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七章 対立してしまった存在 ー 5

「あ~……」


 休憩。お昼。疲れた。


「……だらけすぎでしょ。ほら、お水」

「おっ、サンキュー」


 綾音が水を汲んできてくれたので受け取る。寝そべっている体の上半身を起こし、水を喉に流し込む。冷たくて美味い。冷たい水、ってこの世界だと貴重だな。あの川は水温が低いのか。


 川は俺の視界に入っている。今座っている場所は緩い坂道になっていて、坂の下に川。綾音はあそこの水を汲んでくれたというわけだ。で、ここまで登ってきた。


 ルルは食料の調達に出た。町でもらった保存食があるけど、その場で確保できるならそのほうがいい。保存食はとっておく。


「昨日はあんなに元気だったくせに、どうしたのよ」


 昨日は……町をまた一つ消したんだったな。そのせいじゃないか? 俺は疲れているのか。単純に毎日歩きっぱなしだからかも。ただただ歩くだけの世界。


「平和っていいなあ」

「あんたがそれ言う? 狂気を感じるんだけど」


 なんでだよ。いいじゃないか平和。自分を脅かす者がいない世界。最高だろ。


「世界平和は人類の悲願。異世界でもきっとそれは同じさ」


 今は俺が、平和のために旅をしてるんだな。感慨深い。


「世界平和が聞いて呆れるわ……」


 確かに。やってることは破壊活動だからな。


「まあまあ。今は休憩、ランチタイムだ。野暮な話はやめようじゃないか」

「これを野暮で済ませるのはどうかと思うわよ」


 いやいや、のんびりするって時に堅苦しいのはなんだろうと野暮さ。もっと肩の力を抜いてやろうよ人類抹殺。


「もっと明るい話をしよう。綾音はこの世界、どんなふうに暮らしてたんだ?」


 綾音はここに来て一年だが、その大半を一人で過ごしているはず。娯楽のない世界でどんな生活を送っていたのか、気になる。


「どんなって言われても……不安で、遊んでる余裕なんてなかったわよ。ゲームどころか本もないし、紙やペンもない。できることといったら、妙な力を使って物を壊すことくらい」


 そうだな。人間からも疎まれているから、買い物やバイトもできない。ゆえに物を買うことがない。だいぶ暇だな。日々の食糧確保がいろんな意味で生命線か。


「あの器用なのは最初からできたのか?」

「そうね。割と最初からできたわ」


 なにそれずるい。俺は力の加減ですら練習して調整したのに。才能の差か。


「いいなあ。俺もやりたいよ」

「あんたは火力があるからいいでしょ」

「両立したいと思わないか?」

「思うけど、そんな甘くないでしょ」


 確かに。特化型のほうが強いのが世の常だ。時渡りの力は俺と綾音、どっちがいいのだろう。破壊の力は基本的に人智を超えてるはずだから、器用な綾音のほうが無駄がなくていいように思える。


「あたしはむしろ、あんたみたいな馬鹿力が欲しいけどね」


 両立は甘いと自分で言ったばかりじゃないか。ていうか、火力お化けになりたいのか綾音は。


「馬鹿力の使い方が違う気がするが……なんでそう思うんだ?」

「あんたを倒すために決まってるでしょ」

「あー……」


 そうだった。綾音の目的はそれだったな。俺をガチンコで倒すための力が必要なんだな。


「最終的にお前のほうが強くなりそうだけどな」

「それもゲームの話でしょうが。実際は力にモノ言わせるのが一番強いのよ」


 確かに。策を使って、なんてファンタジーだ。いくら作戦を立ててもそのまま計算通りにいくわけではない。現実は、そうなる可能性のほうが低い。


「ゲーム、か……」


 ゲームだったらさぞかし楽しいだろうな。こんな自由度の高いマルチルートとマルチエンディング、ゲームとして作ることは不可能だ。


「仮にこれがゲームなら、どうする? 俺を倒しとく?」


 だらけきった体は脳にまで影響しているようだ。我ながらくだらないことを思いつく。


「とりあえず一回、倒せるかどうか試すんじゃない? 負けてゲームオーバーだと思うけど」


 失礼な。俺はそこでゲームオーバーになんてしないぞ。負けイベントだけにする。その代わり、後々に勝てるはずの戦闘のフラグをへし折る。


「ゲームはリセットがあるからな。戦って負けても、それ自体をなかったことにできる。現実はそうもいかないか」


 リセットじゃなくやり直すことくらいは何度もできるが、過去をなかったことにはできない。不便だ。人生はクソゲーってな。


「でも、倒したら倒したでルルが悲しむでしょ。やらないわよ」


 殊勝なことだ。綾音もかわいい女の子には弱いんだな。


 悪の親玉を倒すことにためらいはなくても、第三者が絡んだとたんにしりごみする。人間の悪い癖だな。大局が見えない。俺を倒すことのメリット、放置することのデメリット。それを考えたら、ルルが悲しむくらいは必要な犠牲。それでも、ルルがかわいそうだという思考になってしまう。優しいな、人間は。


「戻ってきたな」


 かすかに風の音が聞こえた。


「え? あ、ルル。おかえり」


 狩りから戻ってきたルルが羽をはためかせ、静かに着地する。飛行や滑空だけじゃなく、急停止もできるのか。魔族の背筋はどうなってんだ。ルルはこんなにも華奢だというのに。


「よくわかったわね。まだ見えてなかったと思うんだけど」

「まあな」


 風の音でなんとなくだ。単に風が吹く音とは違ったから、ルルが近くを飛んでるんだと思っただけ。一種の勘みたいなもの。


「ありがとな、ルル。今日は何を捕ってきたんだ?」

「イタチ」


 イタチ。イタチもいるのかこの世界は。犬や猫はまだ会ったことがないな。さすがに地球で品種改良されたハイカラな動物はいないだろうけど……そう考えると、ファンタジーの世界にはどんな犬や猫がいるんだろう。犬じゃなくて狼しかいないのかも。とりあえず、イタチを焼いて食べよう。どんな味がするのかな。


 ルルにイタチを焼いてもらう。俺と綾音は待つ。こういうことはルルが慣れている。便利な時代を育った日本人は、イタチを狩ってその場で焼くなどという技術は基本的に持っていない。


「綾音って、こういうの食うことに抵抗はないのか?」


 俺は食えればなんでもいい。食中毒は怖いが。女である綾音は気にするんじゃないだろうか。


「ないわけじゃないけど、異世界でそんなこと言ってられないじゃない?」

「ごもっとも」


 男勝りというのか、思い切りのいい性格してるな。19歳なのになかなかどうして大人だ。女は男よりも早熟だとは聞くけど、これは成長しすぎではないか。


「せっかくルルが捕ってきてくれるんだし、食わないとな。……そういえば、ルルはどうして狩りとか肉焼いたりとかできるんだ?」


 食べる必要がないんだから、肉を焼く必要はないはず。なら、動物を狩るなんてこともしなくていいと思うのだが。


「狩りは、よくやってた。暇な時に」


 ああ、遊びで狩りをするのね。それなら納得。今の日本だと「動物を意味もなく殺すなんて! 残酷!」とか言われそうだ。意味もなく生命を奪うなんて、自然界じゃよくある話なのにな。特に人間は野菜とか、一年間でどんだけ廃棄してるんだと。虫を何匹殺してるんだと。あれだって生命なのにな。命の格差社会。そして、人間を殺したら重罪。動物は器物損壊。虫は罪にすらならない。人間は傲慢だ。


「じゃあ、焼くのは?」

「リアーネの真似してた」


 リアか。あいつの行動、ルルに影響しまくってるな。ルルは素直だから、上級魔族としては一番近しいリアの真似をすることは多かったんだろう。そのリアは元が人間だから、ルルの知らないこともたくさんある。


「リアーネ、って誰? 魔族?」


 綾音が疑問符をぶつけてきた。そうだ、綾音はまだ会ったことすらないな。


「そう、魔族だ。ルルと同じ上級魔族」


 元が人間だった、ということは伏せておこう。リアのプライバシーのために。


「上級……確か、喋れる魔族のことだっけ?」

「大雑把には、そうだな」


 歩きながら説明したっけな。喋れるというか……他に比べて知能の高い魔族のことだな。綾音はそこを理解してるんだかしてないんだか。


「リアーネ、か。女の人?」

「そうそう」


 名前でわかりやすいよな。リアーネが男の名前だと違和感がすごい。男の名前で何が悪いんだ、とはちょっと言いづらい。


「会う機会があればいいな。きっと、綾音も仲良くなれると思うよ」

「へえ。それは楽しみね」


 同じ女の子同士、性格も合いそうだ。俺と綾音が似てるからな。リアは綾音とも楽しくおしゃべりするだろう。ただその場合、城まで行かないとな。綾音がかなり俺寄りになってくれないと実現しないか。この状態のまま城に行くとなると、悪さしないように俺が監視するのは疲れるしめんどくさい。


 リアか……リアは今どうしてるかな。サタンと二人で城にいるはずだが、トラブルでも起こっていないだろうか。……起こらないか、あの二人だけじゃ。


 そういえば、そうか。あの城に今はサタンとリア、上級魔族が二人いるだけなのか。今更だが、いいのかな。いざって時には下級魔族を出せるし、サタンがいれば問題ないか。キースたちのことは後から集めたって話だし、いないならいないで大丈夫かな。


 でも、急ぐに越したことはない。人間に時間を与える必要はないからな。


 機会が、あればいいんだが。綾音も時渡りだし、魔族とは戦う立場にある。綾音がリアと会うには俺と仲間になるか、完全に不干渉となるか。仲間になれるといいんだが。俺はもちろんそのつもりで動いてるけど。


「じゃあ、リアーネに会うためにも、俺と正式に組まないか?」

「なんでそうなるのよ」

「つれないねえ」


 ばっさりと切り捨てられた。それもいいかもね、くらい言ってくれたっていいじゃないか。フランクなのに、俺の仲間になることだけは頑なに拒否するんだな。……当たり前か。


 まあ、いつか機会はあるさ。いつかな。気長に待とう。案外、早いかもしれないし。


「ねえ。そのリアーネって人のこと、詳しく教えてよ」

「えぇ? 説明してばっかりじゃねえかよ俺」


 魔族のことだって延々と話したんだぞ。知ってる限りのしょぼい知識を。あれだって結構疲れたのに、今度はリアーネの情報か。


「そんなこと言われたって、あたしは知らないんだもん」


 もん、じゃない。子供みたいに言うな。19だろお前。ったく……テレビのナレーションじゃねえんだぞ俺は。


 しかし、困ったな。リアのことっつっても、何を話せばいいのか。人間であることを伏せながら話すか。


「まず、上級魔族ってのはさっき言った通りだ。その中でもリアーネは人間のことをよく調べてて……」


 この日の昼休憩は長くなった。

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