五章 迫ってしまったロリ巨乳 ー 4
ルルに運んでもらうのは足跡を消すためと思っていたが、なんだかんだでかなりの距離を飛んでしまった。皆殺しにしたとはいえ、兵士が俺たちを追ってきていた。ないとは思うが、あの場所にいた時渡りを先に見つけないとも限らない。まあこれは心配しすぎだと思うが、多少急ぐくらいは問題ないだろう。
「ルル、あそこに川がある。あのあたりに降りてくれ」
「わかった」
上空から川が視認できたので、ルルに指示を出す。ムササビのように滑空する形で、ルルはゆっくりと高度を下げていく。
空はもう夕焼け。日本と違って街頭も何もないため、オレンジ色の空の下はもう真っ暗だ。
「今日はここで野宿にしよう。森まではまだかかりそうだ」
「うん」
やっぱ、空を飛ぶと全然違うな。ルルは気を遣ってゆっくり飛んでくれてるけど、それでも速いことは速い。地上を歩くのと違って障害物もないし、俺は疲れないし……
「ルル、疲れてない?」
「大丈夫」
「ほんとに?」
「うん」
本当に平気そうだな。なんともないのか? 魔族の体力ってどうなってんだ。
「そっか。ならいいんだけど。疲れたとか、なんかあったらすぐ言ってくれていいからな?」
なにせ、わかんないからこっちは。魔族のこと。ルルはあまり語らないから特に。エドみたいな性格なら、やんややんやと言うんだろうけどな。
「……ケントは、優しい。リアーネみたい」
「そう? 人間はせめてこれくらいできなきゃ価値ないんだけどな」
口に出して言えるかどうかはさておき、この程度の心配もできない男は薄情というものだ。まして相手は自分に手を貸してくれる美少女。気遣わないわけがない。
リアみたい、か。人間固有のものなのかね。下級魔族はそもそも、気遣いのできる知性がない。気遣いができるのは上級の五人だけともなると、ルルが俺のことを優しいと言うのも普通のことか。全然優しくないのが二人いるもんな。
「ま、いいや。完全に日が落ちる前に、準備しよう。ルル、火起こしてくれる? 俺は燃やせるものを集めてくるから」
「それなら大丈夫」
「うん?」
ルルは一言そう言うと、すたすたと歩き始めた。歩きながら左手が光ったかと思うと、大剣が生成される。やがて、ルルが目の前にある木に向けて歩いていることに気づく。まさか……
「――ふっ」
小さな掛け声で武器を斜めに一閃。太い木が切った面に沿ってずり落ちていく。
「お、おぉぉ……」
地面に倒れた木が音を立て地を揺らす。俺の口から出たのは声にならない驚き。これもアニメで見た光景だ。アニメみたいにゆっくりずり落ちたわけではないが。
呆然としている間に、ルルは剣で手際よく木を切り刻んでいく。器用だ。武器の扱いに関してはなんでもできるんだなあ。
「すごいな。火は任せていい?」
「うん」
「ありがとな。俺は水を汲んでくる」
ついでに魚とか獲れないだろうか。時渡りの力で。
街頭がない。そもそも人工物がない。大自然の真ん中。車や商店のようなうるさい音は一切ない。川の流れる音が鮮明に聞こえる。風流という奴かな。
水筒に水を入れる。正確には水筒ではないが、こういうのは水筒と表現するのが正しいと思う。要は木でできた筒だ。
暗いので魚は見えない。川ごとぶっ飛ばすのはまずいし、力を使うのはやめておこう。試すなら明日の朝だな。
「美味い飯がいつも食えるって、幸せなことなんだなあ……」
日本じゃ、まともに生きる環境さえあれば、美味い飯が当たり前なんだよな。地球にも貧困の差や国で差はあるが、やはり『食』が『いつでも』保障されるのはとてもありがたいことだ。食い物を粗末にしてはいけない……と言いつつ、作りすぎで廃棄しまくっているのはいかがなものか。両極端。
それでも俺は、こっちの世界のほうが気楽でいいや。日本とは違う意味でなんでもできるし。
「……っと。ふけってる場合じゃないな」
水は汲んだ。ルルのところに戻ろう。
俺が戻る頃には、ルルはすでに作業を終えていた。先ほど刻んだ木に火をつけ、しかもなんか焼いてる。
「ルル、何を焼いてるんだ?」
「ウサギ」
ウサギか。どんな味がするんだろうな。ていうか、この世界にもウサギがウサギとして存在しているのか。
「ちなみに、どうしてウサギを?」
「ケント、食べると思って」
やっぱり。ウサギ、ウサギかぁ……食ったことないな。
「ありがと。食べるよ」
まあ食べるけどね。美味いかどうかは知らんが。でもウサギは草食だから、それなりの味はするのかな。
火起こし、薪の調達、食料の確保……出発前、リアが妙に楽観的だったのはこのためか。ルルはのんびりしたキャラだと思っていたが、実は行動力がやたらと高い。
考えてみりゃ当たり前か。まず、ルルは魔族なんだ。本来なら今のこの生活、むしろもっと過酷な環境が普通だ。俺はこのサバイバルで生き残ることに必死だが、ルルにとってはただの日常。ここから城に戻るとなっても、空を飛べるルルにとってはチャリンコで家に帰るようなもの。水も食料も必須ではない魔族の場合、これは冒険でもなんでもない。歩くことしかできない人間の俺のような、食料が尽きたらどうしよう、みたいな考え方そのものが存在しない。人間はなんて貧弱なのだろう。
ルルが用意してくれたウサギ肉をかじる。……ふむ。悪くない。美味い、とは言えないが普通に飯として問題のない味だ。この世界じゃ、肉が食えるだけでも幸せってものだろう。それに、自然の中で焚火。その火で焼いて食う肉なんて一定以上美味いに決まってる。
「ケント」
俺がウサギ肉を一心にむさぼっていると、ルルが声をかけてきた。
「ケントは、こういうのが楽しいの?」
肉をかじる動きを思わず止めた。
その台詞、聞きようによっては誤解してしまいそうだな。だが発言者がルルであることを考えると、字面そのままを安直に受け止めるのは早計というもの。
「その質問に答えるなら、楽しいよ。ルルは、どういうところに疑問がある?」
何か気になることがある。だからこんな質問をしたんだな。
「人間とか、時渡りとか……よくわからない。どうすれば、ケントが楽しくなるのか……わからない」
「…………」
なるほど。魔族であるルルは、どうすれば俺が楽しくなるかがわからないと。裏を返すと、ルルが何を思っているのかわかるな。
「俺がつまらないのかも、っていうのが不安?」
俺のこの質問には口では答えず、黙ってうなずくルル。そんなことを気にするなんて、ルルは優しいな。
「そんなの、俺だって同じさ。どうすればルルが楽しいか、何をしたらルルが嫌がるかなんてわからない。人間……同族相手ならなんとなくわかるけど、ルルは魔族。魔族のこと、俺はまだわかってないよ」
最初は、なんだ人間と似たようなものじゃないか、と思った。しかし近くで一緒に過ごしてみると、人間とはまったく違うことがわかる。目に見えるものも、見えない部分も。どうしたら喜ぶのかもわからなければ、何を嫌がるのかもわからない。
「でもさ。だからって、いちいち相手の顔色窺うのも違うだろ? 楽しいことも、嫌なこともある。それは今から考えていけばいいじゃないか。俺とルルが楽しいと思うことが楽しい。それだけだ。それは、今までルルが楽しいと思っていなかったことかもしれない。俺にとってもそうだ。俺が今まで楽しいなんて思ったことがなかったことが、ルルと一緒なら楽しいと感じるかもしれない」
不安なのはルルだけじゃない。俺にとっても未知の世界。魔族との交流なんて、ギャルゲの攻略対象の相手するよりも難しい。
「人間と魔族。そういうことを考えるから、ややこしくなるんだ。俺とルルが楽しいかどうか。重要なのはそこだろ? これからそれを探していけばいいさ」
今ここで悩んだって仕方ない。俺とルルは旅に出て初日、出会ってまだたった三日目だ。わかるわけがない。むしろこれだけ仲良くできていることが奇跡的。それだけでも十分、通じ合っていると言える。
「だから気にしなくていいよ。何が楽しいかなんて、いずれわかる。俺もルルも楽しいと思えること。それを探せばいいんだ。そうでないと意味がない」
俺だけが楽しくてルルが我慢するなんて、それになんの価値もない。お互いが楽しいと思えること。それが大事。
「とりあえず、今はこうして一緒にいる。俺はそれだけで楽しい。ルルは?」
「楽しい」
「なら、それでいいじゃないか。もっと楽しいことがこれから見つかるさ。な?」
「……うん!」
ルルが笑った。よかった。
ルルも悩んでいたんだな。つまらないんじゃないかって。俺と似たようなことを考えていた。その気持ちだけで、俺はうれしい。そもそも、こんな美少女と一緒にいられるだけでたいていの男は喜ぶものだ。楽しいことなんていくらでもある。
いずれにせよ、これからは基本的に行動を共にすることになる。楽しいに越したことはない。それは俺にとってだけではなく、ルルもだ。
「よし。じゃあこうしよう。今日はもうあと休むだけだ。俺とルルで、自分が楽しいと思うことを話し合ってみよう。どうかな?」
「やる」
ルルが乗ってきた。不安そうだったのが和らぎ、いつもの調子に戻ったように感じる。
魔族の本能と自分のペースで生きているのかと思いきや、実は内心でいろいろ考えていたんだな。健気でかわいいじゃないか。
元人間のリアは除くとして、上級魔族の中ではルルは人間臭い面を持っている。サタンのように魔族魔族してるわけでもなく、エドやキースのようなプライドや我の強さなどは持ち合わせていない。これは単なる個人差なのだろうか。
魔族でありながら思考が人間に近い。話せばきっとわかるはず。お互いのことが。俺はルルといるのが楽しい。ルルにも楽しんでほしい。そのためにはどうすればいいか、これからの旅で探そうじゃないか。そうすればきっと、旅が終わる時――この世界が魔族のものとなったときの身の振り方も、答えが出るはずだから。
俺はルルと、夜遅くまで語り合った。お互いの楽しいと感じること、嫌だと感じること。好きなもの、嫌いなもの。得意なこと、苦手なこと……共通するものはほとんどなかったが少し、ルルのことを知ることができた。
俺たちは特例なのかもしれない。だが確かに、魔族と時渡りは通じ合うことができる。反対に、この世界の人間がそれをできていないのが事実。
この世界の人間は魔族にしろ時渡りにしろ、従えることしか頭にない。助け合いはおろか戦うことすらせず、別世界の人間を使い捨てに、自分たちの目的のみを果たそうとしている。やめさせるには、正してやるしかないだろう。
世界を脅かす存在は、消す。たとえ人間でもだ。




