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第十五章  「夏」のおわり

 『全ては島のため。

 私は島を守るため、島の生活、伝統、文化、そして何より私たちの爺さん婆さんたちが、何十年何百年かけて築き上げてきた島の「誇り」を守るために……、

 私は狼になった。

 狼となった私は、島の「誇り」と由緒正しき加美の名を汚した、我が父を手にかけた。

 そして私は島を変えてしまおうとする者たち、特に加美家を汚そうとした者たちを許さない。

 私は父に近付いた人間が誰なのか探り続けた。

 そのうちの一人、志都美のことはすぐに判った。私は志都美に近付くため、それまで殆どいじったことのない髪型と髪の毛の色を変え、服装も派手で露出の多いモノを選んで着て、志都美の嗜好に合わせるようにし、そしてようやく志都美が働いているショップに潜り込むことができた。

 同じ職場になると、すぐに志都美は私と一緒に行動することになった。だって私が志都美の趣味に合わせたのだから、ソリが合わないなんてことはない。そして志都美は私が思っていた以上に私のことを慕い、職場では志都美の方が先輩であるのにも関わらず、私のことを先輩と呼んだ。

 嬉しかった? 楽しかった?

 とんでもない、虫唾が走る!

 だって、私は志都美が陥れた加美大助の娘なのに、志都美は全く気にしていなかった。

 何故かって?

 それはね、覚えていなかったんだよ。

 かつて自分が陥れた男の顔と名前を、全く覚えていなかったんだよ。

 それを知った私は、表面では笑顔でも、その裏側では怒りの炎をメラメラと燃え盛っていた。

 こいつ、絶対殺してやるって思ったよ。

 千草のことは、怒りというよりも悲しかった……。

 子供の頃から一緒に遊んでた仲だから、千草が父の一件に絡んでいるって知った時、目の前が真っ暗になった。

 ああ、こいつも殺さなきゃなんないんだって。

 あの夜、私は茫然として船着場を歩いていた。正直殺すことに悩んでいたからだ。

 そんな時、向こう側から歩いてくる人影があった。それは千草だった。

 そこで見た千草は、今まで私が見たことのない千草だった。

 千草は私のことには気付かず、まるで酒に酔ったかのように港をフラフラ歩いていた。

 その時私は千草の目を見た。

 背筋が何度もゾクッとした。

 まるで千草の姿をした魔物のような感じがした。

 その時、私は思った。

 あ、殺さなきゃいけないんだ……って。

 千草を殺して、私と島のための復讐は終わったと思っていた。

 瀬川があんな事になって、菅林もただでは済まない。

 島の開発計画はいずれ頓挫する運命、命だけは助けてやろうと思った。どうせこれから先、負債やら何やらで生き地獄が待っているのだから。

 でも……まさか喜志先生まで絡んでいるとは思っていなかった。

 殺さなきゃって思った。

 でも、それは遅かった。

 確かに、一番先に殺しておくべきだった……。

 私が犯した一番大きなミス、

 それは喜志先生を最初に殺さなかったことではない。

 アイツを事件に近付け過ぎたことだと思う。

 アイツさえいなければ、私は全てやりきることができた。

 でも……アイツがいたからこそ、私は自分の犯した罪の重さに気付くことができた。

 結局私が一番島と加美の名を汚していたのだった。

 そしてあの時、狼となっていた私に、私が一番大切にしている妹のことを思い出させてくれた。

 だから、今私は思う。

 この時、アイツに出会えてよかったと。

 そう……新谷壮介に』

 

 …………大神島連続殺人事件容疑者 加美千絵子の手記より…………



 翌朝、壮介は港に立っていた。

 壮介の後ろには川住旅館の面々、駐在の島泉、そして遥がいた。

 喜志は警察による事情聴取に出向いているため、この場にはいない。

 そして千絵子は、昨晩のうちに所轄署へと連行されていった……。

「まだか〜?」

 船着場に停泊している船頭が壮介たちにむけて叫ぶ。

「すみませ〜ん、主任さんがまだなもんで」

 壮介は振り返って返答する。

 容疑者逮捕により、大神島の捜査本部は所轄の宇方署へと移された。捜査員の大半は明朝撤収していったが、歌藤だけが遅れて合流することになった。

 渡船なんて何度も往復しているのだから、いちいち待つこともないのだが、歌藤が一言壮介に礼を言いたいとのことで、こうして壮介は歌藤がやってくるのを待っているのであった。

「あ、来られました!」

 島泉が声を上げる。面々は港の入り口方面に、こちらへと走ってくる歌藤の姿を発見する。

「いや、ゴメンゴメン。急にトイレをもよおしてしまってな」

 歌藤は額の汗を拭いながら壮介たちに向かって頭を下げる。

「さてと、新谷さん」

 そして歌藤は壮介の前に立ち、キリッとした表情になる。

「今回の事件、解決に協力していただき、署員を代表して感謝の意を表します。どうもありがとう」

 言葉の最後、歌藤は壮介に向かって敬礼をする。

「いえいえ、そんなお堅いことしないでくださいって。俺はそんな大したことしてないですから」

「いやいや何を言うか。君がいなければここまで辿り着けなかったのは事実だ」

 すると歌藤の言葉に、周囲の取り巻きが合いの手を入れる。今ここにいる、壮介の周りに集まってきた全員が、そう感じていた。

「警察は警察で、物証を掴んでいたんでしょ? そんな買い被らないで下さいって」

 事実そうであった。

 昨晩捜査本部が加美千絵子を訪ねたのには、ちゃんと根拠があった。

 川住千草の遺体からあるものが検出されていた。

 それは千草以外の毛髪。それも脱色して特別な処理を施された毛髪であり、それを分析したところ、とある有名な美容室で使用されている成分を検出。そしてそこの顧客名簿を照会したところ、加美千絵子の名前が出てきたのであった。

「お〜い、はよしてくれっ!」

 全く空気を読まない船頭の声が聞こえ、壮介と歌藤は会話を止めて視線を合わせる。

 そして二人は横に並ぶ。

「ではみなさん、俺たちはこれで失礼します。今までお世話になりました」

 壮介は深く頭を下げる。それに続き、歌藤は敬礼をした。

「新谷さん、こんな所ですが、是非またいらして下さい。歓迎しますよ」

「今度はタダで泊めてやるよ」

 川住夫妻はお互い寄り添いながら壮介たちを見送る。

 まだ愛娘を失った悲しみが癒えていないものの、事件解決に貢献してくれた壮介に、何としても礼をしたかったのだ。

「はい、ありがとうございます! では!」

 壮介と歌藤は手を振りながら桟橋を歩く。川住夫妻も大きく手を振る。

 そしてあと一歩で渡船に乗るという時だった。

「新谷さん!」

 遥が桟橋を駆けてきた。

「遥さん?」

 壮介は足をとめ、遥の方へと振り返る。

 遥は壮介の元まで走ってくる。

「……先に乗ってるぞ」

 その姿を見て歌藤は場の空気を読んだのか、壮介を残して渡船の奥へと入っていった。

「はぁ、はぁ……」

 急に思い立って走ったのか、それ程長い距離ではないが遥は肩を上下させている。

「遥さん、どうかしましたか?」

 遥の行動に、壮介は少し戸惑い、頭をポリポリと掻く。

「新谷さん……、わ、私……」

 顔を上げた遥、その瞳は壮介の瞳を射抜く。何か大切なことを伝えようとしている目であった。

「はい?」

 壮介は遥からの言葉を待つ。

 しかしその後遥から言葉は出てこない。

 そして遥は再び顔を伏せる。

「い、いえ……、何でも、何でもないです。すみません……」

 遥は小さな声でそう呟いた。

「は、はあ……そうですか」

 壮介はますます訳が判らず頭を掻く。

「では、遥さん。またいつか会いましょう」

 船頭の視線に気付いた壮介は、遥にそう言い残して渡船の中へ入ろうとする。

「新谷さんって、街の出身なんですよね?」

 その時、遥は再び顔を上げる。

「え、そ、そうですけど」

「こんな島よりも、ずっとずっと楽しい所ですよね?」

 壮介は遥が何を言っているのか、全く掴めない。ただ相槌をうつことしかできなかった。

「それこそ、こんな島のことなんかすぐに忘れてしまうくらい、充実した生活なんですよね? 羨ましい……」

 遥は一歩前に出て、壮介の瞳に視線を合わせる。

 そして壮介にしか聞こえない声で呟く。

「私のこと、連れ出してほしい……」

「え……」

 突然のことに壮介は戸惑い絶句する。目を見開き、髪の毛をガリガリと掻く。

 するとその姿を見た遥がプッと吹き出す。

「新谷さん、冗談ですよ……」

 そして遥は振り返り、壮介の元から離れていった……。

 その姿を見送ってから、壮介は渡船の中へと入っていった。


 そして渡船は大神島を出発する。

「話は済んだのか?」

 歌藤は一番奥の席に座っていた。

「ええ、まあ大したことではなかったです」

 壮介は頭を掻きながら歌藤の横に座る。

「そういえば、一つ聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」

「ん、何だ?」

 壮介は歌藤へ視線を合わせずに話す。

「俺の素性、知っていたんでしょ?」

 壮介の素性とは……。

「勿論だよ。警察の情報網を舐めたらダメだぞ」

 壮介の素性……、それはこの夏壮介が巻き込まれ、そして壮介が解決したもう一つの事件のこと。

「私と長渡で申し合わせたんだよ。君を泳がせてみようってね」

「なるほど、どうりで宇方総合病院で瀬川に誰もついていなかったわけですね」

 壮介は一度新居志都美殺害の容疑者としてマークされた。そんな人物をこれ程自由に行動させていることを不審に感じていたのだ。そして川住千草の重要参考人である瀬川に警官が張り付いていないことで、ますます違和感を覚えたのだ。

「まあ民間人をこういう形で利用するのは少々マズいのだが、おかげで事件は解決したのだから万々歳だよ!」

「ハハ……」

 高笑いする歌藤を見て、壮介は苦笑いを浮かべる。

 壮介は視線を落とす。

 そこにはカメラがある。

 このカメラは先の事件で知り合い、そして命を落とした「ともだち」の遺品。

 思えば先の事件に巻き込まれたきっかけを作ったのは「ともだち」であった。

 そして今回、壮介が大神島へやってきたそもそもの理由は、大神島の祭を撮影するという「ともだち」の遺志を受け継いだため。

「まーたアンタのせいで事件に巻き込まれたよ。このトラブルメイカーが……」

 壮介はカメラを見つめながら、小さな声で呟いた。


 渡船はベタ凪の海を進む。

 大神島から本土まで五分もかからない。

 間もなく壮介の「惨劇の夏」が幕を閉じる。

 そして壮介たちを乗せた渡船が本土の船着場へ到着する頃……、

 大神島の桟橋に遥の姿があった。

 遥は手の届きそうな距離にある渡船をじっと見つめ、

 そしてピュウと夏の浜風が遥の髪を揺らした時、


「さようなら」


 遥の口元が、そう動いたように見えた……。



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