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エッグプラネットカフェ ~茄子神様の舞い降りた店~  作者: 矢凪
♪序章♪ 茄子色のプレリュード
34/35

♪終章♪ 茄子色のフィナーレ

 7月17日、梅雨(つゆ)明けと同時に夏本番を迎えたその日、エッグプラネットカフェはいつにも増してにぎわっていた。

 今月のナス(まつり)は、庭で実ったナスの収穫祭に加え、実梨(みのり)の考えたナスアイスの試食会、そして里桃(りと)の作ったロゴキャラクター入りグッズの販売会に盛り上がりを見せている。

 店内中央のナスの木も、今日になって紫色の花をたくさんつけ、まるで祭を祝い、お客さんたちを歓迎しているかのようで、大きく育った庭のナスたちもたくさんの花や、カラフルな実をつけていた。

「ねぇ、私、普通のナスの苗を買ったつもりだったんだけど……」

「これはすげぇな」

「こりゃ、ワシもみたことない光景じゃのぅ」

 ナスのオーナーとなってくれた悠馬(はるま)をはじめ、数人のお客さんと共に庭にでた実梨たちは、一様に目を疑っていた。

 なぜなら、普通の紫色の卵形ナスを育てていたつもりが、白や青、赤、紫、色の混ざり合ったマーブルまで、皮の色はバラバラで、おまけに形も丸いのから細長いのまで様々あり、一つとして同じ色形のものはなかったのだ。

 そこへ、Tシャツにジーンズという現代風の格好を普通に着こなした蒼空(そら)が現れた。

「あっ、蒼空、これは一体……それに、契約の件って」

 後半の言葉は、他の人に聞こえないように、囁かれた。

 今日は、店を開店してからちょうど三か月目、契約に書かれていた期限の日なのだ。

 雑誌による宣伝効果と実梨たちのがんばりにより、なんとか契約の数値はすべてクリアできたはずだが、蒼空からはまだ、何も言われていなかった。

 しかし、蒼空はフッと爽やかな笑みを浮かべ、実梨のあごをくいっと持ち上げた。まるでそのまま、唇でも奪っていきそうな体勢だ。

「俺にはナスより、実梨んの方がおいしそうに見えるわ」

「ちょ、ちょっと、蒼空? ふざけないでよ」

「さぁて、契約って何のことやったっけ?」

「え?」

「あ、思い出したわ。俺様、契約書に書いてある美咲っちゅー奴、知らんねん。せやから、契約は無効やな」

「無効!? じゃあ……」

 今までの苦労は一体何だったのかと落ち込むべきなのか、何も起きなかったことにホッとするべきなのか、実梨はしばし悩み、うつむいた。

「せやけどな、契約の時に名前を偽られたんはやっぱり許せへんわー。神様を馬鹿にすんのもいいかげんにせぇや!」

「……蒼空?」

「っちゅーわけで、俺様は実梨に命じる!」

「……?」


 ――これからも、このカフェをずっと続けてけや。


 耳元で蒼空の声が囁かれたと同時に、頬に温かいものが触れた。

「……ちょっと、蒼空っ!?」

「あっ、蒼空、てめぇ抜けがけすんなよ、ふっざけんなよ!」

「ほな、俺様は昼寝してくるかー」

「……もぅ、蒼空ったら。色々ありがとうね。あ、このカラフルなナスは?」

「三か月間がんばったで賞やな」

 見た目は変わっても、ネーミングセンスは相変わらず寒かった。

 ヒラヒラと手を振って店の中へと消えていく蒼空の後姿に、実梨は微笑んだ。


 サウスウィンドの復帰アルバム曲が流れる店内で、収穫した様々なナスを使って作った料理を並べていると、チリリーンと店のドアが開いた。 

「あのー……ここって、犬は入ったらマズイでしょうかー?」

 ドアを半開きにして、顔だけ覗かせた少女に、実梨はしばし目をまたたかせる。

 彼女はいつだったかカフェの前で盛大に自転車で転んでいた人だった。ということは、犬というのは、あの時に見た黒い柴犬なのだろう。

「えっと……どうしよう。ドッグカフェでもないのに、動物は……」

 うろたえている実梨の隣で、漣が「あれ?」と首を傾げた。

「キミってたしか……灯也(とうや)の同僚じゃなかった? 前にチラッと会ったよね」

「あっ、はい、渡月遥(とげつはるか)です! 灯也先輩にはいつも、ナスとトマトのサンドを買ってきてもらっていて、でも、どうしても、どうしても、一度お店に入ってみたくてっ!」

「じゃあその、連れている犬ってもしかして、警察犬?」

「はい、そうです! ちゃんとしつけもできてるので、お店に迷惑をかけるようなことはしないですっ」

「じゃあ、大歓迎ですよ!」

「わーい、ありがとうございます~!」

 と、遥が席につくと同時に入ってきた白髪混じりの男性に、今度は漣が目を輝かせた。

鶴見(つるみ)師匠! 来てくれたんですか!」

 漣が長年お世話になった、そして実梨が通い詰めた洋食屋の店長だった。

 数か月前、漣が店を辞めるときに交わした約束を、律儀に守りにきたらしい。

「久しぶりですね、漣。実梨さんも開店のお祝いが遅くなってすみませんでした」

「いえっ、そんな! お忙しい中、来ていただけただけで、すごく嬉しいです」

「師匠、ウチの自慢のナス料理、たくさん食べていってくださいよ!」

「ああ、楽しみだ」

 それから彼はぐるりとカフェの店内を見回すと、嬉しそうに目を細めて言った。

「店内がたくさんのお客さんたちの笑顔と幸せで溢れている日のことを『カフェの神様が舞い降りた日』というらしいですよ。お二人とも、良いお店を作りましたね」

 鶴見の言葉に、実梨と漣は顔を見合わせる。

「じゃ、このカフェなら……」

「茄子神様が舞い降りた日よね」

 不思議そうに首を傾げる鶴見に、実梨と漣は再び顔を見合わせ、噴き出した。

 見えない二階では、きっと蒼空がくしゃみをしていることだろう。

 

 ――エッグプラネットカフェ。

 彩瀬(あやせ)駅北口からほど近い商店街の一角にある、その小さなカフェは、おいしいナス料理と様々なナスグッズで溢れ、蒼空と名乗る美青年に恋愛相談に乗ってもらえる、ちょっと変わったカフェである。

 そしてここは、様々なお客さんたちの笑顔が生まれ、若いアーティストやクリエイターのたまご、恋のたまごが孵る場所。


「いらっしゃいませ! ご注文は何になさいますか?」

 澄み渡る蒼空(あおぞら)の下、今日もたくさんのお客さんと店員たちの笑顔が輝いている――。


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