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八章 決めてしまった運命 ー 1

「どうして……」


 泥だらけになるのもいとわず、綾音は膝をついた。

 クラムの町や、ゼーレの町のような……いや。


「どうして……こんな……っ!」


 それ以上に悲惨かもしれない。少なくとも、綾音にとっては。

 反面、当然かもしれない。少なくとも、俺にとっては。


「……結果論だけどさ」


 想定はできなかった。だが予想外でもない。

 疑念だけはあった。こうなる可能性はあった。


「あの時、殺しておけばよかったろ?」


 泣き崩れる綾音の背中に、声をかけた。




   ~八章 決めてしまった運命~



 何事もなく。本当に何もなく、綾音とのぶらり旅は終わろうとしていた。


 会話はちょくちょくしていたが、どんな話題も続かなかった。一言二言返して終わり。小雨のようなパラパラとしたお喋りが数日に渡って続いた。ルルと綾音の仲が修復されることはなかった。元々はそんなに悪いわけじゃなかったんだが。


 そんな気まずい旅もまもなく終わる。森までもう少し。人間の俺の目でももう見えている。距離にするとまだまだあるが、明確にゴールが見えてきた。テレビだと盛り上がってる場面かな。そろそろCM挟むか。で、到着前にもっかいCMだ。


 いよいよ終わりか。綾音と出会えたのは僥倖だったが、仲間にすることまではできなかった。何か、綾音の考えを根底から覆すような出来事でもないと俺に共感することはないだろう。


 森が近づいてくる。少しずつ、少しずつ。


「……ここまででいいわ、健人」

「ん……そうだな」


 もう森は見えてる。ぼーっと歩いていたが、確かにここからは綾音一人で行かせても大丈夫だな。このあたりならうるさい人間もいないし、俺とルルもゆっくりできる。そのへんの木の陰にでも入って休むとしよう。


「送ってくれて、ありがと」

「どういたしまして」


 おせっかいだったかもしれないが、無事ここまで戻ってこれた。これで最後なんだし、感謝の気持ちは素直に受け取っておこう。


「……ルルも、ありがとうね。……さよなら」

「………」


 ルルは答えない。じっとどこかを見つめたまま微動だにしない。綾音は自嘲気味に笑い、それ以上は何も言わなかった。ルルはずっとこの態度だからな。今更何も言えないだろう。感謝と、別れの言葉。それだけ告げられれば十分か。


 綾音が背を向け、森へ向かって歩いていく。俺はその姿を見送る。


 綾音が俺たちから離れていく。ルルはその間も何も言わず、眉一つ動かすこともなく、見守っていた。


 そろそろ行くかと思い、ルルに目を向けた。ルルは妙に真剣に、綾音を見送っている。あれだけ嫌っていたのに。もしかして、実は名残惜しいんだろうか。どうあれ一緒に旅をした仲だ。ルルも本当はもっと仲良くしたかったのかも……?


 そのままルルの顔をじっと見ていた。が、ルルのほうは俺に目すら向けない。ずっと前を 見ている。


「ルル? どうした?」


 さすがに気になって声をかけた。なんか変だ。綾音に興味をなくしたのなら、こんな熱心に見送ることはないはず。未練があるとしても、ルルは俺が見送るのをやめたらこっちを見るだろうに。


「……森が、おかしい」

「え?」


 森が? どういうことだ。おかしい、ってどういう意味だ。ルルは何を感じ取った? 魔力ならそうだと言うはず。魔族が森を襲っているわけではないだろう。となると、なんだ?


 ……嫌な予感がする。


「ルル、俺を運んでくれ。森を上から見たい」

「わかった」


 ルルに抱えられ、上空へ。外からではあの集落の様子がわからない。あの森で何かが起こるとしたらあの場所のはず。いったい、何が――


「……っ!」


 森の緑の中に、赤い色が見える。紅葉なんかじゃない。


 色だけでとてつもない威圧感、そこから来る恐怖。心臓を握られるかのような緊張。


「綾音!!」


 考えるよりも先に体が動く。眼下にいる綾音に大声で呼びかける。


 綾音がこっちを見上げた。表情までは見えないが、状況に気づいている様子は当然ながらない。見えていないのだから。


「森が、燃えてる!!!」


 こんなに声を張り上げたのは、生まれて初めてだった。



 炎の勢いはすさまじかった。空から近づく間にもみるみる広がり、森を飲み込んでいく。


 すでに、消す方法はない。消防なんていない。あったとしても、消防車でも間に合わない。この規模だと、ヘリか何かで上から水をかけないと。ますます無理だ、この世界でそんなことは。


「クソッ……!」


 火は森の中心から広がっていた。森の中にあったあの集落はもう完全に飲み込まれてしまっている。あの人たちは逃げたんだろうか。逃げるのは無理なんじゃないか……? あまり考えたくはないが。


 もはや森に入ることすらできない。今から消火するには……


「…………」


 昔は、火を消すために有効な手段が少なかった。そのため、周囲に燃え広がるのを防ぐために破壊するという方法があったらしい。それなら、今の俺にはできる。


「……チッ。それしかねえか」


 イメージだ。この森を消し飛ばすくらいの力。ためらっている時間はない。炎は広がる一方だ。


「……だあっ!」


 半ばヤケクソで力を放つ。衝撃波が地面を抉り、森もごっそりとなくなった。


「…………はあ……」


 ため息が出た。全身から吐き出すようなため息だった。


「…………」


 森が、なくなった。更地になってしまった。一瞬のことだった。俺がやったことだが……呆然とするしかない。


 何があったんだろうか。森全体に広がるほどの火災。どうしてこんなことに? こんな場所で暮らすなら、火の管理は細心の注意を払っているはず。こんなことになるまで火を放っておくだろうか。そもそも、いくらなんでも種火からこんなにも広がるものか……?


 考えていると、背後から足音が聞こえてきた。綾音が走ってきている。俺はルルに運んでもらったから早かったが、それでもこの有様だ。綾音でも間に合わなかったな。


「……悪い。これしか手はなかった」


 肩で息をする綾音に、俺から言えるのはそれだけだった。謝ることしかできない。どうだ消火してやったぞ、などとは言えない。


「……わかってる。わかってるけど……でも……どうして……!?」


 どうして。そこだよな問題は。火災の原因はいったい――


「なっ……あいつ、森の外に!?」



 誰かが何事か叫んでる。俺たちに向けて言った言葉だよな。


「仲間を連れてるぞ……あれは、魔族か!?」

「あの男は、あの時一緒にいた奴だな……!」


 なんだ。何を話しているんだ。なんか失礼なことを言っている気がするぞ。


 やや離れたところで何か喚いている人間たち。わらわらと数十人いる。なんか、ちょっと見たことある気がする顔もある。どこで見たんだっけ……そもそも、俺が知ってるこの世界の人間はだいたい死んでるはず――


「――そうか、シュナの町……」


 思い出した。綾音を加えて最初に向かったあの町。シュナという名前の町で一泊した。あの町には一切、手を出していない。そこで見たんだ。あの人間たちを。


 じゃあ、あれがシュナの町の住民だとして。何をヒソヒソ話しているんだ。


「おい、あんたら! あの森が燃えてた原因、なんか知らないか!?」


 一つの予測を立てた上で、あえて聞いてみる。


「黙れ、化け物め!」

「せっかく、森を焼くことに成功したというのに……!」


 自分で言っちゃったよ。やっぱりあいつらがやったのか。俺の予測はバッチリ当たっていた。


「森を焼く……? まさか、あなたたちがこれを?」


 震える声で綾音が尋ねる。人間たちは険しい顔でこっちを見たまま、答える。


「そうだ。化け物退治のためにな」


 いつもの。ここでもまた化け物か。


「アイオーンを壊滅させるほどの化け物だ。ここまでやれば死ぬと思ったが……」


 まあ、炎に飲まれれば死ぬだろうな。いくら時渡りでもそれは無理だ。ただ一つ意見すると、アイオーンを壊滅させた化け物と森に住んでた化け物は別人だ。


「殺そうとしたの……? あの森には、時渡りじゃない人がいたのよ!? あなたたちと同じ、人間が!」


 綾音が怒りを露わにし、訴える。そう。あそこには普通の人間もいた。むしろ綾音以外の全員がそうだった。おそらく、火災か俺の力で死んだだろう。善良な人間が十人ほど、死んだ。


「ふん、化け物が何を言うか!」

「化け物と手を組んでいたなら、そいつらも化け物と同じだ!」


 出た。ほら出たよ。時渡りは全部化け物。その味方をする奴も全部化け物。ひどい理論だ。


「化け物、って……確かに、時渡りはあなたたちからすれば理解しがたい存在かもしれない。でも、それと手を組んだからって……人間なのよ!? あなたたちと同じ……この世界で生まれてこの世界で育った人間! それを化け物って……」

「そうだ、化け物だ! まともな人間は化け物と手を組んだりしないからな! そんな人間は化け物か、頭がおかしいかのどっちかだろう! そんな奴を生かしておく必要はない!」


 おーおー、言うねえ。言いたい放題だねえ。俺にはお前らのほうがよっぽど、頭のおかしい人外生物に見えるよ。


「そいつらが本当に化け物になる前に、殺すことができた。お前らも死んでいれば……!」


 まだ言うか。俺はもう飽きてきたよ。殺していいだろもう。


 でも、綾音がどういう反応をするかが気になるな。本人が傷つくだけならともかく、助けてくれた人間たちのことも侮辱されている。綾音は優しいから、そういうのは許さないと思うのだが。どうなるかな。


「化け物……? 殺す……?」


 おや。綾音の様子が。明らかな殺意を感じる。これは……


「……ん?」


 ふと、違和感があった。俺の隣にいる綾音に視線を移した時、何かが視界に入った。


 気になった場所を見てみる。そこに、特に見知った顔があった。


「……レイノスか」

「え……?」


 綾音が少し驚いて俺を見る。俺が人差し指でその人物のいる場所を示してやると、綾音もその顔を見つけたようで、更に驚く。


「レイノスさん……!?」


 そう。レイノスがいる。俺と綾音を親切に家に泊めてくれたレイノスが、俺たちを化け物呼ばわりする連中と一緒にいる。


「レイノスさん! どうして……!」


 綾音が名指しで呼びかけるが、レイノス本人からの返事はない。代わりに、別の奴が口を開いた。


「レイノスがお前たちを引き入れたあの時、殺してやれればよかったんだがな。その勇気がなかった自分たちが情けない」


 ね。青二才の寝首すら掻けないなんて、情けない話だ。でもまあ、賢い選択だったよ。やってたら確実に返り討ちだったろう。


「あそこで殺せていれば、こんな手間と資源をかけて森を焼くこともなかったのに」

「ああ、まったくの無駄手間だった」


 ほんとにね。勇気出してればよかったよね。で、この茶番はいつまで続くのかな。


「いや、化け物の仲間があの森にいたんだ。完全な失敗ではなかった」

「そうだな。しかし、残ったあいつらをどうすれば……」


 そうだね。どうしようね。君らみたいなただの人間が、時渡り二人をどうするつもりなのかな。ていうか、もう吹き飛ばしていい?


「なあ綾音、あいつら――」


 その瞬間。


 背筋に寒気が走った。同時に、自分の表情が固まるのを感じた。


 さすがにこれは許してくれるだろうと、綾音に発砲許可を取ろうとした。だが俺の目に映った綾音は、今までに見たことのない表情をしていた。今までになかった空気をまとっていた。どす黒くすら思えるその空気は、綾音を中心に渦巻いているようにすら視える。


 時渡りにこんな力はないはず。この黒い霧は俺の幻覚なんだけど……幽霊みたいな本来見えないものが見えてしまうことって、あるんだな。この霧から感じ取れる感情は怒り、憎しみ……ひどく攻撃的な気配。


「…………人間を……」


 綾音が声を絞り出す。19の娘っ子とは思えない、地獄の底から響くような声。綾音は素でキレるとこんな声が出るのか。


「人間を、なんだと思ってるのよ!!」


 激昂し、両手を前に突き出す。……すごい。すさまじい力が、綾音の手に集まってる。あの力なら俺と同じように、アイオーンみたいな都市を消し去ってしまえる。綾音にもこんな力があったのか。


 ――そういえば。リアが言ってたな。時渡りの力は破壊の力。その力の源は相手を壊すとか殺すとか、攻撃的な気持ち。殺意があるかどうかで力の強さが変わると。今の綾音を見てると、その説が確かなものに思えてくる。リアは頭がいいな。


 まあ、何が言いたいかっていうとだ。


 今の綾音の力、あんなものをそのままぶっ放したら……


「……ああああああああああっ!!!!」


 人を殺す。その行為に抗う理性を振り払うかのように絶叫し、綾音が力を放った。


 集まっていた人間は一人残らず、何も残らなかった。

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