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七章 対立してしまった存在 ー 2

 ルルを置いて歩くと、本当に数時間かかってしまった。時計を持っていないので正確な時間がわからないのが残念。俺も綾音も、腕時計は持っていない。


 ルルは時間の概念を理解していた。昼夜があり、一日の時間も体感では地球と同じ。この世界には地球と同じ時間があるとみて間違いない。時計、欲しいな。腕時計は開発されているのだろうか。雰囲気的には懐中時計か。


 少なくとも分かることは、一時間とかその程度ではなかった。もっと長かった。この距離をルルは一分かからないと言うのだから、ガチで音速を超えているのではなかろうか。


 さて。遠かったが、もう町の入り口は目の前。門番をしている人が見える。鎧を着た兵士だ。アイオーンにいたのと同じ鎧だな。町を守っているのはみんなあのスタイルなのか。わかりやすくていい。私服警官みたいなのがいたら面倒だからな。


 それと、どしゃ降りにならず晴れてくれてよかった。能力を隠すためにずぶぬれになってしまうなんてことにはならなかった。


「まずは町に入ろうか。そしたら別行動な」


 この付近に身を隠す場所はない。綾音に任せるにしても、俺もとりあえず町に入る。さすがに適当に歩くくらいなら時渡りだとバレることはないはず。仮にアイオーンで被害に遭った人間がここに来ていたとしても、あの混乱の中では俺の顔なんて覚えていないか見てすらもいないだろう。


 入口に向かう。こっちを見ている兵士は行儀よく背を伸ばして立ったまま動かない。石像みたいだ。でも、あれは動く。近づいたら動く。動かなかったらそれはそれで面白いけど。その場合は、体を張ったギャグか何かだ。


「そこの二人、止まれ」


 残念ながらそんなコントはなかった。動いた。二人の内の一人は槍を向けている。一般人にそんな簡単に槍を向けるなよ、おっかねえな。


 この警戒態勢を見るに、アイオーンのことは伝わってるな。なんでさっきの町は知りもしなかったんだ? 小さな町だから情報の伝達ができていなかった? それでいいのかこの世界の人類。


「見ない顔だな。どこから来た?」


 見ない顔だな、って、漫画とかだとよくある台詞だけど……よくそんなのわかるよな。俺、町内の人間の顔すら全部は把握してねえわ。中高とかでもせいぜい自分のクラスの奴らしか覚えないよな。


 俺はその質問には答えず、綾音に目配せをする。出番だぞ綾音。


「アイオーンから逃げてきたんですが、その途中で道に迷ってしまい……東にある町で休ませてもらって、ここへ」

「ほう、アイオーンから……?」


 兵士の言葉が尻上がり。何か、不審なことでもあるんだろうか。実はアイオーンの避難民は点呼を取っていて全員の顔と名前を把握してるとか……まさかな。そうなったら終わりだ。綾音の交渉が始まる前に終わる。


「時渡りの襲撃があったと聞いている。無事だったか」

「はい、なんとか……」


 やっぱり、この町にはその情報が伝わっている。俺がその時渡りだとバレる可能性もある。まあひとまず、成り行きを見守ろうか。


「こちらにも情報は届いている。なんでも、時渡りは若い男だとか……」


 ほほう、若い男か。若いのに都市一つ破壊したのか。ひどい奴だな。若いんだからもっとほかのことに労力を使うとか努力とかすればいいのに。


「念のため、ここでも一時的な避難民の受け入れをしている。宿等困ったことがあれば、町の中にいる兵に声をかけてくれ」

「はい。ありがとうございます」


 そう言って兵士は通してくれた。あっさりだな。いくら見ない顔だからといっていきなり刺し殺したりはしないか。


 これで町に入ることはできた。問題はここからだ。


「それじゃ綾音、がんばって」

「ええ」


 自信ありげな綾音。何か秘策でもあるんだろうか。


「言っとくけど、波風立てないとかは駄目だからな。話し合いなら、解決の方向で進めてくれよ」

「わかってるわよ。おとなしく待ってなさい」


 綾音がやる気だ。これは期待してもいいのかな。



 ここで綾音とも別れ、一人になる。せっかくの三人旅だったのに、それぞれが一人になってしまった。綾音がうまくやれるのかどうかも気になるところではあるが、ルルがどうしているかが心配だ。ルルは強いから実際は心配する必要はないんだが、どうしてもな。結局のところ人間が束になってかかったってルルは倒せないし、ルルは基本的には一人でいたから俺のこれは杞憂でしかない。しかしどうしても、ルルの見た目と性格が俺に杞憂を抱かせる。


 そういえば。綾音がこの世界に来たときって、どうだったんだろう。俺と同じく、気がついた時にはあの場所にいたのかな。そういうのも今度ゆっくり話を聞きたいところだ。


 活気のある町だ。アイオーンは大きな都市だったけど、それに近いか。少なくともさっきの町よりは……って、なんて名前だこの町。地図に書いてるかな。


 地図を広げる。えーと……アイオーンから見て北にある森が、綾音の隠れ家。その西の町。俺と綾音が一泊したあの町は、シュナという名前らしい。そして今いるこの町、地図で見るとけっこう大きい。アイオーンよりは小さいが。名前はクラム。ここはクラムの町。


 綾音はどうしているだろうか。今のところ、騒ぎは起こっていない。どんな話をしてるんだろう。それともまだ何もやっていないのか。きっかけがないと何かを起こすのは難しい。殴り込みのほうが早い。そんな理由でアイオーンをやったわけではないけど。


 ……暇だな。ぶらつくといっても、万が一バレないよう細心の注意を払わなければならない。余計なことはできない。俺のせいで戦闘になったら綾音の交渉がノーカンになってしまう。


 こっそり、綾音の様子を見に行ってみるか。ここは大きな町だ。家屋の陰から見るくらいなら大丈夫だろう。どこにいるかなっと。


 綾音を探して町の中。とりあえずさっきの入り口から正面方向にメインストリートっぽい通りがあったので、そこに行ってみる。


「――います! それは誤解で――」


 今の、綾音の声だな。遠いが、えらく興奮して叫んでいる。何かあったようだ。

 ……急ごうか。あまりいい予感がしない。ただ怒りで声を上げているようには思えない。

 何かが起こっている。綾音に。



 人だかりができている。何かを囲うように、町の人が集まっている。考えるまでもなく、あの中心にいるのは綾音だろう。


 今なら誰も俺を気にかけない。かといって人だかりに混じるのは無警戒すぎるので、当初の予定通り家の陰に身を隠し、顔だけ出して様子を窺う。カバーアクション。ある程度近づいても、集まった人々がこっちに気づく気配は一切ない。メ〇ルギアや〇誅のような緊張感はない。バ〇ットガールズ程度の緊張はあるかもしれない。


 さて。聞き耳を立てよう。綾音はどんな話をしているのかな。平和的解決、はできるのだろうか。


「時渡りがアイオーンを消したのは事実だ! やっぱりただの化け物じゃないか!」


 さっきの綾音より興奮してそうな男が声を張り上げている。すっかりお馴染みの台詞になったな、化け物。


「確かに、事実です……でも……」


 アイオーンの話。すなわち、俺の話だな。綾音が自分が時渡りだと名乗ったかどうかは知らないが、この場合の化け物は俺のことだろう。


「……でも、それは……その行動も、考えがあってのことなんです! 大切なものを守るために……!」


 ……へえ。なんか、とても興味深い話をしているじゃないか。


「何が守るためだ! そのために、人間の命がどうなってもいいとでも言うのか!」


 イグザクトリー。この世界の人間がどうなろうと、どうでもいい。それは一貫して変わらない。


「そうではありません! だからこそ、皆さんにわかってほしいのです! 時渡りも、皆さんと同じ人間……意志を持って動いているということを!」

(…………)


 いつしか隠れることも忘れ、腕を組んで背を家屋に預け、リラックスして演説を聞く。盗み聞きしなくともしっかり聞こえる。


 大切なものを守るため。意志を持って。同じ人間。


 ある意味で感慨深く、ある意味で耳の痛い演説。意外とそっちの考えもあるんだな綾音は。俺のやり方を否定はするが、完全に対極ってわけでもないのか。


「時渡りは、魔王を倒すために戦い続けてきたのです! 何人も、何人も……その役目を果たせず、犠牲になりました……あなたがた、人間のためにです!」


 そう。綾音にも何度も言った。三百年、時渡りは失敗を重ねた。その失敗の数だけ、時渡りが死んだ。この世界の……時渡りにとっては本来なんの関わりもないはずの異世界のために、散っていった。


「あなたがたにとっては化け物のような力でも、その力でこの世界を救おうとしたのです! アイオーンが消えたのは、その結果……あなたがた人間が、時渡りのことを理解しようとしなかったから! 時渡りは……彼は、その道を選んでしまった。あなたがた人間よりも、大切な存在を見つけてしまった。それを守るために……!」


 ……おいおい、大丈夫か綾音? そんなことまで言っちまったら、あいつらは……


「彼……? お前まさか、アイオーンを襲った時渡りの仲間か!?」

「どうりで詳しいはずだわ! この町も消すつもりね!?」

「冗談じゃねえ……追い払え! いや、殺せ! 化け物の仲間なら、あいつも化け物だ!」


 ほれみろ変に勘違いされた。まあ、そうなんだけど。綾音も時渡りだから。化け物に該当するわな。この世界の人間どもの基準なら。


 ……ったく。話し合いをするったって、俺の味方する必要はないのにな。


 それにしても、穏やかじゃないねえこの世界の人間は。見ず知らずの他人を殺せだなんて。俺と大して変わらないじゃないか。


「死ね、化け物め!」


 人間たちが足元の石を拾って投げ始めた。またベタなことを……もうちょいマシな、スマートなやり方はないのか。それこそ話し合いをするべきじゃないのか。


「何が大切なものだ! 人の命より大切なものなんてあるもんか!」

「何人もの人を殺してる奴が、世界を救えるかよ!」


 なんというカオス。正しくてかっこいいことを言っているようでその実態は間違っていてかっこ悪い。名言って、シチュエーション込みで生まれるものなんだなあ。


 さて、どうしたものか。綾音は四方八方から石を投げつけられている。されるがままに攻撃されている。


 時渡りの力を使えば、石なんてすべて弾いてしまえる。それどころか石を投げている人間を殺してしまえる。


 だが綾音はそれをしていない。俺のいる場所から目で見ることはできないが、見えなくてもわかる。何も感じない。綾音は、力を一切使っていない。使ったら時渡りだとバレてしまう。


 それだけじゃない。本格的に化け物扱いされ、そうなったら最後、もう二度と主張を理解してもらえない。今でも絶望的なのに、自身も時渡りだということが知れたら説得に関しては『詰み』だ。みんな殺すくらいしかなくなる。


 綾音は、最後の一線だけは越えなかった。化け物の仲間だとされても、自分が化け物にはならなかった。争うことも、まして殺すこともしない。ただ訴えた。人間として。だがこの世界の人間は、綾音の言うことに耳を貸さないで石を投げる。


 この場合、正しいのはどちらだろう? 正義はそれぞれにある。立場や見方を変えれば、正義も変わる。ゲームじゃないんだから、どれが本当に正しいかなんてわからない。どれが真ルートかなんて、現実では知りえない。


 ただ、綾音の言う通り、守りたいものがある。自分にとっての、理由がある。


「やった! 当たったぞ!」

「頭を狙え!」

「殺せ、殺せぇ!」


 だったら、自分の思う正義を実行する。それしかないじゃないか。今、人間がやっているように。


 力を放つ。今まで隠れ場所に使っていた家を消し飛ばす。一瞬でただの瓦礫と化した家屋が爆音とともに飛んでいく。


「うあっ!?」

「な、なんだっ!?」


 異常な音と状況に慌てふためく声が上がる。アイオーンではそれも楽しみの一つだったが、今回は少し違う。


「健人!?」


 人々が驚く中、綾音だけは事態を把握している。こんなことができるのは時渡りだけだもんな。


 みんなが俺に注目する。近づいていくと、俺を避けるように人だかりが左右に分かれ、綾音の姿が見えた。地面に座り込む綾音の額から、一筋の血が流れている。傷じゃなく血が流れるって相当だぞ。切れてるんじゃないか?


 人に石投げてケガさせるって、ひどい人たちだな。成人もしていない乙女に。そんな連中には、相応の報いというものを受けてもらわないと。


「なんだ今のは……まさか!?」

「そう、そのまさかだ」


 巷で噂の時渡り。アイオーンを壊滅させた化け物だ。


「ま、待って健人! まだ……」

「まだ、じゃないだろ」


 綾音の近くまで歩き、防御のためにバリアを張る。


「ちゃんと話し合いをしようとしてるお前に石を投げるような連中、黙って放置なんてできるかっての。これで俺を見限るってんなら、好きにすればいい」


 最初の約束と違うと綾音が言うなら、もうそれでいい。殺されてやることまではできないが、戦うなら受けて立つ。今は綾音の安全と、周りにいるこいつらをどうするかのほうが大事だ。


 じゃあ、始めようか。まずどこから――


「――うぉっ!?」


 力をどこに向けるか考えている俺の視界に、何かが飛び込んできた。


「……あ、ルルか……本当に早かったな……」


 突然のことに肩が跳ねたが、それがルルであるとわかって落ち着いた。さっきの俺の一撃を合図にしたのなら、本当に一分足らずで到着したことになる。恐ろしい速度だ。そんなスピードで襲ってこられたら、人間なんて簡単に死ぬ。ルルが本気になれば時渡りだって倒せるんじゃないか実は? 不意打ちならやれそうだけど……どうなんだろ。


 ともかく。ルルも手伝いに来てくれた。これでこっちの戦力は万全。綾音は戦えないだろうけど、俺とルルがいれば事足りる。


「やるぞ、ルル。遠慮はいらねえ。見える範囲で皆殺しだ」

「わかった」


 手心を加える必要はない。アイオーンの時以上に、思う存分やっていい。


「健人……」


 綾音は、俺に文句の一つや二つあるだろう。それでも、俺は退くつもりはない。ここで綾音と決別することになっても、こいつらは殺す。


「どうした、何があった!?」

「皆、下がれ! 我々が――」


 救援に来た兵士を能力で消し飛ばす。その周辺にいた人たちも一緒にいなくなった。死の間際の声すらもない。


「ひっ――うわあぁっ!?」


 ルルも動く。正面方向に高速で飛び、大剣で薙ぎ払う。一振りで何人もを一度に切断する。


 思えば、ルルはなんであんなにも戦い慣れているんだろうか。ただ武器を振り回してるわけじゃない。速度を生かして背後に回り込むとかしてるし、効率を考えた動きをしているようにも見える。どこで学んだんだろう。魔族の本能とか?


 って、見とれてる場合じゃないな。俺も戦おう。いや、いっそのこと……


「ルル、そっちは任せるぜ」

「うん」


 背後をルルに任せ、構える。町の奥へと向かう方。まだたくさんの人間がいるであろう方向。


 開戦を宣言したアイオーンとは違う。ここで遊ぶ必要はない。時渡りの力の使い方も、もうわかっている。だったら。


「やっちまってもいいよな」


 イメージする。アイオーンでやったことと同じように。いやそれ以上に。


 強くやりすぎてもいけない。アイオーンではそれにも注意した。しかし今の俺には、不安はなかった。


「お前らの目には、綾音こいつは化け物に見えるみたいだけど……」


 はっきりと、イメージできている。


 この町が、跡形もなく消え去る光景を。


「俺にとっては友達なんだ」


 力を放つ。


 町の大半が塵になった。

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