♪第四章♪ 茄子色のセレナーデ *4*
6月のナス祭を前日に控えた日の午後、普段は双子姉妹二人で来る里桃が、めずらしく一人でカフェにやってきていた。
授業がいきなり休講になったので、ひとりで来てみたという里桃は、後から来る里杏とこのカフェで待ち合わせして買い物にいく予定だというが……。
「どうかしたんですか、里桃さん?」
見れば、里桃はスコーンに手をつけるでもなく、ただぼんやりとアールグレイのアイスティーをぐるぐるとストローでかき回していた。
カランと、氷の音がして、里桃はようやく我に返った。
「何か、悩みごとですか?」
「……あ、の、実は、ルマくんとあーちゃん、姉のことなんですけど……」
それから里桃は、抱えている悩みをぽつりぽつりと話し始めた。
ルマ――悠馬のことといえば、恋愛相談で、その手のことに疎い美咲は、蒼空の姿を店内に求めたが、タイミング悪くいないようだった。漣も今日はめずらしく、用事があると言ってランチタイムを終えた14時過ぎに帰ってしまい、今は美咲だけで接客していた。
その後、ひととおり話を聞いて、美咲が受け売りのアドバイスを告げたころ、里杏がカフェにやってきた。
「あのね、あーちゃんに話があるの」
「何よ、りっちゃん、そんな改まって」
「うん……私に無理して付き合うことないんだからね……」
「……は? 何言ってんの?」
「ホントは、あーちゃんは私に付き合ってカフェに通うより、色んな所に行って動き回ってるほうが好きなんだって、知ってるの。なのに、私が色々頼っちゃうからダメなんだよね……振り回しちゃって、ごめん」
「何よそれ……本気でそんなこと考えてんの!?」
今にも泣きそうな表情で頷く里桃。
「信じらんない! 何であたしがそんな……りっちゃんに気を遣うみたいなこと……するわけないじゃない。あぁ、なるほど、そういうこと。アンタの考えてることわかったわ。ルマくんがいるから、あたしはお邪魔ってことなんでしょ!」
「ちがっ」
「違わないでしょ。アンタの考えてることなんて全部わかるんだから! はいはい、どうぞ、二人で仲良くどっか行けばいいでしょー。ばいばーい!」
ヒラヒラと里桃を追い払うようにした里杏は、踵を返すと、そのまま店から飛び出していってしまった。
ひとり店に残された里桃はアイスティーを前にうつむいてボロボロと涙を零している。
「あの、里杏さんのこと、追いかけた方が……」
心配して話しかけた美咲の言葉は無視される。が、その視線が、いつの間に現れたのか、カウンターの左端の席に座っていた蒼空に向けられた。
「あの……もしかして、あなたが縁結びをしてくれるっていう……噂のナスやんさん?」
そういえば、蒼空はいつも双子姉妹がいるときに人間姿を現したことがなかったので、これが初対面だ。
美咲はふとそんなことを考えつつ、蒼空の動向を窺った。
「俺様の名前は『蒼空』やねん。蒼い空って書いて、蒼空!」
「……ナスやん、さんじゃなくて?」
「せや。この名前は特別やから、言い間違うたら何も答えへんで」
「特別ですか?」
「せや、昔な……って、そんな話は今はどーでもええねんな。姉ちゃんが聞きたいんは、あの兄ちゃんとの相性か? それとも、あっちの姉ちゃんとの仲直りの方法か?」
「そ……れは」
「ま、両方やろなー。しゃあない、大サービスでイイコト教えたるわ」
「いいこと……ですか?」
「せや。両方まとめてうまくいく、ええ方法があんねん。耳貸しや」
蒼空はくいくいっと手招きして里桃を呼び寄せると、美咲にも聞こえないように、耳元で何事かアドバイスした。途端、里桃の顔が朱に染まった。
「ちょっと、蒼空ってば彼女に何言ったの?」
変なこと吹き込んだのではないかと、美咲が尋ねるが、蒼空はもちろん、里桃も首を横に振った。
「秘密やねん。ほな、あとはねーちゃんがどこまで覚悟できるかやな。どや、できそか?」
「……は、はい。がんばって、みます」
いつの間にか涙を止めていた里桃は、蒼空に頷き返すと、紅茶を飲み干し、何かを決意したように立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
「はい、がんばりますっ。美咲さんも、アドバイスありがとうございました~」
「いえ……私は何も……結局混乱させちゃったみたいで……」
「じゃあ、明日、楽しみにしてます~」
深々と頭を下げた里桃は、来た時よりもしっかりとした足取りで、カフェを出て行ったのだった――。




