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マリーゴールド

作者: モグラ

初投稿です。モグラと申します。

書きたいと思った内容を書かせていただきました。

文章は非常に稚拙なものだと思いますが、これで全力です……

腕は少しずつ磨いていきたいと思います。


率直なもので良いので、感想をいただけると幸いです。


では

 いつの間にか雨は上がったようである。ただ、そんなことにも気づかなかった。空と同じのっぺりして、飲み込まれそうな灰色が、僕の視界の中にも広がっていた。

「おい、次 田中だぞ」

教壇の上から声がかかった。

「あっ はい」

ふらついていたピントを黒板に合わせると、整った綺麗な板書がびっしりと並んでいた。しばらくポカンとしていると、隣の友人が教科書の一節を指さして助けてくれた。

「っ、えっと、……」

最初、声が出せなくて少し困ったがなんとか読めた。

いつもなら、誰かが僕を茶化すか、先生が僕を叱るのだろう。でも、今日は誰一人、口を開かなかった。

多分、「開けなかった」。

僕の左隣りが、今日は空席だ。

明日も、明後日も、多分この先ずっと。一枚の写真の前に、一輪の花が寂しそうに、首をもたげていた。


一昨日 一人のクラスメートが、この世を去った。

「金澤 麻里」

彼女は、住んでいたマンションの六階から飛び降りた。即死だった。

昨日、僕らはそれを知らされた。

突然泣きだしてしまう人、上手く飲み込めないような顔で呆然としている人。様々だった。あの瞬間から、このクラスは地獄に見えるようになった。


 今、学校側は自殺の原因を探っているとしている。ただ、そんなものはこのクラスの誰もが、知っている。「いじめ」誰もが知っていて、

そして誰も口に出そうとはしなかった。



昨日から、放課後にクラスの人が順番で、「取り調べ」をうけていた。

教務室から少し離れたカウンセリングルーム。そこが僕らの取調室だ。カウンセラーと担任、学年主任、副主任の計四人で聞き取りをしているらしい。今日は僕の番だった。

「田中君……次」

ひとつ前の番号の友達が、僕を呼びに来た。

「うん。わかった。」

短く返事をして、席を立った。


 僕のクラスからカウンセリングルームまでは、それなりの距離があった。廊下の明かりは暗く、四隅は黒く染まって見えた。

「おっ、田中じゃんか。なにしてんの?」

同じ部活動の先輩が、話しかけてきた。

「えっと……麻里さんの……」

「あっ、そうか…… ごめんな。」

消え入りそうな僕の声に、申し訳なさそうに返事をして、先輩は去っていった。

ようやく階段についた。いつもより長く感じた。


 階段に足をかけて、突然、恐くなった。降りようとする足が、小刻みに震えて、ずっと重く感じた。一歩、一歩。足が確実に地面を捉えているのを確かめながら進んだ。

さもなければ、真っ直ぐに、真っ逆さまに、深い深いところへ、足を滑らせてしまう気がした。十歩、

二十歩、やっと踊り場について、一度、深く息を吸った。視線の先にあった顔のような染みが、僕のことを監視しているような気がして、下に目をそらした。端の方に消しゴムがころがっていた。何故だか一層さびしい気持ちになった。

さっきより、もっと重くなった足取りで、もう二十段、階段を降りた。


 なんとか階段を降りきって、廊下に出ると、遠くの方に担任が見えた。彼女は僕を見るなり、小走りで駆け寄ってきた。

「大丈夫?ごめんね。少しだから話聞かせてね?」

目を赤くし、震えた声で彼女は言った。……この涙がなんで流れているのか一瞬考えようとした。でも……やめた。タブーな気がした。

考えたら、なおも黒いものに纏わりつかれそうだった。

(お前だって知ってたくせに)

声にしない声で、僕は罵っていた。



 部屋の中は、教室よりも暖房がきいていて、温かかった。副主任の姿が見当たらない。三人だった。

みんな揃いも揃ってニコニコとしていて、それが僕への配慮だと分かっていても不気味だった。

「田中君……だね? 突然のことで戸惑っていると思うが、君の知っていることを教えてくれないかな?」

主任が落ち着いた深い声で言った。

「……なにを話せばいいですか?」

少し間をおいて質問した。

「麻里さんについてさ、最近どうしていた、とか。何か気になったこととか。なんだって構わないよ。」

「他にも、話したいことや、不安なことがあったら構わずはなしていいからね~」

主任の隣から、カウンセラーの人が続けた。何から話したらいいか、見当もつかなかった。自分の言ったことが、何かの証拠になって、

大変なことが起きたら。何か間違ったことを言って、何か勘違いしたことを言って、それで問題が起きてしまったりしたら。悪い想像だけが、ムクムクと膨らんで、のどにつかえてしまった。

「ここでのことは、誰にも話さないから。心配しなくていいからね?」

(警察には言うんだろ?)

素直に受け取る気にはなれなかった。……沈黙が流れる。優しい視線が、体中に刺さるようで、痛くて、辛くて、仕方がなかった。


「あの……ウソをいうかもしれないです。あっ、ウソっていうか、間違ったことを……」

沈黙に耐えかねて、やっとつかえが外れた。主任は何かを言おうとしていたが、すぐ口を閉ざした。

「大丈夫。心配しなくていいよ。

ここでの話が、直接何かに関わることはないからね。」

主任がゆっくりと答えた。それがウソかホントかはわからない。でも、一言口を開けたせいか、さっきよりは何か話せる気がした。

「なら、……えっと……」


僕が今、話せる限りを話した。



 教室への帰りは、行きよりは怖くなかった。それよりも、早く家に帰って、大好きなゲームに逃げ込みたかった。

「次……田村」

また、声がかすれていた。僕を呼びに来た友人の声が、弱々しかったわけが、今痛い程に分かった。

「はいよ~」

気の抜けた返事をして、彼は廊下に出て行った。その姿が、どうしようもなく羨ましく見えてしまった。僕もそそくさとリュックを背負い、逃げるように教室を出た。荷物はあらかじめ詰めてあった。

「ばいばい、田中君」

クラスメートの一人が挨拶をくれた。

「うん……さよなら」

最後の方は声がしぼんで、自分でも聞き取れなかった。



下駄箱の靴を取り出してはいた。手が冷たかった。玄関を出ると、部活帰りの生徒たちがぽつぽつと見えた。多分、僕の知っている人はいないだろうけど、それでも怖 くて、じっと周りに目を凝らした。  

ふと、視線の先に足取りの重たい、灰色のマフラーをまいた女性が見えた。麻里のおかあさんだ。麻里とは、マンションが同じで、母親の仲が良かったため、見慣れた顔だった。もちろん、今一番見たくない顔でもあった。校門への最短コースはあえて避ける。それでもまだ怖くて、めい一杯うつむいて、歩き出した。枯葉が散って、風に舞っていた。冷たくて、肌が灼けそうな風だった。ザッザッと木の葉を踏む音が聞こえた。その音が僕一人分だけでありつづけるように祈りながら、耳を澄まし歩いた。


 いつのまにか、家まで半分程まで歩いていた。ずっと麻里の事を考えていたら、あっというまだった気がした。麻里への「いじめ」それが始まったのは、三年に上がって、すぐの事だった。詳しいことは知らなかったが、噂で聞いたことには、影響力の強かった子と一揉めあったらしい。初めは、その子と取り巻き数人程度が、麻里とつんけんしている。くらいのものだった。それが段々と、麻里への「いやがらせ」になっていった。初期は、こう言ってしまうと少し誤解を生みそうだけど、「かわいいもの」だった。今と比べれば。執拗に揚げ足をとってみたり、近づくと避けてみたり、そのくらいだろうか? でも、それですんでいたのは二か月程。嫌な空気はまるで、体をむしばむ病の如く、着々とクラス中に広がっていった。慣れというのはおそろしいもので、いやがらせが始まってしばらく経つと、クラスメートもあまり口出しをしなくなっていった。飛び火を恐れてのことかもしれない。なんにせよ麻里は徐々に孤立していった。止められることがなくなった、「する側」はいやがらせをどんどんとエスカレートさせていった。麻里の私物を隠してみたり、机にひどい落書きをしたり、大勢の前で平然と麻里を罵ってみたり、好き放題だった。いやがらせは、いつの間にか「いじめ」に変わっていた。周りのみんなも、大方が黙って見ているだけだった。一部は麻里の味方をしている者もいたにはいたが、彼女らも巻き添えを食らい、次第に離れていった。こんな空気で月日が進み、毒はより深くまわっていった。徐々に、麻里との関わりを避けるものが増えていった。いじめに加わるものもいた。いじめは大々的になされるようになり、担任も注意やら、なんやら始めたらしい。その成果か、「表面上は」麻里いじめはおさまっていった。もちろん何の解決にもなっていやしなかったけど。


「理不尽すぎるんだよ」

道端の石ころにあたった。蹴られたそれはコロコロと転がって排水溝におちた。


麻里が被害を訴えれば、先生が再注意し、それに腹を立てた「する側」は、なおも執拗に麻里を狙う。麻里以外が言ったって、理不尽な探偵ごっこが始まって、すぐに吊るし上げられるだけだった。誰も何も言わない。言えない。負のループを抜ける術はなかった。


 秋休みを超えたころ、麻里は学校に来なくなった。来られなかったが正しいのかもしれない。この頃には、先生も、もうほとんど諦めていた。


そして麻里は死んだ。

(ううん、違う)

言葉で、態度で、僕らが麻里を

「殺した」んだ。

少し前に見える踏切を、轟音を上げて列車が通って行った。

「あれに轢かれても、死ぬんだよな」

ぽつりと、つぶやきがこぼれた。ふと思った。麻里は自分の死に方まで考えたのだろうか? 飛び降りを「選んだ」のだろうか? それならば何故か? 踏切が上がった。僕は歩き出した。列車に飛び降り自殺をすると、家族にとんでもない負債を抱えさせることになると聞いたことがある。無論、麻里が轢かれて死ぬことを選ばなかった訳は、そんな事じゃないのだろう。だいぶ歩いた。顔を上げると、我が家が(といってもマンションだが)近くに来ていた。


 入り口で、マンションの住人らしき女性とすれ違った。僕の顔を見て、一瞬顔を堅くしていた気がする。母から聞いたことだが、どうもこのマンションでは、僕は、幼馴染が自殺してしまい、傷ついている可哀想な少年。となっているらしい。気を遣うのは結構だ。だがこうも、ここでもあそこでもと気を遣われてばかりだと、正直なところ、内心うんざりしてきていた。

(ほっといてくれよ)

気を遣われるたびに、惨めになって、何故だか一層辛かった。



「ただいま……」

玄関のドアを開け、誰に言うでもないような、消え入りそうな声でそう言った。

「おかえり」

かあさんが作ったような優しい声で返してくれた。

「ご飯できてるから、荷物置いておいで」

腹は空いてなかったけど、それ以外、することもない気がして、足早に自室へ向かった。椅子の上にリュックを置き、ベッドに大の字に転がった。途端に、一気に力が抜けた。涙が自然に溢れてきた。もう立てない気がした。帰り道に思い出していたことで、頭がいっぱいいっぱいになって、何も考えられなくなってきた。息苦しいのだけがずっと続いて、もう、どうにかなってしまいそうだった。天井が歪んで見えてきて、きつく瞼を閉じた。

どのくらい経ったろうか?

「ご飯冷めちゃうわよ~」

と母のせかす声が聞こえた。そういえば、ご飯を食べるのだった。結んでいた瞼を開いて、大きく息を吸った。

「んっ! と」

小さく掛け声を出して、なんとか起き上がった。

「まず、ご飯。ご飯。」

自分に声をかけるように呟いて、ゆっくり立ち上がった。一瞬、ふらりとした。

「おっと……」

なんとかバランスを取り直した。体をドアに向け、ゆっくりと歩き出した。ドアノブがやけに冷んやりとして感じた。ガチャッと音を立て扉が開いた。夕飯のにおいが鼻をついて、急にお腹が空いてきた。


 今日の夕飯は、僕の好きな「ビーフシチュー」だった。ご飯は冷めかけだったが、ビーフシチューからはまだ湯気が立っていた。椅子を引いて、深く座った。

「いただきます」

声を絞り出していった。スプーンを手に取って、シチューを一口すくって飲んだ。旨かった。暖かくて、優しい味がした。

「おいしい?」

かあさんが僕を見ていった。目は見返せなかった。代わりに深く大きく頷いてみせた。

「うん よかった 」

頑張って顔を上げてみた。かあさんは優しく微笑んでいた。安心感がふっと広がって、だいぶ楽になった。もくもくとご飯を食べた。いつもは適当に済ませている夕飯が、こんなに身に染みたのは初めてだった。

 

 半分ほど食べたところで、かあさんが口を開いた。

「あの子達、やっぱりひどいんだね……」

手を止めた。顔を上げてかあさんを見ると、何かを話したそうにしていた。

「どうしたの? なにかあった?」

待っていたとばかりに、かあさんの口が再び開いた。

「麻里ちゃんね、学校いってなかったでしょ?」

「うん。そうだけど……」


「その時にも、いやがらせ続いてたみたいでね、麻里ちゃんの部屋から、麻里ちゃんの悪口が書かれた手紙とか、ハガキとかが何枚も見つかったんだって」


「ひきこもる前の奴じゃないの?」


「ひきこもるって……でも、そうじゃないらしいの。一、二枚は麻里ちゃんのおかあさんが見つけてて、隠してたつもりだったらしいんだけど……」


「それは麻里も同じだったって。そういうことね……」

また嫌な気分がかえってきた。終わってなかった。僕らが勝手に、あそこで終わってたんだと、そう思い込んでただけだったんだ。

「ごめんね。暗い話をしちゃって、さぁ ご飯食べちゃいましょ」

かあさんが慌てて言った。

「うん……」

急に、シチューに味がしなくなった。スプーンを持つ手が、全然進まなくなった。結局、全部食べ切る頃には、シチューも冷たくなってしまっていた。


食事のあと、部屋に戻ってもう一度、ベッドで横になった。さっきのかあさんの言葉が頭の中で何度も繰り返されていた。いじめは続いていた。ずっと。それが事実なら、違う見え方をする出来事がいくつか思いあたった。それで、徐々に恐いのが戻ってきた。今度は、今までよりずっと深かった。いやな汗で、背中がじんわりと蒸れてきた。麻里の自殺。僕は止められたかもしれなかった。逆に言えば、麻里は僕のせいで死んだ、ともいえるような気がし始めていた。


 実は、麻里の不登校が始まってからも、僕は何度も麻里に会っていた。マンションの移動中に鉢合わせたり、学校からの配布物を、彼女の家に直接届けに行ったこともあった。幼馴染みであるとはいえ、学年が上がってくると次第に話さなくなるもので、中学校に入ってからはめっきり話さなくなっていた。だから、というだけではないのだが、麻里と会うことがあっても、会話に発展することは稀だった。

「いくじなし」

情けなかった自分へのメッセージが口からこぼれて出た。

「幼馴染」ある意味で、あのクラスで一番麻里に近かったのは、自分のはずだった。でも、何もしなかった。麻理が苦しんでいたのを知っていて、それでも何もできなかった。なにもしなかった。

「なんで……」

続く言葉が多すぎて、それで、切れてしまった。何で麻里に話しかけなかったのだろう? 何で麻里の傍にいられなかったのだろう? 何で「何もしなかった」のだろう。できたはずなのだ。根本的に解決などできなくても、話を聞くとか、そのくらいなら僕にでも……。今更どうにもならないことだった。分かっていてもやめられなかった。

ほんの少し勇気があれば……それだけでできていた筈の事だった。いざこざに巻き込まれたくない。そんな気持ちに負けていなければ、明日も隣の席に、麻里はいたのかもしれない。こころのもやは濃くなって、大きくなって、いたくなって、もう、吐いてしまいそうだった。


ふらふらと視線が泳いで、カレンダーのマリーゴールドに止まった。

「麻里、あの花が好きだったっけ」

小学校の頃、一度だけ家に行ったことがあった。たしかその時、ベランダにプランターがあって、そこにマリーゴールドが植えてあったのだ。

「私ね? 金澤 麻里 っていうでしょ? 金澤の金と、麻里で、

マリーゴールドなの! だから、この花は私の花なんだ」

ちょっと誇らしそうに、麻里は笑顔で僕に教えてくれた。

「麻里の花……か」

綺麗だった。もっと、綺麗に見えた。


 麻里が死ぬ前の日、僕は、麻里から手紙を受け取っていた。正確には、僕の家の郵便受けに、投函されていたのを受け取っていた。のだ。その手紙は、封を切られることのないまま、机の上に放られていた。あの日、手紙を見た僕は、「あとでいいや」と思って、その手紙を読まなかったのだ。面倒くさい、きっとそう思っていたのだと思う。だが、その翌日、麻里は亡くなってしまった。


僕の目の前で。


 彼女が飛び降りるところを、マンションの六階から、少女が落ちていく様を、地面にたたきつけられて死ぬ様を、その場の近くにいた僕は見てしまった。金澤麻里の最初の遺体発見者は、この僕だった。


怖かった。ただただ怖かった。そして、恐くなった。「手紙を読まなかった。」その事実が、たまらなく恐くなった。自分のせいで、麻里は死んだのだろうか? そんな考えが一気に頭を覆い尽くして、パニックを起こした。「怖い。怖い。怖い。怖い。恐い。恐い。恐い。」その日の事は、それ以外の光景は、ほとんど思い出せない。ただ、何度も、何度も、彼女が死体になるさまが、繰り返し、繰り返し、僕を責めつづけた。

 身体を起こして、机の上の手紙に目を向けた。距離で言えば、二メートルもない手紙への道のりは、永遠にすら感じられた。

「麻里……ごめんね。今」

読まなくては、終わらない気がした。僕はそれを読む使命があると思った。それは僕の贖罪。麻理への手向けであると思えた。


膝に力を込めた。目はそれから離さなかった。歯を強くくいしばって、一歩。前に進みだした。永く見えたその道は、すぐにおわってしまった。手を伸ばせば、それに触れられた。腕が震えて、止まらなかった。整わない息をなんとかととのえようと奮闘した。大きく、ことさら大きく息を吸った。そして、止めた。


手を伸ばした。手紙に触れて、優しくそれを持ち上げた。

重かった。重く感じた。


息をはいた。確かに手の中にある。その実感に震えが止まらない。椅子を引く。深く、深く、腰を下ろした。

 かわいらしい封筒だった。封には、小さなマリーゴールドのシールが使われていた。ゆっくり。優しく。丁寧に。そのシールをはがした。中には薄い、柔らかなピンクの便箋が、三枚ほど入っていた。


………………………………………


 帰りのホームルームで、明日、麻里のお通夜があるから、来てほしいという連絡があった。授業はなくすらしい。正直、ほとんど義務のように聞こえたが、事がことであるせいか、強制参加という形はとらなかったらしい。


 今日の朝、カウンセラーの人に手紙の事や、面談で話せなかったことを全て話し、手紙を託してきた。あれ程恐ろしくてしようがなかった手紙の内容は、思っていたようなものではなかった。手紙の中で何度も繰り返されていたのは「ありがとう」という言葉。文面から感じられたのは「感謝」の意。到底、死のうとしている人が書くとも思えないほど優しくて、何より、温かい手紙だった。麻理は最後まで、麻里だった。そんな風に感じられる内容だった。大変、辛い、苦しい、そんな言葉は一言もなかった。代わりに、昔の思い出なんかの温かくて明るい話題みたされていた。


とても温かい手紙だった。


でも、麻里を知っていて、麻里の今までを見てきた僕からは、苦い手紙だった。


最後はこう締めくくられていた。

「田中君、いつなのかは分からないけど、読んでくれてありがとう! 

田中君に会えて本当に良かったです。

ず~っと友達でいてね? 

約束だよ(笑)

バイバイ!      麻里より」


麻理が本当にそう思っていてくれたのなら、少しは救われる気がした。色々と思うところはあったけれど、この手紙を、麻里の言葉を信じてみようと思った。


「ありがとう……麻里」

秋風の吹く帰り道、誰に言うでもなく呟いた。


 ふと花屋の店先に、見慣れた花を見つけた。僕の足は自然と花屋に向かっていた。

「これ、マリーゴールドですか?」

近くの店員さんにたずねた。彼女は笑顔で、そうだといった。ふと気になって、マリーゴールドの花言葉を聞いてみた。店員さんは、喜んで話してくれた。やっぱり、麻里の花だった。しばらく、色々な花の話を聞いた。


翌日の早朝、僕は、マリーゴールドとシオンを一輪ずつ買って、綺麗にラッピングしてもらった。


朝の風は冷たかった。

今日は、しっかり謝ろう。

「麻里、まっててね」


僕は歩き出した。


注:これはフィクションであり、実在の人物及びに団体とは何の関係性もありません。

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