
説明したところで証明できないからな。今は疑問を植え付けるだけで十分だ。
打ちのめされて動けない勇気溢れる男女を後目に、歩く。負けイベントを終えて帰るラスボスの気分を味わいつつ、俺たちは次の町へと向かった。