七章 対立してしまった存在 ー 3
煙草を吸いたい。
終わった後の感想はそれが一番だった。
「町が……」
変わり果てた姿となった町を見て呆然とする綾音。一方、俺はいたって冷静だった。ルルは武器をしまい、いつもの無表情で俺の横に立つ。
これをやる前の俺には、おそらく怒りの感情があった。しかし終わった後、妙にスッキリというかスンとする。やはり賢者タイムか。大勢の人間を殺した後に賢者タイムなどという造語で済ませるのはどうかと思うが、俺の脳みそではほかに表現が思いつかない。
急に冷めたのは、綾音の必死の説得も一因だろうか。綾音がヒートアップしていたから、俺は逆に冷めてしまった。
綾音に石を投げた連中がただただ許せなかった。それだけの感情で、俺はこれをやった。結果、スッキリしてしまったわけだ。
これでよかったとは言わない。でも、後悔はしていない。俺は俺の思うようにやった。正しいかそうでないかは問題じゃない。
「ちなみにアイオーンもこんな感じで壊した」
あっちはまだ町の名残があった。ここ、クラムの町はもはや町があったかどうかもわからないほど殺風景に。俺の攻撃範囲外だった数軒だけ残っている。俺の立っていた場所が入口の近くだったからな。入口付近は無事というわけだ。……なのに、町の外から狙ったアイオーンより被害が大きいってどういうことだ。加減を間違えたか。
でも、いいや。時渡りを迫害し、その上綾音を傷つける人間など死ねばいい。ましてそんな人間が集まった町なんて、消えてしまえばいい。
「……こんなことして、あんたは何も感じないの?」
綾音は未だうずくまったままで俺に言う。何も感じないってことはない。やってやったぜって気持ちにはなる。
「逆に聞きたい。お前は何も感じなかったのか? 人間に、石を投げられて」
「…………」
質問に質問で返すのはよろしくない。だが聞きたい。不条理や理不尽を押し付ける人間をなんとも思わないのかと。そんな連中を野放しにすることがいいことだとは、俺は思わない。そんな存在自体がマイナスな人間は殺せばいい。この世界ではそれができる。
「……そんなわけないじゃない。でも、どうしろって言うのよ。あんたみたいに、気に入らない人間は全部殺せっての?」
そこまでは言っていない。この場合の最適な手段だとして殺すことを選んでいるだけだ。殺人罪が適用される日本だと、もっと別のいい方法があるはず。
「自分の命を脅かす存在は振り払う。二度と同じことが起こらないようにするには、殺す。蚊やゴキブリに対して、人間はそうしてきたろ? 相手が人間になっただけさ」
どっかのノートみたいに名前だけでサラッと殺せるなら、片っ端から殺すけどな。俺がやってるのはあくまでも、害悪となる存在だけだ。
「……あんたの考えることは、わからないわ」
綾音が立ち上がった。服についた土を払っている。見えてないところとか払ってやりたいが、男女でそれはセクハラか。世知辛いな。
「助けてくれたことは、お礼を言わせてもらう。……ありがとう」
ほう。素直だな。感謝の気持ちは大事だ。それまでに対立やいがみ合いがあったとしても、この一瞬だけはなかったことにしてありがとうと言う。大事だな。
「どういたしまして。で? 俺はもう落第かな?」
場合によってはここで綾音と別れる可能性もある。俺が約束を守れていないのは事実だ。町一つを問答無用で消し去ったわけだからな。
「………」
綾音の返事は、すぐには出てこなかった。しばらく……いや、かなりの時間を使ったか。一つの答えを出すには長い時間だった。それだけ悩んだのだろう。
「……正直、あんたにはついていけない。でも、借りができた」
借りって。漫画じゃないんだから。飯奢ったとかならともかく、こんなのただの人助けじゃないか。
気にするなと言いたいところだが、綾音にとってはおそらくそれどころじゃないだろうからな。彼女の言葉を待とう。
「もう少し……もう少しだけ、あんたと一緒にいる。次は必ず、答えを出すわ。いいかしら?」
「もちろんだ」
いいかしら? と聞かれても、俺に決定権はない。綾音がどうしたいかだ。同行するも戦うも、ここで去るのも綾音の自由。来るというのなら拒みはしない。綾音が時渡りである以上、拒否する理由はない。戦う力がなかったら連れていけないけど。危ないから。
「それで? これからどうするの?」
町はなくなった。もうここに用はない。次へ行かないとな。
「とりあえず、残った民家を見て回る。中に人が残っているかもしれない。空なら今日はそこで休もう」
さすがにさっきの騒ぎで外に出たとは思うけどな。一応、確かめるだけ。
「そう。じゃあそっちはよろしく」
「ん? 何かほかにすることがあるのか?」
綾音は何かするつもりらしい。聞いてみると、綾音はかすかに顔をしかめた。
「……あの人たちをそのままにしておけないでしょ」
綾音が見ているのは、ルルが斬ったこの町の人々。俺の力に巻き込まれた者は例外なく消し炭になったが、ルルに斬られた者は体が残っている。
「なるほど。手伝おうか?」
「結構よ。むしろあたし一人のほうが楽」
……ああ、そっか。綾音は時渡りの能力で地形を削れるんだったな。墓穴作って入れるくらい、どうってことないか。
「わかった。それじゃ後でな」
「ええ」
俺はそこで綾音と分かれ、ルルと二人で民家の安全確認に向かった。
二人一組で民家をチェック。手分けしたほうが早いが一応、敵がいる可能性を考慮する。
結果としては、誰もいなかった。住人は逃げたか、死んだか。野次馬としてあの人だかりの中にいたのなら、おそらく死んでいる。まあ、気にしなくていいかな。
「これで全部だな。ルル、綾音のところに戻ろう」
「うん」
誰もいないからあっさり終わったな。綾音のほうの作業はまだやってるだろうか。
通りに戻る。鼻にまとわりつくような血の臭い。この臭いの元である血がこの付近の地面にべっとりと付いていたのだが、なくなっている。多分、綾音が土で埋めたのだろう。綾音ならその程度は一瞬でやりそうだな。
大人が入れるほどの長方形の穴が綺麗に並んでいる。その穴に遺体を埋め、土をかぶせる。ひとりひとり丁寧に、綾音は埋葬していく。
「俺たちも手伝おう。ルル、あの穴に一人ずつ遺体を入れて。丁寧にな。俺が埋めるから」
「わかった」
俺の指示でルルが動く。遺体をそっと持ち上げ、墓穴へ。ルルは大きな物もガッと持ってぶーんって放る印象だったけど、指示すれば素直にその通りにやってくれるようだ。力がありすぎるから、普段は物の扱いが乱暴になってしまっているのか。重い物をぶん投げるのも、人間が丸めたティッシュをゴミ箱にシュートするような感覚なのかもしれない。そう考えると、一概にお行儀が悪いとは言えないのかも。基準が俺たち人間とは違う。
原型をとどめた遺体をすべて埋めた後、綾音は手を合わせた。俺も短い時間ではあるが合掌。綾音はそのまま一分ほど黙とうを捧げた。
ルルは行動の意味がわかっていないようだった。そりゃそうだな。日本の宗教だから。
魔族にはそもそも宗教という概念があるのかどうか。より強い力を持つ者が上に立つ。魔王という絶対の存在があるのなら、宗教などにすがる理由もないだろう。
「……早かったのね、そっちは」
黙とうを終えた綾音が、体は墓に向けたままで俺に言った。
「ああ。何もなかったんでな。とりあえず一休みしようぜ」
「……そうね」
まださっきの惨劇のショックが残っているようで、綾音の表情は暗い。誰だってこうなることだろうけど、そうなる前の出来事も大きかったんじゃないかと予想する。
「なあ。さっき、何を話してたんだ? ずいぶん興奮していたみたいだけど」
俺が乱入する前に、綾音は熱く語ってくれていた。いきなりあんな大演説を始めたわけじゃないだろう。その前があったはずだ。どういう流れであの話になったのか。
「ああ……別に、大したことじゃないわ。アイオーンから逃げてきたって嘘をついて、時渡りについて話そうとしたら、町の人が口をそろえて化け物がどうとか言い出して……」
いつもの奴だな。何も驚くことはない。時渡りの話になったら二言目には化け物。それがこの世界の人間だ。
「あまりにも時渡りを腫れ物扱いするものだからつい、ね……時渡りは意図せずこの世界に呼び出されて、魔王討伐に駆り出されるって話もしたんだけど……聞いてもらえなかった」
清々しいくらいの平常運転だな。もっと柔軟な、別の観点から物事を見られないのかここの人間は。綾音はそれでカッとなったと。
「なんだ、お前も俺と同じパターンじゃないか」
「う……」
図星らしく、綾音は言い返せない。感情で、と俺に言っておきながら自分も感情的になっていた。まあそれは人間だから仕方のないことだ。理論だけで動けやしない。
「そりゃ、あたしも時渡りだからね……あんなにも悪く言われるのは気分のいいものじゃない」
いろいろ言われたんだろうな。他人事ならともかく、綾音も言わば当事者だ。アイオーンのことは俺一人のせいだが、時渡りという存在はそれだけで忌み嫌われる。
「あたしも心のどこかで、あんたみたいに思ってるのかもしれない。人間がいなくなれば、ってね」
綾音がふっと表情を緩めた。苦笑いのような、自嘲のような……何かを諦めたようにも見える。でも、それはよくないんじゃないのか。
「お前は俺に反対なんだろ? その考えだけ貫いてればいいよ。何があってもな」
どうしようもなくなったら、その時は俺と同じ道を歩くことになる。自然とそうなる。無理に考える必要はない。自分の意志を大事にするべきだ。
「……そうね。そうさせてもらうわ」
やれやれ、手がかかる。抹殺に大反対していた割には、ちょっとのことでずいぶん揺らぐんだな。もしかして綾音は最初から……いや、余計な勘繰りはしないでおこう。プライバシーというものがある。
「ていうか、なんで俺が励ますみたいになってんだかな」
「ほんとにね……ごめんなさい」
「いや謝る必要はないけどさ」
悩み多き年頃か。俺と一コしか違わないけど。
ともかく、屋根の下で休もう。数日とはいえ歩きっぱなしで疲れた。この身分のせいで息が詰まることも多いし、精神的にも辛い。戦いを忘れてリラックスしたい。戦争中の兵士って、こんな気分なのかな。いや、もっと苦しいか。チート能力なんてないから死の危険はもっともっと大きい。俺は楽ができているほうかな。
残った家の中でも大きい、ゆったりとくつろげる家へ。ドアを開けると靴を脱ぐための玄関があるが、土足で上がる。緊急事態に玄関から出ている暇はない。綾音は一瞬ためらったが、即座に状況を思い出したのか俺と同じく土足で進んだ。ルルはまず土足がどうとかいう習慣がないので、羽だけたたんでそのまま奥へ。
「この世界って、井戸水とか使ってんのかね?」
「そうみたいよ。あとは川の水とか」
なるほど。川の水は俺も使ったが、綺麗だったな。この世界の水はみんな綺麗なんだろうか。そうだとしたら、火といい水といい実は文明レベルが高いのではないか。ただ生活するだけなら結構豊かな暮らしができるのでは?
樽に水がストックされている。いただこう。食料はほかの家からも集めてきた。この家のリビングにあたる部屋に運んである。腹ごしらえをしつつ、次の相談だな。
「ルルは何か食べる?」
「いらない」
一応聞いてみたが、ルルは食べる必要がない。リアのおいしいパンでもなければ食べないかやはり。興味だけで食べてみてまずかったら最悪だもんな。
というわけで、俺と綾音だけ食事。食べ物を選んだ後、地図を取り出して広げる。
「次なんだけどさ。このまま西に進んでも、王都には着かないみたいなんだ」
綾音と会った森が実質のスタート地点だったが、あれは大陸全体で見ると北のほう。そこから真西に進むと、王都の位置とはズレる。
「だからちょっと南下しようと思う。距離的にも、ここから一番近い町は南西にある。ゼーレって名前の町だな」
地図にもカタカナで町の名前が書かれている。親切だ。ゲームだと地図には英語で書いてあって読みにくいことがあるからな。説明文でカタカナ表記されるけど。あれはなんなんだろうな。オシャレか。
「綾音、何か意見はあるか?」
「ないわ。あんたに従う」
そうか。なら行先はこれでいこう。
「じゃあ、ゼーレの町ではどうする? また話し合いしてみる?」
今回は失敗し、非道な人間を消し去って終わった。次はどうなるか。
「……それは、その時の流れで決めるわ。思い通りにはいかないってことがわかったしね」
今回のこと、相当こたえてるみたいた。穏便にいこうと思ってもそうはいかない。こちらが冷静に説いても無理なことがある。あっちが冷静じゃないこともある。
今回の失敗はたまたまかもしれない。事実、前回のシュナの町では意図せず平穏な一夜を過ごした。次のゼーレという町ではうまくいくかもしれない。人間の味方ができるかもしれない。
「わかった。それなら、とにかく行ってみよう。今日はここで一泊だ」
今回は借りるわけではなく、奪った。自分の家で眠れるも同然。この町はおそらく皆殺しに成功しただろうから、今日の夜に襲撃を受けることもない。今夜はぐっすりと眠ろう。
話はひとまず終わり。食事に集中。干し肉うめえ。
この世界に来てから、新鮮な野菜を食べてないな。というか野菜が不足している。鉄分とビタミンが不足している。不健康だな。
ファンタジー世界の栄養ってどうなってるんだろう。住人は肉ばっかり食べても問題ないくらい丈夫なのかもしれないな。我々日本人のようなひ弱な胃袋とは違うと。時渡りボーナスで健康体になってたりしないかな。
「……ねえ、聞いてもいい?」
「んあ?」
どうでもいいことを考えてたら、綾音がそんなことを言ってきた。改まってどうしたのか。
「ルルに、聞きたいことがあるんだけど……」
とか言いながら顔は俺のほうを見る綾音。ルルのことは遠慮がちに横目で様子を窺っている。
「だ、そうだ。ルル、答えてあげて」
「わかった」
ルルと話をするのに俺を通さないでほしいのだが。まあ、しょうがないか。ルルはまだ綾音のことを全面的に信用はしていない。綾音はルルとも仲良くしたいのだろうが、警戒されていることも自覚している。一歩以上引いた微妙な立ち位置にもなるか。
「その……ルルはどうして、健人に従ってるのかなって。人間を滅ぼすため? 魔族のため? それとも、健人のため……?」
……ふむ。そいつは俺も興味深いな。ルルは俺に懐いてついてきてくれてるが、その理由をちゃんと聞いたことはない。時間にするとまだ数日だけど、この世界に来て間もない頃からずっと一緒にいる。どうして、なんて考える時間と余裕がなかったな。
ルルはいつもの無表情を崩さず、さして考える時間も作らず、口を開く。
「ケントがそうするって言うから。ルルはケントについていく」
ストレートな言い方だ。俺についていくというのがルルの意志。誰に影響されるわけでもなく、自分の意志で――
「――ああ、それか」
今、俺の頭の中で何かが光ったように感じた。閃いた。
「それかって、何がよ?」
「俺やルルと、綾音の違いさ」
おそらく、そうだと思う。俺と綾音ではっきりと違うところがある。それが根本の原因になってるかどうかまでは定かじゃないが。
「俺はこの計画、自分の意志でやってる。時渡りの召喚をやめさせようと考えてる。そのためなら人間だろうと殺す。すべて俺が、必要だからやってることだ」
必要なことだからやる。俺個人の意志でやる。魔王討伐とか、やりたくないことはやらない。たとえそれが時渡りの使命でもだ。
「で。ルルは俺についてきてる。ルルがそうしたいって考えてるからだ」
ルルも同じく。ルルも自分の意志で、俺についてきている。
「けど、綾音。お前はちょっと違うよな。あの森で俺が誘った時もそうだった。人を殺すのはよくないとか、俺の意見には賛成できないとか……最終的に、自分の行動をコインで決めた」
「そうだけど……それが?」
まだ気づかないか。その時点で俺たちとは違うという話さ。
「お前がどうしたいか、って話だよ。俺は、世間の常識に背いてでも時渡りの召喚をやめさせたい。人道に反してでも目的を達成したい。だから人を殺せるし、町を壊せる。お前は常識や一般論だけで考えてるだろ? やりたいことがあるんなら、実行する。俺の思想が危険だと思うのなら俺を倒す方法を考えるべきだ。召喚をやめさせるっていうのは俺と同じなのに、人を殺しちゃいけないっていう常識に縛られて行動を起こせない。時渡りの使命に従って魔王を倒すこともしない」
「…………」
流されてる、とは言わない。けど、綾音の行動には綾音自身の意志がない。俺のことも時渡りのこともこの世界の人間のことも……全部をどうにか穏便に済ませようとしている。それがまともな感性であることは言うまでもないが、それではこの異世界はどうにもならないだろう。三百年という時渡りの歴史がそれを物語っている。こちらから何かアクションを起こさないと、何も変わらない。
「思い返すと、最初のあの時。森の住居に乗り込んできた俺を、力ずくで排除しようとした。あの時がお前のピークだったんじゃねえかなって。一緒に暮らしてる人たちを守るため……あれは間違いなく、お前自身の意志だったろ?」
あの時綾音は、人を殺せる時渡りの能力を使ってでも俺を倒そうとした。時渡りである自分によくしてくれた人々を、守るために。他人を殴ってはいけないみたいな常識を捨ててでも、守りたかったってことだ。
「もう一度言う。俺は時渡りの召喚をやめさせる。そのために必要なら、人間だって殺す。綾音、お前は俺と同じ時渡りとして、どうしたい? 関わりたくないのなら無理についてくる必要はない。仲間になるなら歓迎する。俺やルルを止めるのなら、今ここでケンカ売っても構わない。お前が俺の邪魔をするなら、俺はお前だって殺す覚悟がある」
「…………」
綾音は黙っている。俺と目を合わせたまま動かない。
「……ま、俺は説教できる立場じゃないな。どうするかの判断は任せるよ」
意志がどうとか偉そうに言ったけど、人として正しいのは綾音のほうだ。俺が正義ってわけじゃない。
「とりあえずお前も、適当な部屋でゆっくりするといい。ルル、行こうぜ」
「うん」
答えは綾音が自分で出すだろう。一人にしておく。いずれにせよ、同じ部屋では寝ないが。今日は部屋がたくさんある。それどころかこことは別に家もある。どこで寝ようと自由だ。
俺とルルは綾音を残して部屋に向かった。綾音は結局、何も言わなかった。明日の朝にでもなれば、どうするか決めるだろう。これ以上は干渉しないで待つとしよう。
ルルと二人でこの家の寝室へ。ベッドがある。おお……フカフカだ。こんないい寝床はこの世界に来て以来じゃないか? やったぜ。今夜はよく眠れそうだ。座ってみよう。……柔らかい。素晴らしい。
「…………」
少し、言い過ぎだったかな。俺もついつい熱くなってしまった。誰かに説教なんてほとんどしたことのない俺が、なんで綾音にあんな言ってしまったのか。綾音にも会って数日なのに。もっともあいつは、俺と同じ境遇。地球から飛ばされてきた時渡り。放っておけない、みたいなおせっかいが発動したのか。余計に綾音を悩ませることになったかも。でも、悩んでる綾音をこんな危険な旅に連れて歩くのもなあ……
「ケント、どうかしたの……?」
隣に座ったルルが俺の顔を覗き込んでいる。どうかしたの、か。どうかしてるんだろうか。
「……なあ、ルル。ルルは、後悔とかしてない?」
「? 何を?」
ルルは一点の曇りもない純粋な瞳で見つめてくる。これは詳しく聞くまでもないな……でも聞いちゃおう。もう喉まで出かかってる。
「俺についてきたこと。人間を殺すだの滅ぼすだのって思想の俺にくっついてきて、後悔はしてない?」
「してない」
「だよなあ」
ルルはそうだよな。やっぱ俺がおかしくなっちゃったのか。綾音のまともな意見を聞いて、俺も揺らいでるのかな。しゃんとしないと。
「人間がいなくなったほうが、楽しい。ケントだけでいい」
それは極端だな……って、俺もそういう目的で動いてるんだっけか。この世界の人間を一人残らず消し、二度と時渡りの召喚ができないようにする。それが目標だったな。
……俺だけでいい、か。
「ちなみに、綾音は?」
意地悪な質問だが、冗談半分で聞いてみる。町二つ分の旅をした。ルルの中の綾音の評価はどうなったかな?
「……アヤネは、ケントの言うこと聞かない」
俺は幼稚園の先生か何かか。
「聞かないわけじゃないんだ。ちょいと考え方が違うだけでな」
綾音も俺に一定の理解は示してくれている。が、手段が過激すぎるからついていけないという話で。そこが一番の問題なわけだが。
「じゃあ、綾音が俺に味方してくれたら? 綾音のこと、認める?」
「……わからない」
わからないか。さすがにそれがすべてじゃないよな。
「そっか。ごめんな、変なこと聞いて」
ルルの頭を撫でる。おふざけが過ぎたな。
「…………でも」
「うん?」
ルルが何か言った。声が小さくて聞き取れなかったが。
「……友達が増えるなら、嬉しい」
……ほほう。やっぱり、ルルも女の子だな。できることなら綾音と友達になりたいと。ツンデレ……とは違うか。根は素直に仲良くしたいが、考え方や行動が不一致でそうもいかないって感じ。ツンツンしているわけではない。
「ははっ。ま、なるようになるさ」
ルルのその思いはきっと、無駄にはならない。綾音だって、ルルと仲良くしたいと思ってる。あとはルルが俺の目的に賛同してくれれば、あっという間に二人は友達になる。
辺りが暗くなってきた。本当にこの世界は、薄暗くなったと思ったら一気に真っ暗になるな。この部屋にランプがある。使おう。
ベッドの布をちょっとちぎり、火打石を使って燃やす。それを使い、ランプに火を灯す。……火打石ってこんな便利な道具だっけ? 異世界だからそのへんは気にしないほうがいいか。異世界なのに日本語がバッチリ通じるんだし、些細な事だな。俺自身がこの世界に適応することが大事。郷に入りては郷に従え、ってな。
適当な時間に寝るか。ルルや綾音と駄弁るくらいしかやることないから、夜は暇なんだよな。真っ暗だから探索も危険だし。さっさと寝て体力回復に徹するのが有意義というもの。早起きして動くほうが、明るい時間をいっぱいに使える。この世界で夜型は効率が悪い。
というわけで、おやすみ。