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七章 対立してしまった存在 ー 1

 次の町が見えてきた。まだまだ遠いがこのあたりは見晴らしが非常にいいため、薄暗い曇り空の下でも視認できる。このまま歩いていけば着くのだが、問題が一つ。


「町に入るとして、ルルをどうするかだな」


 アイオーンのように最初から戦うつもりならいいが、今はそうはいかない。まずは様子見をしなければ。


 なので今回もルルを隠さないといけないのだが、まっさらな平原には隠れる場所がない。


「あそこの陰とか、どう?」


 綾音が指さしたのは小さな山のように盛り上がった地形。町からは見えない場所だが、遠いぞ。でもそれ以外にいい場所もないか。


「仕方ないな。あそこにするか」


 ルルが見つかったら本末転倒だからな。戦闘は避けられない。不便ではあるが、妥協しよう。


 隠れ場所に近づく。やっぱり、町から遠い。お茶のCMみたいな声で呼んでも届きそうにない。町からこの地点に合図を出すには、相当に大きな音や派手なことをしなければならない。打ち上げ花火なんて持っていない、今の俺にできる合図といえば……


「町で何かあった時、時渡りの力で合図してもいい?」


 時渡りの力で町をぶっ飛ばすくらいしかない。綾音はそれを理解してくれるだろうか。


「……ほかに方法は?」

「あるなら教えて」


 俺の案は示した。ほかにないから許可を求めている。ほかに方法はないのか、と言うのなら代替となる案を出してもらわないと、俺からは何も言えない。


「……わかった。仕方ないわね」


 案はなかったらしい。そりゃそうだ。信号弾みたいな都合のいいアイテムなんて持ってるわけがない。RPGでもこんな序盤で拾えるかどうか怪しい。


「ってわけだ、ルル。戦闘になったらドカンとやるから、そん時は来てくれ。ここからだと、飛んだらどのくらい時間がかかる?」

「…………」



 ルルは町の方角をじっと見つめてから、俺に向き直った。距離を目測していたのだろう。


「すぐ着く」

「すぐ?」

「すぐ」


 すぐ、ってなんだ。まさか一瞬で着くのか?


「何分くらい?」

「一分もいらない」


 音速かな?


『…………』


 思わず綾音と顔を見合わせてしまった。速すぎるだろ。歩いて何時間かかるかって距離だぞ。それを一分足らずで飛行するって。


「……ルル、俺を抱えて飛ぶ時はそれやらないでね」

「わかった」


 時渡りの体でも耐えられない。そうか……本気だとそんな速く飛べるのか。恐るべし魔族。ってことは、エドやキースも……?


「なあ、ルル。エドとキースも、同じように飛べるのか?」

「知らないけど、たぶん」


 知らないか。まあでもあいつらも魔族だし、できるんだろうなきっと。


 この世界の人間はこんな種族と長年敵対してるのか? ほんとに? やっぱり魔族が人間との争いに興味がなかったから、生きていられただけじゃないの? であればこの後、人間は悲惨なことになりそうだ。その先陣切ってる俺が言うのもなんだが。


「と、ともかく。それなら問題ないな。じゃあルルはここに……でも、雨に濡れちまうか。どうすっかな」


 木が生えてはいるがそれも数本で、とても傘にはなれない。ここにルルを置いていくと、雨にさらされ続けることになる。それはよくない。


「それなら、任せて」

「ん?」


 綾音が意気込んだ。なんだ?


 小さな山をきょろきょろと観察し、何かを見つけたのか歩いていく綾音。でも、俺の目にはそこに何もないように見えるけど……?


 綾音が手を出す。力を使うつもりだ。俺には感覚的にそれがわかる。


「……ほお」


 綾音が力を放つと、盛り上がった地形の一部がくりぬかれた。人が立って入れる大きさの簡易な洞窟が出来上がる。


「綾音はこれ、狙ってできるのか?」

「当然でしょ」


 ふふん、と胸を張る綾音。ちなみにこいつ、胸は小さい。横にルルがいると余計に小さく見える。まあルルは大きすぎるレベルだから比べるのは酷だが。


 確かに、時渡りの力は物を破壊できる。だからって、こんなアイスクリームをすくうみたいに綺麗に穴を開けられるものなのか。綾音が特別器用なのかな。


「ちょっと小さいかもしれないけど、ごめんね。あまり削ると崩れちゃうから」


 ここの山そのものが崩れたら意味がない。これくらいが妥当なところか。ルルには羽があるから、横がちょっと狭いかもしれない。たためば入れるか。


「じゃあ、ルルはここにいてくれ。いいかな?」

「うん」


 これで雨の心配はないな。俺は安心して町を目指せる。


「よし。行くぞ綾音」

「はーい」


 無駄にいい返事。こいつは俺に協力したいのか敵対したいのかどっちなんだ。


 本当は、ルルを一人で置いて行きたくないんだけど……人間との争いを避けるためにはしょうがない。やっていいならルルも連れてこんにちは死ねと洒落込みたいところなんだが。綾音さんはそれを許してくれない。


 ルルに手を振りつつ、俺と綾音は一足先に次の町へと向かった。



 町まではまだ距離がある。綾音と二人、並んで歩く。


 昨日に続き、綾音と二人きりで行動する。人間、魔族、時渡り……異なる特性を持つ種族は、どうもこの世界では同じ場所に存在することができないらしい。人間と魔族は敵対中であり、人間は魔族を怖がっている。俺は魔族と手を結んだが、本来の時渡りは魔族を倒すための道具。


 そして、人間は時渡りを忌み嫌い、虐げる。三すくみ、三角関係……とはまた違うか。時渡りだけが一方的に損をしてるな。そして魔族が割を食う形に。人間の身勝手によってこの世界は狂っている。


 もし、人間がいなかったら。この世界はどうなるだろうか。時渡りの召喚がなくなり、魔族と動物だけの世界になったら。何も起きない世界になるのか?


(…………)


 魔族だけだったら……その場合、発展もないことになる。人間が楽しむための娯楽や嗜好品もなくなる。魔族には関係ない話なんだろうけど……そう考えると、人間は絶対に不要というわけでもないのか。


 とはいえここの人間は、俺たちの世界――地球にとっての害悪であることに変わりはない。やはり、いなくなったところで俺の知ったことじゃない。


「あんたってさ。顔に出るよね」

「んあ?」


 綾音が突然俺に声をかけてきた。いきなり話を始めるな。ワンクッション挟め。


「考え事とかしてると急に黙って、その内容が顔に出てる。今、すっごい難しい顔してた」

「へえ」


 それは自分ではわからないな。癖か。なくて七癖、誰にでも癖はある。四十八癖もあるとは思えないが。


「あんたさ、ほんとに何を企んでるの? ただの感情で人類抹殺なんて言ってない?」


 感情? 感情って……


「半分は感情だよ」


 突然前フリもなく異世界に飛ばされ、それまでの生活を奪われた。だから好き放題やろうと思った。俺以外にも同じ目に遭った人がいて、それはこの世界の人間の我儘によるものだと知った。だから滅ぼしてやろうと思った。半分は私怨だ。


「でも、感情なくして何かを成せるか? 理論だけじゃ話が進まない。この世界の人間は地球から勝手に人を召喚し、魔王に対する鉄砲玉にしている。それを許せないと思うのは、理屈じゃなくて感情だろ?」


 冷静になって人間と交渉でもしたほうがよかったと言うのだろうか。それができれば世話はない。


「確かに、許せないとは思うけど……だからって殺すなんて、極端すぎるでしょう。最終手段じゃないの」

「手段の一つってことは理解してくれてるんだな」


 最終手段。そうだ。これも立派な解決方法なのさ。


「茶化さないでよ。もっともっとやりようがあるって言ってんの」


 もっと、を重ねてきたか。綾音の言い分はドが付く正論であると、俺もわかってる。このやり取り、ずっとやってるな。綾音が俺に懐疑的なうちはずっとこうなんだろうな。


「それについては言っただろ。ほかに方法があるなら教えてくれ。いい方法があるなら俺もそっちに尽力する」


 皆殺しにしたいなんて言っているわけじゃない。召喚をやめさせたいだけだ。その過程で殺戮と蹂躙を楽しんでいるだけであって。決して、殺したいから殺しているというわけであない。断じて。


「だから、それを考えましょうよ。この世界に来て数日のあんたがそんな爆弾魔みたいな思考しないでよ怖いから」


 それは同意。来たばかりの俺がこんなことして……テロリストか、ってな。しかし、考えるっつったってなあ。


「人間がもっと好意的なら、あの手この手を考えるけどな。相談でも交渉でもなんでもして」

「じゃあ、好意的になってくれるように行動しましょうよ」


 無茶言うなよ。時渡りって名乗った瞬間に化け物扱いされて剣向けられるんだぞ。どうしようもねえよ。


 ゴキブリとかの虫って、こんな気持ちなのかな。本人は自分の意志や本能に従って生活しているだけなのに、なんの関係もないはずの人間が武器を持って襲ってくる。対話はできない。もっともそれは、ゴキブリに言語能力がないせいだが。


 今の俺はゴキブリのポジションにいる? 俺には言語能力があるとはいえ、言語を発したところで相手に通じてないから対話での解決ができないのだが。


「ともかく。次の町も話し合いでどうにかすること。いきなり殴りかかるとかはなしよ」

「しないよ、そんなこと」


 俺を誰だと思ってんだ。時渡りだぞ。


「殴りはしないで能力を使うとかいう屁理屈もナシ」


 先回りでボケを潰された。なんたる非道。


「屁理屈じゃなくて冗談だよ。ジョークだジョーク」

「そう。じゃあその持ち前のユーモアで平和的な話し合いを頼むわね」


 くそっ、バカかと思いきやこいつけっこうやり手じゃないか。脳みそが俺と同レベルだ。これはやりにくいぞ。


「逆に聞くが、あっちから殴ってきたらどうする?」

「その時は逃げるしかないでしょ」


 逃げるって。それだと次の機会がなくなるじゃないか。顔を覚えられてしまう。


「それじゃなんにもならないだろ。解決に向かうどころか後退するぞ」

「殺すよりマシでしょ」


 わからんぞ。殺したほうがマシかもしれない。見られたからには……みたいな意味で。甘い顔を見せると足元をすくわれるぞ。


「そんなに言うなら、お前やってみる? 俺隠れとくからさ」


 俺はもうアイオーンで暴れてしまった。だが隠れて暮らしていた綾音なら、顔や所業は知られていないはず。時渡りという理由だけで襲われないのなら、人間と交渉することだって可能だろう。


『時渡りという理由だけで襲われないのなら』な。そこが一番の問題。


「……いいわ。そうさせてもらう」


 お。やる気じゃないか。説得できるのならそれがベストだ。俺だって、俺らをよく思ってくれる人たちをないがしろにはしない。


「よし、じゃあそれで行こう。あてにしてるぜ」

「…………」


 綾音は返事をしてくれなかった。まだ遠くにある町を真剣な表情でにらみつけている。交渉をシミュレートしているのだろうか。邪魔しちゃ悪いし、俺も黙って歩こう。


 平和的な話し合い、か。はてさて、うまくいくかどうか。分かり合えるか、殴り合いになるか、そもそも話ができないか。人間たちと共同生活してた綾音なら、俺よりは可能性があるだろうけど……正直、うまくいくとは思えない。


 ま、見守らせてもらおう。お手並み拝見、ってやつだ。

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