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エッグプラネットカフェ ~茄子神様の舞い降りた店~  作者: 矢凪
♪序章♪ 茄子色のプレリュード
3/35

♪第一章♪ 茄子色のエチュード *2*

 そもそも――。

 美咲がなぜ、慣れない農作業をしたり、蒼空と名乗る自称『茄子神様』という謎の少年に朝から振り回されるような状況に陥ったのか――。

 それは、2か月前――3月も半ばを過ぎたある日のことだった。


 カフェを開くため、物件を探していた美咲は、彩の瀬商店街にある不動産屋にオススメの空き店舗があると紹介され、下見に来ていた。

 以前にもカフェとして使われていたという町屋風の物件で、キッチンやカウンター席など、掃除するだけで再利用できそうな点をウリにしていた。が、一見良さそうな話には裏があるのが常だ。ここ半年間、借り手がついていない理由を、美咲に同行していた友人が問い詰めると、不動産屋は渋々ながら答えてくれた。

 ここでオープンしたカフェはいずれも、どんなに客引きをしても不思議と客が入らず、半年と経たないうちに経営難に陥って去っていったというのだ。

 去年末まで借りていた者などは、家賃を数か月に渡って滞納した挙句、ある日突然、すべての家財道具を置いて夜逃げしてしまったらしい。

 まるで、何か恐ろしいモノから逃げるかのようだった、というのは、不動産屋が後から商店街の住人たちに聞いた話だそうで……。

 しかし、そんな裏話を聞かされてもなお、美咲は下見に行きたいと申し出た。

 賃貸料が月10万というのが、人気上昇中の彩瀬(あやせ)駅周辺という立地を考えれば破格の安さだったから、というのもある。が、それ以上に心惹かれるものがあったからだ。

 そして実際に物件を下見したところ、商店街の一番奥まった場所というのは店舗としてはあまり良くない立地に思えた。しかし、人通りは多く、近くに高校や大学もあることから、ちゃんと宣伝さえすれば集客は見込めそうだった。

 開けるときに不気味な音を立てる古いドアや、店内の雰囲気を暗く感じさせる、通りに面した採光の悪い窓は改修工事をすれば良い。以前もカフェとして使われていたそのデザインの名残なのか、部屋の中央には枯れかけた木が植えてあったが、それは植え替えるか何かで隠してしまえばいい。古い家特有のカビ臭さや積もった汚れなどは、念入りに掃除すれば済む話で――どれも手を加えればカフェとして使うのに問題はなさそうだった。

 何より、二階の半分は占めていそうな広いバルコニーに、小さな鳥居が建っているのが通りから見えた瞬間、和風モノ好きの美咲の心は決まっていた。

 しかしなぜか、不動産屋に渡された間取り図には二階が描かれておらず、部屋の説明も一階をすべて見たところで終わってしまった。

 もしかしたら、二階は店舗になっている一階とは別契約で、すでに誰かが住んでいるのだろうか。そう考えた美咲が問おうとしたその時、タイミング悪く、下見に付き合ってくれていた友人がお手洗いに行きたいと言い出し、案内役の不動産屋と共に席を外してしまった。

 そうして、美咲が薄暗い店内に一人残された瞬間の出来事だった。


 ――誰か……助けてくれ! 水を……水をくれ!


 どんな内装にしようか、とイメージを膨らませながら店内をぼんやりと眺めていた美咲の耳に、突然、今にも消えそうな、悲痛な叫び声が聞こえてきた。

 ふと我に返ってキョロキョロと辺りを見回すと、突然ある物が美咲の視界に飛び込んできた。


 中央に植えられている枯れかけた木の根元で、淡い緑色に光っている何か。

 近づいてみると、芽が出たのが不思議なくらい乾いた土から、何かの植物の双葉が顔を出しているのが見えた。

 その時の美咲にはなぜか、水を求めてきた声の主がその双葉のような気がして、とっさに持っていたペットボトルの水を、芽の周りの土にそっとかけてやった。

 すると、まるでゴクゴクと飲み干す音が聞こえてきそうな勢いで、水が土に吸い込まれていき――。

 ひび割れていた土が水分を含み、本来の柔らかな土の絨毯へと姿を変えた、その途端、ポンッ!と何かが弾ける小さな音と共に双葉から白い煙が上がり、美咲の目の前に手のひらサイズで紺色の、謎の丸い浮遊物体が姿を現した。

「きゃあっ!?」

 思わず悲鳴を上げて後ずさった美咲は、次の瞬間、我が目と耳を疑った。

 その謎の浮遊物体には何と、小さな目と口、さらには手足らしきものまで付いていて、あろうことか、人の言葉、それも関西弁で喋り始めた。

『あー、ホンマにもぅアカンかと思ったわー。ねーちゃん、おおきにっ!』

 美咲は絶句し、その場で固まった。

 しかし、相手の反応などまるでお構いなしに、そいつは自己紹介を始めた。

俺様(おれさま)の名は蒼空(そら)縁結(えんむす)びと五穀(ごこく)豊穣(ほうじょう)(つかさど)る、超有名な茄子(なす)神様(がみさま)なんやで! どや、すごいやろっ?』

 小さすぎてよく見えなかったが、どうやら自信たっぷりに胸を張って、嬉しそうに目を輝かせているようだ。つい先ほどまで枯れかけていたのはなんだったのかと疑いたくなるほどの元気の良さに、美咲は目を瞬かせた。

 茄子神様という神様の名前は聞いたことがない。が、なるほど確かにその小さな身体はスーパーでよく売られている細長い……のとはちょっと種類が違うような気もするけれど、ナスの形をしている。

『なんや、えらい反応薄くてつまらんわー。普通は驚くとか「きゃーカッコイイ~」って叫ぶとかするんちゃう? あ、ねーちゃん生粋(きっすい)の関東人やろ?』

「え、っと……ち、がいます、けど」

『そうなん? ほな、どこの生まれや…ってちゃうわ、そんなことはまぁどーでもええ。俺様を助けてくれた礼に、なんか願いごと叶えたるで!』

「……願いごと、ですか?」

 まるでお伽話のような展開に、ようやく思考が追いついた美咲はポツリと問い返した。

『そうやなぁ。例えば――この場所で俺様と一緒に暮らしてもいいで、とか、この場所を譲ったるから好きなように使ってええで、とか。あ、ねーちゃんはこの場所で今流行(はや)りの『カフェ』ってのを開きたいんやろ? ほんなら、それでもええんやで?』

「……それって」

 全部この場所に関することなんですけど、と美咲は心の中で言い返しながら苦笑する。

 そもそも、なぜ初対面相手にこんなにも、自信たっぷりで偉そうな態度をとれるのか。

 極度の人見知りで、自分に自信を持てずにいる美咲は、そんな蒼空の様子に羨ましさを抱きつつ、神様という存在はこういうものなのか、と納得することにした。

『なんせ俺様、さっきまで死にかけとったから、神力(しんりき)とか全然、残ってないねん。あるのは、この場所だけっちゅーわけやな!』

「じゃあ、願いごと聞くまでもなく、お礼はこの場所……ってこと、ですよね?」

 言いながら、美咲は「願いごとを叶える」という言葉に期待した自分が、妙に恥ずかしくなってきた。

「べ、別に、お礼なんて、その、気に……しないですけど……」

 慌てて言い直すが、蒼空は美咲の考えていることなどすべてお見通しだ、とばかりに、ニヤリと微笑んだ。

『まぁ、礼は礼っちゅーことで素直に受け取りや。ところで、ねーちゃん、名前は?』

山科(やましな)、み……」

『み?』

「み……さき。山科やましな美咲(みさき)です」

『ほぉ。山科の美咲ち、か。ええ名前やな。ほんなら、手ぇ出してや』

「……手?」

『せや、俺様の手に、美咲ちの手を合わせるんや』

 美咲は何がなんだかわからないが言われるまま、小さなナスの身体から伸ばされている手らしきところに人差し指でそっと触れる。

 その状態はまるで某名作SF映画の少年と宇宙人の有名シーンみたいだな、と頭の隅で考えていると、本当に指先が淡い緑色に発光し始め、じんわりと温かくなってきた。

 と、次の瞬間。

 それまでの少年のような声とは違う、鈴のように澄んだ蒼空の声が、二人だけの静かな空間に響き渡った。


 ――(われ)蒼空(そら)の名を()って此処(ここ)(えにし)(けっ)す。()の名は美咲、我と共に架け橋なることを願わん。


 シャンと錫杖(しゃくじょう)を打ち鳴らしたような音と共に、(つむ)がれた(こと)()が空気に溶けていく。

 どこか懐かしい感覚に包まれ、不思議な安心感から目をつぶってしまっていた美咲は、ふと(まぶた)の裏に三人の少年が竹林に囲まれた神社で笑い合っている姿を見た気がした。

 あれは一体――?


「……っと……ちょっと、美咲ってばボーッっとしちゃって、どうしたのよ?」

 肩を揺さぶられた美咲がハッと我に返ると、ついさっきまで目の前で浮遊していた紫色の物体は姿を消し、代わりに、物件の下見に付き合ってくれていた友人の、心配そうな顔があった。

「え? あ、(うしお)ねぇ……さん?」

「大丈夫? でもって、その鉢植えはどうしたの?」

 戸惑っている美咲の顔を怪訝そうに覗き込みながら、潮が問う。

 いつの間にか手に握られていた鉢植えを見て、美咲は「あっ」と小さく声を上げた。

 水をたっぷり含んだ土から、ピンと元気よく伸びている双葉。人差し指の先にわずかに残っている温もりが、つい先ほど起きたことが白昼夢(はくちゅうむ)ではないことを物語っていた。

 そして――。


「で、本当にココに決めちゃってよかったの? もう少し色んな物件を見てから決めた方がいいって言ったのに……まさか、あたしがトイレ行ってる間に契約書に判を押すなんて」

「え?」

 いつの間にか、潮の手には、山科の判が押された『賃貸契約書』が握られていた。

「まぁ、こういうのって、直感が大事とも言うしね。わかったわ」

 潮は一人納得したように言うと、ジャケットの内ポケットからボールペンを取り出し、契約書の連帯保証人欄にサラサラと署名していく。印鑑も押し終えたその紙を不動産屋に手渡したところで、この物件の賃貸契約は完了した。


 ――ほな、これからよろしゅう頼むで!


「……え、えぇっ?」

 手元から(ささや)くような蒼空の声が聞こえ、美咲は思わず声を上げた。

 慌てて潮や不動産屋の顔を窺うが、彼らには蒼空の声が聞こえていないようだった。

「どうかしたの?」

「あ、いや……その……なんでもない……」

 潮は怪訝けげんそうに首を傾げ、眼鏡をかけた人の良さそうな不動産屋のおじさんも、何事もなかったかのように満足そうな微笑みを浮かべている。


 そういうことか――と、美咲はそこでようやく理解した。

 どうやら茄子神様の力とやらで、蒼空はこの場所をお礼に譲ってくれたらしい。

 にしては「賃貸契約」を結んだだけだったが。

「……ま、いっか。ありがとね、茄子神様」

 美咲は手元の双葉に向かって囁き返す。

 しかし数時間後、賃貸契約書の裏を見た美咲は、一瞬でも蒼空に感謝したことを、後悔する羽目になった。

 美咲はいつの間にか蒼空とも、ある『契約』を結んだことになっていたのだった。


 一、カフェ開店後三か月以内に、売上計四一七万円を超えんかったら、出てけや。 

 一、カフェ開店後三か月以内に、来客数計四一七名を越えんかったら、以下同文。

 一、カフェの食事メニューにはすべて、ナスを使うんやで。

 一、カフェ店内には俺様ナスにまつわるものを、ぎょうさん置いといてや。

 一、俺様にたっぷりの水と、人間の笑顔と、愛をプリーズ!

 

 これらぜーんぶこなすことがでけたら、願い事ひとつ、叶えたるで。

 ひとつでもできへんかったら――……。


 偶然なのかわざとなのか、滲んでしまって読めなかった契約書の最後の一文。

 もしクリアできなかったらどうなるのかは、まさに茄子神様のみぞ知る――?


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