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八章 決めてしまった運命 ー 5

最近、これは異世界チートではなく異世界ほのぼの日常系じゃないのかと思えてきました。綾音ちゃんかわいい。

 昼食の時間をたっぷりと取り、体を休めた。疲れたのか綾音は三十分ほど眠っていた。起きたところで声をかけ、移動する。今回の旅での成果を踏まえ、新たに作戦会議だ。二人目の時渡り、榊原綾音を加えた魔王軍……というか俺は、今後どのように動くのかを決める。


 そんなわけで、サタンとリアーネが待っている部屋に向かったのだが。


「あれっ」


 二人は確かに部屋にいた。それと一緒に、意外なのもいる。


「エド、キース。お前ら、戻ってたのか」


 エドとキースもサタンの側に控えるようにして立っている。魔王軍の幹部が全員集合じゃないか。いつからいたんだろ。……ルルが俺の後ろに隠れたな。今は俺の横に綾音もいるから隠れやすそう。


「その時渡りのことを報告に来たんだよ。そしたら、しばらく待機しろって言われてな」


 ああ、そうか。俺たちが戻ってきたのは、綾音が仲間になったから。綾音があの森に帰っていればそのまま西に向かっていたけど、エドはどちらにせよ報告する必要があったってことか。


「ルルがこちらに向かっていると、サタン様は気づいておられました。ゆえに、私とエドもここに」


 さすがは魔族の王といったところか。歩いてくるルルの魔力すら感じ取れる。有能。


「そうなのか。ありがとな」


 万全の状態で重要な会議ができる。好ましいことだ。


「それじゃ、始めようか。新たにもう一人時渡りを加えた、今後の方針についてだ」


 強大な戦力が増えた。が、綾音はあくまでも俺と同じ人間。魔族のような機動力はない。この戦闘能力に加えて魔族のように飛べたら俺と綾音だけですべてが終わるだろうが、残念ながらそこまでじゃない。


「といっても、何も変わらない。俺一人だとあった不安要素がなくなっただけだ。戦争をして負ける可能性はほぼほぼない」


 二人もいれば、ガチンコの正面衝突なら何があっても負けないだろう。歴戦の勇士が出てこようが、人間って時点で時渡りの敵じゃない。


「逆に、これだけの条件が揃っていて負ける状況っていうと、これも最初と変わらない。敵に時渡りがいる場合だ。俺と綾音以上の戦力があると厳しい」


 単純な計算だ。敵が強ければ負ける。それ以外だと罠にかかって死ぬとか。馬鹿みたいな話だが、その馬鹿が怖い。


「そのことで、ちょっと思うことがあってな。昨日サタンから聞いた、呪術についてだ」


 そういうのもあるのか程度の印象だったが、詳しく聞いてみて少し印象が変わった。人の心を操る、って奴だ。


「人間が時渡りを呪術で操って、手籠めにしてる可能性が考えられる」


 弱気すぎるかもしれない。が、可能性としてありえる。


「時渡りが呪術なんかにやられんのか?」


 エドの言葉はいちいち煽っているように聞こえるが、おそらく本人は素で言っているのだろう。言い方よりも口調のせいかな。


「『時渡り』なら、やられるとは思わないよな。でも俺ら時渡りはあくまでも『人間』なんだ。俺の知る限り、人間は想定外の事態に弱い」


 力を使えば、時渡りにとってこの世界の人間は取るに足らない存在。しかし問題はそれ以前にある。


「それは具体的にどういうことですか?」


 キースからの質問で、俺の体が自然と向き直る。この二人との最初のギスギスは、もうなくなったかな。


「いきなり知らない世界に飛ばされて、ろくにこの世界の説明もされないまま『お前は時渡りだ』と言われる。この時点でたいていの人間は正常な判断力を失い、軽いパニック……混乱状態に陥る。そうすると、どうなるか。目の前の人間に言われたことに従うか、逃げるか。この二択だ」


 実際、多くの時渡りがそうしてきた。魔王を倒しに行けと言われ、その通りにして魔王にやられた。あるいは、逃げ出した。綾音のように生き残っているのは果たして何人いるだろうか? 何も知らない世界。野生動物と草木以外に食料になりそうなものはなく、同族は助けてくれるどころか迫害してくる。ほとんどは野垂れ死ぬだろう。


「魔王を倒しに行けと言われて言葉通りに行けるのは、召喚された場所から魔王が近かったからだ。じゃあ、遠かったらどうなるか。時渡りとなった人間が律儀に旅をするとは思えないし、行ったところで化け物扱いされるのだから、逃げ出すだろう。それをさせないために、呪術を使う手がある。この世界に来たばかりで何も知らない時渡りをだまして操ってしまえば、好きに使えるんじゃないかな」


 下手に知恵と力をつけた時渡りを操ろうとしたって、反撃されて死ぬのが目に見えている。やるなら最初にだ。何も知らない相手を取り込む。詐欺の常套手段だな。


「呪術で人間を操るってのは俺も聞いたことがあるが、そんな簡単な話か? ちょっと力を使えば勝てるだろ、時渡りなら」


 もっともな理屈だ。が、その理屈が通らないのが、感情という余分な特性を持った人間の面倒なところ。


「ところが、そうもいかないんだよ。俺や綾音の世界の人間って基本、暴力じゃなく頭脳で解決しようとするから」


 知らない場所を優しく案内でもされたら従ってしまう。信じてしまう。それが人間だ。特に、日本人はな。たとえ相手が悪い奴で、自分が相手を倒せる力を持っていたとしても。


「だから呪術で操る方法は時渡りに有効で、それをすでに実行している可能性がある。……と、俺は考えてる。もし、その操られた時渡りが複数いると……まずいかもしれない」


 要約すると、人間は時渡りをいっぱい洗脳して隠し持ってる可能性があるってことだ。可能性の域を出ないが、無いと言い切ることもできない。人間の寿命は短いから、長く飼い続けることはできないが。


「ケント様の言いたいことはわかりました。では、その対策は?」


 キースが更に突っ込んで聞いてくる。そうだな。想像ばかりじゃなく、対策を出さないと。


「時渡りの相手はもちろん、俺と綾音がする。逆に言えば、対抗できるのは同じ時渡りの俺たちだけだ。なので、魔族にも連携を頼みたい。敵の時渡りが現れた際は俺に報告。場合によっては急行してせん滅する」


 魔族では時渡りに勝てないが、機動力は人間の比じゃない。敵の時渡りを発見すれば、すぐさま報告に飛べる。俺はルルに運んでもらって、その時渡りを倒しに行くと。


「なるほど。しかし……仮に、敵に時渡りが五十人いるとして。その者たちは前線に散っているのでしょうか?」


 五十人。団体行動するには多くて大変なくらいの人数だな。戦争なら、隠密行動をする部隊か。たった五十人で一軍を追い払った、みたいなエピソードとかあれば伝説になれる。


 時渡りが五十人となると、そんな伝説が現実的になる。五十人もいらないか。戦力の分散は愚策だが、時渡りなら一人ずつ配置するのが効果的かもしれない。が、しかし。


「時渡りは人間から化け物と呼ばれ、嫌われている。呪術で操っているとしても、そんな奴を普通に町に配置するとは考えにくい。今はそれに加え、魔王軍に俺がいる。アイオーンとかのことを考えれば、俺に各個撃破されるのが目に見えてる」


 都市一つの壊滅を受けて、各地の町に一人ずつ配置するとか無能の極み。重要な土地に大勢を配置して食い止めるのが普通かな。もしくは一般的に化け物だからそれすらできず、王都で大切に管理しているのか。


「時渡りが本気で力を使えば町が壊れる。この世界の人間が、その危険を自ら背負うとは考えにくい。王都を守る手段にするかな」


 消去法だが、一番しっくりくる。化け物をそこらの町に放つとは思えない。そもそも、時渡りを操る王都の人間もまた、時渡りのことを化け物と思っているはず。城下町とかに化け物を歩かせようとは考えないだろう。彼らの基準では、気味が悪いだろうから。


「時渡りは王都にいる、と。ならば、それ以外の町は襲って構いませんね」

「多分、な」


 絶対とは言えない。でも、そんな的外れじゃないとは思う。


「お待ちくださいケント様。お話はわかりますが……時渡りの召喚には魔力が必要です。人間の本拠地である王都には魔族がいません。魔力が存在しないのなら、召喚はできないはずですが……」


 リアから横槍が入った。そうだな。魔力が必要だから、魔王の城の近くで召喚の儀をやっていた。魔力がないと召喚はできない。魔族のように魔力を持たない人間は、どのようにして魔力を得るか。


「魔族がいれば、魔力はできるんだろう? サタン、魔族が王都にいないという確証はあるか?」

「ない。魔族が各々どこで何をしているかは把握していない。その距離では、魔力を感じ取ることもできない」


 だよな。いくら魔王でも、そこまでは知らないよな。


「魔族が、魔王の管轄だけにしかいないとは限らない。人間が鹵獲している可能性もあるわけだ。その魔力を使ってこっそりと召喚する。ありえない話ではないだろ?」


 可能性というのは想定しておくべきだ。何もなければそれでいいが、何も考えず突っ込むのは愚かというもの。


「んな細かいことまで気にしろってか? みみっちい奴だな」

「別に気にしろとまでは言ってないさ。頭の片隅に入れておけばいい。そうなった時に慌てないで済むようにな。敵に時渡りが現れたら俺に知らせる。それを決めておくだけでも違うだろう?」

「確かに。ならば私も、ケント様の考えに従うとしましょう」


 キースが納得してくれた。エドもとりあえず反論はないのか、何も言わない。


「長々と説明したが、基本的には西に侵攻して人間の町を破壊するだけだ。この数日の活動と何も変わらない。ただ、何かあった場合。俺に報告してもらいたい。人類抹殺の件、発端は俺だ。想定外の事態には俺が対処する」

「その想定外というのが、敵の時渡りの存在ですか」

「そうそう」


 最初に予想していた通り、キースがいると話がスムーズだ。リアだけに全部任せると大変だから、こういう奴がいてくれるのは非常に助かる。


「敵に時渡りがいると危険というのはわかりきっていたことだが、人数が多くいるということも一応想定しておく。以上だ」


 敵も味方も時渡りの話ばかりだが、それほどまでに時渡りはこの世界で強力な存在ってことだ。


「それを言うためにあんな長話したのかよ。もっと短くまとめろ」


 エドに怒られた。事実だが、俺とて反論がないわけではない。


「俺に報告しろ、みたいな単純な指示だけ出して、お前は納得するか? 敵に時渡りがいっぱいるかも、って何の根拠もなく示して、信じるか?」


 命令するだけじゃ相手は理解できない。人間でも同じだ。まして俺が相手しているのは魔族。人間に伝わらない言い方で伝わるわけがない。


「俺はまだこの組織において信用がない。あれこれ指示するだけで後は察しろ、なんて無理だろ? 種族も違うしさ」


 知能が高いとか低いとかじゃなく、コミュニケーション方法の問題だ。リアやルルは最初から親しくしてくれているが、普通はそうはいかない。


「命令するんじゃなく、信用されたいんだよ俺は。エド、キース、お前たちにもさ」


 これは仕事じゃない。上司と部下の関係じゃない。人類抹殺という計画を掲げる仲間だ。どっちがじゃなく、双方が信頼されなければ意味がない。


「はっ、くっだらねえ。信用なんてする気ねえよ。魔王様以外はな」


 エドが冷たく言い切った。そんなひどいこと言わずに。


「キースのことも信用してないのか?」

「キースはできる奴だ。一人でもやれるから俺の邪魔にはならねえ」


 一と一を足して二になればいいってことか。確かにエドの性格からして、ルルとは息が合わないだろうな。強くても意思の疎通ができず、指示しなければ自分の思った通りには動かない。だからルルのことは信用しないと。無茶な話だ。が、日本ではそういう人間も現実にいるのが恐ろしい。魔族よりよっぽど怖いよな。


 信用しない、か。目的さえ果たせれば仲間の絆なんてどうでもいいって感じだな。俺が歩み寄っても駄目か。まいったな。


「あのさ」


 俺が返す言葉を考えているところに、口を挟む者が。綾音だ。


「エド、だっけ。さっきから聞いてたらあんた、ちょっと自分勝手すぎじゃない?」


 ちょっと険しい口調と態度。喧嘩になるかもしれない。止めたほうがいいだろうか。


「それの何が悪い? 一人でやれるならそれが一番だろうが」


 まあ、それはある意味正論かもしれないが。今はそういう話をしているわけじゃないんだ。


「一人でなんて、そんなの何が楽しいのよ。ちゃんと協力しましょうよ」


 至極真っ当な言い分だ。やはり綾音は根は真面目でいい奴だな。あの一件で人が変わったみたいになったが、優しいところは残ってるじゃないか。これはちょっと見守ってみるか。もしかしたらうまくいくかもしれない。


「あたしたちが何をしてるかわかってる? 大事なことなのよ。失敗は許されない。勝手なことをして、台無しにされちゃ困るわけ」

「調子に乗んなよ時渡り。足引っ張るのはお前のほうだ」

「あたしのことを言ってんじゃないの。話を聞きなさい」


 喧嘩腰だな。けど、エドにそんなふうに向かっていけるのは羨ましい。俺のように波風を立てないのではなく、ぐいぐい行くタイプか。やっぱり、ちょっとタガが外れてる気がする。大丈夫かな……?


「いい? あたしと健人は、仕事や使命でやってるんじゃないの。遊びでやってんのよ」


 うん。……うん?


「こんな楽しいことやってるのに、水差されちゃかなわないわ。一緒に面白くするつもりがないなら出てって頂戴。いくら強くても、和を乱す人はお断り」


 ……んん? 何を言っているんだろうこの人。俺の理解力が悪いのかこれは?


「そっちから来たんだろ。出ていくのはてめえらだ時渡り」

「時渡りじゃない。綾音よ、あ・や・ね。名前くらいで話を止めないでよね。あたしも健人も自分の意志で、面白いと思ってやってんの。エド、あんたが一人でやりたいなら好きにすればいいわ。でも、信用しないとかいちいち健人に突っかからないで。黙って行けばいいでしょ」


 綾音さん? どうしよ。やっぱ止めたほうがいいかな。


「健人はちゃんと、魔族に手を貸す形でやってる。命令したり、言うことを聞かせようとしているわけじゃない。やれ、とは言ってない。いいじゃない、楽しくやればさ」


 もはや綾音が何を言っているか、俺にはわからない。でも勢いは感じる。とりあえず、最後まで話を聞いてみよう。


「ルルだってそうよ。健人の役に立とうとして頑張ってる。エド、あんたの目的は健人と同じ、人類の抹殺でしょ。健人に協力しないことが目的じゃないでしょ? 一人か、キースと二人でやるならそうすればいい。余計なこと言わずに一人で動くくらいすればいいでしょ。別にあなたがどう動いたって、健人は困らないわ」


 困らないわけじゃないけど……エドたちの機動力も便利で強力だ。仲良くするに越したことはない。


「わかんねーことを……てめえは何が言いたいんだ?」


 初めてエドと思いが一致した気がする。俺がエドの立場でも、一言一句違わず同じことを言ったと思う。綾音はなんと答えるのだろうか。


「それは最初に言ったでしょうが。協力しましょうよ。そのほうが楽しいから」


 さっぱりしてた。じゃあさっきの長い文句はなんだったんだ。下手にエドを煽るんじゃない。怒るぞ、きっと。


「……チッ、わかったよ」


 おや? エドの様子が……


「お前らはどうせノロノロ歩いて西に行くんだろ? 敵に時渡りがいるかどうか、偵察してきてやる。ケント、時渡りがいそうなのはどこだ?」


 まじかよ。協力してくれんの? どういう心境の変化があったんだ。綾音の押せ押せな説得が効いたのか? 説得つうか説教だったが。


 ま、まあいいか。話に集中しよう。時渡りがいそうな場所、だったな。


「王都にいる可能性が高い。だから、王都以外の町にいないことを確認できればとりあえずいいな。でも、わかるのか? 時渡りがいるかどうかなんて」


 偵察してくれるのは非常にありがたいが、どうやって確認するのか。人間と時渡りは見た目の違いなんてないから、目視では無理だ。何か見分ける方法がるのかな。


「時渡りの力は、ただの人間とは比べものにならねえ。すぐ近くまでいけばさすがにわかる」


 わかるのか。そういえばサタンも、俺がアイオーンで力を使ったことに遠くから気づいていた。魔力とは違うが何か出てるんだな。


「行くぜ、キース」


 エドが窓から部屋を出てそのまま飛んでいった。キースは黙ってそれに続いた。


「……行っちまった」


 あれだけ人間や時渡りを嫌っていたエドが、綾音の言うことを聞き入れて偵察に出た。俺に協力するためにだ。これは奇跡か何かか?


「リア、エドの奴はどうしちまったんだ?」

「さ、さあ……?」


 リアがとても困惑している。魔族となって三百年、エドのあんな姿は見たことがないといったふうに面食らっている。


「なぁんだ、素直じゃないわね。エドも実は仲良くしたかったんでしょ」


 一方、平然としている綾音ちゃん。そんな馬鹿な。完全に押し切られた感じだったろ。協力は驚いたけど、実は最初からそうだったなんてそんな馬鹿な。エドにそんなツンデレがあるはずない。


 まあ、すすんで協力してくれるのなら何も言うまい。心強い味方だ。


「……こっちはこっちで話を続けるか。さっきのをふまえて、王都をどうするかなんだけど――」


 エドとキースが抜けた後の会議は、とても円滑に進んだ。



 サタンへの報告と今後の予定を決め、解散。リアが綾音にも部屋をあてがってくれたので、俺が綾音の案内をすることに。俺のすぐ近くの部屋だ。別に他意はない。そもそもこの城には部屋が少ない。二階もない。俺と綾音は固まっていたほうが行動はしやすいからこれでいいのだ。繰り返すが他意はない。


 綾音も俺のことは信用しているようだし、大丈夫だ。そもそも旅の途中の野宿でも俺は何もしてないしな。他意などあろうはずがない。


 隣を歩く綾音。ポニーテールがふわふわと揺れる。日本人によくある黒とは違って、茶色い。今更だが茶髪でポニーテールとか、レベル高いな。非常によろしい。


「なあ、それって染めてるの?」

「違うわよ。黒かったけど、こっちに来たらこうなってたの」

「こっちにって……召喚された後ってことか? そんな副作用あるのか」

「知らないけど。実際こうなってるし、そうなんじゃない?」


 この世界に召喚されると、髪の色が変わるのか。俺は何もないようだけど。異世界召喚にも個人差はありますか。


「この世界に髪を染める文化はあるのかな」

「髪の染料があるかどうかね」


 販売はしていないにしても、染色の技術ならあってもおかしくはないか。髪が痛みそうだけど。


「でも、いいなそれ。似合ってるよ」

「そう? ありがと」


 とても似合ってる。地毛と言い張っていいくらい自然。かわいい。


「俺も色変わればよかったのに。アニメみたいな派手な色とかに」


 例えば赤とか。案外しっくりくるかもしれない。


「あんたは黒のままのほうがいいと思うわ」


 どういう意味だ。似合わないってか。大きなお世話だちくしょう。どうせ俺はコテコテの日本男児ですよ。黒髪しか似合いませんよ。


 召喚されると髪の色が変わる、か。どういう理屈なんだかな。そういうことは考えないほうがいいかな? 実は髪の色が変わっただけじゃなく、体に異常があるとか……想像したくないな。異世界に飛ばされた上に妙な副作用ぶっかけられるとか、とんでもねえ。力を得た代償だとでもいうのだろうか。だとしたら俺にはそれがなくて綾音にはあると考えることもできるが……机上の空論、真実かどうかもわからない。見えないものに怯えてもしょうがないな。


「着いたぞ。ここが俺の部屋で、お前は斜め向かいな」


 廊下を挟んで俺の向かいの部屋が綾音の部屋。向かいといっても通路が広いので、さほど部屋が近いようには感じない。乙女のプライバシーに関しては大丈夫そうか。問題があるとしたら、入り口。


「……このドアって、鍵とかないの?」

「ないよ」


 押して開けるだけだからな。パタパタするだけの仕切り板だ。この城はどこもこんな感じ。魔族は人間のようなセキュリティを必要としない。


「ふーん……まあ、いいけど」


 どう頑張っても俺の部屋のドアから綾音の部屋の中は見えない。のぞきは不可能だ。音だけ注意。テレビもパソコンもないから関係ないだろうけど。声を上げなければ基本は無音だ。


「着替えはどうするの?」

「部屋の中にカーテンあるからうまく使って」

「うまくって……はあ。しょうがないわね」


 ため息をつくんじゃあない。日本みたいに便利な世界じゃないんだここは。自分の部屋があるだけで十分だろう。その代わり、服の洗濯ができる。水洗いだけど。この世界の水は綺麗だから、お日様の下できちんと乾かせば清潔になるだろう。多分。


「ま、こんな広いお城で生活できるんだし、文句ばかり言ってられないわね。自分でなんとかするわ」

「そうしてくれ」


 物分かりがよくて助かる。綾音は俺より長くこの世界でサバイバルしてるんだし、慣れてるかと思ったが……意外と文句が多いな。人間の住居と違いすぎるせいかな。せっかくの城なのに設備がないのがショックだったのかも。


「それじゃ、俺も休むから。何かあったら言ってくれ」


 部屋が近いし、トラブルがあればすぐに報告できる。久々の我が家……なのかどうかは不明瞭だが、ゆっくりと休もう。


「――ねえ、健人」

「なんだ?」


 部屋に行こうとしたところを綾音に呼び止められた。肩越しに振り返ると、綾音は物憂げに俯いているのが見える。何か、思うことがあるのだろうか。冗談の類には見えないが。


「……やっぱり、なんでもない。おやすみ」

「? ああ、おやすみ……」


 なんでもないことはなさそうだったが……いや。


 これからのことを思えば、気になることはいくらでもあるよな。不安や心配、そういうことを考えていたのだろう。だが今とっさには言えず、引っ込めたのかも。


 いずれ、どんな不安も気軽に言える仲になりたいな。仲間にした以上、俺が綾音のケアをしなくちゃいけない。綾音は人間だから、ルルのような豪快で単純な性格はしていない。深く考えてしまうことがたくさんあることだろう。実際、俺もそうだ。


 しっかり休んだ後は、綾音を加えての進軍だ。今度の旅は時渡りを探す予定などはないので、本格的に人間の抹殺に踏み出す。途中でまた別の時渡りを味方につけたとしても、今度こそここに戻ることはない、と思う。サタンとの作戦会議が必要なくらい深刻な状況になれば話は違ってくるが……あるのかな、そんなこと。


 先のことはわからない。今は体と心を休めることに専念しよう。束の間の休息だ。

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