I wish…
第154回フリーワンライ
お題:
フェアリーテール
今度生まれ変わるなら
イミテーション
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
(なんて……呆気ない……)
心に浮かんだのはそれだけだった。
自分に何が起こったのか、頭では理解していた。
明日の新聞の地方欄にはこう載ることだろう。不慮の事故、と。もう少し詳しく、脇見運転の追突被害くらいは書かれるかも知れない。しかし、それもほんの二、三行のことに違いない。大勢に影響はなく、日常はどこまでも続き、似たような事故は後を待たない。全て世はこともなし。
たかだか二十年ぽっち。宇宙に比べてちっぽけだとしても、自分にとっては唯一無二の人生。ここまで来るのに悲喜交々があって、これから先にもたくさんの経験が控えていたはずの命が。無意味に潰えようとすることに耐えられるわけがない。
感情が炎の如く猛っても、体の熱は着々と奪われていった。やがて炎も煙と消える。
霞んでいく視界の中、一抹の希望に縋るように呟いた。
(もし……生まれ変われるとするなら……今度は、こんな苦労のない人生が――……)
*
彼女はそれを受け入れていた。
それは生まれた時から、付かず離れずずっと傍にいて、あたかも彼女を見守っているようでもあった。
いや、そんな優しい存在であるはずがない。なぜなら、彼女はそれによって死ぬのだから。
だというのに、彼女の心は穏やかだった。人より早く終わる運命。最初からそう決められていたのだと、長い長い闘病の果てに、とっくに受け入れていたのだ。
既に身も心も静穏に包まれていた。それは間もなくの終わりを意味している。彼女にとって生きることとは、痛みと苦しみであったのだから。今やあの苦痛は遠くなってしまった。
人生で初めての安らぎを得て、静かに思った。
(生まれ変わりがあるのなら、今度は健康な――……)
*
喘ぐ呼吸がもどかしい。燃えるような熱い吐息が喉を焼く。
それは理解からかけ離れていた。いや、理解出来るほど長く生きていないのだった。だからわけもわからぬまま、汗も出なくなった小さな体を、生理反応のまま上下させることしか出来なかった。
思うのは日常。考えるのは理想。輝かんばかりの、しかし、悲しいほどに限られた日々が脳裏を駆け巡る。
彼の好きなおとぎ話なら、どんなピンチにも救いの手が差し伸べられるのに。彼の手を握るのは救い主ではなく、うちひしがれて泣き暮れる両親だけだった。
(つよくなりたい……)
荒い呼吸、途切れ途切れの思考でそう思った。
(どんなつらいひとでもたすけられるような、つよいヒーローになりたい――……)
▽
じっと、それを観ていた。
観ることだけが与えられた全てだった。
観ることの出来る全てを観るのが、与えられた使命だった。
繰り返される生死の瞬間を余さず捉えるのが役目だった。
それはあらゆる死を観た。数多の願い、あるいは無を知った。
男も、女も、老いも、若きも。事故で、病気で、悪意で、寿命で。美貌、醜貌、財産の多寡、善人、悪人の区別なく、一切合切ことごとくが死んで消えた。
無論、それらは偽物。シミュレーター上で再現された精密なイミテーションに過ぎない。
それは人間のいまわの際を分析する装置だった。あらゆる状況を想定し、最期の一瞬に満足して逝かせるためのサンプルを集めるシステム。ただ、無意味に収集するだけでは、それこそ意味がなかった。
そのために“それ”はあった。
死を分析するために造られた、精巧な疑似人格を備えたモニター。
シミュレーション上の生死がイミテーションなら、観察者もイミテーション。全てが偽りだった。
しかし、疑似人格が覚えた感情だけは本物だった。死の間際の想いは、生物学的な意味での肉体の有無に左右されることなく、限りなくリアルなものだった。
黙々とモニタリングするシステムも、また。
それがどのように考えようと、思おうと、装置は稼働し続ける。そして見つめ続けなければならない。
今もまた、死ぬためだけの生が終わろうとしている。
名もなきそれが思うのは、
『もし生まれ変われるなら……』
普通の人間の人生を過ごしたい。
『I wish…』了
あまりに久しぶり過ぎて、ログインアカウントが一瞬わからなかったという罠が。
最初はシミュレーター上の人格が、繰り返しの死の中でシミュレーションであることを自覚して、って話にしようかと思った。オチは今と同じで。いまいちわかりにくいっていうのと、思いっきり黄金体験レクイエムじゃんそれみたいな。