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第十二章  真の「狼」たち


 話は前日の夜に遡る……。

 

 壮介は瑞希から教えてもらった住所を頼りに、宇方総合病院へと向かった。

 バスで一旦宇方駅まで戻り、そこから病院方面行のバスへと乗り込む。もう暗くなる時刻と生憎の雨ということもあり、壮介はバス停を探すのに苦労し、思いの外時間をかけてしまった。

 病院に到着した壮介は、早速瀬川の病室を探すこととなる。ただ受付を通すと色々と面倒なことになるかもしれないという考えがあり、壮介は広い病院をしらみつぶしに捜していくことにした。

 そもそも瀬川がここへ搬送されたということも明確ではない。いるかどうか判らない人物の病室を捜すというのは、なかなかの辛い作業である。しかし壮介は一つ一つ病室のネームプレートを根気よく探していく。

 そして壮介が捜しはじめてから一時間、個室病棟でようやく瀬川のネームプレートを見つけることができた。

「ここか……」

 周囲を見回した後、壮介は意を決してドアをノックしてみる。

「…………」

 中からの返答はない。壮介はもう一度ドアをノックしてみるが、やはり何の反応もなかった。

「失礼しまーす」

 鍵はかかっていないようだったので、壮介はドアノブに手をかける。ガチャリという音とともに、ドアは開いた。

 さほど広くない室内の窓際にベッドが一つ、そこで横になっているのが瀬川であった。

 壮介は瀬川のベッドに近付いてみる。瀬川の眼は開いているものの、その焦点は定まっていない。室内は電気が消されているため、その顔色まで窺い知ることはできない。

 生きているのか死んでいるのかすら、この時点では判断できないくらいだった……。

「瀬川……さん?」

 壮介は瀬川の名を呼んでみる。しかし瀬川は全くの無反応。それは息をしているのかと感じる程だ。

「瀬川さん、僕です。新谷壮介です……」

 壮介は取りあえず名乗ってみる。そしてベッドの傍まで近付き、置いてあったパイプ椅子に腰掛ける。

「瀬川さ〜ん」

 その後も壮介は瀬川の名を呼んでみる。しかし瀬川が壮介の方をみることはない。

「…………」

 そして瀬川はピクリとも動かない。視線はずっと天井の方を向いている。しかし天井を凝視しているというわけではない。ただそっちの方を向いているという感じだ。

「眼、乾かないのかな?」

 瀬川が瞬きをしている様子もなかったので、気になった壮介は瀬川の顔を覗き込む。天井の方を向く瀬川の視線に、壮介の顔が割り込んでくる。

 瀬川の瞳が微かに動く。

「…………」

「…………」

 お互い顔を合わせたまま、しばらくそのままの状態。傍目からは睨めっこをしているように見える。

「やっぱ瞬きしてねえや。大丈夫なのかな?」

 壮介はその事実に少し驚きながらも、もう十分と顔を引っ込める。

 その時であった。

「うわっ!」

 突然瀬川の両手が動き、壮介の顔を掴んだ。驚いた壮介はその手を振り払おうとするが、その力はあまりに強いもので、簡単には離れなかった。

「せ、瀬川さん?」

 壮介は瀬川の顔を見る。

 瀬川の顔は相変わらず天井の方を向いている。しかしその視線は天井から外れて壮介の顔を凝視していた。

「…………、こ、こ、これは……」

「せ、瀬川さん!」

 瀬川は言葉を発する。喉が渇きに渇きっているのか、魔女のようなしわがれた声だ。

 瀬川はまるで取り憑かれたように、壮介の顔を凝視し続ける。

 そしてその壮介の顔の中でも、とりわけ注目している箇所があった。

 それは、壮介の頬についている傷。

「こ、これは、ち、ちぐさ?……。ちぐさ、ちぐさ……」

 瀬川は千草の名を口にしはじめる。

「せ、瀬川さん! しっかりしてください!」

 壮介は瀬川の肩を揺する。

 すると瀬川の眼に光が宿った。

「あ……、し、新谷君?」

 瀬川の声は相変わらずしわがれていたが、その声にははっきりとした「生気」があった。

「せ、瀬川さん、よ、よかった……」

 力の抜けた瀬川の手を払いのけた壮介は、その様子を見て、安堵の表情を浮かべた。


「ここは、どこなのですか?」

 正気を取り戻した瀬川は、まだ記憶が混乱しているようで、今自分がどこにいるのか全く見当がつかない様子。壮介はここが宇方総合病院であることを伝える。すると瀬川は何故自分が病院で寝ているのかを訊ねてきたので、壮介は少し躊躇うものの今朝大神島で起きたことを説明した。

「…………」

 それを聞いた瀬川はしばらく黙り込んだ。ショックを受けているのは勿論だが、それ以上に自分の記憶の断片を一つ一つ繋ぎ合わせるという作業に集中していた。

「そうだ……千草が……」

 瀬川は三十分程で、千草がもうこの世にいないことを思い出す。その身体は小刻みに震えだしていた。

 そして瀬川がこの時思い出したのは、千草が死んだということだけではなかった。

「ところで瀬川さん、僕の傷が一体どうかしたのですか?」

 壮介は頬を押さえ瀬川に訊ねる。

 瀬川は壮介の顔……もっと細かく言うと、壮介の頬についた傷を見て正気を取り戻した。正気を取り戻す程、壮介の頬の傷は瀬川の琴線にふれたということ。その理由が何なのか、壮介は知りたかった。

 瀬川は壮介の頬を見つめる。すると口元がプルプルと震えだす。何かとても恐ろしいことを思い出したようであった。

「瀬川さん、あなたは僕の傷を見て千草さんの名前を出した。確かにこの傷は千草さんにつけられたものです。では何故あなたはそれに気付くことができたのですか?」

 壮介はここぞとばかりに瀬川へ詰め寄る。

「い、いや……」

 壮介の真剣な眼差しに、瀬川は思わず顔を逸らす。

 この仕草を見て、壮介は確信する。瀬川は何か知っていると。

「瀬川さん! もし何か知っているならば教えてください!」

 壮介の言葉に瀬川は顔を背けたまま。その瞳には明らかな動揺が浮かんでいる。

 それを見た壮介はさらに詰め寄る。

「お願いします。二人の人間が殺されているんです。犯人を見つけ出すため、そして二人の無念を晴らすために、どうか教えてください!」

 壮介は唾を飛ばして必死に瀬川を説得する。

「新谷君……」

 しばらくの沈黙後、瀬川の視線が再び壮介の頬に向けられる。

「その傷は確かに千草がつけたものですね」

 その言葉に壮介は強く深く頷く。

 しかし次の言葉に壮介は驚愕する。

「狼ヶ浜で……」



「私は今から三年前に千草と知り合い、そして交際していました……」

 真っ暗な病室、瀬川は千草のことを静かに語り始めた。

「生徒と教師、本来ならば絶対に許されない交際、しかも君も知っての通り私は島の開発計画賛成派、そして千草は反対派の娘。私たちは人目を忍び、あの狼ヶ浜で会っていました」

 瀬川は三年前からの記憶と一つ一つ。それは大切そうに紐解いていく。壮介はそれを隣に座り、黙って聞いていた。

「そんな時、行政の方から宇方地域再開発計画の具体案が提示されました。勿論私たち賛成派はこれに賛同し、島民にも理解を求めていった。当時賛成派はそれ程大きな所帯ではありませんでしたが、この案のおかげで開発計画は大分広がりました。しかしこれにより反対派の連中と衝突することが多くなりました」

 三年前、当時の賛成派大将は菅林で変わりはないが、当時の反対派大将は加美大助である。

「当時の反対派の中心人物には千草さんの父親、そして加美大助がいた」

 壮介の言葉に、瀬川は深く頷く。

「当時の中心は加美家。川住家はあくまでサポートするという感じで、それ程表には出てくることはありませんでした。ただ……」

「ただ?……」

 瀬川はここで少し言葉を詰まらせる。

「千草のことに関しては、かなり神経質になっていました。千草自身も反対派の活動に率先して加わるようになっていたから。年頃の娘を持つ父親として、何か間違いが起こらないかと冷や冷やしていたんじゃないかなと思います。何せ可愛い一人娘だったからね……」

 可愛い一人娘だった……。瀬川のその言葉には何とも言えない寂しさが込められていた。千草は自身にとっても可愛い恋人だったのだから……。

「では開発計画に関して、基本的には加美家とやりあうことが多かったのですね?」

「私のポジション的には、そういうことになりますね。末端まではよく判りません」

 壮介の質問に瀬川は静かに答える。ここで壮介は核心に触れる問いを瀬川へぶつける。

「そんな時、突然加美大助が姿を消してしまうのですね?」

 瀬川はその当時のことを思い出しているのか、視線を下へ落とし表情を曇らせる。あの時のことを当事者であった瀬川が覚えていないわけはない。

「その一件、私も驚きました。開発計画反対派の大将が突然どこかへ行ってしまったのだから。反対派はかなり混乱していたようです」

 そして瀬川の眉間の皺が寄る。その微妙な表情の変化を、壮介は見逃さなかった。

「そんな時……、ちょうど大助さんがいなくなる直前、変な噂を耳にしました」

「変な噂? それはどういう?」

「ええ……。端的に言うと、大助さんが反対派から賛成派へ寝返るというものでした」

 瀬川は言うのを躊躇ったのか、その歯切れは悪い。また壮介に視線を合わせようとはしなかった。

「寝返るってか……」

 それを聞いた壮介は頭をガリガリと掻く。全く信じられないという表情であった。

「私も最初は信じられませんでした。昨日まで散々やり合っていた人物が急に仲間になるなんて話、全く想像できなかった……」

 壮介も同感のようで、何度も頷く。

「そして大助さんがいなくなる前、偶然私は道で大助さんを見かけました。私たちの関係上、道で出会っても目は合わさないし挨拶もしないのですが、その時大助さんの方から挨拶をされたんです」

「その時、大助さんはどんな様子でした?」

 壮介は瀬川のベッドに詰め寄る。

「普段私たちには見せたことのないような笑顔でした。そして……」

「そして?……」

 瀬川は再び言葉に詰まる。そして沈黙の後瀬川はゆっくりと口を開く。

「頬に傷があったのですよ。新谷君と同じような傷が」

 それを聞いた壮介は、自分の頬の傷を撫でる。壮介の傷は瘡蓋が張り付いており、まだキレイには直っていない。

「その時、私はまだその傷の意味を知りませんでした。そしてその直後大助さんは姿を消してしまったのですが……」

 瀬川はここで一度言葉を止め、静かに目を閉じて天を仰ぐ。

「…………」

「瀬川さん?」

 その沈黙があまりに長かったので、壮介は思わず声をかける。すると瀬川は我に返ったように目を開き視線を落とした。

「……、大助さんがいなくなった直後、私は狼ヶ浜で千草と会いました。その時の千草の様子が、ちょっとおかしかったのです」

「おかしかった? どういう具合に?」

「判り易く伝えられないのですが。何かこう浮世離れしているというか……、いつもの千草ではない感じがしました。まるで千草の姿をした全くの別人のような……」

 壮介はドキリとした。瀬川の言った千草の姿というのは、壮介が昨日の夜狼ヶ浜で見た千草そのものだったからである。言うなれば、あれは千草の姿をした「魔物」でないかと感じるほどであった。

「そしてその時、千草は私にこう言いました。狼を一匹手懐けた……と」

「狼……、それは大助さんのことですか?」

 壮介の問いに瀬川は首を振る。

「確かなことは判りません。ただ……」

 瀬川は手をかざし、そして掌を見つめる。その姿を壮介はポカンとして見ていた。

「千草が私に近付いてきて、自分の両手を私の頬にあてがいました。そして、思い切り私の頬に爪を立てました……」

 その瞬間、壮介は自身の頬についた傷を押さえる。ズキッと痛んだような気がしたのであろうか?

「そして頬を押さえる私にこう言いました。こうやって……と」

 瀬川は壮介の頬に視線を向けていた。

「その後私は家に戻り、鏡で自分の頬についた傷を見て確信しました。大助さんの頬につけられた傷は千草によるものだと。何故なら私の傷と大助さんの傷が、あまりにも似ていたからです」

「そして、俺のもですか?」

 壮介は頬にあてがっていた手をどける。瀬川は少し間を置いてから静かに頷いた。

 

 夜が更け雨足が強くなってきても、二人の話は続く。

「千草さんの様子が変わってしまうことは、よくあったのですか?」

「時々ですね。ここ一年間そのようなことはありませんでした。ただ……」

「ただ?……」

「祭の時、妙な噂が飛んだのです。大助さんが島へ戻ってきているのではないか……と」

 壮介は頭をガリガリと掻く。祭の日に島を駆け巡った怪情報である。

「その噂が飛んでから、千草の様子が変わってしまいました。あの時、狼ヶ浜で会った時のような感じでした……」

 壮介は頭を掻きながら瀬川に訊ねる。

「ではやはり千草さんは、大助さん失踪について、何らかの事情を知っていたということなんですかね?」

 それを聞いた瀬川の表情は曇ったまま。瀬川にとっても、そうではないかと考えてはいるものの、確証にかけるものだったのだ。

「これは私が感じただけことです。自信を持って決めることはできません」

 ここで瀬川は再び言葉に詰まる。千草のことを思い出しているのか、身体は小刻みに震えだしていた。

「ただ……、最後に千草と会った時、確かに様子はいつもと違っていました。しかしそれ以上に、千草は何かに怯えているような、何故だかそんな感じを受けました……」

「怯えている? それは一体?」

 壮介は瀬川に訊ねるが、瀬川はその問いに全く反応しなかった。ただ、身体を小刻みに震えさせていた……。

「あの時、私がもっと千草に気をかけていれば……、こんなことにはならなかったんじゃないかと思うと……、もう、私は……」

 瀬川の声が詰まる。

 瀬川があの時、千草が死んだと知った時何故割腹自殺を図ったのか。それは千草の変化に気付いていながらそれを見過ごし、そして死なせてしまったという「罪の意識」からだったのだろう。そして何より千草は瀬川の恋人であった。突然恋人を失った瀬川の絶望感は、壮介の想像を遥に超えるものであろう。

 悲しみに暮れる瀬川を、壮介はそっとしておきたかったが時間が限られているので質問を続ける。

「あともう一つ。祭の翌朝に殺された新居志都美さんについてです。瀬川さんはご存知ですか?」

 壮介の質問からしばらく間があいてから、瀬川は口を開く。

「はい、知っています。親が新居興産という会社を経営していて、開発計画の建設事業を受注していました。菅林と新居興産の社長は古くからの友人だそうで、私よりも菅林の方が懇意にしていました」

「新居志都美は今回より以前に、島を訪れたことはありますか?」

「はい、何度かあります。主に菅林が自分の観光ホテルに招待していました」

 それを聞いた壮介は頭ガリガリと掻き毟る。そしてある時その手がピタッと止まる。

「…………」

 壮介は目を閉じ、黙り込む。そんな奇妙な行動に、瀬川は目を丸くした。

「し、新谷君?……」

 瀬川は恐る恐る声をかけてみる。

 その時、壮介の手が動き、その手はポケットの中へと入っていく。そしてポケットから手が出てきた時、手にはあるものが握られていた。

「それは?」

 壮介の手に握られていたもの、それは狼ヶ浜の洞で拾った石。壮介はその握り締めた石をジッと見つめていた。

 そして壮介は立ち上がる。

「瀬川さん、今日はありがとうございました。何となくですが、この事件の真相が見えてきたような気がします」

 壮介の突然の言葉に、瀬川は少々戸惑った表情をみせる。何が何だか判らないという感じだ。

「まだ犯人の顔は見えないけれど、目指すべき場所ははっきりと見えました! では!」

 壮介はベッドの横に置かれていたパイプ椅子を片付け、そして扉の方へ。

「それでは失礼します。お身体大事にしてください」

 扉の前で壮介は瀬川に向かい深々と頭を下げた。瀬川は少し戸惑いながらも、横になりながら会釈をして応えた。

 そして壮介は瀬川の病室を後にした。



 プルルル…………

 カチャ……

「もしもし、私だ」

「社長、お客様です」

「客……。誰だ?」

「診療所の喜志先生です」

「喜志先生が……」

「お通ししてもよろしいですか?」

「…………」

「社長?」

「判った。お通ししてくれ」

「はい」

 一連のやり取りの後、菅林は内線の受話器を置いた。

 ここは大神島観光ホテルの最上階にある社長室。仕事上菅林は普段から島の外へ出ていることが多いが、島に滞在する際はここで仕事を行う。

 菅林は席から立ち上がり、ソファの方へ移動する。

「何の用だ?」

 ソファに座り、喜志がやってきた理由を思案する。

 コンコン……

 程なくしてドアをノックする音。

「失礼します」

 ドアが開くと、ホテルの従業員に伴われて喜志が姿を現した。喜志は診療所から直で来たのか、白衣を羽織ったまま、また手には茶色い鞄を持っていた。

「どうも」

 ここで喜志と菅林の目が合う。目が合うと喜志は片手を挙げる。

 従業員が退室すると、喜志はソファにドッカリと座った。

「こうやって会うのは久しぶりやの、社長さん」

「……そうですね」

 そして菅林もテーブルを挟んだ反対側のソファに座る。

「相変わらず豪勢な所やの、ここは。まるで大神島の殿様じゃてな」

 喜志は社長室を見回し、皮肉混じりの口調。それに対し菅林は鼻で一笑する。

「で、今日は何の御用ですかね?」

 菅林もまた皮肉混じりの口調で返す。

「何や、用がないと来たらいかんのか?」

「私も色々と忙しいので……。それに先生が用もないのにここまで来ることはないでしょうから」

 菅林の皮肉たっぷりの言葉に、喜志は苦笑いを浮かべる。

 確かに菅林の言葉には一理あった。菅林は開発計画賛成派のリーダー。そんな人物の元へ開発計画に関して中立の立場を守っている喜志が訪れるのだから、何かしらの理由があると考えるのが普通である。

「ふん、相変わらずのオッサンじゃの」

「貴方も相変わらずの喰えないジイさんですね」

 テーブルを挟んでお互いがお互いを皮肉る。社長室には異様な空気が流れはじめていた。

 すると喜志がポケットからタバコ取り出し火をつける。

「先生、タバコはお止めになったんじゃないですか?」

 菅林が声をかけるものの、喜志は構わずタバコをふかし続ける。

「朝から随分警察が騒いどるの……」

 喜志はソファから立ち上がり、内線電話の横に置かれていた灰皿を手に取る。

「犯人の目星でもついたんじゃないですかね? こんな田舎の警察でも、優秀な日本警察の一部ですからね」

 灰皿を手に持った喜志は再びソファに戻ってくる。

「どうやら、加美大助の居所が判ったようじゃの」

 喜志はタバコを半分程吸い終わってから、灰皿に押し潰した。

「そうですか、それはよかったですね」

 菅林は冷淡な口調で答える。我関せずと言った感じである。

「ほう、これは白々しい」

 喜志は再び皮肉混じりの口調で答える。その言葉に菅林の眉がピクッと動く。

「先生、何が仰りたいのですか?」

 菅林の語気がやや強いものとなる。すると喜志は再びタバコを取り出し、火をつける。

「ふん、自分の舎弟の娘をけしかけておいて、随分と素っ気ない返事じゃてな」

 すると菅林は冷たく笑う。

「それはお互い様でしょう、先生」

 菅林の言葉に、喜志はタバコを吸う手を止める。表情は変わらないが、その姿がかえって喜志の動揺を物語っていた。

「これに関してはお互い様ですよ、先生。喧嘩はやめましょう。お互いのためにね……」

「ふん……」

 喜志は不機嫌な表情となり、タバコをふかす。

「まあそういうことなら、この事件ももう終わりですかね。犯人逮捕でやっと事業に集中できるというものですよ」

 菅林はソファから立ち上がり、窓側へと歩いていく。社長室からは大神島が一望でき、菅林は大神島で一番高い建物の一番上から島を見下ろした。

「果たしてそうかの……。今回の殺人、大助は犯人じゃないで」

 すると喜志は持ってきた鞄をテーブルの上に置いた。

「何ですかそれは?」

 菅林は気にも留めていなかったが、その鞄はかなり大きく、そして重量もあるようであった。

 すると喜志は鞄のファスナーに手をかける。

「よお見てみい。大助の遺品じゃて……」

 喜志はファスナーを手前に引き、鞄の中身を取り出した。

「そ、それは!……」

 鞄の中身を見た瞬間、菅林は絶句し身体を凍りつかせる。

 喜志が鞄から取り出した、加美大助の「遺品」、

 それは加美大助と共に忽然と姿を消した「狼の爪」であった。

「もう、終わりじゃて……」

 そして喜志は静かに呟き、静かに席を立ち社長室を後にした



「よーし、運び出せ!」

 狼ヶ浜に歌藤らの声が響く。

 太陽が空の一番高い所で昇ろうとする頃、この「忘れられた浜」は騒然としていた。

「ゆっくりだ、足元に気をつけろよ!」

 狼ヶ浜の洞から数人の捜査員により担架が運び出される。その担架には誰かが乗っているのか、上にはブルーシートが被せられている。

 その担架は砂浜に停泊してある小型ボートに乗せられ、そして数人の捜査員と一緒に狼ヶ浜を出航していった。

 その光景を歌藤は複雑な表情で見つめている。歌藤の額には大粒の汗が浮かび、そして頬をつたい流れ落ちていく。

「難儀やなあ……」

 ボソッと歌藤は呟く。部下である捜査員たちは洞の中を慌しく行ったり来たり。その姿はまるで巣穴を忙しそうに出入りする働き蟻のようであった。

「主任さん……」

 洞の中から壮介が出てきた。そして洞の入り口から歌藤の名を呼ぶ。割と小さい声だったが、歌藤はその声に気付き振り向いた。

「ああ、確認ご苦労さん」

 壮介は磯場に佇む歌藤の元へ歩いていく。

 壮介が洞の祠の先で見つけたもの、それは不自然に積まれた石と地面を掘った跡。

 そして不自然に積まれた石のいくつかに血痕が付着していたのである。

 それらに気付いた壮介は一旦この場を離れ、遥を加美家まで送りとどけた後大神神社横の捜査本部へと出向いたのであった。

 壮介は祠の奥で見つけたものを、遥には何も伝えなかった。不審に感じた遥は壮介に何度も訊ねてきたが、結局最後まで壮介は何も答えずに押し切ってしまった。

 壮介が遥に何も答えなかったわけ、それは祠の奥にあったものが、遥を……否、加美姉妹を絶望のどん底へ突き落とすものに等しかったからであった。

「しかし、あの注連縄によく気付いたな」

 歌藤は自分の隣に並んだ壮介に話しかける。

「ええ、近付いてみてはじめて気付きました。祠からじゃ、そこに注連縄があるということにすら気付かなかったですよ」

 壮介が祠の奥に広がる空間に気付き、遥が止めるのを振り切って奥へと進んだ。そしてそこで見つけたものは古い注連縄であった。

 張られてから何十年、もしかしたら何百年と経っているかもしれない、かなり年代物の注連縄。そんな注連縄に、壮介はちょっとした違和感を覚えた。

「注連縄の真ん中あたりは縄がほつれて、ちょっと力を加えたら切れてしまいそうな感じでした。でも岩に縄をくくりつけてある片方が、随分キレイな結び目だなと思ったんです。もう片方は今にもほどけてしまいそうだったのに」

 壮介が違和感を覚えたもの、それは年季が入り何十年もそこに張られたままになっていた注連縄の結び目だった。

「あの洞の奥はけっこうジメジメしていて、注連縄にカビが生える程。注連縄も水分を含み以前よりも重くなってきたはずなんです」

「なるほどね……」

 歌藤は壮介の言葉に相槌を打つ。そしてポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭う。

「水分を含んだ注連縄は重さによりたるんでくる。その結果岩にくくりつけられた結び目も重さによりだんだん緩んでくると」

「そう、事実片方の結び目はそのような状態でした」

「しかし、もう片方はしっかりと結ばれていた……」

 この状態が、一体何を意味するのか?

 壮介は答える。

「つまり、つい最近誰かがこの注連縄を解いた可能性があるということなんですよ」

 ここで最大の疑問が浮かぶ。

 ならば誰が何の目的でそのようなことをしたのか? こんな普段は誰も近付かないような浜の、さらに誰も近付かないような洞の奥深くで……。

「しかし、よりによってあんなモンを……。まあここは格好の隠し場所ではあるがな」

 歌藤は洞の方を振り返る。相変わらず捜査員たちが慌しく出入りしている。

「死後数年は経っとるな。血痕は残っているが、身元判明までは随分と時間かかるわ……」

 壮介が洞の奥でみつけたもの。

 不自然に積まれた石をどけた先、地面を掘った後を掘り返してみた先……。

 そこには死後数年は経過しているとみられる白骨死体があった。

 あのブルーシートを被せられた担架にはその白骨死体が乗せられていたのだ。

「多分、その白骨死体ですよ。注連縄が解かれた理由……」

 壮介はそう呟き、そして頭をガリガリと掻き毟る。

「他の場所から運搬するために、注連縄を外したというわけか」

 歌藤の言葉に壮介は無言で頷く。周辺の石には血痕のついた石がいくつか転がっていたが、それらは洞の広範囲で見つかった。それはもしこの白骨死体が他殺である場合、発見場所で殺害されたのではなく、別の場所で殺害されここへ運ばれてきたということを意味していた。

 そして白骨死体の周りには遺留品は殆ど見つからなかった。唯一みつかったものは男性用の下着。これにより白骨死体は男性である可能性が高いが、あまりに損傷が激しいため見た目には判断できずにいた。

「そういえば主任さん、さっき身元判明まで時間がかかると言ってましたよね?」

「ん、ああ。あの状態ではな……」

 歌藤が言い終わると同時に、壮介は歌藤の目の前に出る。そんな壮介の行動に、歌藤は目を丸くする。

「ん、ど、どした?」

 驚く歌藤とは違い、壮介の目は真剣そのものだった。

「主任さん、俺はあの白骨死体、誰だか判ります」

 壮介の言葉を聞いて、歌藤はさらに目を丸くする。

「な……、ど、どういうことだ?」

 そして壮介は、一呼吸置いて歌藤に伝える。

「あの白骨死体、おそらく加美大助さんですよ」

「なっ!」

 何故壮介は一呼吸置いたのか?

 それは脳裏に一瞬、加美姉妹の姿が浮かんだからであった……。



「お姉ちゃーん」

 自宅に戻った遥は、千絵子の姿が見えないことに気付き、屋敷内を探して回る。

 玄関に靴があることは確認したので、屋敷のどこかにいることは確かである、加美家は大神島で屈指の広さを誇る屋敷なので、探すのは意外と時間がかかる。

 一階を探してみるが千絵子の姿はない。遥は普段あまり上がったことのない二階へと向かう。二階には父大助の寝室と仕事部屋。これらの部屋は大助が失踪してからそのままの状態にされてある。

「お姉ちゃーん、いるの?」

 遥は上がる前に一度千絵子の名を呼んでみる。しかし何の応答もなかったので、階段を上がる。

 二階はずっと窓と雨戸が閉められているので、昼間でも真っ暗。遥は廊下の灯りをつける。

「お姉ちゃん……」

 遥は二階にある二つの部屋へと入る。どちらの部屋も真っ暗で人が入った形跡がない。遥は電気をつけて部屋を見回してみる。そこには姉どころか人影一つなかった。

「もうどこへ行ったのかしら?」

 遥はそうぼやきながら電気を消して部屋を後にする。そして再度一階を探してみるために階段を下りる。

 その時だった。

「キャッ!」

 姉の姿が見えないことで、遥は姉がどこに行ってしまったのか思案しており、足元をちゃんと見ておらず、それにより遥は階段を踏み外してしまった。

「キャーッ!」

 ドスン!

 音と共に廊下が揺れた。

 遥は尻餅をつくような形で階段から落下。途中で体勢を整えることもできず、階段の一番下まで落ちていった。

「いたた……」

 幸い頭を打つことはなかったが、遥はお尻を押さえしばらく立つことができなかった。

 その時、遥の視線は玄関へと向いていた。

「あれ……」

 遥はあることに気付き、立ち上がろうとするが、お尻がまだジンジンするようで立ち上がらず這うようにして玄関へと向かう。

 玄関には千絵子と遥の靴が一足ずつ。

「サンダルがない……」

 玄関にはちょっと外へ出るためのサンダルが置かれているのだが、それが見当たらなかった。

 どうやら千絵子はこれを履いて外へ出て行ってしまっているようであった。

「もう、私のバカ!」

 そのことに気付いた遥は、自分の頭を小突く。

 そしてお尻の痛みが和らいだのか、スクッと立ち上がった。

「それにしてもお姉ちゃん、どこに行ったのかしら?」

 遥は首をかしげながら、玄関にある二足の靴を端に揃え奥へと消えていった。

 ………………

 この時遥は気付いていなかった。

 玄関に飾られている狼の剥製が、遥が落下した時の衝撃で傾いてしまったことに。

 

「こんにちは〜」

 昼過ぎ、島が狼ヶ浜の白骨死体の件で持ちきりになっている頃、壮介は加美家を訪問した。

「あら新谷さん、いらっしゃい」

 遥がエプロン姿で現れる。その姿を見た壮介は頭を掻いた。

 狼ヶ浜で見つかった白骨死体。壮介はそれを加美大助ではないかと考えている。しかしそのことをまだ遥には伝えていない。そして遥も狼ヶ浜で白骨死体が見つかったことは知っているが、それが今回の事件とは無関係であると聞かされているし、またそれが父であるかもしれないとは夢にも思っていなかった。

「何だが大変なことになりましたね。新谷さん大丈夫ですか?」

「え、ああ。俺は全然大丈夫ですよ。遥さんこそ、大変なことが次から次へとで……」

 すると遥は首を振る。遥は一見して大人しそうで泣き虫な少女であるが、実のところかなりタフな性格をしているようだ。そうでなければ大助がいなくなった後の加美家を一人で切り盛りはできなかったであろう。

「どうぞ上がってってくださいな」

 遥の言葉に、壮介は靴を脱ぎ屋敷へと上がる。玄関の端には姉妹の靴が一足ずつ。未だに千絵子は帰ってきていないようだった。

「ん?」

 屋敷へと上がった時、壮介はその異変にすぐ気付いた。壮介の視線は玄関に飾られている狼の剥製へと向けられていた。

「どうされました?」

「いやあ、剥製の位置がズレちゃってるかなと思って」

 壮介は剥製の方を指差す。すると遥はようやく剥製の異常に気付き、またその原因が自分にあることも気付いた。

「あ、ああ……、そ、そうですね。すみません……」

 遥は恥ずかしそうな表情で剥製の前へ。壮介も後ろへ続く。

「新谷さん、申し訳ないですがちょっとお手伝いしてもらってもよろしいですか?」

 この狼の剥製、なかなか大きいものなので少女一人の力ではとても持ち上がりそうにない。壮介は遥の頼みを快諾した。

「どう直したらいい?」

「すみません……。狼の前足が木の台座にちゃんと乗るようにして下さい」

 壮介は遥と協力して狼の前足部分を持ち上げる。二人がかりでもその重量感はかなりのものだ。

「よいしょっと。これでいいかな」

「はい、ありがとうございました!」

 これで狼は無事元の位置に戻された。

「あれ?」

 確かに狼は元の位置に戻された。しかし壮介はその狼の剥製に何かしらの違和感を覚えた。

「新谷さん、どうかされたのですか?」

 頭を掻きながら眉間に皺を寄せる壮介の姿をみて、遥が訊ねる。

「いや、この剥製、何かおかしいな?」

 壮介は狼の剥製のどこに違和感を覚えたのかを確かめるため注視する。

 身体、毛並み、尻尾、顔、目、鼻、口……と色々な角度から見る。

 そして壮介はあることに気付く。

「この狼の剥製、前に見たときよりも首が下がってる?」

 この剥製の狼、まるで獲物を狙うかのような低い体勢を取っている。そんな時、狼は相手を威嚇するため首を上向きにしているのが普通である。しかし今の体勢は首は下を向いており、まるでうなだれているような格好となっているのだ。

「言われてみれば確かにそうですね」

 遥も壮介に同調する。夜に目が合うと思わずビクリとするような眼光をしていた狼に、今そのような威厳は感じられない。

「首が自然に動くわけねえよな……」

 壮介は狼の剥製の首に触れてみる。

「ん?」

 壮介は何かに気付き、今度は両手で隈なく狼の首を触る。

 そして

 カパッ

「キャッ!」

 まるで海苔缶の蓋を開けるような音がした後、狼の首が取れてしまった。遥は驚きのあまり後ろへ三歩下がってしまった。

「ああゴメン驚かせて。まさか首が取り外し可能な剥製とはね。ん、身体の部分に何かあるぞ」

 剥製の身体部分は空洞になっていて、その中に何かが入れられていた。

「紙袋か……」

 中に入っていたのは茶色い紙袋。それは分厚く結構な重さ。壮介は紙袋を開け、中身を出してみる。

「写真……」

 紙袋の中身は写真が数十枚。

「……!」

 壮介は写真数枚を見たところで手が止まった。そして額からおびただしい冷や汗が流れ落ちた。

「どうしたんですか? 何が写っているんですか?」

 遥は壮介の手から写真を一枚取り上げる。

「あっ!」

 壮介はその写真を取り返そうとするが、一瞬遅かった。その写真は遥の手の中にあり、そして遥はその写真に釘付けとなっていた。

 その写真には何が写っているのか?

 その写真、加美姉妹は、加美姉妹だけには絶対に見せてはいけないものだった。

 事実写真を見る遥の全身は小刻みに震えており、目の焦点も定まっていない。

「やべえな……」

 壮介は頭をガリガリと掻き毟りながら、写真に視線を落とす。

 壮介も写真を見た瞬間、我を失いそうになった。

 それら写真に写っていたもの。

 それは一糸纏わぬ姿の千草と志都美らしき少女たちと戯れる、一人の男性。

 そしてその男性が加美大助であるということを、遥の表情が物語っていた。



「遥、入るよ」

 扉が静かに開き、千絵子が現れる。

「…………」

 遥は何も言わず部屋の隅で蹲っている。その表情は窺い知ることはできないが、その丸まった身体は小刻みに震えていた。

 遥が茫然自失の状態で部屋に閉じ篭ってから程なくして千絵子が帰ってきた。最初は買い物のために外出していたのだが、帰り道で捜査員に呼び止められてしまい帰りが遅くなってしまった。

 帰ってきた時、玄関に壮介の靴があることに気付いたと同時に、狼の剥製の首が取れていることにも気付く。千絵子は慌てて居間に向かうが誰もいない。次に遥の部屋へ向かうと、扉の前で頭を抱える壮介の姿を見つける。

 そして壮介から、狼の剥製に隠されていた写真を見せられたのであった……。

「遥……」

 部屋の隅で小さくなっている遥をみて、千絵子も言葉を失う。

「俺……あっちにいるから」

 壮介はそう言い残して扉の前を後にする。

 壮介の背中を見送ってから、千絵子は遥の部屋へと入る。

 千絵子が部屋に入ってきたが、遥は微動だにしない。まさに魂が抜けてしまったような様子だ、

 千絵子は蹲る遥の隣に座り、そして肩を抱く。

「遥……」

 千絵子は遥の耳元、優しい声で囁く。

「…………」

 千絵子の声に遥の震えは止まる。しかし自分の膝に押し当てた顔は上げようとはしない。

 姉妹はしばらくその状態。傷ついた妹を、姉が優しく抱きしめている。千絵子とてあの写真に衝撃を受けていないわけはない。しかしこんな状態となってしまった妹を放っておくわけにはいかなかったのだろう。

「ごめん、ごめんね、遥……」

 ごめん……、千絵子はその言葉を遥に向けて囁き続ける。何に対しての謝罪なのか、それは千絵子にしか判らない。千絵子は瞳を潤ませ、ただただ囁き続けた。

 そして……、

「う、う、うう……」

 遥から、呻きともとれるような声が聞こえてきたかと思うと、

「う、うわああぁぁーんっ!」

 次の瞬間、何かが決壊したように姉の胸の中で泣き続けた。

「遥、遥、ごめん、ごめん!」

 そんな遥を千絵子も強く抱きしめ、そして、泣いた……。


 しばらくして、目を真っ赤にした千絵子が居間に姿を見せた。

「大丈夫?」

 壮介はそんな姿で現れた千絵子を気遣う。

「うん、遥は落ち着いたよ。でも今日はもう休むことにしたよ。色々と疲れちゃったから」

 それを聞いた壮介は安堵の表情を浮かべる。

「さすがお姉さんですね」

「ふん! それは皮肉ということで受け取っておくよ」

 千絵子は苦笑いをしながら畳の上に座る。そして大きなため息をついた。

「ねえ、狼ヶ浜でみつかった白骨死体、親父だってのは本当なの?」

 それを聞いた壮介は内心ドキッとする。もうそこまで噂が広がっているのかと驚いていた。尤も、この噂の発信源は何を隠そう壮介本人なのだが。

 千絵子の言葉に、壮介は首を振る。

「まだそこまではって感じです。何せガイコツだから身元判明には時間がかかるみたいです」

「そう……」

 千絵子は視線を落とす。やはり動揺は隠せないようである。

 壮介は剥製の中から出てきた写真を卓袱台の上に広げる。

「あのさ、一応確認させてほしいことがあるんです」

「何?」

 千絵子の返事にはいつになく力がこもっていない。

「ここに写っている三人の人物について。この三人は誰ですか?」

 壮介は写真を前に出すが、千絵子は写真から目を反らず。

「千絵子さん!」

 壮介の声に千絵子は身体をビクッとさせる。

 そして口が開く。

「女の子は千草と志都美だよ。昔の写真みたいだけれど、二人ともそんなに変わってないから……」

「では男性は誰ですか?」

 壮介は訊ねる。しかし千絵子は一向に口を開かない。しかし知らないのではない、知っているが答えたくないのである。

「では質問を変えます。俺の問いに首を縦に振るか横に振るかして下さい」

 そして壮介は静かに切り出す。

「ここに写っている男性は、加美大助さんに間違いないですね?」

 しばらくの沈黙の後、

 千絵子は首を縦に振った。

「判りました。ありがとうございます」

 千絵子の答えを見届けた壮介は、立ち上がり居間を後にする。

「ま、待って!」

 今まで黙っていた千絵子が壮介を呼び止める。

「どこに行くの?」

 千絵子は壮介を玄関まで追っていく。壮介は狼の剥製の首を元に戻し、屋敷を出ようとしていた。

「いや、診療所に戻ろうと思っているんですが」

 すると千絵子は靴を履く。

「私も一緒に行くよ。遥ってばどこかで腰を打ったみたいだから、貴志先生にお願いして湿布もらってこようと思うんだ」

 千絵子は壮介よりも早く玄関を出て、屋敷前の石段まで先に行く。

「あの、戸締りは?」

「いつもしてない! ほら急いで!」

 千絵子は一旦戻ってきて、そして壮介の手を引き石段を駆け下りる。

「あ、ちょ、ちょっと!」

 そのスピードに、壮介は足がもつれて転びそうになりながらも千絵子についていく。

(これでは診療所に着く頃には、自分の方が湿布のお世話になってしまう)

 壮介はそんなことを考えながら千絵子に手を引っ張られ、石段を下っていった。


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