♪第二章♪ 茄子色のガボット *7*
「にしてもさぁ、さっきお店にいた男の子、美咲さんの弟とかだったのかなぁ?」
カフェを出て商店街を歩き始めながら里杏が言った言葉に、里桃は首を傾げた。
「え……男の子?」
「そう、真ん中にあった木のところに隠れながら、あたしらの方見てた子」
里桃にはまったくなんのことだかわからなかった。が、すぐさま次に里杏が言うであろう内容に予想がついて、顔を強張らせた。
「あー、じゃあやっぱ、人間じゃなかったのかもー」
「いやいやいや、冗談やめようよ、あーちゃん。まだ初夏だよ、幽霊話には早すぎるよ」
ぞわりと立った鳥肌に、腕をさすりながら苦笑する。
「だって、見えちゃったもんはしょうがないじゃない。そんなに悪い感じはなかったし、大丈夫よ!」
里桃と里杏は、見た目も性格も正反対だが、あとひとつ決定的に違う点を挙げるなら、それは霊感の有無だった。
里杏は小さい頃から人には見えない何かの存在を感じ取っては、しかし平然とした様子で「あれは何だ」と周囲に尋ねて、特に里桃を怖がらせていた。
「でもさ、もしかしたら、あのカフェに客があんまし入ってないのって、アレのせいかもしれないよ?」
「……あーちゃん、もしかして、そういう話したら、わたしがあのカフェに行かなくなるとか考えてる?」
「ちょっと、それどういう意味よ!?」
「だってぇ……」
昨日、ルマに会うためにカフェに連れて行って欲しいというお願いをしてから、微妙に里杏の機嫌が悪いのだ。口があまり良い方でないとはいつものことなのだが、今日はいつになくカフェの店員たちにも悪絡みしていたような気もする。
もっとも、美咲がライターだと知った後からは、そうでもなくなったけれど。
「あ、そういえば、わたし、探してるCDがあったんだ」
カフェに向かう途中は緊張のあまり視界に入っていなかった商店街の店並みに、楽器店の看板と、CD販売と書いてあるのを見つけてつぶやいた。
里杏が「話逸らしたな」と睨んでくるのを無視しながら、その足は【楽器店】の入口へと近づいていった。
「じゃあ、あたしは向こうのメンチカツ買って帰るから、どうぞごゆっくりー」
「えっ、ちょ、待ってよ、あーちゃん?」
てっきり一緒についてきてくれると思っていたのを裏切られ、拗ねた口調の里杏を慌てて引き止める。
「何よ。あたしは欲しいCDもお金もないから、超おいしいって有名な百円メンチカツでも食べてるって言ったの。悪い?」
「わ、悪くないけど、わたしも食べたい!」
「ふぅん。じゃあ、さっさとCD買ってきたら?」
いつもなら、りっちゃんの分のメンチカツも買っておくと言ってくれるのに、今日はやはり機嫌が悪いらしい。
「……わかった。じゃあ、メンチカツ代出すから、わたしの分も買っておいてください、優しい里杏お姉さまっ!」
「……しょうがないわね」
呆れたように言いながら、ちゃっかりと里桃から二百円を奪い取った里杏は、精肉店の前にできている行列の最後尾に向かって駆けていった。
「わたしも早く、CD探してこなきゃ」
里桃は姉の背を見送ると、楽器店に入った。
一階にはギターや電子ピアノなどの楽器がたくさん並んでいて、音楽をやっているわけではない里桃は、場違いな雰囲気にドキドキしながら店内を進む。奥から二階へと続いている階段を上ると、そこはCDと楽譜の販売コーナーになっていて、ホッと息をついた。
「えーっと……ジャンルは、洋楽?」
携帯にメモしておいたのを確認してから、これまであまり見たことのなかった棚の前で立ち止まった。
「サウス……だから、S、エス……っと、あった」
昨日、ルマのブログの最後に紹介されていた『サウスウィンド』のアルバムで『フェイバリット』という曲が収録されているものを探すと、それは意外とすぐに見つかった。
四人の美青年たちが青空の下、緑溢れる草原を歩いている、という爽やかなジャケットを手に取り、そのまま迷わずレジへ持っていく。
『サウスウィンド』は、アイルランドで今人気ナンバーワンのボーイズグループで、見た目の格好良さはもちろん、美声を活かしたラブバラードには定評があるらしい。
らしい、と自信がないのは、里桃が昨日、その存在を知ったばかりで、ネットで調べてかじっただけの情報だからだ。ちなみに、公式サイトは当然のように全文英語で書かれていたので、すぐに回れ右した。動画サイトで何曲か視聴もしてみたのだが、やはりちゃんと綺麗な音質のもので聞いてみたくなったのだった。
レジを打ってくれた男性店員にも「これ、いい曲入ってますよ」とお墨付きを貰えた里桃は、鼻歌混じりに楽器店を後にした。
それから、里杏が十分以上並んで買っておいてくれた、ジュワっと肉汁溢れるメンチカツを頬張りながら、二人仲良く家に帰ったのだった。




