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六章 動き出してしまった時渡り ー 5

 夢を見ているようだった。


 暗い闇の中を歩く。何もない場所。ただ歩く。


 近くに誰もいない。綾音も、ルルも。景色もよくわからない。


 ここはどこだろうか。俺はどこに向かっているのだろうか。


 わからないが、そのまま歩く。すると、小さな光が見えた。


 暗闇の先から差し込んでくる光。トンネルの出口みたいな光。つまりあれが出口なのだろうか。あの光まで歩けば、ここから抜け出せるだろうか。


 光に近づいていく。一歩、また一歩。妙にゆっくり進む。俺の足で歩いているわけじゃないのだろうか。


 光までもう少し。しかしその手前に、何かが見えた。暗くてよく見えないが、人が立っている。


『その先に、何が見えていますか?』


 何者かが俺に問いかけてくる。話を振られるのは構わないが、質問の意味がわからない。


『お強いあなたに、託したい……でも……』


 女の声。どこかで聞いたことがあるような……それに、何を言っているのだろう。託すって、何をだ。時渡りに関係することか?


『あなたの進む道……光は、何を照らすのでしょう? あるいは、あなたがその光……?』


 さっきから何の話だ。俺のほうからは発言できないのか?


 口が動かない。俺の意識下なのに、体は俺のものじゃないみたいだ。


『あなたがもし、本気であるならば…………私は……』


 声はそれが最後だった。光が広がり、暗闇が真っ白になる。



 そこで、目を覚ました。鳥の声が聞こえてくる。朝か。


「……なんだったんだ、今の……?」


 夢を見ていたんだろう。なんだか記憶に新しいような。たまにあるよな、夢の内容をやけにはっきりと覚えていること。起きる直前まで見てた、とか。夢の中での出来事が原因で飛び起きたりな。


 それにしたってずいぶんと現実っぽい……気にしすぎかな。なんか、今の俺の状況と合致しててちょっと怖かった。そういう状況だからあんな夢を見たって可能性もあるが……


 あの女は誰だったんだろう。やっぱり、聞いたことのある声な気がする。でも、綾音じゃない。ルルでもリアでもない……


「……お姫様、か?」


 特徴的な緑の長い髪。消去法だとあの人しかいない。リアやルルの声はよく覚えているから、可能性があるのはあの人だ。


 でも、なんで? なんで夢に出てくるんだ? しかもあの意味深すぎる台詞。何者なんだ彼女は。本当に姫様なのか? 瞬間移動みたいに魔王の城の近くにいたり、夢の中にまで出てきたり……何かの能力者かってくらいに神出鬼没だ。


(…………)


 ……もう一度。もう一度くらい、会えないだろうか。今ならいろいろと聞ける。何者なのか。俺に何を伝えようとしているのか。あの時、何か言おうとしたんじゃないのか。


 まさかとは思うが、近くにいたりしないか今? 夢に出てきたのはそういうことなんじゃないか?


 根拠はない。自分でも意味がわからない。所詮は夢。こんなにも気にする必要はないのかもしれない。


 ただ、今は朝。清々しい朝。気晴らしの散歩ついでに、俺は外へ出た。


 家に鍵がない。鍵があって当たり前、というのは地球での感覚か。遊牧民のゲルとか、鍵がない住居もあるにはあるか? 世界一周とかしたことないから、海外の生活とか全然知らないな。ここは海外どころか異世界だが。


 ドアを開けて外へ。更に、町の外へ。いい天気だ。薄い雲が出ているが、気象庁的には快晴の域。相変わらず湿気は感じず、そよ風もあって涼しい。いい世界だ。


 地球も、何億年と前はこんな感じだったんだろうか。開発によって暑さ寒さが変わってしまった場所もあるんだろうが、それによって人間が便利な生活を送れているのも事実。要らないものも多いけど。


 適当に歩いてみる。お姫様の姿は見当たらない。当たり前だが。


「……なあ。いないのか?」


 あっちから一方的に、夢の中にまで出てきたんだ。こっちの呼びかけに答えてくれてもよさそうなもんだが。何か制約があるとか? 見当もつかない。わざとやってるんだとしたら意地悪だな。次は何をしてくるかな? また夢に出てくるのはやめてほしいが。怖いし。


「……戻るか」


 五分ほどぶらついてみたが、何も起こらない。人の気配すらない。そりゃそうだ。早朝も早朝だからな。ここにあの緑の姫様がいるなんて、俺の頭のほうがどうかしてる。しかも情報源が夢だぞ。どうかしまくってる。


「おや、ケント。外にいたのか」


 レイノスの家に戻ると、ちょうどレイノスが家の前に出ていた。


「おはようございます。ちょっと散歩をしていました」

「そうだったのか。少し待っててくれ。朝食を用意するよ」

「いえ、お気遣いなく。綾音を連れて出発しますから」

「そう言うな。町の外からの客人なんて、めったにあることじゃない。朝食くらい、ゆっくりしていってくれ」


 引き止めおるな。いいけど。朝食くらいは食べていくか。ところで、綾音の奴はまだ寝てるんだろうか。見に行ってみるかな。


 庭……のような土の上を進み、家の中へ。ドアを入って正面がいわゆるリビング。左手側にキッチン。右と奥に部屋がある。右の部屋が俺と綾音が泊まった部屋。


 言うまでもないが、日本のリビングやキッチンのような洒落た作りにはなっていない。リビングといってもテーブルと椅子があるだけ。キッチンといっても、テーブルとそう変わらない木製の台とゴミ箱らしき箱があるだけ。水道なんてない。まな板もない。流しがないんだからまな板も必要ないのか。完全に、食材を切るだけだな。


 しかし、パンを焼くための窯はあると。この世界、火を使うことに関してはかなりレベルが高いのではないか? 今後の生活のヒントになるだろうか。


 明るい家の中を観察しつつ、綾音が寝ている部屋へ。


「綾音、朝……」


 綾音はまだ寝ていた。丸まっている。絵に描いたような丸まり具合だ。これは寝相がいいのか悪いのか。いずれにせよ、無防備にも程があるな。俺は男だぞ。レイノスも。まあ、会ったばかりの女にそういうこと考える男はそんなにいないだろうけど。


 さて、どうやって起こしてやろうか。声をかけて起きるのが普通だが。


「綾音、起きろ」


 反応がない。深い眠りについてやがる。こいつ、朝強いんじゃなかったのか? 昨日は俺より早く起きてたのに。どついてやろうか。


「おい」

「んむっ……!」


 どついてやった。デコピンで。綾音は小さく声を上げ、もぞもぞと額を指で押さえながら目を開けた。


「ん……? もう朝……?」

「起きたか」


 手のかかる奴め。ついてくるならしゃんとしろ。今はのんびりできてるからいいが、大事な時にこんなだったら放置するぞ。


「早いわね、健人……」


 指先で目を軽くこすりながら、綾音が起き上がった。昨日とずいぶん違うな。枕が変わると眠りも変わるタイプ?


「もうすぐ朝飯だ。ちゃんと起きろよ」

「うん……」


 なんで普通に日常的な朝迎えてんだか。俺は妙な夢を見せられたというのに。時渡りとして嫌な思いをして、あんな森の中で生活して、繊細なのかと思いきや意外とマイペースなのか。


「ったく、緊張感ねえな……」


 ここだけだと、観光でもしてる気分になる。綾音は時渡りって自覚あんのかね。


「緊張感って……何かするつもりなの?」


 寝ぼけ眼でこっちを見る綾音。これは寝起きなのか素で言ってるのかどっちだ。


「何か、したいのか? やっていいなら今すぐにでもここを消すけど」


 全体図を見たわけじゃないが、ここは小さな町だ。破壊するくらい文字通りに朝飯前。


「……それ、本気で言ってる? だったらあたしが相手になるけど」

「その時はお前も死ぬことになるな。安心しろ、本気じゃねえよ」


 綾音と約束したばかりだからな。さすがに初日から殺し合いはしたくない。現状を見ると、戦って死ぬのは確実に綾音だろうし。


「お前が駄目って言うなら、俺も黙ってこの町を出るさ。何事も起こってないしな。ただ、な……」

「ただ、何よ?」


 一つ、気がかりなことがある。レイノスの最初の言葉。時渡りを化け物呼ばわりしていることは、アイオーンの人間と同じだった。肝心なのは実際に時渡りに対して何をしてくるか、どんな感情を持っているかということ。


「ここをスルーして、後で何かあっても俺は知らないからな」


 後顧の憂いは断っておくべき。それをしないのなら、相応の問題や厄介が舞い込んでくる。そうなったら本当に、すべてを消し去ることになる。


「そんな心配は無用よ。何も起きないから」


 そうですか。ま、期待しておくよ。


「じゃあ、朝飯だ。行こうぜ」


 今、重要なのは朝食。最後にそれだけ告げて、俺はリビングへ。綾音も俺に続いてやってきた。


「おはよう。さあ、食べてくれ」


 綾音と駄弁っている間に準備が進んでいたようだ。テーブルの上に三人分の食事。椅子も三人分ある。


「椅子、三つあるんですね」


 昨日はここに来た時から真っ暗で、演技に集中してたから内装まで見る余裕がなかった。椅子が三つある。レイノスは一人でここに暮らしているのに。


「ああ……妻と息子がいたんだがね。死んでから、もう十年以上経つか」


 妻子がいたのか。死んだ、というのはもしかして……


「町の外に出た妻と息子が、血まみれで見つかった。何者かに殺されてしまった。獣か、魔族か……あるいは、化け物でもいたのか」


 獣か魔族か化け物。その化け物というのは時渡りのことだな。


「その時、二人の傷はどんなものでしたか?」


 探ってみよう。綾音が睨んでるけど無視。悲しいことを思い出させるなとでも言いたいのだろうが、情報の収集が大事だ。


「胸のあたり……切り裂かれたような大きな傷だったよ。爪か、刃物のようなもので……」


 切り裂かれた、か。じゃあ時渡りじゃないな。このあたりは魔族の縄張りでもないし、獣と考えるのが妥当なところか。もしくは、人間かな。


「あの時は怒りと悲しみで何日も取り乱していたが……どうしようもなかった。怒りをぶつけるための物もなかった。獣に襲われたとしか思えなかったからな。誰も悪くはない……」


 ほう、なかなか良識のある考え方じゃないか。そこで怒り狂って化け物の仕業とは決めつけないか。スレてる俺の頭じゃ、それだけでも上等に思える。


「でも、レイノスさんや町の人たちは、ここに住み続けているんですね。恐ろしくはないのですか?」


 町の外でそんな凄惨なことがあったんじゃ、逃げ出したくなりそうなもんだが。


「その当時は恐ろしかったよ。実際、町を出た者もいる。だが私は、妻や息子と過ごしたこの町を離れたくはなかった。幸い、あれ以来何も起こっていないが……」


 一度だけか。やはり、動物か? でも、動物が人間に慣れたのなら同じ被害が出そうなもんだが。


「町には、化け物の仕業じゃないかと噂する者もいる。確かに時渡りなら……化け物と呼ばれるほどの存在なら、人間にあれほどの傷を負わせることも可能だろうが……」


 違うと思うけどな、真面目に。時渡りの力は破壊の力。切り裂くようなものじゃないから。そんなこと、一般人は知りもしないだろうけど。……どれ、ちょっと遊んでみるか。


「それは、違うかもしれません」

「うん? 何がだい?」

「俺はアイオーンで、時渡りの力を見ました。遠くからですが……人の体を引き裂くようなことはしていなかったように思います。大の男を吹き飛ばすことはしていましたが」

「吹き飛ばす……?」


 これは事実だ。なんせ、俺がそうだからな。この上ない証人だ。


「もちろんそれが全てとは限りません。しかし時渡りに限らず、根拠のない噂話は危険かと思います」

「ふむ……なるほど」


 これで逆切れするほど短慮ではないか。まあ、普通の感性はあるのかな。このレイノスという男は。


「それでもやはり、時渡りは恐ろしいよ。脅威であることに変わりはないからね」

「確かに、それはそうです。だからこそ、知識に基づく冷静な対応が必要ではないかと。それができなかったために、俺たちの町はああなってしまったので……」


 これも事実から導いた意見。さりげなく、時渡りの印象が良くなるような言い方をしてみる。


「……若いのに、よく考えているんだなケントは」


 若くてもこのくらいは考えてほしいもんだがな、一つの視点として。もっとも、柔軟な考え方ができないのは年寄りに多いのだが。


 まあ、レイノスの妻子に関しては、獣でもいたんだろうな。魔族がたかが二人の親子だけを殺すためにこんな場所まで来るとは考えにくい。時渡りでない理由はさっきの通り。その後の被害がないということからも、その時だけ偶然獣に襲われたと考えるのが妥当だ。


「時渡りにしろ獣にしろ、被害が出ないのが一番なんだが。悪いことでもしたのならともかく、ただ人として暮らしているだけなんだからそっとしておいてほしいものだ……」


 それ、死んでいった時渡りたちにも言えることだな。そっとしておけば、死ぬことはなかった。そもそも召喚されなければ。言ってもしょうがないことだけど。


「二人とも、アイオーンから逃げてきたんだったな。これからどうするんだ?」

「西に、行くあてがありまして、迷ってこんな北まで来てしまいましたが、ひとまずそこに向かおうかと」


 これは嘘だ。あるにはあるけど、アイオーンからの避難のあてではない。


「そうか、ならいいんだ。気をつけてな」

「はい」


 この町からは問題なく出られそうだな。あとは、この町自体に問題が起こるかどうかだが。


 レイノスからは、気に障るような話は出てこなかった。いつものように化け物扱いはされたが、時渡りのことをそこまで嫌悪しているわけではなさそう。俺たちが一般人だと偽っているからってだけの可能性もあるが、心までは読めない。


 食事を済ませ、レイノスに別れを告げて、外へ。何事もないのどかな空気。ただ泊まっただけで、イベントは終わってしまったようだ。時渡りは化け物、ここから出ていけとかそういう展開も期待していたのだが、何もなかった。


「ルルと合流して、次の町に行くか」

「あら、少しは優しくなったじゃない」


 ほかにすることもないからな。これでこの町の破壊とか始めたら、綾音は怒るだろう。本当にここで殺してしまいかねない。さすがにこんないきなり仲間を失うわけにはいかない。俺がゲームオーバーになるのも冗談じゃない。いつまでもここにいるのも得策じゃないし、さっさと――


「? どうしたの?」


 ふと足を止め、振り返ってみる。住人たちが町を歩いているが、ただそれだけ。レイノスも見送りをやめている。俺たちに目を向けている者はいない。


「……いや。なんでもない」


 気のせいか。視線のようなものを感じたんだけど。警戒しすぎなだけかな。あるいはこれも時渡りのせいで、感覚が鋭くなっているのか。なんてことはない気配に反応してしまった、とか?


「ふふん。意味もなく気ぃ張ってるからよ」

「お前は抜けすぎだよ」

「はいはいそうですか。ほら、行くわよ」


 何故お前が仕切る。行くけどさ。


 気のせい、なのかな。そういうことにしておこう。俺や綾音を狙ってくるような人間なんて、誰であろうと返り討ちだ。そうでないとしても、俺ら時渡りにとって不利なことをしてくるのなら、殺す対象になる。綾音に文句を言われずにやれる。放っておくのが吉だな。


 そんなことより、ルルを待たせている。そっちのほうが大事だ。仮に今のが気のせいじゃないとしても、どこの誰かもわからない人間の視線。どうでもいいことさ。



「ルル、いるか?」


 町の外、昨日別れた場所でルルを呼ぶ。少し待つと、ルルが茂みからゆっくりと姿を見せた。


「悪かったな。待ってる間、何もなかったか?」

「うん」


 そうかそうか。何もないならよかった。いや、あったほうがよかったかな? この町をどうにかするきっかけになるようなことが起こっていれば……


「じゃあ、気になったこととか、ない?」

「…………」


 ルルはうつむいて少し考えこんだ。何かを思い出しているのだろうか。


「……見回りの人間。ずいぶん遠くまで行ってた」

「ほう」


 遠くまで、か。どの程度なのか具体的にはわからないが、ルルがそう感じるくらいではあったと。些細なことだが、気になるっちゃ気になる。


「それは、この近くで人が襲われたからじゃない? レイノスさんのご家族……」


 綾音の意見。今ある情報からだと一番有力な説と言えるかな。それも十年以上前だと言っていたが……見回りのルートって、理由がなければずっと同じなのかな? とりあえず、こうだという確実な答えは出せない。


「ありがとな、ルル。ここはいい。次に行こう」

「ここの人間は?」

「ひとまずほっとく。綾音が怒るから」


 俺はやっちまってもいいんだがな。綾音お姉ちゃんがダメって言うから。


「…………」


 じっ、と綾音を見上げるルル。


「う……い、いや! なんであたしが責められるのよ!? あたしは悪くない!」


 確かに、綾音は悪くない。悪いことは言っていない。しかし、綾音のせいで俺やルルが暴れられないのは事実。そこは認めなければならない。


「だいたいねえ、健人! あんたの頭は物騒なのよ! すべての原因はあんたよ!」


 手をバタバタさせて主張する綾音。そうだな。それも綾音の言う通り。しかし、だ。


「君は本当に、ルルを敵に回すのが好きだねえ」

「あ」

「…………」


 ルルの目がさっきよりも細くなっている。俺に意見するということは、自動的にルルと対立することになる。そんなんじゃいつまでたってもルルと仲良くなれないぞ。本音だけじゃ大人はやっていけないんだ。


「……と、とにかく! 次よ次! こ、この調子で戦わずに済むのなら、それに越したことはないでしょ!」

「まあな」


 綾音の言うことは正論ばかりだ。上手くいけば、の話だけど。


「出発しよう。西だ」


 ここから更に西へ。王都へと近づくように進む。さすがに全部の町を襲撃するのは現実的じゃない。人類を滅ぼすためにはそれも必要なんだろうが……時渡りの力があるのなら、適当なところで本拠地である王都を落としたほうが後が楽だろう。人間というのは、根っこを失えば総崩れになる。総大将である国王、本拠地である王都を落とせば残りは消化試合。残党狩りもいいとこだ。普通ならば容易なことではないが、俺は時渡り。すでに普通ではない。綾音の協力さえ万全なら、今すぐにでもやれるんだろうが……


「……な、何よ?」


 綾音の顔を見てみるが、まだまだ俺に友好的ではない様子。全面協力はどうやったら得られるだろうか。聞いてみようか。


「なあ、綾音。お前が俺に心から協力するのって、どんなケースが考えられる?」

「は?」


 は、じゃない。俺は正直に質問しているんだ。答えてくれたっていいじゃないか。


「参考までにさ。俺はお前を懐柔しようってんじゃなく、協力してほしいと思ってる。どうすればそうなるか、知りたい」


 綾音は目を丸くしている。口も半開きだ。そんなに解せないか、俺の行動が。


「……あきれた。それも本気で言ってたのね」


 当然だ。このことに関して俺はすべて本気。冗談で人類滅亡なんて言ってるわけじゃない。本当に滅ぼすつもりでいるし、そのために綾音の協力が必要だというのも事実だし、綾音のことも助けたいというのも本心だ。


「そうねえ……あんたの計画が、この世界にとって正しいってことにでもなれば、喜んで協力するかもね」

「それは具体的には? 魔族が正義で人間が悪ってことが証明できればいいか?」

「そんなところね」


 なるほど。RPGにもありがちな設定。俺が勇者でサタンが王様、人間がモンスターで国王が魔王という構図にすればいいんだな。


「無理だと思うけどね。おとなしく平和的な解決方法を探るのが利口よ」


 それこそ無理だから、今こうしてるわけだが。この議論は決着がつかないな。綾音の言う通りにするしかなさそうだ。そのためにも、いかにこの世界の人間が悪い奴らであるかを綾音に見せつけないと。


 だが、綾音はかなり人間を信用している。時渡りとして迫害を受けてなおこの意見だからな。中立のつもりなのだろうが……覆すにはどうすればいいかな。綾音が人間に絶望すればいいのか。


(…………)


 綾音が絶望する、となると思いつくものが一つ。彼らが関われば、綾音も考え方をガラリと変えるだろう。問題は、俺が自発的に起こせるものではないということだが……


「……なんか今、もんのすごい悪いこと考えてない?」

「考えてない考えてない」


 何を言っているんだ綾音は。俺はこの世界のことを憂いているだけだというのに。


「世界がより住みやすいものになる。いいことじゃないか。なあ? ルル」

「うん」


 ほらみろ。ルルもこう言ってる。俺はごくごく当たり前のことをしようとしているんだ。


「そこでルルに振られても、ただ人間を滅ぼしたいだけにしか聞こえないわ……」


 それは考えすぎというものだ。滅ぼしたいんじゃない。滅ぼす必要がある。間違えてはいけない。


 難しい話だな。これだけ意見が食い違っていて、殺し合いにならなかったことが奇跡か。同じ日本人じゃなかったら、とっくにどっちか死んでたかもな。


「――っと。雨か」


 小雨程度だが、しとしとと雨が降ってきた。起きた時はいい天気だったのに。


 昨日の朝も雨だったんだよな。それから降らなかったが、今日はどうなる。


「そんなひどい天気には見えないんだけどな」


 雲は出ているが空は明るい。大雨になりそうな天気じゃなさそうだ。


「そうでもないわよ。この世界、天気が変わる時は早いから」

「へえ」


 まるで専門家のようだ。この世界で一年暮らした綾音の経験からの知識か。


「ま、濡れる心配はないわ」


 そう言って、綾音は頭上に力を広げた。力を広げるって表現は斬新かもしれないが、俺にはそういう印象だ。時渡りの力。防御として使う膜のようなものを傘にしている。


「それ、ずっとやってると疲れたりしない?」

「ない。一日中やってたこともあったわよ」


 へえ、いいことを聞いた。このくらいなら一日中でももつのか。ってことは時渡りってやっぱり、肉体的な疲労さえなければ能力は無限に使えるのか? だとしたらひどいチートだ。正しくインチキだ。ゲージ無限。


「でもこれ、外から見たらおかしな光景だろうな」


 俺たち三人の頭上だけ雨が弾かれ、ドーム状のものを伝って地面に落ちる。マジシャンもびっくりのイリュージョンだ。


「そりゃあね。でも大丈夫。町の外なんて誰も歩いてないから」


 確かに。だだっ広い平原に、点在するだけの木々。雑草を取り除かれた街道ができてはいるが、それも申し訳程度のもの。日本のように町と町がぴっちりとつながっているなんてことはない。次なる町に行くためには、遠く離れた場所に徒歩で向かわなければならない。この世界の人間はそれぞれ、自分たちの町で暮らしている。


 飛行機も車もない世界、これで国家として成り立つんだろうか? 成り立つんだろうなあ。不思議なもんだ。さっきの町みたいに、みんなが穏やかに暮らしていればそれでいいんだろうか。


 水戸黄門にでもなった気分だ。どっちが過酷なのかな。旅の目的はこっちのがヤバいが。


「街道に沿って歩けば、次の町かな」


 傘があると、地図を見るのにも便利だ。濡れる心配がない。


 このまま街道を進むと、また町がある。今度はそこまで遠くない。しばらく歩いたら見えてくるんじゃないかな。この先は人間のテリトリーになっているせいか、町と町の間隔が短い。いよいよ、冒険の旅って気がしてきた。ここまでは本当にただの物見遊山だった。


「ルル、どう? サタンの城から離れてみた感想とか」


 ルルにとっても未知の領域のはず。人間の住まう大地で、彼女は何を思うのか。


「……よくわからない」


 少女は何も思わなかった。いや、わからないと言ったな。


「例えば魔力の感じとかは? やっぱ薄い?」

「うん。でも、ルルはなんともない」


 体には影響してないか。セルフで動けるんだもんな。ただ一応、俺はしっかりしないといけないな。突然ルルが弱った、なんてシャレにならない。少なくとも、今までルルが暮らしていた環境とは違う。それは頭に入れておこう。


「魔力ってさ、どうやったら増えるんだ? 今この状況から、ルル一人で増やすことってできるの?」

「できる。でも、ここだけ強くしても意味ない」


 なるほど。今までに得た情報から総合しても、ルルのその意見はうなずける。魔族が力を振るえばその場に魔力が満ちる。が、あくまでも局地的なものだからそこだけ魔力があっても大きな影響はない。サタンの城のように、多数の魔族が集まることによって大量に魔力がばらまかれ、魔力溢れる空間になるんだな。


「ねえ、魔力って何? あたしにも教えてよ」


 綾音が横から口を挟んできた。そういやこいつ、魔族のこと何も知らないのか。俺はサタンたちからいろいろと聞いたが、その知識の一切がない。説明しろってか。めんどくせえな。


「……そんなあからさまにめんどくせえなって顔しないでくれる?」


 何故わかったし。エスパーか。


「『協力』してほしいんでしょ? 情報の共有はすべきだと思うけど」

「ちっ。わかったよ」


 そんな真っ当な言い方されたら拒否できないじゃないか。しょうがない。今後のためにも、教えてやるか。ルルのことでもあるしな。次の町までの道すがら、俺の知っていることをレクチャーしてやるとしよう。

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