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六章 動き出してしまった時渡り ー 4

 町が見えてくる頃には日が沈みかけていた。かなり歩いた。素で疲れた。知らない土地を歩くのは精神的にきつい。冒険って、楽しいばかりじゃないな。


「このへんでいいか。ルル、このあたりに隠れててくれ」

「わかった」


 町の近くにルルを隠す。ここはアイオーンほど大きな町ではない。そのぶん人も少ない。この暗い時間帯なら、見つかることもないだろう。


「大丈夫? 町の人が見回りとか来るかもよ?」


 綾音から忠告が。見回りか。それはあるかもしれない。


「ルル、どう?」

「大丈夫」


 ルルは自信を持って言い切った。そうか、大丈夫か。人間ごときに見つかりはしないか、もしくは見つかる前にやれるのか。


「だ、そうだ。俺たちは心配せず町へ繰り出そう」

「そ、そう……」


 町へ繰り出すの意味が違うと思うが、まあいいか。


「で、作戦はあるの?」

「考えはある。なるべく戦闘にならないよう、人間を装う。戦闘になったらやるしかない。そん時は一発ぶちかますから、ルルはそれが見えたら加勢してくれ」

「わかった」


 町を破壊まではしなくても、派手なのを撃てばルルに伝わる。完璧な作戦だ。


「もしかしたら一晩村で過ごすかもしれない。ごめんな、ルル」

「問題ない」


 ルルは文句の一つも言わない。なんとありがたいことか。


「よし。行くぞ」

「待って。具体的なことを何も聞いてないわよ。装うって、どういう設定にするの? それと、名前。本名じゃない何かを考えておいたほうがいいんじゃないの?」

「そこはアドリブで。名前なんて偽ったところで大して変わりゃしねえよ。それより誤爆のほうが怖い」


 即興の名前を名乗り続けるというのは案外難しい。しかも二人だから、呼び合う場合がある。どこかでボロが出る。そのリスクを考えると、開き直って本名でいい。本名といっても近松門左衛門や清少納言じゃない。ケントとアヤネ、この世界でもありそうな名前だ。どうせ向こうは何も知らないんだし、怪しまれることもないだろう。


「なーんか不安なんだけど……そこまで言うならあんたに任せるわ。あたしはそれに合わせる。いいわね?」

「それでいいよ」


 合わせてくれるのなら、俺はそっちのが楽だ。綾音が上手くやれるのかは知らんが、まあ最悪皆殺しにすればいい。


 では今度こそ行こう。なるべく楽に、自然体で。



 綾音と二人、町に入る。この表現だけだとデートに見えなくもないが、そんな甘い展開はない。生まれるのは愛ではなく疑念だ。


「誰だ、お前たち? 見ない顔だな」


 門から入ってすぐに声をかけられた。この町の住人じゃない人間はすぐにバレるか。


 魔王の城に比較的近い町でも、備えは門だけなのか。しかも開いてる。門が意味を成していない。百年単位で魔族との大きな争いがない世界だとこうなるのか。無警戒すぎやしないか。


「俺たち、アイオーンから移動してきたんです。夢中で逃げているうちに、道に迷ってしまったみたいで」


 旅人、というとどこから来たのかと聞かれそうなのでアイオーンからの避難民ということにする。ほかの町の名前なんて覚えていない。


「アイオーン? 逃げたって、どういうことだ?」


 ここにも伝わってねえのかよめんどくせえな。この世界の情報共有どうなってんだ。ネットがないにせよ、伝令の兵士とかが伝えたりしてないのか? もしくは口コミとかないのか。ともかく、事情を説明する必要があるか。ボロ出さずにいけるかねえ……?


「襲撃を受けたんです……時渡りに」

「なんだって!?」


 食いついた。時渡りのことになると反応が変わるんだな。わかりやすい。


「あの化け物か……よく無事だったな」


 もはやお決まりとなった化け物扱い。もう慣れたな。慣れればこれも心地いい。いつでもやってやるぞって気持ちになれる。


「兵士の方々の誘導で、逃がしていただきました。時渡りが現れた地点が家から遠かったので……運がよかったようです」

「そうか……大変だったんだな。しかしそれだと、泊まるところがないだろう?」


 騙されてる。意外とちょろいな。これはもしかして、時渡りの名前を出すのが有効なのか? 時渡りの逆利用、とでも言おうか。力を振るうだけでなく、時渡りを利用して被害者のふりをすれば無条件に騙されてくれるのでは? この先も試してみる価値はありそうだ。


「そうなんです。できればどこか、屋根のある場所を貸していただけないかと……夜さえ越せば、明朝には出ていきますから」

「何を言うんだ。そういうことなら、うちに泊まっていくといい。寝床は満足に用意できないが……」


 泊めてくれるのか。親切だな。その好意の真意やいかに。この男は俺たちを化け物呼ばわりしたし、殺す候補ではある。まだわからないけどな。これから行くこの人の家で、実はまともな人でしたな展開が待っているかもしれない。


「しかし、ご迷惑では……?」

「気にするな。困った時はお互い様さ。君たちみたいな若い子、それも女の子までいるんだ。若いうちからそんな苦労することないよ」


 ほう。いい人だな。若いうちから苦労することない、そんな気の利いた考えを持つ人間が果たして全体の何割いることやら。割、もないかもしれないな。


 俺のいた日本じゃ、ワシらも苦労したんだから若い奴らも苦労しろって考えが大半だ。犬のエサにもならないくだらない思想。ドブにでも捨ててしまえ。


「そうですか……では、お言葉に甘えて」


 男についていき、家で一泊させてもらう。ちょろかったな。綾音は結局一言も発さなかった。楽しやがったな。嘘がバレるよりはマシだけど。


 見た目が完全に人間だから、時渡りと名乗りさえしなければ案外通じるもんだ。アイオーンの時は、俺の服装も時渡りとわかる一因だった。今は完全にこの世界の人間の服装だから見分けがつかない。ただ、この世界の詳しい話とかされたら乗り切れない。ふわっとした話でごまかすか、実力行使のどちらかしかない。


 男についていき、町の中を歩く。まだ日は落ちてはいないので、出歩いている人はけっこういる。見ない顔だからか、すれ違う人がこっちをちらちらと見てくる。この中に本物の避難民とかいたりしないだろうな。いたら俺のことがバレる。顔でバレなくても、その話に持っていかれたら終わる。ここはアイオーンから遠いし、あえてこっちに逃げてくるなんて本当に道に迷った間抜けしかいないだろう。まあ、そういった間抜けに計画を潰されるというのも悪役の常か。


「ここが私の家だ。私は独り身なのでね。くつろいでくれて構わないよ」

「ありがとうございます」


 独り身か。それであっさり受け入れてくれたんだな。これは幸運だったか。このまま下手に出ていれば今夜は乗り切れそうだ。明日、どうなるかだな。この町が。


「そこの部屋を使ってくれ。すぐに食事を用意するよ。大したものはないがね」

「とんでもありません。泊めていただける上に食事まで……」

「いやいや、気にしなくていいよ。お嬢さんも、何もないがゆっくりしていってくれ」

「はい。ありがとうございます」


 くそっ。綾音の奴、いいポジションに収まったな。本当に合わせてきやがった。俺に全部任せる形で。


 案内された部屋のドアを開け、先に綾音を中へ入れる。俺はその後に続き、扉を閉めた。部屋にはベッドが一つ。化粧台のような大きさの机と、椅子。台には鏡が置いてある。本当に化粧台なのかも。日本にあるようなオシャレなものではないが。


「やるじゃない健人。正直、ここまで上手くいくとは――むぐぅ」


 軽快な動きでベッドに腰かけた綾音の口を塞ぐように手を出し、隣に座る。


「でかい声で迂闊なこと言うなよ。バレるぞ」


 小声で伝え、綾音から離れる。部屋の物色。引き出しなどを開けてみるが、特に何も入っていない。もう使っていない部屋なのかな。女性の部屋っぽいところを見るにあの人、独り身になった事情でもあるのかな。興味はないが。


「……どうするの、これから?」


 綾音も声のトーンを落とし、当たり障りのない言い方をするようになった。壁に耳あり、ってな。コソコソする時はその内容を決して言わないもんだ。たとえ安全な状況であっても。


「とりあえず朝を迎えればいいさ。下手に外を出歩けないだろ」


 どうせ何もできない状況だ。黙って待てばいい。ルルにもちゃんと伝えたし、待つだけだ。今の俺たちは道に迷った避難民。一晩泊めてもらうだけ。そのことを念頭に置く。隠し通すことは簡単だ。俺たちのことを何も喋らなければいい。あの男が同じ部屋で寝るわけじゃないんだし、話すこともほとんどないだろう。その数回で尻尾を出さなければいい。


「待たせたね。こんなものしかないが、召し上がってくれ」


 おっと、噂をすれば。男が食事を運んできた。湯気の立つスープと大きめのパンがそれぞれ二人分。この世界はパンが主食か? 米があるのかどうかがわからない。田んぼのようなものはまだ見かけていないが。


「――そういえば、名前を聞いていなかったね。私はレイノス。君たちは?」


 レイノス。それがこの男の名前。こっちの名前も聞かれたが、これは無視するわけにもいかない。


「俺はケント。こちらはアヤネです」

「ケントと、アヤネか。珍しい名前だね。かっこいいじゃないか」


 かっこいいのか。確かに、日本人の名前としてシンプルで整った音と漢字だとは思うが。黄熊とか光宇宙みたいな名前してないから俺たち。ところでそんなキラキラした名前、本当にあんのかね?


「何かあったら遠慮せず呼んでくれ。狭い家だからすぐに見つけられるだろう」


 明るく声を上げて笑いながら、レイノスは部屋を出ていった。ずいぶん気さくで人のいい人物だ。突然ふらっと現れた俺たちをああも信用するのは違和感があるが。この食事、手をつけてもいいものか。


「かぼちゃのスープね。この町で作ってるのかな? 美味しい……」


 もう食べてるし。綾音は不用心だな。時渡りの迫害を知っててこの調子か。俺とは正反対だな。今だって確かに親切にはされているが、レイノスも時渡りのことを化け物呼ばわりしてたのに。


 ……ま、いいか。俺が張り詰めすぎなのかもしれない。ここは小さな町。普通に考えたら、眠らせたりしびれさせたりする薬がこんな町にあるわけがないな。毒草とかの知識があれば別だが……まさかな。


 綾音がドラマのように即効性の毒で苦しむ様子はないようなので、俺も一口。あ、ほんとに美味。甘い。こういうファンタジー世界の食事ってぽさぽさして薄い味のイメージがあるけど、こんな料理もあるんだな。日本でもなかなか食えない味かも。


 俺はひとまず、用意された食事をいただくことにした。なんであれ残すのは悪いし、疑惑にもつながる。レイノスに言い訳するのも面倒だし。


 綾音と二人、黙々と飯を食う。いや、綾音はけっこう騒がしい。美味しいだのかぼちゃが好きになりそうだのと一人でやかましい。俺はそれをBGMとして受け流し、減った腹を満たすことに集中していた。



 食後にひと休みしていると外は完全に日が沈み、真っ暗になっていた。月明りと部屋のランプしか光がない。暗い。電気がないとこんなに暗いんだな、世界って。でも、月は地球よりも強く光っているように見える。


 そういえば、太陽と月が普通にあるんだよな。ここはいったいどこなんだろうか。気にしないほうがいいかな? 実はここも地球……なんてことはありえない。でも、時間軸や世界線が違う説があったりして……なんてな。


「都会とか眠らない町って、すごいものだったのね」


 綾音がぽつりとつぶやく。俺たちの元の世界の話だな。まあ、それくらいはいいか。


「ネオンとか照明がなけりゃ、日本は八時にもなれば何も見えない真っ暗闇だからな。ここはそういう世界だ」


 電気がない。明るくする手段は火しかない。それがこんなにも不便だとは。当たり前のことなのかもしれないが、実際に体験すると悲しいような寂しいような怖いような、妙な気分だ。昔の人ってすげえな。こんな暗闇の中を生きてたのか。


「光のない世界、か。ここまでとは想像してなかったな」

「ファンタジー系のゲームだと、画面はずっと明るいままだもんね。最近のは夜もあるけど」


 普通にしゃべってるけど、思いっきり現実世界の話だな。まあこれくらいはいいか。この世界の人間には意味も何もかもわからないだろうから、聞かれても平気だろう。


「昔も暗いのはあったろ。イワヤマトンネル」

「あれは壁見えてるから明かりいらないでしょ」


 論点はそこじゃないと思うが。確かに必要なかったけども。暗いかどうかの話ではないのか。


 って、そんなことはどうでもいいよ。異世界でなんでのほほんとゲームの話してんだ。


「……ところで、どう? 人間の優しさに触れて」


 ささやくような声で綾音が俺に話を振ってくる。ちゃんと聞かないと聞き逃しそう。


「あれだけで人間を見直せってか? 無茶言うなよ」


 道に迷った人に食事と宿を提供しただけ。しかもこっちは素性を偽っている。あのレイノスという男が、俺たちを時渡りだということを知った上で同じ行動が取れるのなら大したもんだが。


「まったく、なんでそんなひねくれて……ん? どうかしたの?」

「いや……煙草吸いたいなって思ったんだけど」


 ないんだな、これが。無意識にポケットを探ってしまった。それを綾音に見られてしまった。


「煙草吸うんだ。さすが、成人してると違うわね」


 なんだそりゃ。大人っぽいとでも言いたいのか。煙草くらいで大げさな。単なる嗜好品に成人もクソもない。酒も煙草も、規定の年齢に到達すれば誰もが考えることだ。実際にやるかどうかは真っ二つだろうけど、特別なことじゃない。


「なあ、この世界に煙草ってないの?」

「あたしは、聞いたことないけど」


 やっぱり、ないのか。ワンチャン葉巻はどこかにないのか。王族ならなんか吸ってんじゃないの?


 ……王都になら、ある?


「どうしたの?」

「王都を襲うやる気が出てきた」

「なんでよ」


 煙草を吸わない者、酒を飲まない者にはわかるまい。たとえ必要ないものであっても、完全にロストしたときの悲しさたるや。酒にはありつけたが……やっぱりビールが飲みたいよ。


「あのさ……やるにしても、もうちょっと穏便にできないの? せめて脅すだけにして、話し合いに持ち込むとかさ」


 残念、話し合いで和解できる相手じゃない。


「それができりゃ苦労しねえよ。話し合いは不毛だ」


 こっちが時渡りである限り、何を言っても無駄。人間の誰かが仲裁として入ってくれれば可能性はあるが、そんな芸当ができる人間がこの世界にいるとは思えない。仮にいたとして、その人物の存在や影響力は相当なものでなければならない。村人Aが力説したところで多数に押し潰されるだけだ。


 俺の答えが不満だったのか、綾音の俺を見る目が険しくなった。


「あんた、この世界に来てまだ数日なんでしょ? 不毛とか、なんで言い切れるのよ」


 数日。確かにそうだな。だが知識はある。


「魔王から話を聞いて、知ってるからじゃないか?」

「時渡りの歴史って奴? それは、魔王なんかがいるからそうなったんでしょ? 人間が一方的に悪いわけじゃない」

「それなら、魔王を倒せばよかったじゃないか。この世界の人間が」


 ドラ〇エよろしく、勇者ご一行でも集めて倒させればいい。なんで別の世界から勇者を呼ぶ必要があるんだ。しかもその勇者を化け物扱いときてる。


「それはそうだけど……時渡りには力がある。適任でしょ」


 それを別の世界から呼び、あまつさえ丸投げってのが間違ってると言ってるんだが……やめよう。俺は魔族目線、綾音は人間目線。今のままじゃ水掛け論だ。


「正にこうやって、話し合いが終わらないんだよ。正しいのは俺かお前か、これからの行動でわかるだろうよ」


 結局、俺も綾音も同じだ。俺は綾音の言葉では納得しないし、綾音も俺に言われたところで解決はしない。


「……そう。ま、いいわ。あたしもう寝る。なんか疲れたから」


 俺と友達感覚でしゃべる割に、考えは頑なだな。好感度は友好なのか敵対なのか。単純そうに見えて、案外読めない女だ。


 綾音はベッドに寝転がろうと体を寝かせようとするが、その途中で動きを止めた。


「健人、あんたがベッドで寝る?」


 そして俺に声をかけてきた。なるほど、気を遣ってくれてるのか。


「いいよ。俺はどこでもいいから」


 ベッド一つの部屋。女に床で寝ろとはさすがに言えない。俺はそのへんで寝る。


「そう、ありがと。じゃ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 俺も寝るか。明日の朝何があるかわからない。あるいは今夜、何かが起こるかもしれない。寝られる時に寝ておこう。


 ランプの火を消し、俺は床に転がって目を閉じた。俺も俺で疲れていたのか、ほどなくして静かに眠りに落ちた。

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