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九章 組んでしまった破壊者 ー 1

 朝、目覚めるといえば? なんだろう。みんなは何で目を覚ますかな。


 小鳥の声。お母さんが料理する音。目覚まし時計。今の時代は携帯電話……スマホの目覚まし機能があるな。


 まあ、日本人の多くがタイマー式の目覚ましを使っているだろう。もしくは自力で起きられるかのどちらかかな。目覚ましがあれば、家族がわざわざ起こしに行く必要もないから便利だよな。


 しかし、異世界ではそうもいかない。スマホはもちろんのこと、目覚まし時計がない。いや、転生先の異世界によってはそういった文明の利器があったりするんだろうか? そもそも、異世界はそこまで時間に厳しいのだろうか? 諸々の疑問や事情はあるが、まあそんなことはどうでもよろしい。郷に従うのだ。


 では、郷に従った俺はこの世界でどう起きるのか。どのような方法で目を覚ますのだろうか。


「ケント」


 愛らしい声と、柔らかく俺の体に触れる手の感触。


「ん……?」


 手で顔を擦り、重い瞼を上げる。開ききらない狭い視界に、愛らしい顔が映る。


「……ルル、か……」


 俺の目を覚まさせたのは、ロリで巨乳の可愛い魔族。どうだ羨ましいか世間一般の成人大学生ども。


「珍しいな、起こしに来るなんて……」


 なんて、勝ち誇っていても仕方ない。この城だろうと野宿だろうと、今まで一度も起こされることなく自然に起きていたのに、今日はルルが起こしにきた。いつもと違う。何かあったのかもしれない。


「アヤネが、ケントを起こしてきてって」

「……綾音?」


 呼んだのはあいつか。いやそれ以前に、ルルが起こしにきたってことは……綾音の言うことを聞いたのか? ルルが、素直に? リアが間に入ったのかな。


「そっか……じゃ、行こうか……」


 払えない眠気と戦いながら、俺はルルを伴って部屋を出る。そのままルルの案内に従って廊下を歩く。綾音はどこだろうか。食堂か、それとも会議室にでもいるのか。


 いや、歩く方向でわかるな。食堂だ。この城は一階しかないからわかりやすい。ラストダンジョンにしては簡素だよなあ。攻め込む時にはあちこち鍵がかかってるパターンかな。魔力で封印されてるから中ボスを倒せ、とかありそう。


 ちなみに。便宜上食堂と呼ぶが、実際はおおよそ食堂と呼べる場所ではない。まあ、ニュアンスの問題だ。会議室もそう。この城の各部屋は、見た目のレイアウトはどこも大差ない。広いか狭いかの違いと、置いてある物の数が違うくらいだ。食堂には調理場があり、会議室は広い。それくらいの差しかない。


 置いてあるだけのドアを押し開け、食堂に足を踏み入れる。


「あ、健人。遅いわよ」


 食堂の椅子に、綾音が座っている。早起きだな。テーブルの上には朝食が用意されている。いつものパンとスープだ。綾音の目の前に一人分と、隣にもう一人分。この城で必ず食事を必要とするのは俺と綾音だけ。ということは、あれは俺の分か?


「お前が早いよ。どうしたんだ」

「見てわからない? ほら座って座って」


 朝食ができたから呼んだのか。温かいうちに食べるべきなのはわかるが……


「俺のことなんて気にしないでいいぞ?」

「そうもいかないでしょ。せっかく作ったんだから」


 そうなんだけどさ。俺を待つために綾音が我慢する必要はないって話を……ん?


「作った?」

「そうよ」

「お前が?」

「だからそう言ってるでしょうが」


 当たり前のように言う綾音。そうか、綾音が作ってくれたのかこれ。


「そ、そっか。ありがとな。でも、なんで急に?」


 一年のサバイバル経験があるから料理くらいお手の物だろうが、食材とかはあったのだろうか。けっこう具だくさんなスープになってるけど。若干緑色がかってる。ベジタリアンな感じでヘルシー。


「……昨日、ちょっと寝つけなくてね。リアに教えてもらってたの。パンの焼き方とか、調理器具のこととか」


 へええ……確かにちょっと様子がおかしかったが、寝つけないほどだったのか。で、そんなこともやってたとは。


「料理は元々できるのか? 日本にいた頃とか」

「まあ、常識的な範囲ならね。大した知識はないから凝ったものは作れないけど」


 十分すぎる。そもそも現代日本の『家庭料理』のハードルは高すぎる。いいじゃないか、簡単なもので。焼いたり炒めたりできれば、あとはお惣菜でもいいじゃないか。


「さ、食べましょ。冷めないうちに」

「そうだな。いただきます」


 食べよう。まずはスープを一口。


「……うん、美味い」


 さっぱりとした飲み口。さらりとしたのどごし。野菜ジュースのような緑の味。それでいてしつこい味がない。温かいこともあって、白湯のような優しさ。胃によさそう。


「いいなこれ。こっちに来てから焼いた肉とかばかり食ってたから、この味付けは新鮮だよ」


 同じ日本人の料理というのが大きいのだろう。しかし、よくこんな味を出せたもんだ。食材はリアが扱うものとそう変わらないだろうに、薄味なのに確かに味が違う。


「これ、なんか特別な食材とか使ってるのか?」

「特別かどうかは知らないけど、香りをつけるための葉は混ぜてあるわ」


 葉っぱ。カモミールとかラベンダーみたいなものかな? いいセンスじゃないか。分量や使い方をちゃんと理解していないと言えない台詞だ。


 野宿では発揮されなかったが、設備があれば綾音はこんな美味しいものが作れるのか。ありがたい。料理できるってだけで、旅のモチベーションが高まるというものだ。なんせこの世界、人間の町で休息することができないからな。今思えばどんな縛りプレイだって話よ。


 いやはや、いいなこの日常感。ファンタジー世界で仲間を増やし、意外な一面を見て、美味しいものを共有する。素晴らしいじゃないか。ゲームの世界で味わう感動を現実で体感している。もっとも、不便なことも多いから実際はいいことばかりじゃないが。


 俺みたいな庶民には、美味い料理というのは何よりの癒しだ。いつかこの世界での目的を果たして、こういう日常が当たり前になるといいな。綾音がここで暮らすつもりなのかはまだわからないけど。


 食べ物が美味しい。幸せな時間だ。ついつい、目的や大事なことを忘れそうになるな。……あ、そうだ。


「なあ、綾音。聞きたいことがあるんだけど」


 そう。大事なことを聞くのを忘れていた。


「今日、ルルに俺を起こしてくるように頼んだんだってな?」

「ええ、そうよ」


 これは間違いないのか。やはり問題は、何故ルルがおとなしく従ったのかだな。


「ルルはお前の言うことを聞いてくれたのか」

「……失礼なことを平気で言うわね」


 失礼だったか。疑問を解消することしか考えていなかった。


「ポ〇モンじゃあるまいし、頼み事は聞いてくれるわよ。ルルは知能の高い魔族なんでしょ?」


 若干の語弊があるな。魔族の中では知能が高い上級魔族、だ。人間と比べて高いわけではないぞ。ルルは優しいから、頼み事はそりゃ聞いてくれるだろうけど……俺を起こしに行く、というミッションだったから素直に従ったのか? それだけじゃない気がするんだよな。今だってなんか、綾音を見る目や接する態度が微妙に違う。一言も喋っていないが、気配がなんとなく伝わってくる。態度が軟化している。


「……まあ、な。いや、何もないならそれでいいんだけど」


 考えすぎなんだろうか。事情がどうあれ、ルルが綾音に友好的になってくれるのは喜ばしいことだ。理由はそのうちわかるかな。


 しっかし、本当に何があったんだろうか。綾音は昨日ここに来たばかりで、大したことはしていないはずだが。エド相手に啖呵切ったくらいで――


「……あ」


 ルルを見る。ルルは俺を見上げる形で見つめ返してくる。


 ……そういう、ことか。なるほど納得。ルルらしいな。掌返しと言われるかもしれないが、この純粋さがルルのいいところでもある。エドを極端に嫌っているルルの目線では、エドと喧嘩してくれる人イコールいい人か。


「ありがとな、ルル」


 ルルの頭に手を置き、そっとなでる。この態度、どうやら綾音に心を許したということで間違いないようだ。よかったよかった。ある意味、エドには感謝だな。俺だけでなく綾音との関係まで結んでくれるとは。あいつ実はいい奴じゃないのか。悪いスライムじゃない的なキャラじゃないのか。あれでもっと態度がまともだったらな。


「おいケント。のんびりしてんなよ」


 ほら言ったそばからこいつはほんとにもう……あれ?


「エドじゃないか。戻ってきてたのか?」


 昨日出発したと思ったら、まだいる。一晩しか経ってないんだが。まさか早くも報告か?


「時渡りがいたぜ。あの町の西だ」


 そのまさかだった。あの町って、ゼーレか。案外近くにいたんだな。本当にきちんと報告してくれるとは、ちょっと意外。


「なんか手出ししてないだろうな?」

「お前が報告しろって言ったんだろ?」

「そうだけどさ。じゃあ行ってみるか、そこに」


 魔族ではおそらく倒せない相手だ。俺が出ないとな。味方にできればそれが一番。敵対するのなら、倒せるかどうか見るのも大事だ。


「ルル、行こう。飛んでくれ」

「わかった」


 飛んでいけば早い。今日中には着くんじゃないかな。


「あたしも行くわよ」

「いや、綾音は……」


 ……連れて行ってもいいんだろうか。時渡りがいる町となると、本格的な戦闘になる可能性がある。


「何よ? 今更、危ないとか言うつもり? あたしはもうあんたと目的も思想も同じはずでしょ?」


 そうかなあ……今の綾音さんは若干、俺よりダークサイドに寄っちゃってる気がしないでもない。目的は確かに同じだけど。


「……そうだな。じゃ、行くか。エド、頼めるか?」

「構わないぜ」


 これに関しては親切なんだよなエドも。根はルルと同じで素直な可能性があったり? そうあってほしいが、素直なエドというのはあんまり想像したくない気もするジレンマ。


「リアに伝えてから出発しよう。場合によっては、また戻ってくることになるかもな」


 時渡りが相手となると、どれほどの戦闘になるかわからない。そのまま侵攻するのは危険かもしれない。現地で判断することになりそうだ。


「時渡りか……ふふっ、ちょっと楽しみね」


 なんで俺より楽しそうにしてるんだ。殺し合いになるんだぞ。大丈夫かこの子マジで。俺は別にいいんだけど、無理してやられるのは困る。漫画とかだとよくある展開だし。さすがにリアルで仲間がやられるのは勘弁だ。俺だって人の子。悪者を殺すのは厭わないが、仲間が死ぬのは御免だ。


 どんな奴だろうな、敵の時渡りは。日本人だったら倒しにくいが、邪魔するってんなら容赦はしない。どうしよ、これで小学生くらいの無邪気な子供とかが時渡りだったら。可能性としてありえるよな……それでも、やるとなったらやるしかないが。


 不安をいくつも抱えつつ、ルルに抱えられつつ。俺とルル、そして綾音はエドの案内で時渡りがいる町へと向かうことになった。

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